40.主役オーディション
それから数日後。
舞香は演劇サークルのシナリオ担当の先輩たちに捕まり、毎日のようにダメ出しとアドバイスを受けていた。
「ここ、説明台詞になってる」
「場面転換が多すぎるかな」
「このシーン、観客置いていかれない?」
「でも、この発想は面白い」
そんなやり取りを繰り返しながら、少しずつ脚本は形になっていった。
そして――。
ついに完成した。
◇
部室。
読み合わせ用に印刷された台本を前に、監督が腕を組んでいる。
部屋の中は妙に静かだった。
私は少し緊張しながら様子を見守る。
やがて監督が最後のページを閉じた。
「面白いな」
舞香の顔がぱっと明るくなる。
「本当ですか!?」
「ああ」
監督は頷いた。
「異世界ものなのに、演劇サークルの話にもなってる」
「やった!」
「構成も悪くない」
舞香は小さくガッツポーズをした。
数日間の苦労が報われた瞬間だった。
しかし。
監督はそこで一枚目のページを開く。
「ただ」
嫌な予感がした。
「主役は誰がやるんだ?」
「あ」
舞香が固まる。
監督は台本を指差した。
「主人公は加奈だよな?」
「うん」
「じゃあ加奈役は?」
舞香は当然のように答えた。
「加奈」
部室が静まり返った。
「えっ」
思わず変な声が出た。
監督も少し困った顔になる。
「加奈、まだ入ったばかりだろ?」
「そうですね」
「主役経験は?」
「ありません」
「演劇経験は?」
「高校の文化祭で一回だけです」
監督は頭を掻いた。
周囲の部員たちも微妙な表情をしている。
それはそうだ。
新人をいきなり主役にするのは勇気がいる。
すると沢木が口を開いた。
「じゃあオーディションにします?」
「だな」
監督も頷く。
私は内心ほっとした。
そうそう。
それがいい。
経験者がやればいい。
私は裏方で十分だ。
ところが。
舞香がにやりと笑った。
嫌な予感しかしない。
◇
数十分後。
部室の中央。
私はなぜか立たされていた。
「ではオーディション課題です」
舞香が進行役を始める。
「課題シーンは、加奈とパペットたちの日常会話」
「え?」
「はいスタート」
待って。
心の準備が。
全然。
ない。
「加奈!」
突然、舞香がクロさん役になる。
「なんだ?」
反射的に返事をしてしまった。
「なんだとは何だ!」
「いや、クロさんが呼んだからでしょ!」
「愚か者め!」
「理不尽!」
部室から笑いが漏れる。
しまった。
完全にいつもの流れだ。
そこへ舞香が今度は声色を変える。
「勇者だいちゃん!」
「はいはい」
また反射で返してしまった。
「はいはいじゃない!」
「だって絶対ろくでもない話でしょ!」
さらに笑い声が大きくなる。
私は途中で気付いた。
あれ?
なんでみんな笑ってるの?
舞香は満面の笑みだった。
そして監督を見る。
監督は腕を組んだまま頷いていた。
「なるほど」
「でしょ?」
「これは加奈じゃないと無理だな」
「ですよね」
私は嫌な予感しかしなかった。
◇
オーディション終了後。
監督はあっさり言った。
「主役は加奈」
決定だった。
「えぇぇぇ……」
私は机に突っ伏した。
沢木が苦笑する。
「おめでとう」
「全然めでたくないです……」
すると舞香が肩を叩く。
「よかったじゃん」
「よくないよ」
私は顔を上げた。
「私、本当は裏方がよかったんだけど」
「なんで?」
「だって私、だいちゃんの声とクロさんの声やる予定だったし」
舞香はきょとんとした。
そして当然のように言った。
「それも加奈だよ?」
「え?」
「だいちゃんの声も」
「うん」
「クロさんの声も?」
「うん」
「私が?」
「当然」
私は固まった。
舞香は満面の笑みを浮かべる。
「だって普段からやってるじゃん」
部室中が笑いに包まれた。
私だけが笑えなかった。




