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28.舞香とタカタカ

「加奈がすっごい嫌がってるからね、無理に誘わないでね」

舞香がタカタカに諭すように言う。

「全く深い意味なんて無かったんだけど、まあ当然だよね、ごめんな」

タカタカは気まずそうに頭を掻くと、私たちから少し離れた席へ移動していった。

食堂のざわめきが、少しずつ戻っていく。


「……加奈、大丈夫?」


舞香がそっと声を落とす。


「……うん」


そう答えたけれど、多分、全然大丈夫そうには見えていなかったと思う。

自分でも分かるくらい、指先が小さく震えていた。

舞香は何も言わず、そっと私の背中をさすってくれる。

その優しい手の感触に、ようやく少しだけ呼吸が落ち着いてきた。



その日の夜。

私のアパートの部屋は、いつもより静かだった。

ベッドの上に座ったまま、私はぼんやりと右手のだいちゃんを見つめていた。


いつもなら、

「今日はどこ行こうか」

とか、

「次は何を実験しよう」

とか、

舞香とわいわい話している時間なのに。


今日は、そんな空気じゃなかった。

「……ごめんね、舞香」


私が小さく呟くと、舞香は首を横に振った。

「謝らなくていいって。加奈、今日かなり無理してたもん」


そして、少しだけ困ったように笑う。

「今日は実験、中止にしよ」

「……でも」

「だいちゃんに慰めてもらいなさい」

「え?」

思わず顔を上げる。


舞香は、いつもの軽い笑顔じゃなくて、

もっと柔らかい、安心させるみたいな顔をしていた。


「加奈、今日は頭ぐちゃぐちゃでしょ」

「……」

否定できなかった。

タカタカに悪気が無かったのも分かってる。

ただの冗談だったのも分かってる。


でも、“手を繋いで一緒に寝る”

という言葉だけが、まだ胸の奥でざわざわと波立っていた。


舞香は立ち上がると、ベッド脇に置いていた鞄を持つ。

「今日は私、帰るね」

「えっ」

「大丈夫。明日また来るから」

そう言って、舞香は玄関の前で一度だけ振り返った。


「ちゃんと寝なよ、加奈」


静かに扉が閉まる。

部屋の中には、急に時計の音だけが残った。

私はしばらく動けなかった。



やがて、私はゆっくりベッドへ潜り込む。

右手には、いつものだいちゃん。

当然だけど、現実のだいちゃんは何も喋らない。

ただの、少しくたびれたタヌキのパペット。

それなのに。


私は右手を胸の前へ抱き寄せ、小さく呟いた。

「……会いたいな」

異世界へ行けば、

だいちゃんが笑ってくれる。

クロさんが偉そうに騒ぐ。

舞香が呆れながら笑う。


あの世界に行けば、

なんだか全部どうでもよくなる気がした。

だから私は、ぎゅっと右手を抱えたまま目を閉じる。

きっと次に目を開ければ、

ミクスの町の広場で――。



次に目を開けた時。

そこにあったのは、見慣れた安アパートの天井だった。

朝日がカーテンの隙間から差し込んでいる。


「……あ」


私はしばらく瞬きすらできなかった。

右手を見る。


だいちゃんは、ただ静かに動かないまま、

私の腕にはまっている。


『加奈お姉ちゃん!』


そんな声は、どこからも聞こえなかった。


私はゆっくり身体を起こす。


異世界の感覚も、森の匂いも、石畳の感触も、何も残っていない。

ただ、普通の朝だけがそこにあった。


「……そっか」


小さく呟く。


そして私は、動かないだいちゃんの頭をそっと撫でた。


「……会いたかったのにな」

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