27.現実世界も不穏
ギルドの仮眠室で眠りにつき、私たちはあまりにもあっけなく現実の世界へと戻ってきた。
あのAランク冒険者の重い言葉が、今も耳の奥に残っている。
けれど、そんな異世界の緊張感を一瞬で吹き飛ばすような大事件が、翌日の大学の学食で起きた。
昼休みの混雑した食堂。私と舞香はいつものようにトレイを並べ、周囲に聞こえないよう小声でだいちゃんたちの話をしていた。
その時、背後からトレイを持った影が近づいてきた。
「よっ。隣、空いてる?」
声をかけてきたのは、同じ演劇サークルの仲間である男子、高井義孝。通称『タカタカ』だ。
タカタカは私たちの対面に腰を下ろすと、興味津々といった様子で身を乗り出してきた。
「さっきから何の話してんの? えっ、だいちゃんって、あのパペットの?」
「あー、いや、それはサークルの小道具の話で――」
私が必死に言い訳をひねり出そうとした瞬間、お調子者の舞香が「違うよー!」と口を挟んだ。
「実はさ、加奈ってばあのパペットを右手にはめて寝ると、異世界に行けちゃうんだよねー!」
「ちょっと、舞香のバカ!!」 いくら冗談だと思われるとはいえ、心臓に悪すぎる。
しかし、タカタカの反応は私の予想とは違っていた。
「えっ、異世界? 何それオモロ」
「えっ、ちょっと待って、行けるの? マジで」
「俺も行ってみたい!」
タカタカのテンションがどんどん上がっていく。
これ以上巻き込むわけにはいかない私は、食い気味に突っぱねた。
「ダメだよ! だって、あっちに行くには、私としっかりと手を繋いで寝るしか方法が無いんだから」
だから男のあんたには無理、という意味を込めて放った言葉だった。
しかし、タカタカは実にあっけらかんとした表情で、ニカッと笑った。
「えっ? じゃぁ、今度一緒に寝る?」
「はぁっ!?」
私は椅子をガタンッと激しく鳴らして立ち上がった。
「む、無理無理無理無理!!」
昼時の賑やかだった食堂が一瞬で静まり返り、周囲の学生たちの視線が、一斉にこちらへ突き刺さる。
不審な男に絡まれている現場だと勘違いしたのか、遠くの席の知らない先輩までこっちを見ている。
「え、そんな全力拒否!?」
タカタカが本気でショックを受けたような顔をするけれど、今の私には知ったことじゃない。
「いやそういう問題じゃなくて! 私、そういうの本当に無理だから!!」
「加奈、落ち着いて、声デカいって! みんな見てるから!」
舞香が真っ赤になって慌てて私の袖を引っ張る。
言われてハッと我に返り、私はロボットのような動きでそろそろと椅子に座り直した。
けれど、胸の奥の心臓はさっきから早鐘を打ったようにバクバクと暴れ回っている。
だって、男の人と一緒の布団で寝るなんて。
いくら異世界の検証のためとはいえ、そんなシチュエーション、これまでの人生で一度だって考えたこともなかったのだから。
……オオカミに追いかけられた時より、今の方がよっぽど心臓に悪い。
私は俯いたまま、熱くなった顔を隠すように味噌汁をすすった。




