26.ベテランの仕業
「ねぇ、本当に誰もいないよね……?」
私は何度も後ろを振り返りながら、早足でミクスの町へと戻ってきた。
結局、あの森の出口で感じた刺さるような視線の正体は分からずじまい。
私のウエストバッグの救急セットが出動することもなかった。
「もう、加奈ってば心配性だなぁ。ほら、ギルドに着いたよ」
舞香に背中を押されるようにして、私たちは冒険者ギルドの扉をくぐった。
夕方のギルド内は、一日の依頼を終えた冒険者たちでいつも以上に賑わっている。
私たちは受付カウンターへと向かい、あの緑色の依頼票をお姉さんへ差し出した。
「すみません、指定された場所に行ってみたんですけど、オオカミの姿がどこにもなくて……。
今回は空振りということで、キャンセル手続きをお願いします」
私ががっくりと肩を落として言うと、受付のお姉さんは「あ!」と何かに気付いたように声を上げた。
「ごめんなさい、加奈さん! 実はその依頼、ついさっき別の冒険者から完了報告が入ったところで、
まだ掲示板の更新が間に合っていなかったんです!」
「えっ? 完了報告?」
私が目を丸くしていると、カウンターの奥から「ガハハ!」と豪快な笑い声が響いてきた。
振り返ると、そこには全身に傷跡のある頑丈な鎧をまとい、背中にギガント級の大剣を背負った、見るからに強そうな大男が立っていた。
「いやー、すまねえお嬢ちゃんたち! 俺がさっき、森の奥で別の魔物を追ってたんだがよ。
途中で、やたらとデカくて凶暴なオオカミが二匹、俺に牙を剥いてきやがってな! 危ねえからその場で一刀両断にしちまったんだわ!」
男はすまねえすまねえと頭を掻いている。
その胸元でギラリと光っているのは、最高位に近い【Aランク】のギルドプレートだった。
「……あ」
私の頭の中で、すべての点と線が繋がった。
森の中に残されていた、あの巨大な足跡、生々しい爪痕、そして食い荒らされた鹿の死体。
あれはオオカミたちが私たちを待ち伏せていたわけではなく、ただ単に、
このベテランAランク冒険者に遭遇して絶望的な戦いを繰り広げた(そして一瞬で片付けられた)直後の名残だったのだ。
「なんだぁ、もう倒されてたのかー!」
舞香がガクッと肩の力を抜く。
『チェッ、僕の出番はなし?』
『フン、命拾いしたな、オオカミめ』
だいちゃんとクロさんも、呆れたようにブツブツと文句を言い始めた。
「じゃ、じゃあ……私が森の出口で感じた、あの恐ろしい視線は……?」
私が恐る恐る尋ねると、Aランクの男はポンと手を叩いた。
「あ、それ俺だわ! 森を出る時、なんか右手にタヌキ、左手にオオカミのぬいぐるみをはめて、
腰に謎のバッグ巻いたお嬢ちゃんたちが、ブツブツ言いながら歩いてるのが見えてよ……。
いや、新手の召喚術師かと思って、物珍しくてじっと見ちまったんだ。驚かせて悪かったな!」
「…………」
恐怖の正体は、ただの「ベテランからの生温かい目線」だった。
恥ずかしさのあまり、今すぐウエストバッグに顔を突っ込んで消えてしまいたくなる。
「ま、用心深いのは悪いことじゃねえよ」
赤面する私を見て、Aランクの男は笑いながら、背中の大剣を軽く叩いた。
「冒険者ってのはな。“大丈夫だろ”って思った時が、一番死ぬんだ」
その言葉だけは、さっきまでの豪快な調子とは違って、砂鉄を飲んだように妙に重かった。




