16.舞香
昼休みの学食は、今日も騒がしかった。
カレーの匂い、トレイのぶつかる音、どこかの席から聞こえる笑い声。
そんなざわざわした空気の中で、私は向かいに座る舞香へ、今朝の“渋柿事件”を説明していた。
「――でね、だいちゃんが柿かじった瞬間、“ぐあああああ!”って叫びながら暴れ出して、そのまま現実に戻ってきたの」
「ふふっ、なにそれ」
舞香は肩を震わせながら、オムライスをスプーンでつつく。
「勇者なのに、渋柿で敗北してるじゃん」
「ほんとだよ……。しかも、なんか私まで口の中渋かったし」
私は紙パックのミルクティーをずずっと吸った。
「面白い話だね。……で、加奈はどう思うの?」
「えっ、どうって?」
「だからさ。どういう条件で、あっちとこっち行ったり来たりしてるのかなーって」
私は少し考え込む。
「うーん……多分だけど、戻る時って、だいちゃん側が原因なんじゃないかな」
「だいちゃん側?」
「うん。最初に戻った時は、私が『足』って言われて叫んじゃってさ。多分、だいちゃんもびっくりしてリンクが切れたんだと思う」
「リンク」
舞香が面白そうにその単語を繰り返した。
「それに、ギルドの仮眠室で寝た時は普通に朝になって戻ってたし……。今回も、だいちゃんが渋柿食べて大パニックになった瞬間、戻ってきた」
思い返すだけで、ちょっと口の中が渋くなる気がする。
「だから多分、私とだいちゃんって繋がってるんだよ。で、その“リンク”が切れると、現実に戻る……みたいな?」
「へぇー……」
舞香はストローをくわえたまま頷いたあと、急に目を輝かせた。
「ねぇ加奈」
「なに?」
「それ、絶対サークルでウケるよ」
「……え?」
「いや、普通に設定が強いって!」
「……えっと?」
舞香は身を乗り出し、机をばんっと軽く叩く。
「だってさ!
勇者がパペットで、加奈が“足”で、さらに召喚術師!
しかも異世界との行き来条件が“リンク切断”とか、設定めちゃくちゃ強いじゃん!」
「いやいや、設定っていうか実体験なんだけど……」
「なおさらいいよ!」
舞香は完全に演劇モードの顔になっていた。
「ねぇ、それシナリオに落とそうよ!
演劇サークル用にさ!」
「えぇっ!?」
周囲の視線が少しこっちへ向いた気がして、私は慌てて声を落とす。
「ちょ、ちょっと待って!
そんな簡単に言わないでよ!」
「絶対ウケるって!
“勇者だいちゃんとその足”とかタイトルだけでもうズルいもん!」
「ズルくない! むしろ不名誉だから!」
舞香はケラケラ笑いながら、ポテトを一本つまんだ。
「でもさ、加奈のツッコミが全部リアルなの強いよね。
“なんで私が足なの!?”とか、“セルフ効果音なの!?”とか、テンポめちゃくちゃ良いし」
「……それは、まあ……」
言われてみれば、演劇サークルで鍛えられた“間”みたいなものは、最近ちょっと意識するようになっていた。
舞香はニヤニヤしながら続ける。
「しかもクロさん追加でしょ?
勇者と魔法使いが左右から引っ張って、加奈が真ん中でキレるの、舞台映えするって絶対」
「人の苦労をエンタメ化しないでくれる?」
「えー、でも観たいもん」
舞香は楽しそうにストローをくるくる回した。
「……で?」
「で?」
「私も行ける気しない?」
「話飛んだ!?」
私は危うくミルクティーを吹きそうになった。
舞香は真顔で頷く。
「だってさ、加奈って召喚術師なんでしょ?」
「う、うん……」
「クロさんって、加奈が左手にはめたから召喚されたんだよね?」
「まあ、多分……」
「だったらさ。加奈と繋がった状態で寝たら、私もあっち行けるんじゃない?」
「繋がった状態って……」
舞香は当然のように、私の左手をぎゅっと握った。
指と指が絡む、恋人繋ぎ。
「こうやって!」
「えっ」
「ほら、召喚術って“接続”っぽいし!
ゲームのマルチプレイ招待みたいなものでしょ?」
「いや、そんな軽いシステムかなぁ……」
私は頭を抱える。
でも、理屈としては妙に筋が通っている気もする。
加奈=召喚術師。
だいちゃん=右手。
クロさん=左手。
……そこに舞香が加わったら?
「でもさ、もし本当に行けたとして……舞香の称号、どうなるの?」
「え?」
「私なんて『勇者だいちゃんの足』なんだよ?」
すると舞香は、ぱっと顔を輝かせた。
「えーっ、楽しそう!」
「どこが!?」
「じゃあ私は、クロさんの足かな?
あっ、でも左右でちょうどいいかも!」
「よくない!」
学食に、舞香の笑い声が響く。
周囲のざわめきに紛れながら、私は大きくため息をついた。
「……舞香、本気?」
「本気本気!」
舞香は満面の笑みでウインクする。
「今日、加奈の家泊まっていい?
接続実験しようよ!」
私はしばらくその笑顔を見つめて――そして、諦めたように肩を落とした。
もし本当に舞香をあの世界へ連れて行けたら。
あの騒がしい勇者と魔法使い相手でも、少しは心強いかもしれない。
「……わかった。じゃあ、今日の夜ね」
――この時の私は、まだ知らなかった。
舞香の称号が、私よりずっとマシなものになるなんて。




