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【休載中】(初稿版)本能寺は止めない、だが光秀は死なせない 〜未来を知る将軍・足利義昭、戦国を動かす〜  作者: 細川 雅堂
第七章 無音の包囲網

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第三十二話 排出の土、拒絶の礼

城を出た光秀は、うまやへ向かった。

朝の空気は冷たい。湿った藁の匂いが、鼻の奥に残る。


厩番は、手元の帳面を無心にめくっていた。

紙の擦れる音だけが、規則正しく続く。


「……明智様の馬は、先ほど『整理』されました」


筆が墨を吸う。じゅ、と小さく鳴る。

光秀の喉が、わずかに上下した。


名を呼ぼうとして、止まる。声は出なかった。

厩番は最後まで顔を上げない。ただ、静かに帳面を閉じた。


光秀は、何も言わずきびすを返した。

奥から、建物を直す槌の音が響く。


トン……トン……。


その乾いた音が、光秀の胸の奥深くに沈んでいった。



徒歩で京へ向かう。

足元の泥は、嫌に生温かい。踏み込むたび、鈍い音を立てる。


村に入ると、見知った顔がいくつかあった。

だが、光秀の姿を認めるなり、彼らは一斉に地に額をつけた。


泥に沈む、湿った音。

誰も顔を上げない。


「……明智様」


声は震えていた。だが、言葉はそれ以上続かない。

光秀が通り過ぎる。


その後ろで、土が動く音がした。

ザッ……ザッ……。


振り返ると、彼らは光秀が残した足跡に、必死に土を被せていた。

均していく。最初から何もなかったかのように。


音が止む。風も、止まる。


一人の農民が、ゆっくりと近づいてきた。

手が、激しく震えている。


その手が、光秀の足元に、小さな石を置いた。


投げない。ただ、置く。

石は泥に沈み、わずかな重みが光秀の足裏に伝わる。


光秀は動かなかった。

農民の目は、光秀自身ではなく、その背後にある「何か」を見ていた。


光秀は、その場を離れた。

背後では、誰も何も言わなかった。



京に辿り着き、門を叩く。

しばらくして、内側から声が返った。


「……光秀様」


藤孝だった。門が開く。

藤孝は、丁寧に、深く頭を下げた。


泥にまみれた姿を咎めもしない。ただ、静かに道を通す。


奥から音がする。

米を噛む、乾いた小さな音。


光秀が進む。義昭は背を向けたまま座していた。


「道は、泥であったか」


それだけを言う。

指先で、米を一粒つまみ、弾く。


白い粒が畳に落ち、転がり、止まる。


藤孝が、背後で告げた。

「織田の軍勢が、京を囲い始めました。敵としてではなく……警備の名目で」


光秀の足元から、乾きかけた泥が剥がれ落ちる。



泥は、畳の目に沿って広がっていく。

静かに。音もなく。


黒い汚れが、じわじわと形を変えていく。


光秀は、ただそれを見ていた。

動けなかった。


奥では、米を噛む音だけが、淡々と続いていた。



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