第三十話 白の沈黙
街道に、長い列があった。
安土へ引き返す荷車の群れ。
兵の姿はない。誰も、命じてなどいない。
それなのに──
人足たちは皆、同じ調子で鼻歌を歌っていた。
「ほいさ……ほいさ……」
妙に揃った足取り。軽い肩。揺れる荷車。
別の人足は、歩きながら安土の方角へ手を合わせていた。
祈るように。
帰るのではなく、帰りたがっているように。
光秀は列の端に立ち、一人の人足と目が合った。
……はずだった。
人足の視線は、光秀を通り抜け、その先の安土だけを見ていた。
鼻歌は続く。
「ほいさ……ほいさ……」
光秀の足元の土に、さらりと白い粉が落ちた。
荷車の列が、遠ざかっていく。
光秀は声をかけようとした。
「……待て」
喉が張り付いたように動かない。
ようやく絞り出した声は、白い粉に吸い込まれ、誰にも届かなかった。
頬についた白い粉を拭う。
手が白くなる。街道も、白く染まっている。
風に舞う粉が、光秀の肩に音もなく積もっていく。
誰も振り返らない。
誰も、光秀を見ない。
ただ、白だけが残った。
二条御所の奥。
畳に散った米を、義昭は一粒ずつ、丁寧に拾い上げていた。
指先は、決して震えない。
白い粒が、静かに掌に集まっていく。
「……これを、炊け」
藤孝が深く頭を下げ、静かに去る。
しばらくして、湯気の立つ椀が置かれた。
義昭は箸を取り、白い米を口に運ぶ。
咀嚼の音だけが、部屋の静寂に落ちていった。
街道には、もう誰もいなかった。
ただ、荷車が落としていった白い米の跡が一筋。
安土へ向かって。
細く、長く、どこまでも伸びている。




