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【休載中】(初稿版)本能寺は止めない、だが光秀は死なせない 〜未来を知る将軍・足利義昭、戦国を動かす〜  作者: 細川 雅堂
第六章 政治戦の開幕

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第二十九話 市の崩れ

安土からの使者が、京へ到着した。

だが、持参したのは詰問状ではなかった。


布袋から取り出されたのは──米切手(米の引換証)。


「安土の蔵より、米を放出するとのこと」


使者は淡々と言った。

京の商人たちは、一瞬、呆然と顔を見合わせた。



翌朝。

京の市に、巨大な白い山が積まれた。


安土産の米。

しかも──。


「……安い」

「ただ同然やないか、これ!」


掲げられた値札が、信じられないほど低い。

商人たちは、我先にと歓声を上げた。


「買え! 全部買え!」

「今のうちや! 蔵を空にしてでも積み込め!」


義昭が整えたはずの“高値による安定”は、

安値という名の、抗えぬ奔流に飲み込まれていった。


米俵が次々と崩れ、

真っ白な粒が、無残に地面に散る。



昼が過ぎる頃には、京の相場が完全に底抜けした。


昨日まで「資産」だった蓄えは、

紙屑同然に価値を失い、市場はパニックに陥る。


「う、嘘や……」

「昨日の値の半分以下やぞ……! 破産や、おしまいだ!」


商人の顔が、みるみる青ざめていく。

朝の熱狂的な活気は、

夕方には、絶望と混乱へと変わっていた。



秀吉は、市の端で積み上がる米俵の山を見つめていた。


積み上がる白。

崩れ落ちる白。

泥にまみれて奪い合う、無数の手。


その光景を前に、秀吉は喉の奥で小さく呟いた。


「……信長様は、堤を壊しはった」




「流れが、完全に逆になったわ」


勝家の怒号も、商人の悲鳴も、

秀吉の耳には、遠くの波音のようにしか聞こえなかった。



光秀は、安土から届いたばかりの米を、一握り手に取った。


白い。

やけに、白い。


(……死装束の色だ)


胸の奥が、氷を当てられたように冷えた。


京に溢れる白。安土へ戻らぬ白。価値を失った白。


(信長様は……米そのものを、弾丸として京へ叩きつけたのだ)


義昭が緻密に積み上げた“静かな均衡”が、暴力的な物量によって一瞬で崩れ去る。

光秀は、その圧倒的な破壊の速さに、ただ言葉を失った。



二条御所。

喧騒の届かぬ、静謐な奥座敷。


藤孝が報告を終え、音もなく静かに下がる。

義昭は、それに応えない。


ただ、運び込まれた安土の米を一掴みし、

指の間からさらさらとこぼれ落ちる白い粒を、

吸い込まれるようにじっと見つめていた。


畳に落ちる音は、驚くほど静かだった。


外からは、

京の市が、内側から崩壊していく音だけが聞こえていた。

「1日2回公開キャンペーン」、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


信長という男は、刀を使わずとも街を殺せる。


キャンペーンとしての連打はここまでですが、物語の熱量はここからさらに上がっていきます。

明日、第30話「白の沈黙」をもって、第6章『政治戦の開幕』は完結。


崩壊の底で、義昭が何を掴み取るのか。

明日からは通常通り、21時10分にお待ちしております。

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