第二十四話 織田への疑い
京の朝はざわついていた。
将軍暗殺未遂の噂が、夜明けとともに広がっていた。
将軍襲撃。
刺客。
黒幕。
そして──
犯人の名は出ていない。
噂だけが、独り歩きしていた。
御所近くの屋屋。
数名の公家が集まり、声を潜めて話していた。
「将軍が襲われるとは……」
「京の治安はどうなっている」
「犯人は捕まったのか」
その中の一人が、ためらいながら言った。
「……織田ではないか」
空気が止まった。
誰も肯定しない。
誰も否定しない。
だが、信長の強さを恐れる公家たちは、
その可能性を口にすること自体が、
すでに“疑い”を生んでいた。
寺院でも同じ話が出ていた。
「将軍暗殺とは……」
「武家の争いが京に及んだか」
「いや、織田が京を支配するためでは」
僧たちの声は低い。
しかし、その低さが逆に重かった。
疑いは、静かに広がっていく。
光秀は義昭のもとへ急いだ。
「将軍様……京では、織田の名が出ています」
光秀の声には動揺があった。
織田家臣として、
将軍の側近として、
どちらの立場でも苦しい。
「信長様が疑われております」
義昭は庭を眺めたまま、答えた。
「そうか」
光秀は思わず言った。
「止めるべきでは……?」
義昭は首を振った。
「それでよい」
光秀は息を呑んだ。
義昭は続けた。
「疑いは止めるものではない」
「流れを読むものだ」
光秀は言葉を失った。
光秀はようやく理解した。
将軍は疑いを恐れていない。
疑いを止めようともしていない。
疑いを──使っている。
義昭は静かに言った。
「疑いは刃より速い」
「刃は人を斬る」
「だが疑いは国を動かす」
光秀の背筋が冷えた。
義昭は光秀に問う。
「光秀」
「織田はどう動く」
光秀は答えられなかった。
信長の性格。
織田家の立場。
京の空気。
どれも読めない。
義昭は微笑んだ。
「疑われた者は必ず動く」
「それが次の盤面だ」
その時──
廊下から足音が響いた。
「将軍様!」
伝令が駆け込む。
「京で……騒ぎが!」
義昭は静かに目を閉じた。
(来たか)
光秀は気づいた。
将軍は驚いていない。
最初から──
それを待っていたのだ。




