第16話 声
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(そんな引っ張らないでくれ……頼むから。それはとても大切なものなんだ――)
気が付いて目が覚めると、自分の腕から何かが取り上げられるような感覚がある。寝ぼけながら、何だろうと思い顔を上げると、見知らぬ若者二人が目の前にいて、タカテラスの持っていた荷物を彼から引きはがそうとしていた。
「うわ!」
タカテラスは反射的に大きな背負い鞄をぐいっと引っ張ると、力仕事をしていたお陰か難なく奪い返せることができた。だが、ほっとしたのも束の間、相手は悪態をつくと、タカテラスの傍に置いてあった布の包みを掴む。
「あ! それは駄目だ!」
そう言ったが、それが間違いだった。彼らはにやりと笑うと、包みを手にして街道ではなく森の中へ入って行ってしまう。
「待って!」
(ヒナタに貰った大切な如雨露を盗られた!)
タカテラスは飛び起きて荷物を背負うと、彼らを追うために駆け出した。
(ああ! 俺の馬鹿! 何やっているんだろう!)
フィリンガーに来たときはあれほど警戒していたのに、森に入った途端自分の村の傍にあるそれを思い出して気を緩めてしまった。うたた寝なんてしてはいけなかったのにと何度も責めるが、今はそんなことをしている場合ではない。彼らを追い掛けなくては。
(急げ!)
頭も体もまだ寝ぼけているような感じがするが、如雨露がなければヒナタに会えなくなってしまう。
タカテラスは必死になって、若者たちの背を追った。
「はあ、はあ、はあ、はあ……」
どのくらい走っただろうか。タカテラスは立ち止まると、木に背を預けながらせわしい息遣いを整える。もう、足も上手く動かない。だが、如雨露は奪われたままだ。
「ごめん、ヒナタ。ごめん……」
唯一、彼と自分とを繋げる重要なものであったのに、易々と盗られてしまった。盗みをする者は、大抵金がないからである。きっとあの如雨露は高く売れるに違いない。そして二度とタカテラスに戻ることはない。
そう思うと、彼の目から涙が零れた。
盗んだ青年たちが一番悪い。だが、それを許してしまうような状態にいた自分にも非はある。
「……」
タカテラスの胸の中では如雨露を失くしたことへの衝撃が大きかった。
二十二年間共にいたからというのもあるし、これがあるお陰でヒナタに会える期待があったからというのもある。そして、家族も説得してようやくここまで来たというのに、簡単に大事なものを奪われて酷く惨めな気分だった。
こんなことなら如雨露をいつまでも手元に置いておいて、ヒナタのことを思い続けた方が良かったのかもしれないとさえ思う。
「……帰ろう」
タカテラスはひとしきり泣くと、涙を拭いて立ち上がる。
北側に向かって歩けば、元の道に戻れるだろう。幸い太陽はまだ見える位置にある。少し遠くに来てしまったが、日が暮れるまでには間違いなくあの道へ出られるはずだ。
そう思って振り返り、元来た道を歩きだす。足が鉛のように重い。無理矢理走ったからだろうか。本当は、それだけではないことは分かっていたが、タカテラスは自分の気持ちに気づかぬように、黙々と北へ向かって歩いた。
「どうして出られないんだ……?」
だが、いつまで経っても街道には出られない。気づいたときには日が傾き、森の中には日が差さなくなっていた。
(おかしい……。ちゃんと太陽の位置を確認して歩いてきたはずなのに)
タカテラスは仕方なく、持っていたランプに火を付ける。これで暗くなっても寂しさは紛れるが、見知らぬ森のなかを歩くのは危険だ。
(この森に何がいるのか分からないから、このまま進んだほうがいいとは思う。だが、迷ってしまっては元も子もない……)
考えあぐねていると、右手の奥の方にちらと明かりが見える。それは間違いなく、人が作った明かりだった。
「……」
彼は惹かれるように、その光に向かって歩いた。足も疲れ切っていて重いし、お腹もすいている。縋るような思いで近づくと、開けた場所に出た。
そこには木で出来た家が建っていて、ろうそくの明かりで灯されているのか、窓からは柔らかな光が漏れている。
誰か住んでいるのだろうかと思ったとき、後ろから声が聞こえた。
「ようやく見つけた」




