3-23
…聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。それこそ、世界がひっくり返ってしまうくらいのとんでもないことを。
「秀吉さん、の主君、ってことは…」
「えぇ、お察しの通りですよ。圧倒的な武力により日本を統一した天下人、織田信長様です」
「つまり、陽のお父さん…?」
「そういうことになりますね。今となってはほぼ絶縁状態となっていますが」
この人は陽に向けて、主君を殺してくれと頼んだ。それは今日本で一番偉い人を殺すことと同時に、彼に実の父親を殺せと言っているのだ。
いくら殺人鬼で殺人狂とはいっても、肉親を手にかけろというのはあまりにも酷ではないだろうか。
「…陽」
そう思い、私は不安であるのを隠さずに彼の名前を呼んで彼の顔を見る。先程まで驚愕の色が強かった彼の顔はどうなっているのか。
彼の顔を見た私は自分の目を疑う。そこにあったのは不安や焦燥などではなく、ただ二つのある感情。
「言われなくても、当然殺るつもりだ…。あれは俺が殺す」
語気からも感じ取れる強い怒り。そして、この瞬間を待っていたかの如く嬉々とした表情。
…あぁ、彼を普通の物指しで計るのは馬鹿げたことなのだ。
たとえ肉親であっても、自分の殺したい相手は問答無用で殺す。彼の根幹にあるのは縁者への情などではなく、殺すことへの強い欲望。
「…そう言うと思ってましたよ。彼を殺したのは貴方なのですから」
「あぁ。あいつのやりたかったことは俺が殺る。ずっと決めていたことだ」
そしてもうひとつあるらしいのが、死んでしまった、殺されてしまった、…陽が殺してしまった、彼の意志。
「ずっと言ってましたよ、いつか私が『あれ』に取って変わると」
「言ってたな。そうして野心が強すぎた挙げ句、俺なんかの世話役になってちゃ世話ないわな」
彼への思い出を語りながら少しだけ笑い合う二人。その光景は、私の知らないところではたくさん行われていたことなのだろう。
「…まだ知らないこと、ばかり」
陽の全てを知りたい。私と会う前の彼のことを、まだ私は全然知らないのだ。
私との付き合いは彼の人生の中では決して長くない。それこそ秀吉さんに比べたら取るに足らない期間だ。
だけど、悔しくはない。だって、陽が死ぬまで、私が死ぬまではずっと一緒にいるのだから。そう、彼と約束したのだから。
「…ん? 何か言ったか、夏生?」
「別に、何も…」
だから、今は彼を精一杯支えてあげよう。彼の叶えたいことを、殺りたいことを見守っていよう。
今の私にはそれぐらいしか出来ない。だけど、きっとそれは彼にとって大きなことであると…あればいいな、と思う。
「陽なら、大丈夫…だよ」
こんな稚拙な言葉でも、彼の助けになるというならば。
「…あぁ、当然だな」
一度死んだ、私の拙い笑顔でも…彼の為になるならば。




