3-17
彼が、壊れてからどれくらいの時が経ったのだろうか。
恐らくそう長い時間は経っていない。多く見積もっても一時間は経っていないはずだ。
しかし、その場にいた者にとっては永遠だ。特に、当の本人にとってはこの時間は永遠にも感じられたかもしれない。
「………………………」
壊れてしまった彼は、自分の周りを無言で見つめる。彼の周りには夥しい程の人の血と無数に存在する死体。
無論全てが全て彼の物だ。全ては彼の手にかかったものだ。
刀についた、既に誰のものかも分からない血は地面へと音を立て滴り落ちる。
誰もが生きていた。少し前までは動いて、喋って、血が通っていた人間だった。
「…あ、あ…」
血の滴る音以外の音が彼の耳を捉えた。どうやら全てを自分の物にしたと思っていたが、一人取り逃していたらしい。
とはいえ、声のか細さからして既に虫の息。放っておいても少し後には息絶えるであろう人間。
「…ごめん、中途半端で」
そうであることは彼も重々承知ではあるはずなのだが、勿論そんなことは彼に何の関係もなく。
「今、殺すから」
息も絶え絶えとなっている、そんな人間に無慈悲にも刀を突き立てる。
そこには一切の迷いもなく。むしろ喜びさえ感じて。
生きていたはずの人間から吹き出る血が、また彼の顔を醜く歪ませていく。それが彼が壊れてしまっていることを良く表していた。
そうしてその場にいた全員を殺し終えたと分かったその瞬間。
「…!!!!!! …何、だ、これ…?」
醜く歪んでいた彼の顔は、瞬く間に恐怖と疑問の表情へと豹変する。
この光景を誰かが見ていたら、誰もが首を傾げ、誰もが戸惑いを生じさせるだろう。
当然も当然。彼が恐怖を抱き、疑問を浮かべている物は全てが彼の所業であるのだから。
「…俺が、俺がやったのか…!? 」
自らの血に染まった両手を見て、彼は自分のやった事の全てに気付く。
人を殺したことによって自我が崩壊し、そして殺せる人がいなくなり自我が復活した彼は。
「…俺が、俺が殺して…!! こいつらを…! 光秀まで…!!」
腹心の従者を、自分の家臣を全て自分の手で殺して。今までにない程の惨劇を引き起こして。
「…なのに、どうして…」
そうであってもなお、一度自我が崩壊し、快楽に身を預けた彼の胸中は。
「…こんなに、俺は満たされてる…!?」
彼が自分で光秀や家臣に言った通り、彼は既に『信蔵』ではなく。
もう元には戻れなくなっていることも、彼は理解する瞬間だった。




