3-16
その場にいた誰もがその光景に目を奪われていた。
当主の子息と、その家に仕えていれば誰もが知っているであろう家臣。
その二人の全力の殺し合い。一切の手加減などなく、どちらかが必ず死ぬ、本物の殺し合い。
それは時間にして二分足らずであっただろうか。二人が向かい合ってからそんなに多くの時間は経っていない。
しかし、見ている側の目にはそれが長時間に渡る攻防に見えたのも無理はない。自分達では明らかに到達出来ないであろう、命と命のやり取り。
「…………………」
誰も言葉を発することはない。否、出来はしないだろう。
そうして、光秀が死亡してから少しの時間が経った後のこと。
光秀の目から溢れ出る涙を拭い、そして自分の目からも溢れる涙を拭った信蔵は、群衆の方へと振り返る。
その場にいた全ての人間が見たのは真っ黒な着物は返り血で真っ赤に染まり、手に持った刀の血を不気味な笑みを浮かべて舐める信蔵の姿。
見たもの全てを恐怖へと陥れるには十分過ぎる姿であり、全員に本能的に理解をさせた。
「…まだ、いるんだな」
そう呟いた信蔵の発言に、その理解がやっと頭に追い付く。
この場にいれば殺される。だが、『身体が動かない』。
このままここに留まれば数秒後に殺されるのは自明。そう分かっていても、圧倒的な死への恐怖と絶望的な殺意の前では身体が満足に動いてはくれない。
じわ、じわ、と近付いてくる信蔵…否、『信蔵だった者』をただただ怯えながら見ることしか出来ない。
「全員、覚えてる…。全員が知ってる顔だ…」
当然のことながら、彼は全員の名前と顔を知っている。彼はこの十数年をここで過ごしてきたのだから。
つまり全員が顔見知りであり、そして仲の良い者も勿論いたはずだ。
「く、来るな…!! 貴方はあの信蔵様などではない…!!」
ある一人の勇気ある家臣はそう彼に告げる。確かに今の彼は、皆が知っている人物とはかけ離れた存在だ。
人が死ぬのを恐れ、人を殺すことをせず、人を愛している、そんな彼の昔の姿とは。
それが死や殺人から離れられて育てられた彼の印象。
「…あぁ…。もう確かに俺は…」
しかし今の彼は、全ての箍が外れてしまった。人の死に触れ、最も信頼していた人物すらこの手で斬り裂いた。
故にその面影は既になく。
「ただの人斬りだよ」
彼は歪な笑顔を崩さぬまま刀を握りしめて、群衆へ向けて全力で踏み出す。
誰一人として残さず、皆殺しにするために。




