第5話 おや!? プニのようすが……!
「お、お前……その姿は……!」
目の前に現れた光景に、俺は言葉を失った。
ついさっきまで光に包まれていたスライム。
その場所に立っていたのは、青みがかった半透明の少女だった。
髪の毛から指先まで、まるで透明なゼリーを人の形に作り上げたような姿。体の内側には周囲の景色がぼんやりと透けて見え、歩くたびに表面が波打っていた。
そう。
少女の姿をしてはいるが、間違いなくスライムだった。
「ひ、人の姿になったあああ!?!?」
「魔王様!」
「うわっ!?」
プニが突然飛びついてきた。
湿っていて柔らかい体が俺の腰に巻きつく。腕も、胴体も、どこもかしこも全体的にふにゃふにゃした感触だった。
「ちょ、ちょっと! 何をするんだ!」
「魔王様! 魔王様!」
「いや、だから! 離れろ! 湿ってるだろ!」
「魔王様!」
「人の話を聞いてるのかあああ!」
俺は必死になってプニを引き剥がした。
……はあ。
危なかった。
もう少し遅れていたら、俺までスライムにされるところだった。
いや、そもそもスライムが人の姿に変身できるなんて、どう考えてもおかしいだろ!
いったい何がどうなっているんだ?
俺はプニの姿を上から下までじっくりと眺めた。
青みがかった半透明の体。
人間に似た姿形。
そして、俺をキラキラとした瞳で見つめるその目。
「……まさか」
ふと、一つの可能性が頭をよぎった。
名前。
俺はプニに名前をつけた。
そしてその直後、こいつは人の姿に変わった。
ということは……!
「そ、そういうことか! 名前を変えたからなのか!?」
俺は慌てて周囲を見回した。
ちょうど足元にスライムが一匹いた。
よし。
試してみよう。
「お前は今日からブニだ!」
ぽん!
スライムがぴょんと跳ねた。
……それだけだった。
「……あれ?」
「ぽん!」
「いや、待て。ブニ!」
ぽん!
「ブニ!」
ぽん!
何度呼んでみても結果は同じだった。
スライムはいつも通り、ぴょんぴょん跳ね回るだけだった。
「……どうして変わらないんだ?」
名前をつけるだけじゃ駄目なのか?
それとも、プニにだけ特別な条件があったのか?
あるいは、俺が知らないうちに何か別のことが起きていたのか?
「うーん……」
俺は腕を組んで考え込んだ。
これは思った以上に重要な問題だ。
もし名前をつけるだけで魔物を人型に変えられるなら、今後の計画にもかなり役立つだろう。
逆に別の条件が必要なら、まずはその条件を突き止めなければならない。
……よし。
ひとまず保留だ。
いつか必ず解き明かしてやる。
そう決意した、そのときだった。
「……あの」
背後から遠慮がちな声が聞こえてきた。
振り返ると、狩人たちが俺を見つめていた。
正確には、俺とプニを交互に見ていた。
口を開けたまま固まっている者もいれば、目をこすっている者もいる。
……あ。
そういえば、こいつらの前でずっと騒いでいたな。
俺は咳払いした。
「エヘン!」
そして、できる限り威厳のある表情を作った。
「そうだ。俺こそがお前の主君、魔王アルター様だ!」
「はい! 魔王様!」
プニが目を輝かせて答えた。
よし。
素晴らしい。
さすがは最初の部下だ!
「こいつもやっぱり頭を……」
「……そうみたいだな」
……。
……何だよ。
どうしてそんな目で見るんだ?
魔王だぞ!
魔王なんだぞ!
「……ゴホン。とにかく!」
俺は無理やり話題を変えた。
今重要なのは、プニが人間の姿になったことじゃない。
いや、もちろんそれも重要だが……。
俺にはまだやるべきことが残っている。
そう、あいつだ。
俺は地面に倒れている角イノシシを見つめた。
巨大な体に頑丈な皮膚。そして鋭い角まである。
間違いなく優秀な魔物だ。
こんなやつを部下にできたら、どれほど心強いことか。
「……ふふふ」
ようやく少しずつ全体像が見えてきた。
よし。
さっそく実行してみよう。
俺は角イノシシに近づき、手を伸ばした。
「『改造』」
目の前にステータス画面が浮かび上がった。
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【固有スキル『改造』】
・対象:角イノシシ Lv.8(下級魔物)
【解放条件一覧】
・初回討伐 [達成!]
・対象レベル(Lv.8)<使用者レベル(Lv.4) [未達成]
【改造可能項目】
・外見および質感 ── [ロック中]
・特性および生態 ── [ロック中]
・ステータス補正 ── [ロック中]
※解放条件を満たしていません。
「……」
思わずため息が漏れた。
考えてみれば当然のことだった。
角イノシシを初めて討伐するという条件は達成した。
だが、俺のレベルは4。
角イノシシのレベルは8。
二つ目の条件は満たせていなかった。
「……くそっ」
強力な魔物を改造したくても、今は改造できない。
目の前に優秀な部下候補がいるのに、指をくわえて見ているしかないなんて。
これが魔王のやることか。
「……仕方ないか」
俺は未練を断ち切って手を下ろした。
今すぐできないことにこだわっていても、何も変わらない。
ならば、残された方法は一つだけだ。
レベルを上げること。
そのとき、狩人の一人が遠慮がちに尋ねてきた。
「なあ、この角イノシシは俺たちが持っていってもいいか?」
俺はしばらく角イノシシを眺めてから頷いた。
「……好きにしてくれ」
「本当か? 助かるよ」
狩人たちは安堵の息を吐いた。
それから角イノシシの状態を確認し、運び出す準備を始めた。
これほど大きな魔物なら、肉だけでもかなりの量になるだろう。頑丈な皮や角も使い道があるはずだ。
狩人たちにとっては、かなりの収穫になるだろうな。
……まあ、俺としては残念で仕方ないが。
「……はあ」
もう一度ため息が出た。
だが、ふと頭の中で何かがつながった。
待てよ。
レベルを上げるにはどうすればいい?
魔物を倒せばいい。
なら、魔物を倒すには?
スライムを改造すればいい。
スライムを改造して、より強い魔物を倒す。レベルを上げて、その魔物を改造する。
そうして、さらに強い魔物を倒して……。
「……ふふ」
自然と口元が緩んだ。
そうだ。
方法はある。
今は角イノシシを改造できないが、いつかはできるようになる。
それまでレベルを上げればいい。
それに、レベルを上げる過程でより多くの魔物と戦うことになる。つまり、改造能力を試す機会も増えるというわけだ。
悪くない。
いや、むしろいいじゃないか!
「よし!」
俺は拳をぎゅっと握りしめた。
「まずはレベル上げからだ!」
「魔王様!」
プニが感激したように俺を見上げた。
「……ん?」
「すごいです!」
「……そ、そうか?」
「はい! 魔王様は本当にすごいです!」
……ふふふ。
やはり見る目があるな。
俺は咳払いをして頷いた。
「エヘン。当然だ!」
狩人たちは相変わらず何とも言えない表情で俺たちを見ていた。
……まあ、いいか。
どうせあいつらに理解されようがされまいが関係ない。
重要なのはこれからだ。
俺はプニと周囲のスライムたちを見回した。
「よし。まずはお前たちをもっと強くしてやらないとな」
「はい! 魔王様!」
プニは満面の笑みで答えた。
そして、再び俺に飛びついてきた。
「魔王さまあああ!」
「……いや、ちょっと待て! またかあああ!」
プニの湿った体が、また俺をぎゅっと抱きしめた。
必死に引き剥がそうとしたが、柔らかい体はなかなか離れてくれなかった。
「……はあ」
魔王への道のりは、長く険しい。




