第2話 魔王軍スカウト!
スライムは相変わらず草を攻撃していた。
ぽん! ぽん! ぽん!
「……もうそろそろやめてくれないか?」
ぽん!
最後の草が倒れた。
スライムは満足げに身体を揺らした。
「……お前、まさか草を全部倒せば世界征服でもできると思ってるのか?」
ぽよん!
「そんなに堂々と返事するな!」
ため息をついた。
好戦性を最大まで上げたのに、俺には攻撃してこない。だからといって、改造に失敗したわけでもなさそうだった。周囲の草に向かって猛烈な勢いで突進する様子を見る限り、少なくとも何かを攻撃しようとする性質そのものは、確実に強くなっている。
問題は、その対象があまりにも取るに足らないものだということだけだ。
「……まあ、最初の実験だしな」
失敗は成功のもとというじゃないか。
今回の経験を踏み台にして、もっと強力な魔物を作り出せばいい。
そのためには、まず別の魔物が必要だ。
「よし。狩りを始めるか!」
拳を握りしめた。
目標は強い魔物だ。
スライムのようにぶよぶよした奴じゃなく、誰が見ても強そうな魔物!
魔王軍の一員にふさわしい威厳と強さを備えた奴!
そんな魔物を見つけて改造すれば、きっと素晴らしい結果が得られるはずだ。
「フフフ……待っていろ。未来の魔王軍幹部たちよ。この俺が直接、お前たちを発掘してやる!」
意気揚々と森へ向かった。
もちろん、その前にスライムに別れを告げることも忘れなかった。
「じゃあな! また会う時には、草以外のものも攻撃できるようになっていることを願ってるぞ!」
ぽよん……。
「なんで寂しそうなんだよ!?」
俺はスライムを後にして、森の中へと入っていった。
◇ ◇ ◇
森は思った以上に平和だった。
鳥たちがさえずり、木々の間から日差しが降り注いでいる。時折、小さな動物たちが草むらを横切ったが、俺の存在に気づくと素早く逃げていった。
……いや、ちょっと待て。
「これはさすがにおかしくないか?」
俺は足を止めた。
異世界といえば、普通は森に強力な魔物がうじゃうじゃいるものじゃないのか?
木の上から巨大な鳥が襲いかかってきたり、草むらから牙をむき出しにした狼が飛び出してきたり、岩陰からオークが棍棒を振り回してきたり!
なのに、今まで出会ったのはウサギとリスだけだ。
しかもウサギは、俺が近づいても逃げるどころか、お腹を見せて寝転がってしまった。
「お前ら、一体どうしてそんなにのんびりしてるんだよ!?」
ウサギは耳をぴくりと立てた。
可愛かった。
……いや、可愛いのはいいんだけど。
「俺は強い魔物を探しに来たんだぞ!」
ウサギは俺の言葉を理解できなかったのか、鼻をひくひくさせていた。
結局、ウサギをそのままにして再び歩き出した。
このままでは魔王軍の結成どころか、魔物図鑑を埋めているうちに一日が終わってしまいそうだ。
その時だった。
遠くから木の枝が折れる音が聞こえた。
ポキッ!
俺はすぐさま振り返った。
しばらくすると、森の中から巨大な影が姿を現した。
高さだけでも俺の二倍はありそうな、巨大なイノシシ。全身には黒い毛がびっしりと生えており、口から突き出た牙は人間の腕ほども太かった。
何より、その額にはまるで岩のように硬そうな角が生えていた。
奴が一歩踏み出すたびに、地面が揺れた。
ドン。
ドン。
ドン。
俺は唾を飲み込んだ。
「……おお」
ついに見つけた。
これだ!
俺が求めていたのは、まさにこういう魔物だ!
奴は俺を見つけると、鼻をひくつかせた。
そして。
ブフルルルル!
凄まじい勢いで地面を掻き始めた。
「クハハハ! いいぞ! かかってこい!」
俺は両腕を広げた。
「この俺こそ、未来の魔王、アルター様だ! お前の強さを存分に見せてみろ!」
イノシシが突進してきた。
……本当に突進してきた。
「え?」
ドゴオオオオン!
「うわああああああああ!!」
俺は悲鳴を上げながら横に飛び退いた。
巨大なイノシシは、俺が立っていた場所にそのまま突っ込んだ。太い木がへし折れ、土煙が舞い上がる。
ちょっと待て。
これはちょっと。
思っていたよりずっと危険じゃないか!?
「おい、待て! ちょっと待ってくれ!」
イノシシは待ってくれなかった。
ブフルルルル!
再び地面を掻いている。
「いや、話し合いをしようって言ってるんだ!」
ドゴオオオオン!
「話が通じないじゃないかああああ!」
俺は必死に逃げ回った。
異世界に転生してまだ間もないというのに、ここでイノシシに轢き殺されるだと?
しかも魔王軍を作る前に?
こんな屈辱的な死に方があってたまるか!
「くそっ! 『改造』!」
俺は突進してくるイノシシに向かって手を伸ばした。
目の前にメッセージが浮かび上がった。
====================================
【固有スキル『改造』】
・対象:角イノシシ Lv.8(下級魔物)
【解放条件一覧】
・初回討伐 [未達成]
・対象レベル(Lv.8)<使用者レベル(Lv.2)[未達成]
【改造可能項目】
・外見および質感 ── [ロック中]
・特性および生態 ── [ロック中]
・ステータス補正 ── [ロック中]
※解放条件を満たしていません。
====================================
「そんなああああああ!!」
駄目だ!
レベルが高すぎる!
いや、待てよ。だったら、こいつを倒せばいいんじゃないか?
初回討伐を達成して、俺のレベルも上げれば……!
「よし! それなら正面勝負だ!」
俺は拳を握りしめた。
そして、イノシシを見つめた。
奴も俺を見つめていた。
俺の拳は小さかった。
奴の牙は大きかった。
「……逃げろおおおおお!!」
俺は再び走り出した。
魔王軍の結成計画はひとまず保留だ。
まずは生き残ることから始めよう。
◇ ◇ ◇
どれくらい走っただろうか。
木の根につまずいた俺は、そのまま地面を転がった。
「痛ててて……!」
振り返ってみると、幸いイノシシの姿は見えなかった。
どうやら何とか振り切れたらしい。
俺は木に背中を預け、荒い息を整えた。
「はあ……はあ……イカれてるだろ、あいつ……」
あんなに強い魔物がいるとは思わなかった。
スライムやウサギがあまりにも大人しかったせいで勘違いしていたが、この世界にもちゃんとした魔物は存在していたのだ。
そうなると話は変わってくる。
あんな魔物を改造できさえすれば、魔王軍の戦力は一気に強化されるはずだ。
もちろん、今の俺には無理だが。
「……とりあえず、先にレベルを上げるべきか」
俺はステータス画面を開いた。
レベル2。
固有スキル『改造』Lv.2。
まだまだ先は長い。
だが、あのイノシシを見たことで、むしろやる気が湧いてきた。
強い魔物がいる。
ということは、もっと強い魔物だっているはずだ。
そして、いつかそのすべてを自分の手で改造し、魔王軍を作り上げることができたなら……。
「フフフ……よし」
ゆっくりと立ち上がった。
「待っていろ、角イノシシ! いつか必ず、お前を俺の魔王軍の一員にしてやる!」
その瞬間。
ガサッ。
「……ん?」
背後の茂みが揺れた。
俺はこわばった顔で振り返った。
茂みの間から、角イノシシの巨大な頭が現れた。
そして奴は、再び地面を掻き始めた。
「……あ」
まずい。
俺は振り返りもせずに走り出した。
「魔王軍も何も、まずは生き残らないと駄目だろおおお!!」
◇ ◇ ◇
その日の夕方。
俺はどうにか森から抜け出した。
全身泥だらけで、服は木の枝に引っかかれてボロボロだった。
だが、生き残った。
それだけで十分満足だった。
「……明日はもう少し準備してから来よう」
魔物を相手にするなら、少なくとも武器が必要だ。
それに、できれば俺を守ってくれる部下も。
もちろん、部下を作るにはまず強い魔物を改造しなければならないが、そのためにはレベルを上げる必要があって……。
「……うーん」
考えれば考えるほど、やることが多い。
だが、問題ない。
こういう試行錯誤も開拓の醍醐味というものだろう!
俺は拳を握りしめた。
「よし! 明日から本格的に魔王軍結成の準備を始めるぞ!」
その時だった。
森の向こうで何かが動いた。
俺は反射的に身を隠した。
木々の間から見えたのは、人間だった。
革鎧を身につけた男が三人。
腰には剣を下げ、背中には狩猟用の弓と矢筒を背負っていた。
そのうちの一人が、地面に残された巨大な足跡を調べながらつぶやいた。
「……やっぱり、この辺りにいたか」
「角イノシシのことか?」
「ああ。最近、この近辺で家畜がいなくなったり、人が怪我をしたりしたという報告があった。あの大きさなら、普通の狩人じゃ手に負えないだろうな」
別の男が舌打ちした。
「村が報奨金まで出したらしいぞ。今回仕留めれば、かなりの稼ぎになりそうだ」
俺は目を見開いた。
人間だ。
武器を持ち、魔物を狩り、金をもらって依頼をこなす人間たち!
まさか……!
「冒険者……!」
思わず声が漏れた。
三人の男が一斉に振り返った。
「誰だ!?」
しまった。
俺は木の陰からゆっくりと姿を現した。
そして、できるだけ威厳のある表情を作った。
「フフフ……驚くことはない。俺は魔王軍の結成を準備している……」
待てよ。
この人たちに魔王だと名乗ってもいいのだろうか?
いや、むしろ最初から強烈な印象を残した方がいいかもしれない。
俺は胸を張って宣言した。
「この俺こそ、いずれこの世界を支配する魔王、アルター様だ!」
沈黙が流れた。
三人の男は互いの顔を見合わせた。
そして、一番年上に見える男が、気遣うように口を開いた。
「……森でイノシシに追いかけられて、頭でも打ったのか?」
「違うわ!」
男たちはため息をついた。
「こんなところに一人で置いておいたら、また怪我をするかもしれないな」
「そうだな。服もボロボロだし、見たところ何日も食べていないようだ」
「誰が食べてないって!? 俺は魔王だぞ!」
だが、誰も聞いていなかった。
彼らは俺を哀れな子供でも見るような目で見ながら、森の外へ案内し始めた。
「ほら、とりあえず村に戻ろう。角イノシシを狩りに行くのは明日の朝だ」
「ああ。あの足跡を見る限り、思ったより近くにいるようだな」
その言葉を聞いた瞬間、俺は足を止めた。
角イノシシを狩りに行くだと?
つまり、こいつらはあの化け物と戦うということだ。
俺は少し考えてから、口元をつり上げた。
「……フフフ」
いい考えが浮かんだ。
こいつらが角イノシシを狩りに行くのなら、俺もついていけばいいじゃないか?
もちろん、目的はあくまで魔王軍幹部のスカウトだ。
……決して、一人じゃ勝てそうにないからではない!
「よし。明日が楽しみだな!」
「……この子、本当に大丈夫なのか?」
「さあな。とりあえず、先に飯でも食わせてやろう」




