第9話 初侵攻!①
太陽が昇り、俺たちを照らした。
眩しい朝日を浴びながら、俺は拳を強く握りしめた。
そうだ。
俺たちならできる!
俺たちならやれる!
仲間がいるんだからな!
「よし! 行くぞ! 突撃!」
……。
…………。
「それにしてもゴラム、見ない間にまた大きくなったようですね」
「え……そ、その……」
「マッシュは私みたいにぷにぷにですね。ゴラムは硬いです!」
「興味深いですね。私の体の弾力とゴーレムの硬度を比較するのも、なかなか有意義な研究になりそうで……」
「突撃! 突撃だってば!!」
俺の叫びにも、こいつらは大した反応を示さなかった。
「グルルル!」
「お前を殺……」
「『お前を殺す』だろ!! 分かってる! 分かってるって!!!」
俺は額を押さえた。
こいつら、本当にやれるのか?
「わあ! あそこにお花がいっぱい咲いてます!」
プニは道端に咲いている花を見つけると、ちょこちょこと駆け寄っていった。
「おい……プニ?」
「ほう、興味深いですね。花はそもそも植物が繁殖するために存在するものです。いわば生殖器官ですね」
「ためになるな……じゃなくて、お前、どうしてそんなことを知ってるんだ……」
「ふふ、何しろキノコですから」
「そこが重要なんじゃないだろ!!!」
やれるのか、じゃない。
できるわけがない。
こんな奴らとじゃ……。
「こんな奴らとじゃ無理だあああ!!!」
◇ ◇ ◇
「ようやく村の入口か……」
10分もあれば着くはずの距離に、丸々1時間もかけてしまった気がする。
その間、ウルフォは通りかかる動物に片っ端から喧嘩を売り、マッシュは道端に生えている草やキノコを見つけるたびに説明を始めた。
プニは目についたものを何でも珍しがって駆け寄り、ゴラムは何度も転びそうになりながら、どうにか体勢を立て直しては何事もなかったかのように歩き続けていた。
……まったく、出発したときの勢いはどこへ行ったんだ。
いつの間にか、太陽もかなり高く昇っていた。
村に入ると、朝から忙しそうに動き回る人々の姿が目に入った。
畑へ向かう農夫に、店先を片付ける商人。路地からは子供たちの笑い声も聞こえてくる。
平和そのものの村。
そして、その平和な光景の中に俺たち魔王軍が現れた。
「さあ! 侵攻開始だ! 好きなだけ暴れ回ってこい!」
「わあ!」
「村ですか。興味深いですね。いい勉強になりそうです」
……よし。
とりあえず、勢いは十分だ。
だが、なぜか人々の反応がおかしかった。
足を止めて俺たちを眺める者は何人かいたが、悲鳴を上げたり逃げ出したりする者はいなかった。それどころか、一人、また一人と近づいてきた。
「あら、あれは何の魔物かしら?」
「見たことのない奴らだな」
「子供たちに見せたら喜びそうね」
……あれ?
いや、ちょっと待て。
俺たちは今、村を侵略しに来たんだぞ!
「こんにちは! スライムのプニです!」
プニは待ってましたとばかりに人々へ挨拶した。
「うわあ! こんなスライム見たことない!」
「かわいい!」
子供たちがわらわらと集まってきた。
やっぱりスライムだからか。女の子たちに大人気だな~
……じゃないだろ!!!
「プニ! 何をやってるんだよ!」
「魔王様! 言われたとおり、思いっきり暴れています!」
「俺が言ったのはそういう意味じゃない!」
いや、でもまだチャンスはある。
そもそもスライムは弱い生き物だし、プニは特に純粋だ。せめて知能を上げたマッシュなら、俺の意図を理解してくれているかもしれない。
「おい! マッシュ!」
俺の声が届くよりも早く。
「本を読んで!」
本を抱えた少女と子供たちがマッシュに駆け寄った。
「申し訳ありませんが、私は文字を読むことができません」
「ええ~? 何それ! バカじゃん!」
「……今、バカと言いましたか!?」
「ははっ! キノコはバカなんだって!」
「バカだって~」
「わ、私がバカ……? 超インテリなキノコの魔物である私がバカだと……!?」
マッシュの体がぴたりと固まった。
顔はみるみる青ざめ、キノコの傘もしおれていった。やがて体全体が、干しシイタケのように縮んでしまった。
『……今はそっとしておいた方がよさそうだ』
そ、そうだ!
俺を殺すと唸っていた凶暴な魔物、ウルフォ!
ウルフォなら、もしかしたらやれるかもしれない。
「おい、ウルフォ!」
「わあ! ワンちゃんだ!」
待て。
こいつは好戦性を最大まで上げたはずだぞ!?
「おい、ウルフォ! 子供たちは襲うなよ……」
「ハッハッハッ!」
ウルフォは子供たちの前で腹を見せて寝転がった。
尻尾を忙しなく振り、子供たちにお腹を撫でられると、気持ちよさそうに目まで細めていた。
……待て。
それじゃあ、今まで俺に向かって殺す殺すと牙を剥いて唸っていたのは……。
「俺にだけだったのかよ!!!」
一方、ゴラムもそれなりに忙しくしていた。
「うわあ! すっごく硬い!」
「本当に岩みたい!」
子供たちはゴラムの体を手のひらで叩いて不思議そうに眺め、何人かはその背中に乗って遊んでいた。
「僕も乗りたい!」
「え……あの……気をつけ……」
ゴラムは子供たちが落ちないように、体をできるだけ低くしたまま身動き一つ取れずにいた。
……まあ、少なくとも盾役としては確かに優秀そうだな。
いや、そうじゃない!
「おい! お前ら! 侵攻はどうしたんだよ!」
そのときだった。
「きゃっ!」
子供の一人がプニの体に足を滑らせ、前のめりに転んだ。
「大丈夫ですか!?」
幸い、子供に大きな怪我はなかった。
だが、転んだ拍子に反射的に手を伸ばし、脇に置かれていた荷車の取っ手を掴んでしまった。
ガタン!
荷車が傾いた。
車輪が動き始め、道に沿ってゆっくりと滑り落ちていった。
「あれ? あれれ?」
荷車を止めていた持ち主も、遅れて異変に気づいて駆け寄ってきたが、もう遅かった。
荷車に積まれた荷物が揺れ、その上に掛けてあった布がずり落ちた。長く垂れ下がった布の端が地面に引きずられ、道端に置かれていた火鉢の角に引っかかった。
ガタン!
荷車が火鉢にぶつかった。
火鉢が傾き、中に残っていた火種が地面に飛び散った。そのうちのいくつかが風に乗り、近くの建物の古びた日よけに降りかかった。
最初は何事も起こらなかった。
だが、しばらくすると。
ジジ……。
乾いた布から、細い煙が立ち上った。
「……あれ?」
誰かがそれに気づいた。
「火だ!」
瞬く間に煙が濃くなった。
「火事だ! 火事だぞ!」
村人たちが慌てて叫び始めた。
「……」
俺は呆然と燃え始めた炎を眺めた。
え……?
何だ?
これは……。
「魔王様! 火事です!」
「そうだな……」
いや、待てよ。
むしろ、これは好都合かもしれない。
俺たちは侵攻しに来たんだからな。
村に火までついたのなら、魔王軍の初任務としては悪くない成果なんじゃないか?
そう考えた、そのときだった。
「あ、あそこに子供たちが……!!」
一人の女性が慌てて駆け寄ってきた。
「……?」
「火事になった建物の中に子供たちがいるんです! まだ外に出られていません!」
女性は俺たちのもとへ駆け寄ってきたが、目の前にいる魔物たちを見て、一瞬ひるんだ。
それでもすぐに俺の前まで来ると、必死に叫んだ。
「お願いします! どうか、子供たちを助けてください!」
……。
俺たちは魔王軍だ。
村を襲撃しに来た。
なのに、ここで子供たちを助けたら、一体どうなるんだ?
少し考えた俺は、拳を強く握りしめた。
「……悪党だって子供には手を出さないもんだ!」
振り返り、部下たちを見た。
「おい! 魔王軍、集合!」
「はい! 魔王様!」
「グルルルル!」
「そ、その……えっと……」
「興味深い状況ですね。火災の原因と延焼経路を分析すれば……」
「分析は後だ!!!」
俺は燃え盛る建物を指さした。
「侵攻は一時中断だ。今はやるべきことがある!」
「私もいますよ!!!」




