第10話 初侵攻!②
村人たちは水を汲んだバケツを手に、次々と火災現場へ運んでいた。
しかし、炎はなかなか収まらなかった。
むしろ建物の奥まで燃え広がった火が、窓の外へと噴き出していた。近づくことすら容易ではない状況だった。
「駄目だ! 水が足りない!」
「中にはまだ子供たちがいるんだぞ!」
人々の声は次第に切迫していった。
『……どうすればいい?』
燃え盛る建物を見つめた。
炎は勢いを増すばかりだった。このままでは子供たちを助けるどころか、建物全体が崩れ落ちてしまうかもしれない。
『炎そのものを改造することはできないのか?』
ふと、そんな考えが浮かんだ。
俺は迷わず燃え盛る建物に手を伸ばした。
「熱っ、熱い!!」
反射的に手を引っ込めた。
当たり前だ。火に触れれば熱いに決まっている。
「いや、待てよ! 火には形がないじゃないか!」
仮に改造できたとしても問題がある。炎は一か所に留まらず、絶えず動き続けている。どうにか改造に成功しても、すぐに散ってしまうだろう。
それに、自分の体を直接改造することはまだできない。
となると……
「ゴーラム!」
「は、はい?!」
「時間を稼ぎたい! 建物の入り口が崩れないよう、柱代わりになってくれ!」
「そ、それは……わ、分かりました……!」
ゴーラムは慌てて建物の前に移動した。巨大な体を傾け、今にも崩れそうな入り口を両腕で支えた。
「ウルフォ!」
「グルル!」
「俺が合図したら中に入って、子供たちを連れ出せ!」
ウルフォは低く唸りながら炎を見つめた。
「プニ! ウルフォと子供たちを守ってくれ。お前の体ならできるだろ?」
「お任せください!」
プニは待ってましたとばかりにウルフォへ飛びついた。
青く半透明な体がウルフォの背中や脇腹を包み込み、あっという間に全身を覆い尽くした。目と鼻だけがかろうじて見えていた。
「それからマッシュは……」
「はい!」
「そのまま大人しくしてろ」
「……」
「私もいますよ?! 私も!」
「ふぅ……」
大きく息を吐いた。
そして、近くに置かれていたバケツに手を突っ込む。冷たい水が手と腕を濡らした。
これで足りるかは分からない。
俺は左手を上げ、燃え盛る建物に向かって伸ばした。
『……よし』
火は改造できない。
なら、火が燃え移った側を変えればいい。
建物の耐火性と強度を高める。
燃え盛る炎の向こうへと手を伸ばした。
「……くっ!」
触れた瞬間、肌が焼けるような痛みが襲ってきた。
『ああああ! 熱い! 熱いって!』
歯を食いしばる。
手を離したい。
今すぐ後ろに下がりたい。
だが、ここでやめるわけにはいかない。
『これだけ大きな建物だ。時間がかかるからな……!』
炎が手の甲を舐める。腕を伝って迫る熱に、目の前がくらくらした。
あああああ!!!
「気合いを入れろ!!!」
改造を続けた。
建物の耐火性を高め、柱や壁の強度を引き上げる。炎に包まれた木材が、少しでも長く持ちこたえられるように。
「はぁ……!」
どれほど時間が経っただろう。
腕に走っていた痛みが少しずつ鈍くなってきた頃、ようやく手を引っ込めた。
「これなら……少なくとも、崩れるまでの時間は稼げるはずだ」
だが、まだ終わりではない。
何より、今は一瞬が惜しい。
入り口の炎だけでも一時的に取り除ければ、ウルフォが中に入る隙を作れるはずだ。
俺は再び左手を伸ばした。
「はああああ!!!」
指先に力を集中させる。
炎が散り、再び燃え広がるまでのわずかな瞬間。その隙を逃さず、火の性質を改造する。
すると、入り口を覆っていた炎が目に見えて弱まった。
「ウルフォ!!」
俺が叫ぶよりも早く、プニに全身を包まれたウルフォが、すでに入り口へと駆け出していた。
「グルル!!」
「頼んだぞ……!」
ウルフォの姿が炎の向こうへと消えた。
しかし、間もなく入り口にも再び火が燃え移った。
「……」
燃え盛る建物を見つめながら、拳を握りしめる。
『頼んだぞ……俺の部下たち!』
建物の中から何かが壊れる音が聞こえた。
ゴーラムは入り口を支える腕に力を込めた。プニの体がウルフォとともに、少しずつ建物の中へと押し込まれていくのが見えた。
しばらくして。
「グルルル!」
ウルフォの鳴き声が聞こえた。
「……!」
黒煙の中で何かが動いた。
青い粘液に包まれた小さな人影が、一人、また一人と姿を現した。その後ろからウルフォも出てきた。
「よかっ……」
子供たちだった。
プニの体に守られた子供たちは、無事に建物の外へと脱出していた。
「やったあああ!!!」
思わず拳を握りしめた。
すると、すぐさま左腕に凄まじい痛みが走った。
「あああああっ!!!」
「魔王様!!」
プニは子供たちを下ろすと、すぐに俺のもとへ駆け寄ってきた。
左手を見下ろすと、ひどい有様だった。皮膚は赤く腫れ上がり、指を動かすことすらままならない。
「魔王様、大丈夫ですか?!」
「あ、ああ……大丈夫だ……」
全然大丈夫ではない。
だが、部下たちの前で弱い姿を見せるわけにはいかなかった。
俺は無理やり口角を上げた。
「俺は魔王だ……魔王というものは、欠損の一つくらいあった方が格好いいものだ……」
「それ、どういう意味ですか?!」
その時だった。
≪ピロン! スキルレベルが上がりました≫
『改造』 Lv.9 → Lv.10
====================================
【固有スキル】
・『改造』 Lv.10
[新規項目解放!]
・使用者の身体改造
── 『改造』 Lv.10以上必要 [可能]
====================================
『……え?』
目の前に浮かび上がったステータス画面を、呆然と見つめた。
使用者の身体改造?
まさか……
恐る恐る左手を見下ろす。
そして、指を動かしてみた。
ぴくっ。
動く。
「……お?」
もう一度拳を握ってみたが、痛みはまったくなかった。
「おおおおお!!!」
左手が元通りになっていた!
焼けただれていた皮膚も、動かなかった指も、すべて元の状態に戻っていた。
「ま、魔王様……?」
「今の手……」
周囲の部下たちが一斉に俺の左手を見つめた。
「元通りじゃないですか?!」
「……ふっ」
俺は余裕たっぷりに笑った。
「当然だ。俺は魔王だからな」
……危なかった。
本当に危ないところだった。
その時、おばさんが子供たちのもとへ駆け寄ってきた。
「みんな!」
「お母さん!」
「無事だったのね……!」
おばさんは3人の子供をまとめて抱きしめた。子供たちも母親の胸に顔を埋め、声を上げて泣き始めた。
周囲から安堵のため息が漏れた。
俺はその様子をしばらく眺めた後、ウルフォのもとへ歩み寄った。
「ウルフォ、お前は大丈夫か?」
「グルル!」
「……そうか」
何を言っているのかは分からないが、無事らしい。
「プニ、ゴーラム。よくやった」
俺は二人を順番に見つめた。
「主として誇らしいぞ」
「えへへ!」
「そ、その……僕はただ……」
ゴーラムは照れくさそうに体を縮こまらせた。
そして、一歩前に踏み出したその瞬間だった。
ゴゴゴゴゴ!
「……ん?」
背後から轟音が響いた。
振り返ると、燃えていた建物がゆっくりと傾いていた。
「み……みんな逃げろ!!」
誰かの叫び声が聞こえた。
──!!!
建物が崩れ落ちる。
『……やべえ!』
俺は反射的に頭を下げ、両腕で頭をかばった。
……。
………。
降り注ぐ瓦礫と舞い上がる粉塵。
しかし、不思議なことに何の衝撃も感じなかった。
「……?」
ゆっくりと目を開ける。
周囲には崩れた瓦礫が散乱していた。
ところが、なぜか俺の頭上と足元だけは綺麗なままだった。
「……何だ?」
その時、背後から小さな声が聞こえた。
「まったく……私もいるって言ったじゃないですか」
振り返ると、手のひらほどの大きさの精霊が浮かんでいた。
『……あ』
そういえば、こいつもいたな。
まさか今のは、こいつの幸運のおかげなのか?
……いや、そんなはずはない。
「ははは! さすが魔王の俺だ! この程度で死ぬような人間ではない!」
俺はわざと大きな声で笑った。
「魔王様!!」
「大丈夫だ! この程度、何でもない!」
全然大丈夫ではなかったが。
それにしても、建物が崩れてしまったな。
周囲を見回す。幸い、怪我人はいないようだったが、建物は完全にめちゃくちゃになっていた。
……仕方ない。
「侵攻する前に、とりあえず修復くらいはしてやるか」
俺は崩れた建物の瓦礫に手を伸ばした。
壊れた柱や壁を一つずつ確認しながら、改造を使っていく。完全に新品同様に戻すことはできなかったが、崩れた構造物を組み直し、強度を補強する程度なら可能だった。
ゴーラムも隣で大きな瓦礫を持ち上げてくれた。
そうして長い時間をかけて作業した末、建物はどうにか元の形を取り戻した。
「……ふぅ。これなら、すぐに崩れることはないだろう」
その時だった。
「あの……!」
背後から人々が駆け寄ってくる足音が聞こえた。
「私たちを助けてくれたんだ!」
「子供たちも無事じゃないか!」
「建物まで直してしまうなんて……王都から来た魔法使い様なのか?」
「いや、俺は魔王……」
「きっと王都から派遣された魔法使い様だ!」
「お礼をしなくちゃ!」
「え?」
ちょっと待て。
ちょっとちょっとちょっと。
どうしてそうなるんだ?
俺は確かに魔王だと言ったはずだが?
人々は俺の話を聞く気すらないようだった。いつの間にかプニやウルフォの周りにも人が集まり、ゴーラムやマッシュまで褒められていた。
「あのスライムも本当にすごかったですよ!」
「あの狼は子供たちを助けてくれたんですって!」
「あの岩の魔物も、崩れそうな建物を支えてくれていたんだ!」
「……」
……。
気がつけば、俺たちは村の集会所にいた。
「わあ! 料理がいっぱいあります!」
プニはテーブルに並んだ料理を見て目を輝かせた。
「これは肉料理ですね。興味深いです。調理法を覚えておけば、いずれ役に立つかと……」
「……」
ウルフォはテーブルの下に寝そべり、尻尾を振りながら肉を食べさせてもらっていた。ゴーラムは椅子に座……ることはできなかったが、体を小さく縮こまらせていた。
小さな精霊はテーブルの真ん中に乗り、料理を眺めていた。
「今日は本当にありがとうございました」
村長と思われる腰の曲がった老人が、俺のもとへやってきた。
「小さな村ですので、大したお礼はできませんが、どうかお受け取りください」
「あ、はい……ありがとうございます」
俺はぎこちなく頷いた。
まあ、とりあえず出された料理は食べてもいいだろう。
「……うん」
美味いな。
別の料理も食べてみた。
美味い。
これも美味い。
美味いんだけど。
『俺は侵攻しに来たんだぞ!!!』
バン!
テーブルを叩いた。
「ま、魔王様?!」
プニが驚いて俺を見つめた。
この世界は一体どれだけ呑気なんだ!
魔王軍が村に現れたというのに、逃げるどころか料理を振る舞ってくるなんて!
こんな場所で心臓が跳ねるわけがないだろうが!!!
……。
結局、食事は最後まで美味しくいただいた。
「お風呂と寝床も用意してあります。どうぞごゆっくりお休みください」
「あ、はい……」
俺は特に何も言い返せないまま、村人たちに案内された。
……。
「はぁ……」
温かい湯に浸かると、全身の疲れが抜けていくようだった。
「あ~、体がほぐれるな」
「これが温泉というものですか。興味深いですね」
マッシュが湯の中で頷いた。
頷けるような頭はなかったが。
「そ、その……」
ゴーラムは湯に入ってからも、体を小さく縮こまらせていた。巨大な岩のような体が湯に沈んでいるのは、どこか奇妙な光景だった。
……熱い湯にキノコと岩か。
「うむ。石焼き鍋だな」
「魔王様!」
「うおっ!」
プニが突然、湯の中から飛び出してきた。
「お、おい! 何で入ってくるんだ! ここは男湯だぞ!」
「私はスライムですよ?」
「そういう問題じゃない! 出ていけ! 溶けるだろ!」
「溶けません!」
「どうして分かるんだよ!」
プニは不満そうに頬を膨らませた。
しばらく言い合った末、ようやく風呂から上がることができた。
村人たちが用意してくれた部屋には、ふかふかのベッドと清潔な布団が置かれていた。
俺はベッドに身を投げ出した。
ふかふかだ。
温かい。
今日は本当に色々なことがあった。
建物の火災もあったし、子供たちも助けた。スキルレベルも上がった。村人たちからもてなしまで受けたのだから……。
「……充実した一日だったな」
……。
…………
「侵攻はどうなったんだよ!!!」
俺は布団を蹴飛ばして飛び起きた。
いや、確か今朝は村を襲撃すると宣言したはずなのに?
どうしてこうなった?
「……まあ、いいか」
俺は再び布団を引き寄せた。
今日はもう遅い。
明日考えよう。
そうだ。
明日こそ、本当に侵攻だ!




