第九話:襲撃
イザベラ目線です。
私たち4人は引率してきてくれた冒険者さん、アイザックさんの周りで固まっていた。
冒険者見習いとなってから数回はこの迷宮に入っている。
いつもと変わらない野外実習。
「僕が調子に乗って見落としていたからだ」
スキル『空間探知・把握』を持っているアンソニーが床に座って膝を抱えながら呟いた。
涙の跡はまだ乾ききっていない。
「おい、あまり前に出すぎるなよ」
アイザックさんの注意を促す言葉にも私たちはどこか気の抜けたような態度で聞いていた。
スキル『斬撃』を持ち、振る剣から衝撃波を飛ばすことで近距離、中距離戦闘を熟せる剣士候補のルーク。
スキル『魔法強化』を持ち、他の魔法使い候補よりも高威力の魔法を使えるスカーレット。
スキル『空間探知・把握』を持ち、罠や魔物などを探知して自分を含め俯瞰することで地の利を得られるアンソニー。
そして私、絶大な防御力を誇るスキル『防御結界』を持つイザベラ。
最初の2、3回は4人とも緊張で身体が強張り、注意深かったけど順調に迷宮を進み、魔物を倒していた。
何度も来ている。
低層階で出会うのはゴブリンやコボルトなどの低ランクの魔物ばかり。
この程度、1階層、2階層だったら自分たちだけでも問題はない。
そんな慣れ、驕りを抱いていた私たちに迷宮が牙をむいた。
「アイザックさんもビビりすぎなんだよな」
アンソニーが両手を頭の後ろで組んで言うとルークもスカーレットもくすくす忍び笑いする。
「そんなにビビらなくても出てくるのは問題にならない魔物ばかりなのにな」
そう言ってアンソニーが溜息交じりに言うと前方に小さな影が複数見えた。
ゴブリンが5体。
ルークとスカーレット、私は若干の苦笑いとともに向き合った。
「「「「「ギャギャギャ」」」」」
ルークは鉄剣を抜いて、スカーレットは杖を構えるのを見て私も手を前に出して結界を発動する時を待つ。
いままでに何度も倒した相手だし、負けるはずはなかった。
「イザベラ、魔物が襲ってきたら結界を発動させるんだ。アンソニー、空間把握は継続、ルーク、スカーレット、撤退準備」
アイザックさんから指示が出た。
「こんな魔物、倒せますよ?なんで撤退なんですか?」
スカーレットが杖を握りながらアイザックさんに尋ねる。
「今日の実習の目的を忘れたのか?夜の時間帯、魔物が狂暴化する際の見極めと一早い撤退だっただろう?」
確かに夜になると魔物が狂暴化し、危険度が増すことは聞いていた。
「撤退だ!」
なかなか動こうとしない私たちに焦れたようにアイザックさんは再度指示を出す。
私たちは目線でゴブリンたちを倒すことを確認し合って忍び笑いをした。
「「「ギャギャッ」」」
「ぐっ!」
一瞬ゴブリンから目を離した隙に3体のゴブリンがアイザックさんに襲い掛かった。
「なっ?」
「は、はやっ!」
いつも見ているゴブリンとは速さが全然違う。
「このっ!」
私たちに襲い掛かってくる2体のゴブリンのうち1体が振り下ろしてくる木の棍棒とルークの鉄剣が打ち合う。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
スカーレットは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。
急いで防御結界を発動するように手を前方に出す。
「うわぁっ!」
残りの1体はアンソニーを狙う。
振り下ろされた棍棒をアンソニーが辛くも躱すと距離を離すように、逃げるように駆け出した。
「ま、待てっ!無暗に動くな!」
アイザックさんが声をかけるけどアンソニーには届かない。
「全員離れるな!アンソニーを押さえろ!」
ゴブリン3体から交互に打ち込まれていたアイザックさんが1体を弾き飛ばして距離を取るとアンソニーのほうに向けて走り出す。
ルークも棍棒を避けたところで私は防御結界を発動、ルークはそのまましゃがんでいるスカーレットの手を取って立ち上がらせたあとアイザックさんを追った。
私も慌ててみんなを追う。
「待って、アンソニー!」
後ろにゴブリンの気配を感じながら走る。
少し前を走るアンソニーの足が不意に沈み、転倒した。
地面に亀裂が走る。
罠。
「「うわぁぁぁぁぁっ!」」
「くそっ!」
「いやぁぁぁぁぁっ!」
みんなの身体が沈んでいき、私の身体も沈んでいく。
藻掻くように街がある方に伸ばした手の先には幼馴染の姿が浮かんでいた。
「いや、俺も指示を守らせることができなかった」
私たち4人を庇うように落とし穴を落ちたアイザックさんは足を痛めてしまって動けなかった。
痛みがあるのか額に汗をかいている。
「俺たちがふざけていたからです」
「ふっ、ふっく、ごめんなさい」
ルークもスカーレットも涙の跡は乾いていない。
私たちはみんな土埃に塗れて途方に暮れていた。
「どのくらい落ちてきたのか分からない。ゴブリンの力と速度から夜の時間帯にかかっている」
アイザックさんが私たちに向けて話し始める。
「おそらく地上では俺たちが帰っていないことで冒険者組合と学園で対応を話し合っていると思うから入口近くまで行けば会える可能性もある」
私たち4人はアイザックさんの話を静かに聞いていた。
「アンソニー、魔物を徹底的に避けて行け。お前が頼りだ」
アイザックさんがアンソニーに言うとアンソニーが顔を上げた。
「ルーク、もし魔物と遭遇したとしても正面から攻撃を受けるな」
ルークも真剣な顔で聞いている。
「スカーレット、倒さなくていい。目を眩ませる魔法を多用して逃げる道を探せ」
スカーレットは唇を嚙み締めながら何度も頷く。
「イザベラ、みんなを守ってくれ」
私は頷く。
私のスキルで全員を守ってみせる。
「よし、全員自分がするべきことは分かったな?俺は一緒に行けないが言ったことを守れれば出られる可能性は高まるはずだ」
そう言って穏やかに笑うアイザックさんを見て何も言えなくなる。
一緒に行けない?
「俺が行っても足手まといになるだけだ。逃げられるものも逃げられなくなる」
やだ、いやだ。
置いていったら逃げられないアイザックさんは?
魔物と出会ったら?
襲われたら?
「ぼ、僕が支えます」
アンソニーが言う。
「俺もだ」
ルークも言う。
「私もっ!だから」
一緒に街へという言葉はアイザックさんの厳しすぎる目を見て言えなくなった。
「馬鹿野郎ども、それじゃ全員死ぬぞ?」
静かだけれど有無を言わせぬ迫力を持ってアイザックさんが告げる。
「俺のことは見限れ。はやく」
「「「「「グルルルルッ」」」」」
アイザックさんの言葉を遮るように複数の唸り声が聞こえた。
空間把握をすぐに展開したらしいアンソニーが真っ青な顔をしている。
「・・・最悪だ」
迷宮の奥、暗闇から闇を纏ったような狼のような影が5つ現れる。
「ヘルハウンド」
アイザックさんが絶望的な声を漏らす。
「ゴオァオオオオオッ」
ヘルハウンドの唸り声よりもさらに低い、周りを威圧するような声が響くと巨大な影が1つ現れた。
赤く光る眼は6つ。
獅子の顔と山羊の顔、尻尾の蛇の目が私たちを捕らえると身体が硬直して震えてくる。
本能的な恐怖に身体が強張る。
怖い、怖い、怖い、怖い。
「・・・キマイラか。昼でも厄介なのに夜に出くわすとはな」
アイザックさんが呆れたように笑いながら話す。
生きて帰れない、そう感じるには十分だった。
「おい、俺を囮にして・・・」
「「「「「ガアァァァァ」」」」」
ヘルハウンドが吠えて跳躍した。
一瞬で距離を詰められて鋭い牙が目の前に迫る。
「防御結界っ!」
1年近く座学で、実地でスキルを高めてきた、守る範囲と硬度を上げてきた。
全員を守るように結界を展開する。
「「「グゥ」」」
「「ギウゥ」」
ヘルハウンドたちは弾かれ、あるいは機敏に結界を蹴り、地面に立つ。
「イザベラの防御結界は、たぶんイザベラが駄目だと思うと砕けると思うんだよね」
額に、頬に汗が流れる。
ソウの言葉が思い出される。
駄目だと、諦めてしまったら砕けてしまう。
ならば、諦めなければ砕けない。
「「「イザベラ」」」
声をかけてくるルーク、スカーレット、アンソニーに顔を向ける。
「早くアイザックさんを抱え上げて。逃げよう、全速力で!」
「馬鹿っ!前を見ろ!」
アイザックさんの叫ぶような声に前を向くとキマイラの山羊の口に巨大な火の玉が出現していた。
「キュオォォォン」
山羊の頭が一声鳴き声を上げると火の玉が結界に叩きつけられる。
「くっ、くぁぁぁぁぁっ」
身体中から汗が噴き出す。
衝撃に身体が弾き飛ばされそうになる。
「諦めないっ!あきらめないぃぃぃぃっ!」
歯を食いしばって耐える。
身体がふっと軽くなるのを感じて目を開けると結界ごと私たちを焼き尽くそうとした巨大な火の玉が消えていた。
息も絶え絶えだけど思わず笑ってしまう。
耐えた、耐えることができた。
次は逃げる準備をしなきゃ。
状況を確認しようと目を上げると再び巨大な火の玉が出現していた。
獅子の目も、山羊の目も、蛇の目も嘲笑うように私を見る。
突然、眩暈がした。
結界を維持しつつも足に力が入らず膝をつきそうになる私をルークとスカーレットが支える。
駄目なのかな、駄目だったのかな。
目から止めどなく涙が溢れてくる私の顔、みんなの顔を火の玉の赤い光が照らした。
この攻撃は防げない、当たった瞬間、私の心は砕け散る。
「ソウ、ソウォォォ」
口から幼馴染の名前が自然に漏れた。
ドオオオオオンッ。
大きな音がして迷宮が揺れた。
私たちも魔物たちも戸惑ったように動きを止める。
ドオオオオオンッ、ドオオオオオンッ、ドオオオオオンッ。
音は少しずつ大きくなり、揺れも激しくなってくる。
「こっちに近づいてる?」
誰かが呟いた声に答えるように一際大きな音が響いたかと思うと私たちと魔物のあいだの天井が爆発した。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
「今度は何だよっ?」
濛々と上がる土埃の中に2つの影が落ちてくる。
「「ウィンド」」
地面に接触する前に私も知っている風の魔法が唱えられて影の落下速度が落ちると同時に土埃も晴らされて姿が見えた。
信じられないものを見て、再び涙が溢れだす。
「イザベラ、泣かない」
咎めるように、安心したように、優しく私を注意する女の子。
「頑張ったな」
炎の効果を纏ったミョルニルを手に私を励ましてくれるのは幼馴染だ。
「ソウッ!ミアッ!」




