第八話:迷宮
「はぁぁぁ。なんで集まらないかなぁ」
カミラさんのお店で店番をしているあいだも溜息が漏れてくる。
赤い夕陽の色から夜の黒に変わり始めた外を結露している窓から眺めながらもう一度溜息をつく。
王都に来てから1年近くが経った。
1年間、暑い日も寒い日も雨の日も風の日もずぼらで我が儘な雇い主の相手をして、仕事に励み冒険者組合に行く度に聞き耳を立てて情報収集しているにも関わらず灯の情報は全然集まらなかった。
「有用なスキルを2つも持っていて話題に上がらないはずはない。もしかして既に高レベルで機密扱いになっているとか?でもパーティーを組んで活動しているなら何も情報が無いのはかえっておかしい」
確かにA級、S級など高ランクの冒険者の情報は少ないけど、まったくないわけではない。
駄女神ヘルは冒険者登録するだろうと言っていたが確定ではない。
他にも騎士団や貴族の私兵になっている可能性もあるし、騎士団や貴族の私兵であればスキルの情報はほとんど出さないだろう。
スキルの情報が開示された状態になれば対策を打つことが可能となるからだ。
全てのスキルに対策が打てるわけではないが情報管理は冒険者とは比較にならないと思う。
「いや待て、この大陸以外にいる可能性もある」
僕が育ったメリダ村、ここ王都アスラシオンがある大陸のほかに4つ大陸があるらしい。
もし他の大陸に灯が転生していたら万事休すではないだろうか?
さすがにそれはないだろうとは思うがヘルのことなので分からない。
「ああ~もう。どうすればいいんだよ」
イザベラは王都に来て半年後に冒険者見習いになった。
冒険者見習いとなって冒険者とともに迷宮に入り、レベルを上げてスキルの練度を上げているようだ。
僕も冒険者見習いとなりたかったが鑑定スキルだけでは12歳までは無理のようだ。
「なにを頭を抱えている?」
カミラさんが居住部分から店に入ってきた。
「この時間では客ももう来ないだろう。魔石が勿体ないから暖房を止めて店を閉めろ」
外が寒いことは道を歩く人たちの洋服を見れば分かる。
店の中はカミラさんが寒がりということもあり、高価な暖房器具が設置されていた。
悩むことをやめて、閉店準備をするために暖房を止めようと器具のほうに歩いていくとチリンチリンッと扉に付けた鈴が激しく鳴った。
「いらっしゃいま、あれ?ミア?」
扉から入ってきたのはミアだった。
今日は平日でミアとイザベラが通っている学園は休みではないはずで、ナタリーさんからも連絡はなかった。
肩で息をしているので急いで来たのだろうがイザベラの姿は見えない。
「どうしたの?ミア、学校は?イザベラは一緒じゃないの?」
「来て」
顔を上げたミアは僕を見ると一言、一緒に来いと言う。
僕が首を傾げると、ミアは息を整えるように深呼吸した。
「イザベラが迷宮に入って帰ってこない。夜になると迷宮は魔物が出てこないように強固な扉で閉じられる。このままじゃイザベラたちが迷宮から出られなくなる」
ミアに告げられた事態に絶句する。
「まずいな。夜になると魔物は活性して一段階危険度が増す」
カミラさんの言う通り、夜間の迷宮は危険度が高くなるので余程の高レベルの冒険者でなければ入らないのが普通だと聞いている。
高レベルの冒険者が許可を得て、危険度が高いにもかかわらず入るのは取得できる経験値が多くなり、ドロップアイテムも変化するから、らしいがイザベラがそんな危険を冒す必要はないはずだった。
迷宮の位置は調べてあったので分かる。
僕が店の扉に手をかけて外に飛び出すとミアも付いてきた。
「待て、ソウ!早まるんじゃないぞっ!」
後ろからカミラさんの声が聞こえるけど、答えることなくミアと一緒に走った。
「リリーさんっ!」
「ソウ君?」
慌ただしく受付を済ませ、城門を出て迷宮まで走っていくと冒険者組合の受付嬢のリリーさんがいた。
迷宮があると思われるところでは既に複雑で幾何学的な文様が刻まれている扉が閉められており、その前で何人かの人たちが言い争っている。
「今から救出に入ることは危険だ。二次被害が出る恐れがある。開けることはできない」
「招聘された子供たちと学園が雇っている冒険者が入っているんだ。見殺しにしろというのか?」
「どのような状況か分からず救出ということであれば少なくともA級以上の冒険者でなければ入れることはできない」
「そんな高ランクの冒険者が都合よくいるわけがないだろう!なるべく人数を集めて助けに行くべきだ」
おそらく冒険者組合の人と学園の人が言い争っているのだろう。
僕がリリーさんを見ると目を閉じて首を振る。
「友達がパーティーにいるの?」
リリーさんに問われて僕が頷くと悲しそうな顔をする。
「ソウッ!」
「ソウ君っ!」
僕を呼ぶ声に振り返るとカミラさんとナタリーさんが僕のほうに走ってきていた。
「どうなってる?」
尋ねてくるカミラさんにまだイザベラが中にいること、扉は閉められてしまったことを伝えた。
高レベルの冒険者に依頼するか、冒険者を多数募って人海戦術を行うか、どちらにしても時間がかかる。
意識を迷宮に向けて『鑑定』を発動させる。
膨大な迷宮の階層、魔物の情報の量に圧倒されながらも目的のものを探し出す。
いた。
15階層、人数は5人、大人だと思われる人は足の骨が折れて迷宮の壁に力なく寄り掛かっている。
大人の人を囲んで4人が座り、動いてはいない。
同じ15階層、5人の近くに複数の狼型の魔物の影と巨大な魔物の影がある。
「ソウ君?」
「15階層にいる。大人の人は足を痛めて子供4人は動けない。近くに魔物の影がある」
ナタリーさんの声かけに現状を説明するとナタリーさんが両手で口元を押さえて、カミラさんの目が鋭くなった。
「時間がない」
ミアにそう告げると僕の考えを読み取ったのかミアが頷く。
「私も行く。実習で作った爆弾あるから」
そう言って鞄からいくつかの丸いものを取り出すミアを見ながら僕もステータスボードを操作してミョルニルを取り出した。
「えっ?ソウ君、ミョルニル持ってきてたの?ミアちゃん行くって?えっ、まさか?」
ナタリーさんの戸惑うような声を聞きながらミョルニルに魔力を流すとミョルニルの打撃部分が炎の効果を纏った。
それを見てナタリーさんの口元がぴくぴく痙攣する。
「いや、いや、駄目だよ?駄目だってっ!」
慌てたように言うナタリーさんを尻目に迷宮の扉に向けて僕とミアが歩き出す。
扉に向けてまっすぐ歩いていく僕たちを周りの大人たちが怪訝そうに見る。
「扉っ!扉、開けてっ!早くっ!ソウ君、ちょっと待ってっ!」
ナタリーさんの慌てたような叫び声に言い争っていた冒険者組合の人も学園の人も何事かと黙る。
「押し通るっ!」
腕を振り上げて特殊効果を付与したミョルニルを扉に向けて振り抜いた。
凄まじい衝突音と爆音がして今まで感じたことがないような抵抗を感じるけど一瞬の後には抵抗がなくなる。
ガラン、ガランッと音がして中央に穴が開き拉げた扉だったものが迷宮の内側に倒れた。
「う、嘘だろ?かなり強力な魔物も想定して作った扉だぞ?」
冒険者組合の人が呆然としているけど気にしている暇はない。
「ソウッ」
僕を呼ぶ声に振り向くとカミラさんが小さな袋を投げてきたので受け取った。
「体力回復用ポーションと魔力回復用ポーション、治療用ポーションが入っている」
心配するような眼差しを向けるカミラさんに頷く。
「ちゃんとドロップアイテムは回収してくるんだぞ!」
僕じゃなくて、そっちの心配?
思わず苦笑いしてしまった。
そうして僕とミアは迷宮内部に向けて歩き出す。
「ま、待てっ!子供だけで進むんじゃない!誰か止めろっ!」
後ろから冒険者組合であろう人が追いかけてくる。
「ミア、最短距離で行く。ウィンドは使えるよね?」
僕が尋ねるとミアは頷く。
「地面が近づいたらウィンドを発動して着地の衝撃を和らげるんだ」
「は?何を言ってるんだ?」
走って近くまで来ている年配の冒険者さんらしき人は理解できないみたいだけどミアは頷いて少し離れてくれた。
「よし、行くよ」
炎の効果を保ったままのミョルニルを思いきり迷宮の地面に叩きつける。
「んなっ!」
爆発音がして地面が陥没し、身体が下に落ちていく。
下に別の地面が見えた。
ウィンドの魔法を身体を持ち上げるように発動させると2階層に落ちていく速度が緩やかになる。
2階層の地面に着地して上、一階層のほうを見るとミアが同じように下りてくるのが見えた。
手を上げてミアを受け止め、地面に降ろすとミアは僕と距離を取る。
僕は再びミョルニルを振り上げた。
「このまま15階層まで行く!イザベラたちを助けるんだ!」
振り上げたミョルニルを2階層の地面に叩きつけると爆発音が再び響き渡る。
「滅茶苦茶だろっ!」
僕たちを追って身軽に2階層に降りてきた冒険者さんの悲鳴にも似た叫び声は爆発音に掻き消されて誰にも聞こえなかった。




