第七話:日常(午後)
冒険者組合を出て城門のほうに歩いていく。
カミラさんから渡された採取するもののメモを開いて確認する。
・光虫の甲殻
・幻覚茸
・破裂実
今日は森林地帯での採取のようだ。
・今日は風呂に行くので早めに帰宅するように
最後のはただの伝言だった。
「こんにちわ。外に出たいのでお願いします」
城門で受付の人に外に出ることを告げる。
「また、カミラさんの採取か?大変だな」
今日の受付はカーターさんだった。
思わず苦笑いになるけど受付表に名前と住所を記入する。
「気をつけてな」
そう言って送り出してくれるカーターさんに手を振って城門の外に出た。
草の匂いを含んだ風が髪を揺らす。
城門内とは違う開放的な雰囲気に心躍らせながら街道をそれて、草原を森に向けて歩いていく。
冒険者組合に採取の依頼を出しても、冒険者はなかなか依頼を受けてくれない。
採取依頼より魔物討伐依頼のほうが実入りもいいし経験値も稼げるので優先されがちだ。
ただ、採取依頼が滞ってしまうと魔物討伐時に使用するポーションの供給がままならないのも事実。
「7歳の子供に魔物がいる場所で採取してこいなんて」
カミラさん曰く、鑑定ができるなら魔物を避けて採取すればいいだけの話だろう?
まぁ、正しいし、実際そうしている。
ナタリーさん曰く、ミョルニルがあるから魔物が出ても大丈夫ですよ。
まぁ、正しいし、実際そうしている。
カミラさんとナタリーさんが城門の受付の人に話をつけてあるので最初は心配していた人も今では何でもないことのように城門から出してくれる。
理不尽だ。
お風呂に行くのならば少し急がなくてはいけないので急いで採取しよう。
「よしこれで最後っと」
破裂実を変換することで採取は完了した。
刺激を与えると破裂し種を巻き散らす厄介な実だけど変換してしまえばなんということはない。
再度採取を依頼されたときのために多めに採取したので時間を取ってしまった。
ステータスボードを操作して転移石を取り出す。
転移石は2つ対となっているもので片方の転移石に魔力を流すと別の転移石の近くに移動できる優れものだ。
「よし行こう」
持っている転移石の片方はメリダ村の僕の家、僕の部屋に置いてある。
転移するのは日課であるヘルの迷宮周回のためだ。
いつも部屋に転移して『隠蔽』を発動。
父や母、村の人に気づかれないように迷宮まで行き、攻略後は王都まで転移するということを繰り返している。
「経験値も溜まってきているからレベル上げちゃえばもっと早いんだろうけど」
冒険者のレベルは10くらいから40くらいとそれぞれだった。
聞き耳を立てて(盗み聞きともいう)確認したところによると20前後がE級、30前後がD級、40前後がC級らしい。
もっと高いレベルの人、B級とかA級になると指名依頼や王様、貴族からの依頼によって一か所に留まることはほぼないらしい。
冒険者になったときにあまりレベルが高すぎても問題だろうと自粛している。
「さっさと回って、お風呂に行こう」
入口から最下層の100階に向けて走り出した。
「ただいま~。カミラさん、戻りました」
「遅いっ!」
僕が裏庭から家に入ると仁王立ちして腕と組み、トントンと指で腕をリズミカルに叩いているカミラさんがいた。
いや、今から冒険者さんたちが帰ってきてポーション買いに来る時間だから遅いということはないんじゃないかな?
「採取したものは下処理を済ませなければならん。処理するから早く出せ。店は任せるからな」
冒険者組合から受け取った代金をテーブルに置き、採取したものをカミラさんに渡すと下処理をするためカミラさんは作業場に移動する。
「昼のシチューは美味しかった」
僕が店に出るために前掛けを付けているとカミラさんがボソッと呟いていった。
思わず頬を緩めてしまう。
店の扉に付けている小さな鈴が鳴り、扉が開く。
「いらっしゃいませ」
僕は入ってきたお客さんに声をかける。
「ふぃぃぃぃぃ~」
大きな湯船の温かなお湯に全身浸かって思わず声が出てしまった。
恥ずかしくなって思わず周りで同じくお湯に浸かっている人たちを見ると、みんな気にしていないで気持ちよさそうにしている。
王城やイザベラとミアが通っている学園の寮は特別として、一般的な家には湯舟はなく、あってもシャワーだけでカミラさんの家も例外ではなかった。
カミラさんは下処理を終えると店にまだいたお客さんを追い出して強制的に閉店、着替えやタオルを用意するなど、お風呂の準備をするという暴挙に出た。
今日はナタリーさんも加わって3人でお風呂に行くことになったのだが、やってきたナタリーさんは強制閉店を咎めずに、逆に用意ができてない僕が責められた。
う~ん、解せぬ。
まぁ、いろいろあったがお風呂でお湯に浸かり筋肉を解すことで疲れもとれる。
浮遊感も相まって眠くなってきてしまうが身体を洗わなくては。
「ソウ君、こっちだよ」
お風呂を出ると待合で頬を赤くしたナタリーさんが手を振ってくれた。
カミラさんも座ってリラックスしているけど頬は上気して身体に熱がこもっているのが分かる。
「ソウ、ナタリー、早く食堂に行って何か食べるぞ」
カミラさんはそう言うけど今一番欲しているのはエールというお酒だと思う。
カミラさんもナタリーさんも結構飲むことは僕も知っている。
僕はお酒を楽しみにしてはいないので冷たいものでも食べようとミョルニルの魔法で凍らせた、ぶどうのジュース(手持ち用の棒を刺したもの)を実物に変換して取り出した。
一口齧るとブドウの酸味と砂糖の甘さが程よく口に広がっていき火照っている頬を冷やしてくれる。
お風呂上がりのアイスもなかなかいい。
「・・・なんだそれは?」
歩いている両側から圧を感じたので見るとカミラさんとナタリーさんがじっと僕を見ていた。
いや正確には僕の手に握られている紫色のアイスを見ている。
「ぶどうジュースに砂糖を加えて凍らせたものですよ」
「よこせ」
カミラさんが僕の手からサッとアイスを奪うと躊躇いもなく口に咥える。
「ああっ、僕のです!横暴です、カミラさん!」
「おおっ、この冷たさと酸味は風呂上りにはもってこいだな」
僕の抗議を意に介さず瞬く間に半分くらいカミラさんに齧られてしまう。
「ナタリーさんもなんか言ってください!」
僕が助けを求めるとナタリーさんがカミラさんにスッと手を出した。
「そうね。カミラ、私にもちょうだい」
「ん」
半分になってしまった僕のアイスは無情にもナタリーさんの手に渡ってしまう。
「んん。これはお風呂上りには堪えられない」
ああ、僕のアイスが。
「うまかった。どうやって凍らせて保管していたのか知らんが次回は3人分作ってこい」
カミラさんが屈託のない笑顔でそう言うので、まぁいっか、と思ってしまう。
「分かりました。用意してきます」
僕がそう言うとカミラさんとナタリーさんが嬉しそうに笑った。
この世界では基本的に冷やす、凍らせるということがあまりない。
高度な魔法技術に分類される凍結魔法を物を冷やしたりすることに使うことはないそうだ。
冷蔵庫のようなものもあるらしいけど高価なうえに魔物を倒した時に得られる魔石という燃料がなければ稼働しないので維持費もかかるらしい。
カミラさんたちが飲みたがっているエールも冷やしたものは値段が跳ね上がるらしいので、いつもは温いものを飲んでいる。
「カミラさん、ナタリーさん、外で食べないで食べ物を買って家で食べませんか?」
届けてもらったエールがあるので問題ないはずだ。
僕がそう言うとカミラさんは明らかに不満げな顔になる。
早くエールを飲んで、食事をしたいのは分かるけどちょっとだけ時間をもらいたい。
「ソウ君、もしかして疲れてるの?」
ナタリーさんが心配そうに聞いてくるとカミラさんも心配そうに覗き込んできた。
「いえ、ちょっとお店だとできない試したいことがあるので」
そう言うと2人とも首を傾げながらも了承してくれた。
「できました!」
お店に帰ってきてテーブルの上に買って来たものを並べる。
鳥の香草焼きとソーセージ、蒸したお芋、新鮮な野菜サラダとパンが並ぶ。
僕の水を入れたグラスとカミラさんとナタリーさんのエールを入れた木のジョッキもテーブルに置いた。
「試したいことは終わったのか?」
乾杯の前にカミラさんが僕に尋ねるので頷く。
あとは効果を確認するだけだ。
「「「今日もお疲れ様でした」」」
そう言ってグラスとジョッキを合わせて一口飲むと口の中に冷たさが広がった。
「んんっ!?」
「んんく、んく」
カミラさんとナタリーさんを見るとジョッキをどんどん傾けている。
「「ぷふぁぁぁぁぁぁっ」」
カミラさん、ナタリーさん、髭ついてますよ。
大成功らしい。
「ソウ、こ、これは」
「ミョルニルなのっ?ミョルニルだよねっ?」
ジョッキを持ったままカミラさんとナタリーさんが髭をそのままに迫ってくるので手で制す。
ハンカチを出して2人の泡髭を拭くとナタリーさんは恥ずかしがって顔を伏せるのに対し、カミラさんはそんなことより何をしたと言いたげだった。
2人のジョッキをもらって台所に行き、エールを満たして戻ってくる。
ミョルニルを取り出し魔力を流すと青い効果を纏うのでミョルニルの近くにジョッキを置いた。
待つこと数秒。
ジョッキをカミラさんとナタリーさんに渡して飲んでもらうよう促す。
「あぁ、冷えたエールは別の飲み物だ」
「冷たさが身体に染み渡るぅ」
そんな2人の感想に笑みがこぼれる。
でも次の瞬間、冷たいエールを楽しんでくれているはずのカミラさんがジョッキに目を落とし真剣な顔をしていた。
何かを必死に考えているように苦し気な顔をしていたが、答えが出たのか、顔を上げて僕を見ると輝くような笑顔になる。
「ソウ、私と結婚しよう」
・・・エールを冷やすための打算的な結婚は僕はしません。




