第六話:日常(午前)
カーテン越しに陽の光が差し始める早朝、僕はベッドから上体を起こす。
歯磨きをして、水で顔を洗い、着替えたあとは裏庭に出て植物たちの世話を始める。
一日の始まりだ。
カミラさんと一緒に暮らし始めて分かったことだけどカミラさんの朝はかなり遅い。
夜更かししているのか陽がある程度昇ってからでないと起きてこないのだ。
植物たちに水を上げて、駄目になった葉などを整えると微かに草の香りがしてくるのを楽しんで店の開店準備に移る。
商業地区の朝は早い。
冒険者さんは迷宮などに入ったあと必要物資を購入する場合もあれば、出発前に購入する場合もある。
冒険者相手の錬金術の店の稼ぎ時は早朝と夕方だが、いままでカミラさんは夕方しか対応していなかったので早朝は許可をもらって僕が対応するようにした。
「これもらうよ」
「ありがとうございます」
実際、カミラさんのポーションは体力回復用も魔力回復用も最高水準レベルでお客さんの反応もいい。
あとは本人がもう少し勤勉だったらいいのだが「私が勤勉になったら非の打ちどころがなくなるだろう」という謎の理屈で誤魔化されている。
陽が完全に城壁から顔を出す時間には冒険者さんの数が減り始める。
店舗業務がひと段落したら札をCLOSEにして市場に買い出しに行く。
今日は焼き立ての外はカリカリ、中はフワフワのフランスパンのようなものと卵、ハム、屋台で具だくさんの野菜スープを買って店に帰る。
「お、おはよふぁぁぁ」
野菜スープを温め直してコーヒーを淹れるなど朝食の用意をしていると我が雇い主さんが2階から降りてくる。
最近少し早起きになったのはいいんだけど綺麗な銀髪はぼさぼさで、長めのシャツを着ただけの寝ぼけ眼のカミラさんを椅子に座らせて髪を梳かすことも毎日のこと。
「髪くらい自分で梳かせないんですか?」
髪を梳かされているのが気持ちよいのか再びうつらうつらと船を漕ぎ始めるカミラさん。
「バッサリ切っちゃいましょうか?綺麗な銀髪だから高値で売れると思うんですけど」
「やめれ、いじわりゅだぞ。わらし、かみらはきみのやといぬしなんりゃぞ」
7歳の子供に髪を梳いてもらう19歳ってなんなんだ?
「はい、終わりましたよ。ご飯食べましょう」
パンの香ばしい香りと野菜スープの優しい香り、ハムと目玉焼き、コーヒーの香りを形のよい鼻でスンスン嗅ぐとカミラさんが手を伸ばす。
無心にムクムクと口を動かすカミラさんを見て身体が大きいだけの子供、妹みたいに感じてしまう。
コーヒーを飲むころにはだいぶ覚醒してきて目の焦点もしっかりしてきた。
「朝に体力回復用ポーション5本と魔力回復用ポーションが6本売れました。補充をお願いします。あと薬草の納品があったのでA級以上のものだけ購入しました」
朝にあった出来事を報告するとカミラさんが目線を僕から逸らし溜息をついた。
「ソウ、君が働き者なのは認めよう。だがもう少し気を利かせるということを覚えたほうがいい」
カミラさんはそう言うとコーヒーを一口飲む。
???
何かまずいことをしただろうか?
「ポーションをそんなに売ってしまうと夕方までに補充しなくてはいけないだろう?薬草も時間が経つにつれて劣化する。使用間際に購入した方がいい」
うんうんと一人納得するカミラさんを放っておいて食器を片付ける。
「待てソウ、まだ話は終わってないぞ。何が言いたいかというとだな、私の仕事が増え」
「カミラ、またゴネてるの?」
裏庭に続くドアから入ってきたナタリーさんが呆れた声を上げる。
「あ、おはようございます、ナタリーさん。コーヒー飲みますか?」
「ありがとう。ミルクと砂糖もお願い」
ナタリーさんはにっこり笑って席に着く。
「待て、砂糖は貴重品だ。おいそれとは」
「2杯でお願い」
砂糖の使用を止めようとするカミラさんに被せるようにナタリーさんは砂糖2杯を所望した。
たっぷりのミルクと砂糖を2杯入れたコーヒーをナタリーさんの前に置くと一口飲んでほぅと息をつく。
「おい。ここの家主は私だぞ?聞いているのか?」
3か月ここで過ごして分かったことがある。
気難しいS級錬金術師というのは間違いで、ずぼらで我が儘、ときどき無茶振りをする愛らしいS級錬金術師といった方が正しい。
あまり揶揄うと拗ねてしまうこともあるので要注意。
「ナタリーさん、今日はどうしたんですか?」
2杯目のミルク砂糖入りコーヒーをカミラさんの前に置くとニコニコ顔になりながら口を付けている。
あまりにチョロい。
「今日はイザベラさん、ミアさんが創立記念日でお休みなんです。お昼を一緒にどうかという話がありまして」
時々2人とは食事を一緒にしたり街を回ったりしている。
勉強は大変そうだけどスキルも伸びてきていると話していたので見せてほしいな。
「今日は冒険者組合に納品があるので駄目だ。午後は採取も頼みたいしな」
冒険者組合には行く用事もあるのでついでに納品してこよう。
採取は簡単なものであればそれほど時間もかからないことを伝えるとカミラさんは椅子の上で胡坐を組んで頬を膨らませた。
シャツの隙間から見えそうですが。
「お昼は具だくさん(特に肉)のシチューとパンでいいですか?」
僕がご機嫌を伺うようにカミラさんの好物を昼食に候補として上げると膨らんでいた頬が治り、目を輝かせながらコクコク頷いた。
「ただし、ポーションの補充と薬草の処理をお願いしますね」
「分かった。パンは柔らかい白パンにしてくれ」
全くもって我が儘でチョロい雇い主なのである。
シチューを作り、白パンを購入しておいたことをポーション作成に勤しんでいるカミラさんに伝えて店を出た。
イザベラとミアから伝えられた食堂に行くと席に着いた二人が僕に手を振ってくれる。
「まったくさぁ、もっと実技を増やしてほしいよね」
柔らかいパンを千切りながらイザベラが言う。
イザベラ本人としては筆記や理論よりも迷宮で実践経験を積むべきだと言っているが、要は筆記などでは寝てしまうのだろう。
「むぅ。私も理論もいいけど魔力窯でいろいろな素材を使って試したいことがあるんだぁ」
赤尾鳥という鶏肉のソテーを切り分け、口に入れているミアも実技がしたいと言っているが素材も有限なので理論が先に出るのは仕方ない。
「ソウはどうなの?仕事上手くいってる?」
僕の方は順調だと思う。
素材やアイテムは鑑定でそつなく熟しているし、カミラさんの扱いを間違えなければ大事にはならない。
でも・・・。
ポーションなどの納品で冒険者組合に顔を出すようになってから顔を覚えてもらって受付の人と話をすることもできるようになった。
そのなかでそれとなく灯の情報を集めようとしたけど個人情報を出せないらしい。
個人情報を出すことで起きるトラブルを防ぐということだけど灯を探すことが遅々として進まない状況はもどかしい。
他に情報収集する手段を考えたほうがいいだろうか?
「そういえばさ、この前、近衛騎士団の団長さんが実技の時に来たんだよ」
「あ、知ってる。おっきい強面のおじさんだよね?」
「そう、そう」
さすが王都が招聘する生徒を擁する学園、近衛騎士団の団長さんまでイザベラたちの実技指導に入るのか。
「団長さんも凄かったけど付いてきていた女の子も凄かったぁ」
「へぇ」
「模擬戦だったんだけど打ち込みが早くて、重いらしくて団長さんも受け流すのに苦労してたんだよ」
現団長に打ち込むなんて凄い人なんだろうな。
「私たちの実技にも有名な錬金術師さん来るみたい」
ミアも負けじと話題を出す。
「へぇ、誰、誰?」
「王都が誇るS級錬金術師カミラ」
「ごふぉ!」
思い切り咽てしまった。
学園に行く日はいつもより丁寧に身だしなみを整えないといけないな。
「じゃあ」
お昼を食べて街を3人で少し歩いた。
そろそろ冒険者組合に納品に行かなければいけないので別れようとしたところ、イザベラが嫌がって僕の腕を放さなかったので困ってしまった。
同じ王都にいるけれど学園生活を続けるイザベラとミア、働いている僕では休みでもなければ会うことも難しい。
「今日は一緒にいようよぅ」
そう主張し、若干涙目になっているイザベラをミアが引き摺るように帰っていった。
カミラさんとナタリーさんに相談して1日休みを取ろうかと冒険者組合に向かいながら考えた。
「こんにちわ」
冒険者組合の建物に入って顔見知りのリリーさんに挨拶をする。
「こんにちわ、ソウ君。今日は納品?」
青い目で僕を見ながら首を傾げると肩までの金髪がふわりと揺れる。
「はい。カミラさんのポーションの納品と」
「個人情報は話せないからね」
にっこり笑って僕の言葉が遮られる。
隙が無い。
「そもそもソウ君はアカリさん?をなんで探しているの?」
いつも聞かれる問いだけど、なんて説明すればいいのか分からない。
前世で恋人だった?
これから恋人になる予定?
しかも駄女神のせいで7歳年の差がある?
本当のことだけど、言ったらたぶん病院に連れていかれると思う。
「ソウ君は悪いことはしないと思うけど規則だから、ゴメンね」
俯いてしまった僕にリリーさんが申し訳なさそうに声をかけてくれる。
リリーさんが悪いんじゃない。
困らせてしまっていることは本意ではないのでポーションの納品手続きをする。
「はい。ありがとう。これが代金ね」
そう言ってリリーさんがポーションの代金を渡してくれる。
「あ、あと12歳にならないと冒険者登録はできないんですよね?」
僕がそう言うとリリーさんは困ったように眉間に眉を寄せながら頷く。
「よほど恵まれたスキルを持つ人は冒険者見習いとして12歳以下でも登録できると聞いたことがありますが」
たぶん招聘された子供だろう。
冒険者登録を受けないと各地にある迷宮に入る資格を得られない。
『隠蔽』で気配を消すことで気づかれることなく入ることはできるけど、なるべく違法なことはしたくない。
冒険者になり、迷宮に入れば冒険者だけ鑑定できる。
王都に来た時に無差別に鑑定をかけたらほぼすべての人、物の情報が表示されて把握しきれなかった。
集中することで個別の鑑定結果だけを把握することは可能だ。
でも鑑定も万能ではないと思い知らされた。
「わかりました。ありがとうございます」
困ったように笑うリリーさんにお礼を言って受付から離れる。
今日は午後から採取の予定だ。




