第三話:旅立ち
2頭の馬に引かれて馬車が街道をゆっくり移動している。
時々固い木の車輪が石などで跳ね上がると固い木のベンチに座っているお尻にダイレクトに衝撃が来る。
1日目は寝るのも大変だったが鑑定士さんから乗り方のコツを聞いてからだいぶ改善されていた。
でも・・・
「どうしてこうなった?」
思わず独り言ちると周りを見渡す。
馬車の中には鼻歌を歌っているイザベラと眠っているのか左右に体を揺らしているミア、メリダ村に来ていた男の鑑定士さんと女の鑑定士さん、あと護衛の騎士2名が座っている。
鑑定が終わってイザベラを落ち着かせていたときに女の鑑定士さん、ナタリーさんが僕も王都に行けるかもしれないと言い出した。
曰く、気難しい錬金術師さんが鑑定ができる人を探しているらしい。
曰く、その錬金術師さんに紹介した鑑定スキルを持つ人は無茶振り(パワハラ?)されて逃亡したり、病んでドクターストップを受けたらしい。
曰く、誰も近づきたがらない。
え?
僕?
僕が紹介されるの?
「気難しい方ですがさすがに7歳のソウ君に無茶振りはしないと思うんです」
ナタリーさんがにこやかにそう話していたのを思い出す。
「そこで働きながら王都で生活すればいいのではないでしょうか?馬車も1名なら乗せることができますよ」
軽く話しているが絶対に僕と目を合わせようとせず、話しているあいだ目を泳がせていた。
絶対受けてはいけないヤツだ。
おそらく僕が王都に行くと言えばイザベラは王都招聘を受けるだろう。
公には強制ではないというが、その実態は強制であり、手を変え品を変え王都招聘の同意を得るということを噂話で聞いたことがある。
断るべ・・・
「ソウが一緒に行くなら行きます!」
イ、イザベラ?
「じゃあ、決まりですね!ソウ君のお父様、お母様、給付金は出ませんが王都での12歳までのソウ君の生活は必要最低限補償いたします!錬金術師さんからお給金は出ますのでソウ君に渡しますね」
こ、この野郎、イザベラさえ同意していれば、王都に連れていければ後のことはどうとでもなるってことか?
僕は絶対行かな・・・
「ソウ君、うちの子をよろしく頼む」
「うちの子もいつもボーッとしているから頼むわ」
「ソウ、悲しいけどイザベラちゃんとミアちゃんを守ってやるんだぞ。あと手紙は必ず送ってくれ」
イザベラの両親とミアの両親、僕の両親まで僕が行くものと思っている。
確かに王都は行くつもりだったし、村の人たちの結束が強いことを思えば言っていることは理解できるけどドライすぎないか?
特に僕の両親。
「王都には仕事がたくさんある。このメリダではできないことも王都ではできるだろう。ここで暮らすよりも楽かもしれない」
そう言って笑う父の後ろでは母が俯いて目元を押さえていた。
イザベラの両親も、ミアの両親も笑ってはいるけど、そこはかとなく不安な空気が漂ってきている。
心なしかイザベラとミアも僕を縋るような目で見ていた。
はぁぁぁぁぁ。
「分かりました。行きます。よろしくお願いいたしますぅぅぅぅぅ!」
思い出したら頭が痛くなってきた。
ガコンッと大きな音がして一際大きく馬車が揺れると隣で寝ていたであろうミアが僕にもたれかかってくる。
肩までの赤い髪が僕の鼻をくすぐる。
「・・・ん」
ミアが目を開くと髪と同じ色の赤い瞳が焦点を合わせる。
目線を上げて僕と目が合った。
「おはよー。もお、着いた?」
いや、まだだと思う、まだ馬車動いてるから、まだ2日目だから。
気づくとイザベラの鼻歌が止まっていて、目を向けるとすごい目つきで僕を睨んでいた。
「ふあぁぁ。まだか~」
「あと5日はみたほうがいいと思いますよ」
ナタリーさんが苦笑いしながら教えてくれる。
退屈そうにしているミアを見て、僕はあることを思い出した。
鞄を探って巻物を5つ取り出す。
「ミア、これ使って」
そう言って僕はまだ眠そうなミアに渡した。
「ソウ君、それは何ですか?魔法取得の巻物に見えるのですが」
ナタリーさんがミアが持つ5つの巻物を指さして聞いていた。
「そのとおりですよ。初級魔法のファイア、ウォータ、ウィンド、ロック、あとクリーンアップの巻物です」
「はい?」
僕が肯定するとナタリーさんが呆然とした顔をする。
魔法使いなどの魔法職では初級魔法などあまり役に立たないかもしれないが生活を行う上でかなり便利なものだ。
火魔法のファイアで火おこし、水魔法のウォータで水確保、風魔法のウィンドで濡れたものを乾かし、土魔法のロックで竈を作る、無属性魔法のクリーンアップは汚れたものをすぐさま綺麗にできる優れものだ。
ちなみにヘラの迷宮で倒した中レベルの魔物からたくさん変換したのでイザベラも僕も持っている。
「どうすればいいの?」
おそらく初めて見ただろうミアに巻物の使い方を教える。
巻物に向けて手をかざし、魔力を少し流してあげれば取得できることを伝えるとミアは5つの魔法を習得した。
「ファイア」
人差し指の先に小さな火を灯すと満足したように僕に微笑む。
「あ、あのソウ君?聞いてもいいですか?」
ナタリーさんが少し慌てたように問いかけてくるので頷く。
「ど、どこで魔法取得の巻物を手に入れたのですか?初級とはいえ、巻物は迷宮で宝箱から得るか、強い魔物を倒して運よく手に入れる以外にないのでかなり高価なものなのですが」
あ、そうなんだ。
確かに中レベルの魔物でも強いらしいし、高価なものだったら7歳の小さな村の子供が持っていたら不思議だよね。
男の鑑定士さんも護衛の騎士さんも聞き耳立ててるし。
どうしよう、なんて説明すれば・・・うん。
「拾ったんです」
「は?」
「ひ、ろ、っ、た、ん、で、す」
みんなから「こいつ、なに言ってんの?」という目で見られるけど気にしない。
「あぁ、そう言えばソウはいろんなもの拾ってきてたよね」
隣でミアが思い出すように頬に人差し指を当てて考える。
「そう、そう!牙を拾って来たって言って道具屋のジェームズさんに持っていったらヘルハウンドの牙で村中大騒ぎになったもんね」
ああ、ヘルの迷宮で変換して持ってきたら予想外に危ない狼の魔物だったみたいで討伐隊を呼んだんだっけ。
結局、一か月ほど巡回してもらったんだよね、討伐隊の人に悪いことをしてしまったけど本当のことは話せなかったから。
イザベラとミアの話を聞いて、みんなが信じられないものを見るような目で僕を見るけど知らないふりをして馬車の幌に寄り掛かった。
「魔物だ!」
御者の人が大声を上げると馬車が急停車した。
鑑定士さんが騎士さんを見て頷くと騎士さんが幌の後ろを開けて馬車を下りる。
「みなさんは落ち着いて!馬車の中にいれば安全です!」
ナタリーさんが残った僕たちにそう言って座っているように促すけど、どんな魔物が出たか確認したくて幌の前、御者さんが座っているところから顔を出す。
魔物が6頭くらいいるけど
「なんだ。ワイルドボアか」
大きい猪の魔物が馬車の前にいるけど脅威を感じないので座り直した。
騎士さん2人はすこし腰が引けてたけどワイルドボアだし大丈夫だろう。
「ワイルドボアだったの?」
イザベラが聞いてくるので頷く。
「じゃあ、今晩はワイルドボアのお肉食べられるのかな?」
たぶん騎士さんが倒してくれるから食べられると思うよと言うとミアは嬉しそうに笑った。
「いや、いや、いや、いや。ワイルドボアは結構強い魔物だからね?群れていると騎士でさえ危ないんだよ?」
男の鑑定士さんがそんな噓みたいな話をしていると、いきなり「ドンッ!」という何かが馬車にぶつかる音がして馬車が揺れた。
「ひぅっ!」
ナタリーさんが小さく悲鳴のような声を上げる。
もう一度幌の前、御者さんが座っているところから外を見ると騎士のひとりが馬車のそばで倒れていた。
胸の鎧のところに大きなへこみがあるところを見るとワイルドボアに弾き飛ばされたらしい。
もうひとりは腰が抜けたのか地面にへたり込んでいた。
「イザベラ、外に出て防御結界張ってもらえる?」
僕はそう言ってイザベラを見ると頷いてくれた。
「だ、駄目です!いきなりスキルを使おうとしても失敗する可能性が高いです!ここは騎士に任せましょう!」
ナタリーさんが僕たちを止めるように声を上げるけど騎士さんは2人とも戦意喪失しちゃってるし1人は怪我しているかもしれないので早めに片づけたほうがいいと思う。
「イザベラ、僕が散らすから馬車とみんなを守って」
僕はそう言いながらナタリーさんから見えないようにステータスボードを操作してミョルニルを取り出した。
準備を終えて幌の後ろ側から外に出る。
「ソウ。お肉お願い」
ミアにそう言われて苦笑いを返しながら1頭は仕留めてこないといけないと気合いを入れた。
地面に降り立って馬車の前方を見るとワイルドボアが地面を前足で掻き土煙を上げている。
いつ突進されてもおかしくない。
イザベラと、なぜかナタリーさんが続けて降りてきた。
「僕が馬車から離れたら防御結界を発動して!」
イザベラにそう言って僕は前方へと駆け出した。
「防御結界!」
「えっ?発動した?って、ええ?」
イザベラが防御結界を発動する声とナタリーさんの戸惑う声を後ろにワイルドボアに向かう。
攻撃態勢を取る魔物を散らすには怯えさせるほどの攻撃を放たなくてはならない。
騎士さんが怪我している可能性を考え、早めに終わらせるためミョルニルの特殊効果、魔法付与を使う。
僕の魔力にミョルニルが反応して打撃部分が炎の効果に覆われる。
「はあぁぁぁぁぁっ!」
気合を込めてミョルニルをワイルドボアの少し手前の地面に叩きつけると地面が陥没して爆風が吹き上がった。
ミョルニルは投擲したとしても呼べば戻ってくる便利な機能が付いている。
投擲して倒してもいいけどお肉を持っていくこと、保存することが大変になる。
ワイルドボアを後退させて人目のないところで変換する、これが最良の方法だ。
「きゃあぁぁぁぁぁ!」
後ろからナタリーさんの悲鳴が聞こえるけどワイルドボアから目を離さない。
6頭のワイルドボアは地面を掻くのも止めて、いきなり反転して森の中に逃げ込んでいく。
チャンスっ!
僕は馬車とみんなをおいてワイルドボアを追って森に駆け込んだ。




