第十一話:借金
1000万コルト。
1コルトが1円と同じくらいと考えると1000万円?
7歳の子供には大金だし、なんなら転生前の16歳にとっても大金である。
「なんでソウが払わなきゃならんのだ?」
金額の大きさに呆然としている僕の隣に座っているカミラさんがイラつきを隠さずに問いかけた。
迷宮から帰った翌日、副組合長さんに言われたように組合の建物に来た。
カミラさんも同行してほしいという話だったので一緒に来てリリーさんに挨拶をすると建物奥の応接間らしき部屋に案内された。
部屋の中には昨日会った副組合長さんともう一人、30歳後半くらいの女の人がいて、リリーさんが組合長と呼んでいたから一番偉い人かもしれない。
「私は王都アスラシオンで冒険者組合本部長をしているスカイラー・ヘンレッティという者だ」
女の人が自己紹介をする。
「昨日会ったが紹介もできず失礼した。私は副組合長をしているベンジャミン・マドックといいます」
副組合長さんも自己紹介してくれた。
リリーさんが人数分のお茶を持ってきてくれてテーブルに置き、退出する。
「まずは夜の迷宮に取り残された学園の生徒と冒険者であるアイザックを救出してくれたこと、感謝する」
スカイラーさんがそう言って小さく頭を下げるのに合わせてベンジャミンさんも頭を下げた。
「いえ、友人が迷宮にいたので勝手なことをして申し訳ありませんでした」
僕がそう言うと隣のカミラさんがふんと鼻を鳴らす。
どのような理由で呼ばれたのか分からないので最初は丁寧に対応したほうがいいと思うのだがカミラさんは違うようだ。
「ソウ君が迷宮に入り、魔物を打ち倒し、あるいはサポートをしてくれたことは聞き及んでいる。ソウ君がいなければ凄惨な結果になったであろうことは想像に難くない」
スカイラーさんはそう言ってお茶を一口飲む。
「・・・ただ」
スカイラーさんがカップとソーサーをテーブルに戻して口ごもるのを聞いて本題に入ろうとしていることが分かった。
「ひとつ問題がある」
今度はカミラさんが匂いを確認してお茶を一口含んだ。
僕は話をせずに先を促す。
「ソウ君が迷宮に入る際、ハンマーで叩き壊した扉だが、夜間迷宮を封じる、魔物を封じるために強化しているものだった」
スカイラーさんが僕を見る。
「スキルが鑑定であることは聞いているし、招聘された学生でもなく、錬金術師カミラのもとで働いている君が破壊したとは俄かには信じ難かったがベンジャミンも現地で見ているので間違いないだろう」
確かに扉は僕が破壊した、それは間違いない。
「時間がなかった。そして、その時に私の連れが扉を開けるよう頼んだと思うが副組合長は反応しなかったと記憶しているが?」
カミラさんが何か問題でも?と問うようにスカイラーさんを見る。
「確かに混乱した状態で的確な判断ができなかったかもしれない。しかし7歳の子供が扉を破壊し、迷宮に突入するとは想像もできないし、許すべきことでもなかったと思う」
カミラさんが再びふんと鼻を鳴らす。
「ならば扉の前で押し問答を繰り返し、人が揃うまで、あるいは夜が明けて危険度が下がるまで待てばよかったというのか?お前が言ったように凄惨な結果になっていたと思うがな」
スカイラーさんはカミラさんの話を聞いて頷く。
「確かにそんな悠長なことをしていれば助けられなかったと私も思う」
そこでスカイラーさんは言葉を切った。
「扉を再建するために予算を計上する。再建されるまで冒険者に迷宮を見張らせ、城門の警備も強化する。都と冒険者組合で分担して予算を組むが、都に予算を認めさせるには扉を破壊した者にも相応の負担をしてもらわねばならんのだ」
そう言ってスカイラーさんがベンジャミンさんに目を向けるとベンジャミンさんが紙を1枚出してテーブルに置く。
「扉の再建と冒険者の給金、城門の警備費を都が6割、冒険者組合が3割出すことになっている。ソウ君には1割を負担いただきたい」
総工費の1割、割合で言えば少ないと思うけど金額自体は高かった。
1000万コルト。
僕がカミラさんの店で働いてもらえる給金は1か月8万コルトだ。
そこから生活費と両親への仕送りを行っていて月に残るのは微々たるもの。
1000万コルトは果てしなく遠い。
「なんでソウが払わなきゃならんのだ?」
金額の大きさに呆然としている僕の隣に座っているカミラさんがイラつきを隠さずに問いかけた。
「ソウ君ではなく貴女が払っても構わない。重要なのは皆が納得することだ。冒険者も警備の者も、予算を認める者もソウ君を恨むことなく、仕方ないと思える対応を行うことが心苦しいが必要なんだ」
確かに王都から出る予算は住民の税金、冒険者組合の予算も冒険者の働きからのもの、そこから出すのに破壊した、暴れた当事者が何の負担もないのでは示しがつかないだろう。
「期限は設けない。利子も付けない。ただ管理できないのは問題だからソウ君には冒険者見習いになってもらう」
ん?
スカイラーさんの言葉が聞こえているけど理解できない。
え?
冒険者見習い?
僕がなるの?
なれるの?
「冒険者見習いとなり、冒険者組合に金銭を預ける口座を開いてもらいたい。心配しなくても全額を徴収することはない。ソウ君が希望する金額を都度確認して徴収する」
スカイラーさんを見ると本当に申し訳なさそうに眉間に眉を寄せている。
「冒険者見習いとなれば採取依頼、ソウ君に必要かは分からないが冒険者を同伴させることを条件に迷宮に入ることもできる」
そうして鑑定を使って灯を探せる。
「認められん。ソウは私の店で働いている」
カミラさんがそう主張する。
「時間の空いたときに活動すればいいだけだ。聞けば城門外にも採取などに出ていると聞く。ついでに採取依頼を行うことも可能だろう?」
そう言ってスカイラーさんが僕を見る。
「招聘された学生たちと扱いは同じだが、悪く言えば1000万を返済してもらうための管理、悪く言う者もいるだろう。それでも、より大きな不満、問題を回避するためのものだということを理解してもらいたい」
カミラさんが憤懣やるかたないというように腕を組んで乱暴に背もたれに背中を預けた。
スカイラーさんとベンジャミンさんに見られながら僕はこれからのことを考えて必死に頭を回す。
「条件があります」
僕がそう言うとカミラさんも片眼を開けて僕を見た。
「ひとつ、12歳までに払いきれなかった場合、他の冒険者見習いと同じように冒険者として登録をしてもらうこと。もうひとつは冒険者のパーティーと構成冒険者名、ランクを教えてもらうこと。この条件を考慮してもらえるなら」
僕がそう言うとスカイラーさんが眉を寄せた。
冒険者に自動で移行できるのなら、そのときの鑑定を受けることもなく溜まっている経験値でレベルを上げられる。
もしかしたら????のドロップアイテムも判明するかもしれないし、迷宮を回るのも早くなるだろう。
冒険者の情報はリリーさんから教えてはもらえなかった。
詳細な情報は求めていない。
名前を知ることができれば会って確認すればいいだけだ。
「先ほども言ったように招聘された学生と条件は同じ。見習いから冒険者には希望すれば自動的に移行する。冒険者証も口座もそのまま使えるから安心してもらって構わない」
ベンジャミンさんが僕を見てそう教えてくれた。
「ふたつめの冒険者の情報は」
「待て」
スカイラーさんがベンジャミンさんの言葉を遮った。
「返答を行う前になぜ知りたいのか聞かせてもらえるか?」
スカイラーさんがそう言って僕を見る。
その目は嘘偽りを許さない力の籠ったものだった。
「ある人を探しています。所在は分かりませんがとても大切な人です。どうしても会いたいんです」
僕はスカイラーさんの目を見返しながら返答した。
探るように目線を僕に合わせていたスカイラーさんの目線が外れる。
「・・・この大陸だけでいいのか?」
意味が分からない。
望めばこの大陸以外の冒険者の情報も分かるのだろうか?
「冒険者組合は大陸を超えて情報のやり取りを行う場合もある。不確かだが他の大陸の冒険者組合でも冒険者証、口座は使えると聞いたが」
戸惑っている僕を見かねたのかカミラさんが教えてくれる。
「カミラ殿が言われたように他の大陸でも冒険者証は身分証になり、口座も現地の通貨価値を換算したうえで統合される」
ベンジャミンさんが確約してくれた。
そして考える。
「この大陸以外の冒険者も、名前だけでもいいので教えてください」
僕がそう言うとスカイラーさんが静かに溜息をもらす。
「時間を貰っていいか?情報を集めるにはそれ相応の時間がかかる」
僕は頷いて了承する。
「下に行って鑑定をしてもらってください。冒険者、ないし冒険者見習いの際は無料で鑑定を行って記録を取ります。ソウ君はスキルが鑑定だから必要ないかもしれませんが、次回からは代金が生じます。鑑定が終われば冒険者証が発行されます。発行と同時に口座も開設されますので少額でも入金いただけると助かります」
ベンジャミンさんが今後の登録の流れを教えてくれた。
「それらが終わったら今日は帰っていい。後日請求書とお前の望むリストをカミラ殿の店に持っていく」
スカイラーさんが立ち上がるとベンジャミンさんも立ち上がってドアのほうにカミラさんと僕を誘導する。
「済まない。頑張ってくれ」
部屋から出るときにスカイラーさんの小さな声が聞こえた。
気にしなくていいと言いたい。
この大陸だけじゃない、この世界で灯を探せる手段が手に入る、身分証も手に入る。
やってやる。




