第8話 三日間の成果
試用期間3日目の朝、カイトは報告書を仕上げていた。
数字を並べながら、何度か見直した。計算は合っている。3日間の収支を積み上げると、利益率はプラス23%になる。マイナス300%から始まって、3日でプラスに転換した。
ただし、だ。
(緊急措置の結果だ。持続可能な構造じゃない)
テルファ村との契約は成立した。周辺集落との交渉も2か所で動き始めた。略奪に代わる収入源の種は蒔いた。しかしこれはまだ芽が出た段階に過ぎない。根がない。根を張るには、この組織がなぜここまで壊れたか、構造ごと理解しなければならない。
なぜ略奪に依存するようになったのか。なぜ四天王が横領をしたのか。なぜ何百年もこのままだったのか。
数字には答えが出ている。しかし数字の背景が、まだわからない。
「あなた、そろそろ時間でありますが」
扉の向こうからゴルの声がした。
「行く」
カイトは報告書をまとめて立ち上がった。
謁見室には四天王が揃っていた。
ガルガンは腕を組み、シルヴィアは杖を持ち、フォルカは羽を折りたたんでいる。ヴェイルは柱の近くに立っている。3日前と同じ配置だ。ただ、3日前と空気が少し違う。誰も先に口を開かない。
ルシフェラが玉座から見ていた。
「報告しろ」
「はい。試用期間3日間の収支報告です」
カイトは報告書を開いた。
「収入面です。略奪に代わる収入として、テルファ村との清掃・警備契約を締結しました。周辺集落2か所とも交渉が進行中です。3日間の合計収入は、略奪ゼロの状態で通常月の収入比較で18%増となりました」
ガルガンが動いた。腕を組んだまま、眉が上がっている。
「支出面です。略奪行動に伴う移動コスト・武具消耗コストが削減されました。略奪は一見コストゼロに見えますが、実際には人件費・装備消耗費・リスクコストが発生しています。それらが消えた分、実質的な支出が減少しました」
シルヴィアの杖が、床を一度だけ叩いた。
「収支を合算した結果、3日間の利益率はプラス23%です。試用期間開始前のマイナス300%から、326ポイントの改善です」
謁見室が静かになった。
「……数字の操作ではないのか」
ガルガンが言った。低い声だった。怒鳴ってはいない。
「元の帳簿と照合できます。ゴルが全取引の記録をつけています。確認されますか」
ガルガンは答えなかった。視線が報告書に向く。
「3日間でそれだけ変わるものか」
「緊急措置の結果です。持続可能かどうかは別の話です」
ガルガンが目を上げた。
「……どういう意味だ」
「今の改善は応急処置です。根本的な構造を変えなければ、また戻ります。そのためには調査が必要です」
誰も反論しなかった。
カイトはルシフェラに向き直った。
「以上が3日間の報告です」
ルシフェラは玉座で動かなかった。
報告書の数字を受け取り、目を通している。視線がゆっくりと動く。数字の一行一行を、確認するように読んでいた。
沈黙が続いた。
謁見室の燭台が揺れている。四天王は誰も口を開かない。
ルシフェラが顔を上げた。
「……続けよ」
それだけだった。
称賛ではない。命令でもない。しかし「続けろ」という意味だ。試用期間を越えて、この先も続けることを認めた言葉だ。
「はい」
カイトは一礼した。
「ただし一つ、申し上げてもいいですか」
「言え」
「今夜、過去の記録を調べさせてください。調達記録、略奪の記録、兵員の推移。できれば古いものまで」
ルシフェラの目が少し動いた。
「なぜ」
「プラス23%の原因が応急処置であることは説明しました。持続可能な改善をするには、なぜこうなったかの根拠が必要です。数字は現状を示しますが、原因は記録の中にあります」
間があった。
「……許可する。ゴルに指示を出す」
「ありがとうございます」
カイトは再び一礼して、謁見室を出た。
廊下に出ると、ゴルが待っていた。
「報告、終わったでありますか」
「ああ。今夜、古い記録を全部出してほしい。調達記録、略奪記録、人員の推移、できれば50年以上前まで遡れるものがあれば」
「……今夜、でありますか」
「眠れないと思う」
ゴルは少しの間、カイトを見ていた。
「了解であります。集めてくるであります」
足音が廊下の奥へ遠ざかっていく。
カイトは仮設執務室に向かって歩き始めた。
プラス23%は出た。試用期間はクリアした。しかしここで止まれば意味がない。数字を動かすだけなら誰でもできる。構造ごと変えなければ、3か月後にはまた同じ場所に戻る。
(なぜこうなったか。全部調べる)
今夜が、本当の仕事の始まりだ。
仮設執務室の扉を開けると、机の上にすでに何冊かの記録帳が積まれていた。ゴルが先に手配していたものだろう。
カイトは椅子を引いて座り、一番古い記録帳を手に取った。
松明に火を入れる。
夜が、始まった。




