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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第7話 小さな変化

 試用期間2日目の朝、カイトは砦の広場に兵士たちを集めた。


 昨日テルファ村の作業に参加した5名だ。全員が魔物の兵士で、獣人や翼を持つ種族が混じっている。朝の光の中に並んで立つ姿は、どこかよそよそしかった。呼び出された理由がわからないせいだろう。


 その中の一人、一番後ろに立っていた大柄な獣人がカイトの目に入った。他の兵士より頭一つ分背が高く、腕が太い。昨日の作業で獣の3頭を一人で仕留めた男だ。


「名前は」


「……ダルゴ。北方第三班」


「昨日の仕事、ご苦労だった」


 ダルゴは答えなかった。不思議そうな顔をしている。


 カイトはゴルに目をやった。ゴルが麦袋を一つ持って前に出た。


「昨日テルファ村から受け取った対価を、作業に参加した人員で分配する。一人あたりの配分はこうなる」


 カイトは計算書を読み上げた。5名で3袋を分けると、一人あたり麦の量は多くない。数字で言えばわずかだ。


「少ないと思うかもしれない。ただこれは初回の取引だ。契約が増えれば増えるほど、一人あたりの対価も上がる。今日から周辺の集落4か所にも同じ提案を入れている」


 誰も何も言わなかった。


 ゴルが一人ずつに小袋を渡していく。麦を量って袋に分けたものだ。兵士たちは受け取りながら、互いに顔を見合わせていた。


 ダルゴが自分の番になった。小袋を受け取り、しばらく手の中で持っていた。


「……これが、給料か」


 独り言のような声だった。


「そうだ。働いた対価だ」


「略奪じゃなくて」


「略奪じゃない。村と取引して、正当に受け取った報酬だ」


 ダルゴは小袋をもう一度見た。大きな手のひらの上に、麦の入った小さな布袋が乗っている。


「……初めてだ」


「何が」


「こういうものを、もらうのが」


 他の兵士たちも静かになっていた。自分の小袋を見ている者、空を見上げている者、カイトを見ている者。表情はそれぞれ違うが、場の空気が変わったのがわかった。


 カイトは余分な言葉を加えなかった。余計なことを言うと場が崩れる。事実だけで十分だ。


「作業の記録はゴルがつけている。これから仕事をするたびに記録が積み上がる。記録が実績になり、実績が次の交渉の材料になる。続けるほど取引先が増える」


 ダルゴが顔を上げた。


「また行くのか。テルファ村に」


「週2回の定期契約を提案する予定だ。受け入れてもらえれば、安定した対価が入ってくる」


「……俺も行く」


「助かる。ゴルに名前を入れてもらってくれ」


 ダルゴはゴルのところへ歩いた。他の兵士も二人、続いた。



 砦の二階廊下に、人影があった。


 欄干に手を置いて、広場を見下ろしている。銀髪が朝の光を受けている。


 ルシフェラは声をかけなかった。


 広場では、魔物の兵士たちが小袋を持ったまま、ゴルのところへ並んでいる。カイトは離れたところに立って、ゴルが記録をつけるのを眺めていた。


 略奪をやめると告げたとき、砦の中では「食料がなくなる」「生活できない」という声が上がった。ルシフェラも、それが不安だった。しかし翌日には村からの対価が届き、今日はその分配が行われている。


 速い。


 ルシフェラが思ったのはそれだけだった。何百年も解決できなかったことが、人間一人の手で二日で動き始めている。


 なぜ、今まで誰も同じことをしなかったのか。


 答えはわかっていた。略奪以外の方法を知らなかったからではない。試みた者はいた。ルシフェラ自身も、かつて。ただ、途中で止まった。数字で考えられなかった。どこから手をつければいいか、誰もわからなかった。


 カイトが広場を出ていくのが見えた。


 ルシフェラは欄干から手を離し、廊下の奥へ戻った。



 仮設執務室に戻ると、ゴルが報告書を持ってきていた。


「周辺集落への提案、2か所から返答があったであります。1か所は交渉に応じる意向、1か所は保留、2か所は未返答であります」


「1か所でも動けば十分だ。保留のところには明日もう一度行く。何が引っかかっているか聞いてこい」


「了解であります」


 カイトは椅子に座って、明日の計画を書き始めた。試用期間は残り1日。


 食料の問題は緊急措置を打った。取引先も動き始めた。あとは明日の報告で、試用期間中に利益率をプラスに転換できたことを数字で示す必要がある。


「あなた」


 ゴルが言った。


「何だ」


「ダルゴが、また明日も行くと言っておりました。自分から言いに来たのは、あれが初めてであります。今まであいつが自分から何かを申し出たのは」


「そうか」


「……数字以外のことも、見えているんでありますか。あなたには」


 カイトはペンを止めずに答えた。


「見えているかどうかはわからない。ただ、正当な対価を払えば人は動く。それは数字で説明できる」


「……そうでありますか」


 ゴルは静かに部屋を出た。


 試用期間2日目が終わった。


 松明の光が揺れている。カイトは計画書を書き続けた。


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