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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第6話 テルファ村との交渉

 試用期間1日目の朝、カイトは仮設執務室で地図を広げていた。


 砦の周辺地形と、近隣集落の位置が書き込まれた古い地図だ。帳簿の調査中に見つけたものを借り受けた。辺境に点在する村の名前と、砦からの距離が記されている。


 扉を叩く音がした。


「どうぞ」


「失礼するであります」


 入ってきたのは、小柄な存在だった。緑がかった肌、几帳面に整えられた制服。ゴブリン族だ。背筋を伸ばして立ち、こちらを真っ直ぐ見ている。


「魔王陛下より、あなたの実務補佐を命じられたゴルであります。本日よりよろしくお願いするであります」


「ゴル。砦の食料備蓄を確認してほしい。今日使える量と、あと何日分あるかを数字で出してほしい」


「……今すぐ、でありますか」


「できれば30分以内に」


 ゴルは一瞬だけ目を丸くした。それから姿勢を正して「了解であります」と言い、扉を閉めた。


 カイトは地図に戻った。


 略奪をやめれば、即座に食料が足りなくなる。帳簿の分析でそれはわかっていた。現在の収入の94%が略奪によるものだ。それを止めた翌日から、砦の兵士たちは食料難に直面する。


 だから先に代替の収入源を確保しなければならない。略奪をやめてから考えるのでは遅い。


 30分後、ゴルが戻ってきた。


「食料備蓄の報告であります。現在の在庫は兵士320名分で、約4日分であります」


「予想通りだ。ありがとう」


「……それだけでありますか?」


「次の指示を出す。略奪禁止令を全部隊に通達してほしい」


 ゴルが止まった。


「……略奪、禁止、でありますか」


「今日付けで。略奪行為を行った者は職務規程違反として扱う。規程はまだないが、後で作る。まず禁止を先に出す」


「兵士たちが……動揺するかと思われるであります」


「するだろうな。してもらって構わない。ただし動揺と行動は別だ。命令は通達する。反発があれば俺のところに連れてきてほしい」


 ゴルはしばらく立ったまま、何かを考えるような顔をしていた。それから「了解であります」と言って、また出ていった。


 カイトは地図の一点を指で押さえた。テルファ村。砦から徒歩で2時間ほどの辺境集落。農業を主産業とする村で、周辺集落の中では規模が大きい。


 ここを最初の取引先にする。



 昼前に、廊下が騒がしくなった。


「なんで略奪をやめるんだ! 飯はどうする気だ!」


 野太い声が壁を通って聞こえてくる。カイトは地図から顔を上げず、扉が開くのを待った。


 ゴルが入ってきた。うしろに、鎧姿の兵士が三人。


「あなたへの抗議があるであります」


「どうぞ」


 一番前の兵士が一歩進んだ。大柄な獣人で、耳が立っている。


「略奪禁止令が出たと聞いた。俺たちの飯はどうなる。代わりの食料をどこから持ってくる気だ」


「今日の午後、テルファ村と交渉に行く。契約が取れれば、明日から麦が入ってくる」


「村人が魔王軍に食料を売るわけがないだろう」


「売ってもらうんじゃなくて、対価を払う。清掃と警備の仕事を引き受ける代わりに食料をもらう」


 兵士が眉をひそめた。


「……魔物が、清掃?」


「辺境の村は獣や害虫の被害に困っている。それを魔物が片付ける。対価は食料と資材。略奪じゃなくて取引だ」


 三人が顔を見合わせた。一番後ろの兵士が、小声で「なんだそれ」と言った。


「4日後に食料が尽きるなら、今動くしかない。反論があれば数字で持ってきてほしい」


 三人は何も言わなかった。やがて一番前の兵士が、「……わかった」と言って出ていった。



 午後、カイトはゴルと魔物の小隊5名を連れてテルファ村へ向かった。


 村の手前で、見張りの村人に止められた。


「魔王軍が何の用だ」


「仕事の話があります。村長に取り次いでいただけますか」


 20分待たされた後、村長が出てきた。60代ほどの人間の男性で、警戒の色が顔に出ていた。


「仕事、とは」


「村の害獣駆除と夜間の警備を請け負います。対価として食料と資材をいただきたい」


「……魔王軍が、なぜそんなことを」


「略奪をやめることにしました。代わりの収入源が必要です」


 村長が沈黙した。


 カイトは続けた。


「村の南側に獣が出ているのは把握しています。先月だけで3件の被害記録がある。夜間の巡回も人手が足りていない。こちらにはその作業ができる人員があります」


「……本当に略奪をやめるのか」


「今日付けの禁止令を出しました。違反した者は処分します」


 村長は長い間、カイトを見ていた。それからうしろを振り返り、副村長らしき人物と短く言葉を交わした。


「……試しに、やってみろ。報酬は成果次第だ」


「わかりました」


 その日の夕方、魔物の小隊が村の南側で獣を3頭駆除した。夜間巡回も一周した。


 翌朝、村長から麦袋が3袋届いた。


 砦に戻りながら、カイトは地図の別の点にも目を向けていた。テルファ村と同時に、周辺の4つの集落にも同じ提案を届けるよう、ゴルを通じて手配してあった。全部が取れるかはわからないが、一つ通れば話は広がる。


 砦の門をくぐると、ゴルが待っていた。


「テルファ村からの初回対価、麦袋3袋を確認したであります」


「記録に残しておいてほしい。取引第一号だ」


「了解であります。……あなた、本当にやるんでありますね」


「やらないと処刑される」


「……それだけでありますか」


 カイトは少し考えた。


「今のところは」


 ゴルは何も言わなかった。ただ、帳簿を抱えなおして、仮設執務室への廊下を一緒に歩いた。


 試用期間1日目が終わった。残り2日。食料問題の緊急措置は打った。明日からは次の課題に移る。


 松明の光が廊下を照らしている。カイトの足は止まらなかった。


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