第5話 四天王の裏帳簿
3日後の朝、カイトは謁見室に立っていた。
手に一冊の帳簿を持っている。自分で作った要約版だ。元の帳簿四冊から数字を抽出し、差異と不整合を一枚にまとめた。松明の下で三日間、ほとんど眠らずに作業した結果がこれだ。
四天王が両脇に並んでいる。ガルガンは腕を組み、シルヴィアは杖を持ち、フォルカは羽を折りたたんで立っている。ヴェイルは仮面のまま、柱の近くに位置している。
ルシフェラが玉座から見下ろしていた。
「報告しろ」
「はい。四名の帳簿を精査しました。順番にご説明します」
カイトは要約帳簿を開いた。
「まず北方軍司令官、ガルガンさんの収支記録です」
ガルガンが目を細めた。
「北方軍の兵站費として計上されている予算が、実際の支出と一致していません。予算の総額と購入記録を突き合わせると、差額は19万ゴールドです」
「でたらめを言うな。俺の帳簿は正確だ」
「こちらが元の帳簿です」
カイトは要約の横に、元帳簿の該当ページを広げた。
「7月分の兵糧購入費が23万Gとして計上されています。しかし仕入れ先の納品書と照合すると、実際の納品額は4万Gです。差額の19万Gは、別の費目に分散されて計上されています」
謁見室が静かになった。
ガルガンは反論しなかった。腕を組んだまま、口を開けて、また閉じた。目がカイトの持つ帳簿に向いている。数字が正確だとわかっているのだろう。
「次に南方補給長、フォルカさんの記録です」
フォルカは何も言わなかった。羽が一度だけ大きく揺れ、それから完全に止まった。
「補給部隊の輸送費として計上されている額と、実際の輸送記録が合っていません。ラーゴス方面への輸送記録を照合すると、記録上は輸送されているが実際には届いていない物資が複数あります。差額は14万Gです。物資そのものはラーゴスの商会に流れています」
「……証拠があるのか」
フォルカが短く言った。
「商会側の受取記録と、こちらの納品記録を突き合わせたものがこちらです」
カイトは別のページを開いた。フォルカの目がそこに向く。羽はもう動かなかった。
「魔導部門長、シルヴィアさんの記録です」
シルヴィアの杖が床を叩いた。一度だけ、強く。
「言いがかりをかけるなよ。わしの帳簿のどこに問題があるというのじゃ」
「魔導師の人員記録です。現在、部門に在籍しているとして予算が計上されている人員が30名います。しかし実際に訓練記録・出勤記録が存在するのは、そのうち15名です」
シルヴィアは何も言わなかった。
「幽霊部隊です。存在しない15名分の給与として月3.2万G、年間38.4万Gが支出されています」
杖が止まった。床に押し当てられたまま、音がしなくなった。シルヴィアの小さな目がカイトを見ている。反論の言葉が出てこない顔だ。
「最後に武具調達長、ヴェイルさんの記録です」
ヴェイルはもともと動いていなかった。視線だけがカイトに向いている。それは最初からそうだった。
「武具の調達記録に、架空発注が複数あります。発注書は存在しますが、対応する納品記録がありません。総額で32万Gです」
「……ない」
ヴェイルが言った。二文字だった。否定しているのか、認めているのか、最初は判断できなかった。しかしヴェイルの視線はカイトから外れなかった。それが答えだった。
謁見室に沈黙が満ちた。
カイトは要約帳簿を閉じた。
「四名の横領総額は概算で103万Gです。現在の魔王軍の月次収入が約14万Gであることを考えると、これは相当の損失です。ただし今日の報告は事実の確認です。なぜそうなったか、については別途確認が必要と考えています」
誰も何も言わなかった。
ガルガンは腕を組んだまま、床を見ている。シルヴィアの杖は動いていない。フォルカは羽を閉じたまま、表情が変わらない。ヴェイルはカイトを見続けている。
カイトはルシフェラに視線を向けた。
ルシフェラは玉座に座ったまま、動いていなかった。
表情は制御されている。怒りでも、悲しみでもない顔だ。しかし何かが違う。指が、肘掛けの上でわずかに動いた。止まった。また動いた。
「……」
ルシフェラは何かを言いかけて、止まった。
カイトにはその沈黙の意味がわかった。「自分が知らなかった」という事実を、今この瞬間に飲み込もうとしている。善意で導こうとしていたはずの組織が、自分の知らないところで壊れていた。その数字を目の前に突きつけられている。
何百年も魔王をやってきた者が、帳簿の数字に黙り込んでいる。
「……数字は、正確か」
ルシフェラがようやく言った。
「はい。元帳簿と照合済みです。誤りがあればご指摘ください」
また沈黙があった。
「カイト」
「はい」
「試用期間を与える。3日間だ。この状況を改善できる案を出せ」
「わかりました」
「できなければ処刑だ」
「できなければ処刑、了解しました」
ルシフェラは何も言わなかった。
四天王も動かない。謁見室の燭台が揺れている。
カイトは一礼して、部屋を出た。
廊下に出ると、静かだった。足音が石に響く。
3日間。やることは決まっている。動けば動くほど、数字は変わる。変えられる数字があるなら、変える。それだけだ。
仮設執務室への廊下を、カイトは早足で歩いた。




