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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第79話 書類の裁き

 仲裁院からの書状が聖王国の貴族会議に届いたのは、提出から十二日後だった。


 「国際商業仲裁機関・正式通知」という書状だ。内容は、聖王国の枢機卿マルバスを名指しした財政不正の告発書類が受理されたこと、および関係者への調査依頼が始まることを告知するものだ。


 聖王国の貴族会議は、翌日の朝に緊急招集された。


---


 謁見室でエドワードが上座に座っていた。


 出席者は十七人だ。以前は三十人が集まっていた。半分近くが欠席している。欠席の理由を聞いても、明確な答えは返ってこない。体調不良、領地の急用、旅中。全部、理由にならない理由だ。


 エドワードの横に、マルバスがいた。今日は普段より顔色が悪い。それでも表情は平静を保っている。


「仲裁院からの書状を皆に見てもらった」


 エドワードが口を開いた。


「これは、嘘だ。魔王軍が聖王国の内政を混乱させるために作った書類だ。騙されてはならない」


 しばらく誰も話さなかった。


 一人の老貴族が口を開いた。フォースター侯爵だ。


「……殿下、一点確認させてください。書状に記されている商会名、確認しましたか」


「した。全部でたらめだ」


「……私も確認しました。三つの商会について、私自身が取引関係にあったものがありました。取引の内容と、書状に記されている内容が一致している部分があります」


 謁見室が静まった。


「フォースター、何が言いたい」


「……殿下。私はこの書状を、完全なでたらめとは判断できません。少なくとも、調査する価値があります」


 エドワードが顔を赤くした。


「マルバスは長年この国に尽くしてきた! その者を告発するなど——」


「……殿下。仲裁院に提出された書類は、私たちが消せるものではありません。仲裁院が調査を始めれば、いずれ結論が出ます。その前に、我々が独自に確認しておく方が、後の対応を選べます」


 エドワードが黙った。


---


 その日の夜、マルバスは謁見室を出た後で、書類を一枚書いた。


 自分の裁量で動かしていた商会への書状だ。「当面の取引を一時停止してほしい」という内容だ。


 終わりが来た。


 そうは思っていない。まだ逃げ道はある。エドワードが守ってくれる可能性もある。仲裁院の調査は時間がかかる。


 しかし、宮廷での立場は変わった。今日の謁見室で感じた。フォースター侯爵が口を開いた。それを止める声が出なかった。以前なら、マルバスの名前が出た途端に庇護する声が複数上がっていた。今日はなかった。


 聖王国の空気が変わっている。


---


 翌日、カイトは報告を受けた。


 情報源はアランだ。首都と魔王領を行き来する旅商人は、情報の媒介にもなる。


「貴族会議の様子が分かりました。フォースター侯爵が書状の内容の一部を認めた発言をしたとのことです。マルバスへの庇護の声は出なかった」


「早かったですね」


「……予想より速かったのでありますか」


「もう少しかかると思っていました。貴族が動くのは遅いものですが、今回は財政が悪化しているので判断が速かったと思います。自分の利害と直結しているから、判断を早める」


「……カイト長官、これは、ざまぁ、でありますか」


 ゴルが珍しいことを言った。カイトが止まった。


「……なんですか」


「……ゴルも、こういう場面には言葉があった方が良いと思って、覚えてみました」


「ざまぁ、という言葉はどこで覚えたのですか」


「……シグさんが言っていました。『悪い奴が報いを受ける場面をこう呼ぶ』と教えてくれました」


 カイトが少し考えた。


「……まあ、そういう場面ではあります」


「……長官は、嬉しくないのでありますか」


「嬉しいかどうかというより、計画通りに進んでいる、という感覚の方が近いです。感情より、確認に近い」


「……長官らしいでありますね」


「あなたはどうですか」


「……ゴルは、少し、嬉しいです。長官がひどい目に遭った原因の人間が、報いを受けているので」


 カイトが少し間を置いた。


「……ありがとうございます」


---


 数日後、仲裁院からの中間報告書が届いた。


 内容は、提出された書類の内容が「相当程度の信憑性を持つ」と仲裁院が判断したこと、聖王国側への正式な調査要請が行われることだ。


 カイトが書類を読んだ。


「暴力はコストに見合わない。これで充分です」


 ゴルに向かって言った。


「……長官、それは?」


「最初から決めていた方針の確認です。戦争より書類の方が、安く、速く、確実に目的を達成できる、ということです。今回がその証拠になりました」


「……確かに、一滴の血も流れていません」


「流れる必要がなかった。数字と記録があれば、それで充分でした」


 ゴルが「……長官は、すごいです」と言った。


「記録を取り続けた結果です。三年前の自分が今の自分のために準備してくれた、という感覚があります」


「……三年前の長官に、今の長官から感謝でありますね」


「少し変な表現ですが、そうかもしれません」


 書類を棚に戻した。


 マルバスの件は、これで一段落だ。仲裁院が動き始めた。後は向こうの手続きに任せる。自分がこれ以上動く必要はない。


 次は、エドワードだ。


 エドワードの財政状況を確認した。今日のレートで試算すると、聖王国の国庫残高は来月の軍給与を払うと、ほぼゼロになる。ゼロになった後に何が起きるか。税の徴収が機能しなくなれば、国庫への入金が止まる。入金が止まれば、支出が続けられない。


 城の維持費は、月に約5万G必要だ。国庫がゼロになれば、城の維持もできなくなる。


 エドワードがその現実に直面するのは、来月か再来月だ。


 カイトはメモを書いた。「エドワード財政状況・来月末で転換点」と書いた。カレンダーに印をつけた。


「ゴル、来月末までは、エドワード側の動きを定期的に確認してください。週に一回の報告で構いません」


「……了解しました」


「あと、フォースター侯爵の動向も気にしておいてください。今日の貴族会議でマルバスを庇わなかった人間です。次の展開のキーになる可能性があります」


「……フォースター侯爵、でありますね。了解しました」


 カイトが窓の外を見た。夕方の光が差している。砦の外、遠くに山が見える。


 来月になれば、エドワードが本当の数字に直面する。その時にどう動くかが、次の段階の鍵だ。


 今はただ、待つ。


 カイトが立ち上がった。今日の仕事は終わった。定時だ。


 廊下に出ると、シグが通りかかった。


「……お疲れ」


「お疲れ様です。今日の巡回はどうでしたか」


「問題なかった。外は静かだ。ターニャが今日の医療室の件を話したがってたけど、後でいいか」


「ありがとうございます。夕食後でお願いします」


 シグが頷いてそのまま歩いていった。


 廊下がまた静かになった。


 カイトが食堂の方に歩いた。今日の夕食がどんな匂いかが気になった。ブルグが砦に来てから、食堂に向かう足が少し速くなっている気がする。


 それも、一つの変化だ。


 マルバスが告発された。エドワードの転落が始まっている。自分を追放した聖王国が、書類一枚で動き始めた。


 それよりも今、食堂から来る匂いが気になる。


 これが正しい優先順位だと、カイトは思った。仕事は終わった。今は、飯だ。


 食堂でゴルがすでに席に着いていた。ブルグが大鍋から何かをよそっている。シグがターニャと話しながら入ってきた。セルジオがシルヴィアに何かを説明している。リナリアが窓際に座って書類を読んでいる。


 これが砦の夕食の光景だ。二ヶ月前には、こういう光景はなかった。人が集まっていなかった。それが今は、ごく普通にある。


 普通になった、ということが、変化の証拠だ。


 カイトは空いている席に座った。ブルグが鍋の中身を差し出した。


「今日は根菜のシチューです。材料が良かったので、うまくできました」


「ありがとうございます」


「……いつもありがとうございます、長官。仕事がやりやすい砦です」


「こちらこそ。毎日ありがとうございます」


 シチューが来た。スプーンを入れた。温かい。


 カイトは食べた。


 外では聖王国の通貨が崩れている。マルバスが追い詰められている。エドワードの転落が始まっている。


 でも今ここでは、シチューがうまい。


 それで充分だ、と思いながら、カイトはゆっくり食べた。



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