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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第78話 告発の書

 書類が仲裁院に届いたのは、送達から八日後だった。


 仲裁院はラーゴスの南、国際商業地区に設置されている機関だ。複数の国の代表者が理事として参加している。聖王国も代表を送っているが、仲裁院の意思決定は多数決で行われる。一国が単独で覆すことはできない。


 ゴルが受領確認の書状を受け取った。


「……長官、仲裁院から受領書が届きました」


「確認します」


 受領書を読んだ。日付、受付番号、担当者名。全部揃っている。


「正式に受け付けられました」


「……これで、マルバスは書類を消せないのでありますね」


「消せません。仲裁院に記録が入りました。ここから先は、仲裁院の手続きに従って動きます」


---


 同じ日の午後、聖王国ではマルバスが別の動きをしていた。


 マルバスが信頼する連絡窓口から、一人の男が来た。影刃と呼ばれる仕事をする人間だ。見た目は普通の商人だ。


「例の件ですが」


「……聞こう」


「対象は北方砦にいます。砦の中には入りにくい。ただ、外に出ることがある。定期的に……」


「やめろ」


 マルバスが男を止めた。


「……どういうことですか」


「昨日、仲裁院からの連絡が来た。私に関する告発書類が提出されたという連絡だ」


 男が止まった。


「……それは」


「あの男は、先回りしていた」


 マルバスが椅子から立ち上がった。


「あの男を排除したとしても、書類はすでに仲裁院にある。仲裁院の記録は消せない。私が排除を命じれば、むしろ証拠が増える。排除したことで、書類の内容が事実だと証明されることになる」


 男が「……では」と言いかけた。


「帰れ。この件はなかったことにしろ」


「……本当によいのですか」


「帰れ」


 男が退室した。


 マルバスは一人になった。


---


 聖王国の宮廷で、貴族の集まりがあった。


 普段は三十人ほどが出席する。今日は二十二人だ。欠席者が増えている。欠席の理由は「体調不良」や「領地の用事」だが、実態は違う。財政が悪化した聖王国に近寄りたくない、という空気が貴族の間で広まっている。


 集まりの中で、一人の貴族が書類を取り出した。


「皆さん、これを見てほしい。仲裁院から送られてきたものだ」


 書類が回った。内容を読んだ貴族が、静かになった。


「……これは、枢機卿マルバスの横領記録か」


「証拠書類だ。三年分の財政操作と、差額の流れ先が全部書いてある」


「出所は」


「魔王領の財務長官だ。元・聖王国の財務官だった人間らしい」


 貴族たちが顔を見合わせた。


「……これは、どこまで本当なんだ」


「私が確認した限り、書いてある商会名は全部実在する。取引の記録も、私の知っている案件と一致している部分がある」


 もう一人の貴族が言った。


「……マルバスは、今日の集まりに来ていないな」


 誰かが「体調不良と聞いた」と言った。


 そのあと、しばらく誰も言葉を出さなかった。


---


 マルバスは自室で書類を読んでいた。


 仲裁院から届いた「受理通知」のコピーだ。仲裁院の書類は、提出者と受取人の両方に通知が送られる。つまり、カイトが提出した書類の内容の概要が、マルバスにも届いていた。


 読んだ。全部読んだ。


 三年分の記録が並んでいた。商会名、日付、金額。差額の流れ。そして最後に、「カイト・アシュの排除を依頼した書状の存在」が記録されていた。


「……あれを持っていたのか」


 マルバスが低い声で言った。


 以前、財務部門に送った書状のことだ。慎重に処理したはずだった。財務部門の担当者が処分したと思っていた。


 それを、カイトが持っていた。


「……三年間、保管していたということか」


 マルバスが書類を机に置いた。指が静止した。


 終わった。仲裁院に記録が入れば、消せない。貴族たちにも書類が回れば、宮廷での立場が変わる。


 しかし、完全に終わったわけではない。エドワードは怒鳴り声を上げるだろうが、マルバスを守る可能性もある。エドワードにとって、マルバスは長年の味方だ。


 それでも——。


 マルバスは長い間、椅子に座ったまま動かなかった。


---


 北方砦では、カイトが夕方の書類整理をしていた。


 ゴルが入ってきた。


「……長官、シグさんから報告です。今日の巡回で、外部からの不審な接触はなかったとのことです」


「分かりました。ありがとうございます」


「……結局、何もなかったでありますね」


「今日は何もなかったです。マルバスが影刃への依頼を中断した可能性があります」


「……なぜ分かるのでありますか」


「仲裁院から受領通知が届いた時点で、向こうにも通知が行きます。マルバスは頭のいい人間です。自分が排除を実行すれば、書類の内容が事実だと証明されると気づいたはずです。動けなくなった、ということです」


「……つまり、証拠書類を先に出したことが、防御にもなったのでありますね」


「攻撃と防御を兼ねた動きです。一つの書類で二つの目的を達成できれば、効率がいい」


 ゴルが感心したような顔をした。


「……長官、すごいでありますね」


「準備があったからです。三年間の記録がなければ、できなかった」


「……それでも、長官が考えて、長官が動いたのでありますね」


「あなたも動きました。書類を整理してくれたのはゴルです」


「……ゴルは手伝っただけであります」


「手伝いがなければ、三日では終わりませんでした。あなたの部分があったから、完成した。チームです」


 ゴルが「……チームであります」と繰り返した。嬉しそうな声だった。


---


 その夜、カイトはルシフェラに簡単な報告を送った。


「マルバスの横領書類を仲裁院に提出しました。受理されました。書類は各方面に回っています」


 返答が届いたのは翌朝だった。


「……それだけか」


「それだけです。あとは聖王国の内部で処理されます」


「……暴力を使わなかったのか」


「使う必要がありませんでした」


 しばらく間があった。


「……わかった」


 それだけだった。しかしカイトは、ルシフェラがその「わかった」の中に、何か別の言葉を含ませていたような気がした。今まで経験してきた戦の常識とは違う方法で、物事が動いている、という実感がそこに含まれていたような気がした。


 カイトは書類を閉じた。次の段階は、エドワードだ。


 エドワードは今、どういう状況にいるか。マルバスの書類が宮廷の貴族に回り始めた。貴族が離れ始めている。財政はさらに悪化している。聖王国の通貨は今日のレートでマナ貨の0.76倍だ。先月より8%下がった。


 エドワードには、今まで数字が見えていなかった。マルバスが数字を操作して報告していたからだ。しかし、マルバスの報告が信用されなくなれば、エドワードは初めて本当の数字と向き合う必要が出てくる。


 本当の数字を見た時、エドワードは何を選ぶか。


 怒鳴る。それは確実だ。


 しかしその後、どう動くか。怒鳴り続けるだけでは、問題が解決しない。解決しなければ、城が維持できなくなる。維持できなくなった時に、初めて判断が変わる可能性がある。


 そこまで待つ必要がある。急かさない。待てば、相手が動く。動いた時に、こちらが対応する。


 それがカイトのやり方だ。


 窓の外が暗くなっていた。定時を少し過ぎていた。


 ゴルが「……長官、定時を過ぎています」と言いながら入ってきた。


「分かっています。今日は少し遅くなりました」


「……珍しいでありますね」


「考えていました」


「……考えて、良い答えが出たでありますか」


「良い順序が見えました」


 カイトが立ち上がった。書類を棚に戻した。明日から、次の段階が動き始める。


「ゴル、明日の朝の報告に、マルバスの件の仲裁院からの続報があれば教えてください」


「……了解しました。お疲れ様でした、長官」


「お疲れ様でした」


 二人で執務室を出た。廊下が暗い。砦の中が静かだ。食堂からブルグのシチューの匂いが残っている。廊下の奥でシグが夜の巡回をしているはずだ。それぞれが、それぞれの仕事をしている。


 これが、今のここだ。



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