第66話 仲間の面接
北方砦の面接室は簡素だった。
机一つ、椅子が二つ。窓から外の訓練場が見える。書類が積まれている。面接をする側は一人、カイト。受ける側も今日は一人ずつ順番だ。
最初に入ってきたのはターニャだった。
冒険者の装いだった。ローブが少し汚れている。旅の途中で来た様子だ。
「ターニャ、です。魔導師をしていました。勇者パーティー所属でしたが、今月から離脱しました」
「来てくれてありがとうございます。座ってください」
ターニャが椅子に座った。少し緊張している様子だった。
「専門は何ですか」
「回復魔法と支援魔法です。攻撃系は苦手です」
「回復と支援の実力はどの程度ですか。勇者パーティー内でのポジションを教えてください」
「後衛で、パーティーの医療と補助を担当していました。戦闘中に三人同時に回復を維持できます。持続時間の長い支援魔法が得意です」
「聞かせてください。回復魔法の対象は人間だけですか、魔物にも使えますか」
ターニャが少し驚いた顔をした。
「……魔物にも使えます。対象を選ぶ必要がないタイプの魔法が中心なので」
「では魔王軍の構成員にも対応できますか」
「……はい。魔法的には問題ありません。ただ、魔物に対して回復魔法を使ったことはないです」
「経験はなくていいです。能力があれば、経験は積めます」
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カイトは書類に書き込んだ。回復・支援。三人同時維持。魔物対応可。
続けて質問した。
「給与の希望を聞かせてください」
「……えっと、聖王国での相当額で言うと……」
「月給で言ってください。具体的な数字で」
「……月8万G程度、いただけると助かります。ポーション代と装備費は別で出していただけるということでしたので」
「8万G、了解しました。ポーション代は全額支給、装備費は規定の上限内で支給します。就業規則の写しを今日渡します」
「……就業規則、があるんですか」
「はい。残業は原則禁止です。有休も取れます。週休二日です」
ターニャが少し黙った。それから小さく言った。
「……勇者パーティーと全然違う」
「採用する立場としては、良い条件を用意することが採用の質を上げます。条件と質は連動しています」
「……はい」
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「最後に一点確認します。魔王軍が聖王国と敵対していることについて、問題はありますか」
ターニャが少し考えた。
「……正直に言っていいですか」
「どうぞ」
「聖王国は今、私たちへの支援を打ち切りました。その時点で、私の中では関係が終わったと思っています。魔王軍が敵かどうかは、私が決めることではなく、立場の話だと思っています。今の状況では、こっちの方が誠実です」
「分かりました。採用します。いつから来られますか」
「……今日からでも大丈夫です」
「では今日から在籍します。書類を書いてください。ゴルが入口で対応します。就業規則の写しも渡してもらいます」
「……ありがとうございます」
ターニャが立ち上がった。少し軽くなった顔をしていた。
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ターニャが書類を書いている間、カイトは次の面接の準備をした。今日は二名。二名とも勇者パーティー出身という珍しいケースだ。戦闘能力は問題ない。問題はここでの業務に適応できるかどうかだ。
次に入ったのはセルジオだった。
魔導師の装いだが、ターニャより落ち着いた様子だ。
「セルジオ・レノックスと申します。魔導師、元勇者パーティー所属。専門は攻撃魔法と解析魔法です」
「解析魔法というのは、どういったものですか」
「魔力の構造を読み取る魔法です。封印の解析、魔法陣の読解、魔導具の構造把握などができます」
カイトが手を止めた。
「封印の解析ができますか」
「できます。ただし完全な解除には限界があります。読み取りと部分解析が得意です」
「それは非常に有用です。シルヴィアという魔導士がいますが、一緒に働ける可能性があります」
「シルヴィア……シルヴィア・ファーゲルですか?」
「はい」
セルジオが少し驚いた顔をした。
「……学会で名前を見たことがあります。封印魔法の理論家として有名です」
「一緒に仕事ができます。興味はありますか」
「……あります。ぜひ」
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廊下でターニャがセルジオを待っていた。
面接室から出てきたセルジオを見て、ターニャが聞いた。
「どうだった」
「採用されました。解析魔法が評価されたみたいです。シルヴィア・ファーゲルと一緒に研究できる可能性があるって言われました」
「シルヴィア・ファーゲル? あの封印魔法の?」
「そうです。学会論文を読んだことがあります。あの方がいるなら、魔導士として入る価値がかなりあります」
ターニャが少し驚いた。
「セルジオ、そんなに魔導研究に興味あったっけ」
「……元々そっちが本業のつもりでいました。勇者パーティーに入ったのは経験と実績のためでしたから。ちゃんと研究できる環境が欲しかった」
「そうだったんだ。全然知らなかった」
「言ってなかったので。ターニャは?」
「採用されたよ。週休二日、有休あり、残業禁止、装備費支給。ポーション代は全額出るって」
「……ほんとに全部出るのか」
「就業規則に書いてあった。実際に手にしないと信じられないけど、今の時点で聖王国よりずっといいよね」
「……いい意味で驚いた」
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そこに人の気配がした。廊下の向こうから歩いてくる足音。二人が振り返った。
リナリアだった。
セルジオが固まった。ターニャが小さく息を吸った。
「……セルジオ」
リナリアが言った。声が少し緊張していた。
「……リナリア」
「ここに来ていたんですね」
「……あなたもここに?」
「はい。財務部で、マナ貨の流通管理をしています」
セルジオが少し間を置いた。
「……そうか」
「久しぶりです」
「久しぶり」
ターニャが二人を交互に見た。空気がある。聞いたことがある話だ。勇者パーティーに入る前の話。でも今は聞かない方がいいと判断した。
「……私、書類書いてくるから」
ターニャが面接室の方向に戻った。廊下にセルジオとリナリアが残った。
「……リナリア、なんでここに?」
「カイト長官に誘われました。数字の仕事をしたいと思っていたので」
「そうか。……元気そうだ」
「セルジオも。…似合ってる、その服」
「……ありがとう」
廊下が静かだった。砦の外から風の音がした。
セルジオが少し息をついた。
「……リナリアはいつから働いているのか」
「はい。もう三ヶ月になります」
「……知らなかった」
「知らせていなかったので」
短い沈黙があった。
「……魔王軍は、どうだ」
「いいですよ。制度が整っています。仕事がちゃんとある。評価される理由が分かります」
「そうか」
「セルジオも、合うと思います。ここは、能力があれば居場所がある場所です」
セルジオが少し間を置いた。
「……ありがとう」
「仕事の話を、また今度、ゆっくり」
「……うん」
リナリアが軽く頭を下げて、廊下の先に歩いていった。セルジオはしばらくその後ろ姿を見ていた。
ターニャが面接室から書類を持って戻ってきた。
「あれ、リナリアは?」
「……仕事に戻った」
「なに話してたの?」
「……ここが合うと思うって言ってた」
「そう。じゃあ大丈夫そうだね」
セルジオが「ああ」と言った。自分でも、大丈夫そうだと思った。
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その夕方、カイトはゴルに報告した。
「ターニャ・コーストとセルジオ・レノックスの採用が決まりました。今日から在籍です」
「……勇者パーティーから二名ですね」
「はい。回復魔法と解析魔法、それぞれ専門が異なります。有用な人材です」
「……長官、一点確認してもいいですか」
「何ですか」
「……シグさんは来ませんでしたか」
「来ていません」
「……そうですか」
「ゴルはシグが来ると思っていましたか」
「……はい。なんとなく」
「シグが来るかどうかは、シグが決めることです。こちらが待つことはできますが、呼びに行くことはしません」
「……それは長官らしいです」
「ただ、来た時に対応できる準備はしています」
ゴルが少し間を置いた。
「……それも長官らしいです」
カイトは書類に戻った。今日の採用を記録した。二名追加。医療担当と研究担当。砦の能力が一段階上がった。




