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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第53話 騎士たちの不満

 情報はゴルが朝一番に持ってきた。


「……長官、ラーゴスの情報網から報告が入っています。聖王国の騎士団で、給与の支払いが二ヶ月連続で遅れているとのことです」


「確認の取れた話ですか」


「……ラーゴスで取引をしている商人の複数名が、聖王国からの旅人経由で聞いた話です。独立した複数の経路から同じ情報が出ていますので、信頼度は高いと判断しています」


「分かりました。数字を出してください。騎士団員数と、遅配の累計額の試算」


「……はい。少し時間をください」


 ゴルが書類を取りに行った。カイトはノートを開いた。


 給与遅配。試算していた通りだ。三割増税で税収の即効は出たが、流通量が落ちた。流通量が落ちれば税収のベースが削れる。しばらくすれば給与の財源が薄くなる。そこに物資コストの増加が重なれば、騎士団の維持費がさらに圧迫される。計算書に書いていた通りの展開だ。ただ、予測より少し速い。


---


 聖王国の騎士団宿舎では、別の話が進んでいた。


 二人の騎士が廊下を歩いていた。名前はデーン、もう一人はレイと呼ばれていた。二人とも若い。入団して三年目の騎士だ。


「……二ヶ月分、まだ出てないぞ」


「だよな。装備の修繕費も自腹で払ったのに」


「上に言っても『もう少し待て』としか言わない」


「上が言うならそうなんだろうけど……もう少し、って何日だ」


 二人が宿舎の外に出た。空が灰色だった。


「……最近、エドワード様が禁止令を出しただろう。あれで生活が苦しくなったって話を、村から来た商人が言っていた」


「騎士がどうこうじゃなくて、王都でもか」


「国境の村から来た旅人が言ってたんだ。物が入ってこなくなったから、何でも高くなった、って」


「……それでも税は上がってるんだろ」


「そういうことだ。税を上げて、物を禁止して、その上で給与が出ない。これが続いたら」


 レイが黙った。


「……聞いたか。北の方で戦が減ったのは、魔王軍が変わったからって話」


「変わった、って何が」


「財務長官が変わったとか。人間らしい」


「人間が魔王軍に?」


「そういう噂がある。変な話だよな」


「変な話だけど……魔王軍の方が給料ちゃんと出るとか言う人もいるぞ」


 二人が顔を見合わせた。


「……それは本当の話か」


「分からん。噂だから」


「でも」


 レイが少し黙った。


「……でも、こっちが二ヶ月出ないんだから、比べたらそっちの方がいいじゃないか」


 デーンが何も言わなかった。空を見ていた。冬が近い風が吹いていた。


---


 カイトが別の書類を読んでいた頃、ゴルが数字を持ってきた。


「……試算が出ました。聖王国騎士団員数は約800名です。月平均の給与を過去の交易データから逆算すると、一人あたり月80G前後。給与遅配が二ヶ月分として、累計額は約12万8千G……12.8万Gになります」


「12.8万G」


「……はい。合っていますか」


「計算は合っています。これだけの未払い額があると、装備の修繕費や生活費を個人で持ち出している騎士が相当数出ているはずです。その分が不満として積み上がっている」


「……そのくらいは確かに、きついですよね」


「きつい、というより生活が回らなくなります。騎士は装備を一定の状態に保つ義務があります。修繕費が出ないと、義務を果たせなくなる。義務を果たせないまま任務に就かされれば、当然不満が出ます」


「……給与が出ないのに任務だけは続くのですか」


「それが軍という組織の問題点です。命令系統で縛られているので、不満があっても抜けられない。ただし、抜けられなくても不満は別の形で出ます」


---


 カイトは計算書に書き加えた。


 「騎士たちへの直接接触」。


 計画書の次のステップとして書いた。二ヶ月の給与遅配が確認された。不満が外に出る前に、選択肢を持った人間を探す。給与遅配で生活が苦しくなっている騎士に、別の道があることを見せる。これは勧誘ではない。情報提供だ。選ぶのは相手だ。


「ゴル、一点確認します」


「はい」


「国境付近の聖王国側の村で、聖王国の騎士や兵が立ち寄る場所はありますか」


「……国境から少し入ったところに、ミア村という村があります。そこの酒場は聖王国の旅人や騎士が定期的に寄ることが確認されています」


「分かりました。次の機会にそこに行きます」


「……接触、でありますか」


「話を聞きに行きます。接触かどうかは相手次第です」


 ゴルが少し心配そうな顔をした。


「……聖王国の騎士と話すのは危なくないですか」


「国境付近の村の酒場なら、商人も旅人も混ざっています。目立たない格好で行きます」


「……目立たない、とは、魔王軍の服装ではなく、ということですか」


「普通の外套を着ます。財務長官という肩書きも最初は使いません」


「……でも、長官の顔は聖王国に知られていますか」


「マルバスは知っている。ただし、一般の騎士が私の顔を知っているとは限りません。ラーゴスで外部交渉をしていますが、服装で分からなければ通常の旅人に見えます」


「……なるほど。行き方は」


「フォルカの物流ルートで国境付近まで行って、そこから徒歩です。馬で行くと目立つ」


「……分かりました。ゴルも行きますか」


「一緒に来てください。記録をとっておきたいので」


「了解しました。服装を考えておきます」


「普通の商人の格好で大丈夫です」


「……商人の格好は持っていますが、ゴルが商人に見えますか」


「分かりません。見えなければ旅人でいいです」


「……旅人の格好は何ですか」


「外套を着るだけです」


 ゴルが「了解しました」と言った。何かを考えながらメモをとっていた。


---


 夜、ガルガンが執務室に来た。


「……騎士に接触すると聞いた」


「聞きましたか」


「……ゴルが外套の話をしていた」


「ミア村の酒場に行きます。聖王国の騎士が愚痴を吐いている場所です」


「……一人で行くのか」


「ゴルと二人です」


「……俺も行く」


「目立ちます」


 ガルガンが黙った。


「……目立つか」


「ガルガン統括長の体格で、普通の旅人には見えません」


「……そうか」


「砦で待っていてください。何かあれば連絡します」


「……何かあった時の連絡方法は」


「帰らなければ来てください」


「……期限は」


「二日で帰ります。三日目も帰らなければ何かあったと思っていいです」


 ガルガンが少し考えた。


「……わかった。三日で来る」


「ありがとうございます」


「礼は言うな」


 出ていった。廊下の足音が遠ざかってから、カイトは少しだけ口元を動かした。不思議な援護だ、と思った。ガルガンは命令されてもいないのに来た。心配している、ということなのかもしれない。心配されることに慣れていなかったが、計算書的には採算が合っている状態だ。


 夕方、カイトは窓の外を見た。


 計画書の進捗を頭の中で確認した。マナ貨の試験交換は完了した。次は騎士への接触だ。騎士が一人でも動けば、連鎖が始まる。連鎖が始まれば、聖王国の軍事力は内側から削れていく。軍事力が削れれば通貨の信用が落ちる。通貨の信用が落ちればマナ貨の出番が来る。


 一つ一つのステップが繋がっている。


 計算書にもう一行書いた。「接触対象:不満を持つ騎士・魔導師。場所:ミア村の酒場。時期:来週以内」


 今日は終わりだ。


 計画書を閉じた。書類を棚に戻した。部屋を暗くして、廊下に出た。砦の廊下は夜になると静かになる。自分の足音だけが聞こえた。それがカイトには普通の夜だった。騒がしいよりは静かな方が、考えがまとまる。明日の準備は終わった。計画の次のステップが来週で、その次がある。



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