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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第51話 マナ貨の設計図

 シルヴィアを執務室に呼んだのは昼前だった。


 前夜から準備していた。通貨の設計を紙に落とすのは前の世界でも経験がない作業だ。ただ、構造は単純だ。通貨とは何かを分解すれば、必要な要素は三つしかない。裏付け、偽造防止、発行ルール。これを揃えれば通貨として機能する。揃えなければ機能しない。前の世界の歴史が証明している。


 事前に書いておいた設計概要を机に広げた。マナ貨の基本構想。裏付け資産、発行単位、対アルベリア金貨の想定レート。数字と条件が並んでいる。


「シルヴィア、今日お願いしたいのはこれです。見てもらえますか」


「……ふむ」


 シルヴィアが書類を取り上げた。片眼鏡越しに数字を読んでいる。白い長い顎髭が揺れた。老齢の魔導師は、表情を動かさずに書類を読む。カイトは待った。


「……魔石を裏付けにした通貨か」


「そうです。問題は偽造防止です」


「……偽造防止、というと」


「魔石1グラム相当の価値を封印した貨幣を作るとして、その封印を複製不可能にする技術が必要です。誰でも作れる状態では通貨として機能しない。魔石の純度を数値で証明し、偽造を不可能にする封印技術が必要だ」


 シルヴィアが少し止まった。


「……できる。ただし手間がかかるぞ」


「コストを出してくれ」


「……そういうことを即座に言うのがお主の癖だな」


「コストが分からないと判断できません」


「……わかっている。出す。ただ、一枚ごとに封印を施すとなると、製造速度に上限がある。それも含めてよいか」


「むしろ必須です。製造速度と、月間生産可能枚数も出してください」


 シルヴィアがもう一度書類を見た。


---


「……裏付けについて聞く。魔石埋蔵量の証明書を通貨と連動させるとは、具体的にはどういう形だ」


「鉱山の採掘記録と在庫量を定期的に更新する書類を発行します。その書類を発行機関として魔王軍財務部が機能する。マナ貨一枚あたり、その書類が示す魔石量の裏付けがある、という構造です」


「……金本位制に近いな」


「近いです。ただし、金本位制は金を実際に保有していなくても金貨を発行できるという問題がある。今回は埋蔵量と採掘量の両方を証明書の対象にして、発行枚数の上限を物理的に制限します」


「……なるほど。つまり、詐欺ができない仕組みにすると」


「詐欺は信用を殺します。最初から信用で勝負する通貨を作るなら、詐欺の余地をゼロにするしかありません」


 シルヴィアが頷いた。老魔導師としては珍しく、素直な反応だった。


「……お主は、通貨を作ったことがあるのか」


「ありません。前の世界でも通貨制度の研究はしていましたが、実際に設計したことはない」


「……前の世界、というのはよくお主が言う言葉だが」


「異世界転移です。元の世界が別にあります」


「……そうか。前の世界の通貨制度はどうだったのだ」


「複雑です。金本位制を経て管理通貨制度に移行し、現在は信用創造が主体の仕組みです。裏付け資産なしに通貨が発行されています」


「……それは危なくないか」


「危ない時もあります。ただ、信用さえあれば機能するという実証は済んでいます。今回のマナ貨は、信用をゼロから作る必要があるので、まず物理的な裏付けを用意します。信用が定着したら設計を変えることもできます」


「……長期的な計画まであるのか」


「通貨設計は長期です。短期で変えると信用を失います」


---


 ゴルが茶を持ってきた。シルヴィアの分と、カイトの分。


「……ゴル、聞いていたか」


「はい。マナ貨、ということでしたが」


「聖王国の通貨より価値が高い、でありますか」


「設計上は1マナ貨=アルベリア金貨の1.3倍です」


 ゴルが少し固まった。


「……聖王国の通貨より価値が高い、でありますか」


「そう言いました」


「……でも、魔王軍が出す通貨は、皆さん信用してくれますか」


「だから設計が重要です。信用できない、という根拠をなくす。偽造できない、裏付けが物理的に存在する、発行元が帳簿を公開する。それだけやれば、信用は自然についてきます」


「……最初から信用を買う、ということですか」


「最初から信用を買う。安く出すな」


 ゴルがもう一度固まってから、「……わかりました」と言った。


---


「シルヴィア、一点確認します。封印の技術は、シルヴィア以外の魔導師にも習得可能なものですか。あるいはシルヴィア固有の技術でしか実現できないものですか」


「……現時点ではわしにしかできない。ただし、技術を文書化して教えることは可能だ。弟子への伝達が前提なら、追加で時間がかかる」


「わかりました。今は文書化まで頼みません。まず量産体制が確立した後で考えます」


「シルヴィア、封印技術の開発にどのくらいかかりますか」


「……試作に二週間。量産体制に入るまでさらに二週間。合計一ヶ月見ておけ」


「了解です。一ヶ月後に試作品100枚を目標にできますか」


「……できる。ただしその間、わしの通常業務の一部は別の者に振ってもらわなければならない」


「ゴル、シルヴィアの通常業務で外せるものを確認して、割り振り案を出してください」


「はい、了解しました」


「シルヴィア、試作品が出来上がったら報告してください。まずラーゴスで少数を試験的に使う予定です」


「……試験、とはラーゴスの商人に渡すということか」


「そうです。偽造できない通貨が実際にどういう反応を受けるか確認します」


 シルヴィアが書類を机に置いた。


「……了解した。では設計書を貰う。封印の仕様を詰めてから、こちらで正式な製造計画を作る」


「お願いします。何か問題が出たらすぐ教えてください」


「……出たら言う」


 シルヴィアが立ち上がった。書類を持って執務室を出ていく。廊下に足音が遠ざかった。


---


 ゴルが後片付けをしながら言った。


「……長官、マナ貨というのは、どれくらいで広まりますか」


「速度は市場次第です。ただ、正しい設計をすれば、広がる理由があります。信用できる通貨は使われます。使われれば広まります」


「……シルヴィアさんは何とも言わなかったですが、すごいことをやるんですね」


「すごいかどうかは結果次第です」


「……でも、聖王国の通貨より価値の高い通貨を魔王軍が出す、って聞いた時、ゴルはちょっと誇らしかったです」


「誇らしい、という感想は珍しいですね」


「……魔王軍の財務長官が作る通貨だから、でありますか」


「ゴルが誇らしいかどうかより、使う人が価値を感じるかどうかが重要です」


「……長官はそうですね。でも、ゴルは誇らしかったです」


 カイトは特に返答しなかった。ゴルの感想は財務上の根拠とは別のところにある。ただ、そういう反応が出るということは、設計の方向性が分かりやすいということかもしれない、と思った。


 計算書を片付けながら、次のスケジュールを確認した。一ヶ月後に試作品100枚。その後ラーゴスでの試験交換。そこまでがフェーズ1だ。


 フェーズ2は本格流通の準備。フェーズ3が正式流通開始。スケジュールとしては早くて半年、現実的には一年近くかかるかもしれない。ただ、アルベリア金貨の信用崩壊のスピードを見ながら調整する。崩壊が速ければ早めに動く。


 机の上のノートに一行書いた。「フェーズ1:試作→試験交換ラーゴス——目標:一ヶ月以内」


 窓の外に光が差していた。砦の中庭で、ガルガンが訓練をしているのが見えた。関係ない、と思いながらも、数秒見た。訓練の音が窓越しに聞こえてくる。


 カイトは視線を戻して、計算書の続きに取り掛かった。



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