第49話 証拠の保管
証拠書類の整理を始めたのは、暗殺未遂から三日後だった。
カイトは執務室の机の上に書類を広げた。捕縛した実行犯の尋問記録。ゴルが筆記した内容をカイトが確認し、正式な書類として整理し直したものだ。尋問は三回行った。一回目は実行犯が沈黙していた。二回目でガルガンが話しかけた後、少し口が開いた。三回目で依頼者の名前が出た。三回分の記録を全部書類にした。
さらに、実行犯が持っていた小道具の記録。暗殺道具の種類と、それが影刃の典型的な装備と一致することの確認書。一致の確認は、ルシフェラの情報網が持つ過去の資料と比較して行った。
そして、ルシフェラの情報網から来た、マルバスが影刃を使ったという外部情報の記録。
三点を並べて見た。
それぞれは単体では弱い。尋問記録は依頼者の名前として「マルバス」が出ているが、本人が否定すれば対抗できない。「マルバスという名前を知っていた」では証拠にならない。外部情報も間接的だ。三点合わせても、直接証拠には至らない。ただし、間接証拠として積み上げていけば、否定が難しくなる。
今はここまでだ。証拠は使う前に揃える。
「ゴル、もう一点確認します」
「はい」
「ルシフェラ様の情報網が把握していたマルバスの動きの記録、正式に書類にしてもらえますか」
「……はい。どのくらいの詳細で書きますか」
「把握していた内容全部を書いてください。日付と、情報の来源を明記してください。来源は詳しく書かなくていいですが、信頼できる経路であることが分かれば十分です」
「了解しました。今日中に作ります」
ゴルが書類に向かった。カイトは残りの整理を続けた。
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書類を鍵のかかる保管庫に入れた。
ここには財務の機密書類も保管している。鍵はカイトが持っている。ゴルは緊急時のために複製を持っているが、通常は使わない。
カイトはもう一度確認した。
今ある証拠:
・尋問記録(依頼者の名前:マルバス)
・影刃の装備確認書
・外部情報網の記録
・(追加予定)ルシフェラの情報網の書類
この構成で、証拠として機能するタイミングを考えた。マルバスの別の不正を追加で確認できれば、さらに積み上げられる。今は待つ。
証拠は溜めてから一度で出す方がいい場合がある。これは後者だ。
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昼前に、ガルガンが報告に来た。
腕立て伏せをしていた話以来、ガルガンが執務室に来ることが増えた気がした。報告する用件がある、というよりは、様子を見に来ている感じがした。
「……書類の整理が終わったか」
「終わりました。保管庫に入れました」
「……そんな紙切れで何ができる」
「城が買える」
ガルガンが止まった。
「……昨日も同じことを言ったが、本当か」
「本当です。証拠として使い方次第では、マルバスの財産と地位を根拠ごと崩せます。正確に言えば、証拠を突きつけた上で選択肢を提示します。城一つ分の金を払うか、全部表に出るかを選ばせる」
「……脅すのか」
「交渉です」
「……それを脅しと言う」
「広義には正しいです」
ガルガンが黙った。出ていこうとして、また止まった。
「……お前、変なところで冷静だな」
「そうですか」
「……俺なら、暗殺されかけた相手には別の手を使う」
「どんな手ですか」
「……いや、言わない。お前の手の方が長期的には正しいだろうから」
「そうです。すぐに動いても損失を回収できません。証拠で動いた方が、返ってくるものが大きい」
「……なるほどな」
ガルガンが出ていった。廊下で誰かと少し話しているのが聞こえた。ヴェイルの声だった。
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午後、ヴェイルから封鎖完了の報告書が届いた。
砦の侵入経路の封鎖完了報告書。各経路について、封鎖方法と封鎖日時が記録されていた。月次報告の形式と同じフォーマットで書かれていた。ヴェイルの記録は常に正確だ。以前の横領の記録が残っているが、今は改善後の数字が積み上がっている。ガルガンが言っていた通り、今から出す数字で上書きされている。
「ゴル、ヴェイルの報告書を受理して、記録に入れてください」
「はい。完了しました。全経路の封鎖が確認できています」
「よかった。ヴェイルに礼を伝えておいてください」
「了解です」
書類を一枚ずつ棚に入れた。証拠書類は保管庫に。通常業務の書類は通常の棚に。分類が終わると、机の上が片付いた。
片付いた机の上を見た。書類がなくなると、木の机の表面が見える。砦の執務室の机は頑丈な作りだ。着任した時から使っている。
「ゴル、書類の分類が終わりました。一覧を作ります。どの書類がどこにあるか、万が一の場合に分かるように」
「……万が一の場合、とは、長官が何かあった場合でありますか」
「あってはなりませんが、あった場合に備えて記録が残っている状態にしておくことが重要です。記録は人に依存しない。それが記録の価値です」
「……なるほど。でも、長官がいなくなるのはゴルは嫌です」
「ならないようにします」
「……はい。ゴルも協力します」
「ありがとうございます。それで、一覧を作ります。手伝ってください」
「了解でございます」
二人で一覧を作り始めた。書類の名前、保管場所、日付、重要度の分類。それだけのことだが、一覧にすると全体が見えた。証拠書類は重要度Aで保管庫に。財務書類は重要度Bで通常棚の鍵付き区画に。通常業務書類は重要度Cで通常棚に。
一覧が出来上がった後、カイトは通貨研究の計算書を出した。シルヴィアとの打ち合わせに備えて、マナ貨の基本構想をまとめておく必要がある。封印技術が必要という点と、その技術にどれくらいのコストと時間がかかるかを事前に見積もっておく。
計算書に書いた。「マナ貨設計前提条件」。ここから次のフェーズが始まる。
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夕方近く、ゴルが一覧の書類を持ってきた。
「……確認しました。全部で43点の書類が正式に分類されました」
「ありがとうございます。鍵の複製は引き続きゴルが持ちますが、使うのは緊急時だけにしてください」
「はい。では、これはゴルの部屋の鍵と一緒に保管しておきます」
「それで大丈夫です」
ゴルが立ち去ろうとした。
「……長官、一つよいですか」
「何ですか」
「……こういう書類の整理って、楽しいですか」
「楽しいかどうかは別として、整理が終わった状態が好きです」
「……それは楽しいということではないですか」
「そうかもしれません」
「……ゴルも整理が終わった後は好きです。始める前は大変に感じますが」
「始めれば終わります」
「……その通りでございます」
ゴルが頷いて出ていった。
部屋に一人残ったカイトは、計算書の続きを始めた。蝋燭が一本、机の脇で揺れていた。執務室の窓の外はもう暗い。今日一日でやるべきことはほぼ終わった。証拠書類の整理、一覧の作成、ガルガンとの確認、ヴェイルの報告受理、リナリアへの警戒連絡。残っているのはマナ貨の前提条件の整理だ。
聖王国の通貨信用構造の崩壊がどのくらいのペースで進んでいるか、試算を始める必要がある。アルベリア金貨の信用を支えているのは軍事力だ。その軍事力が今どういう状態にあるか、外から数字で見るには何を使えばいいか。
カイトは計算書のページを開いた。タイトルを書いた。「マナ貨設計前提条件——信用根拠の崩壊速度試算」。
ここから先が次のフェーズだ。証拠の整理は終わった。通貨の解析を始める。
砦が静かだった。廊下を歩く足音もない。カイトは計算書にペンを走らせ続けた。数字が並ぶにつれて、構造の輪郭が見えてきた。




