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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第48話 次の弾

 暗殺未遂の翌日から、カイトは通常業務に戻った。


 通貨研究の計算書を開いた。中断していた作業の続きだ。聖王国のアルベリア金貨の信用構造の分析。軍事力、税収、流通量の三要素を数字に落とす作業が残っていた。昨夜のことは昨夜のことだ。今日の仕事は今日やる。


 砦の廊下を歩いて執務室に来る時に、壁側を歩いた。まだ警戒は続けている。ただし、それを意識しながらも、考えていることは通貨の計算式だ。


 ゴルが朝一番で入ってきた。


「……長官、昨日のような事があった次の日に、もう計算書を開いているのですか」


「昨日の件は一段落しています。引き続き対策はヴェイルとフォルカが進めています。私がやることは証拠の記録と、通常業務です」


「……それは頭が切り替わるのが早いですね」


「切り替わっているというより、昨日の件と今日の仕事は別の問題です。どちらかがもう一方を止める理由はありません」


 ゴルが少し考えてから頷いた。


---


 計算書の続きを進めながら、カイトは内心で整理した。


 暗殺を試みてきた。次は何を使う。通貨か、宗教か。


 通貨は今、カイトが研究しているフィールドだ。先に手を打てば、こちらが有利になる。宗教はリナリアが絡む可能性がある。教会がリナリアを取り戻そうとしてくれば、そこに聖王国の意図が乗っかってくる。「絶対に連れ戻せ」という話はゴルの情報網で聞いていた。ただ、今のところ具体的な動きはない。リナリアに警戒の話は伝えておく必要がある。ただし、それは今日ではなく、優先度を整理してから。今は通貨に集中する。


 もう一つ、確保した実行犯の証拠書類がある。これは後で使える弾になる。弾は揃ったタイミングで一度に出す。今はまだ揃っていない。


「ゴル、少し聞いていいですか」


「はい」


「今回捕えた実行犯の依頼状——マルバスの指示が入っていた書類——を証拠として整理します。これは後で使います。保管してください」


「……後で、とはいつでありますか」


「タイミングを選んで使います。今ではない」


「……なるほど。弾を溜めておくということでありますか」


「そうです。証拠は溜めてから一度で出す方がいい場合があります。今回の件は後者だと判断しています」


「……すぐに使わないのですか」


「今すぐ使っても、マルバスは否定します。証拠が一点では否定できる。複数の証拠が揃った時に出す方が有効です」


「……長官は、こういう計算をいつも頭でしているのでありますか」


「していますが、特に意識はしていません。こういう仕事の流れが自然に見えているということだと思います」


「……それはすごいですね」


「ゴルも財務の数字を見れば自然に流れが見える、ということはありませんか」


「……言われてみれば、あります」


「それと同じです」


 ゴルが頷いた。


---


 報復はしないのか、という問いに答えるとすれば、こうだ。


「する。ただし今じゃない。弾が揃ってから撃つ」


 ゴルがその言葉を聞いたような気がした。


「弾、でありますか」


「証拠書類だ。揃ったら撃つ。揃う前に撃っても有効ではない」


 ゴルが書類を整理しながら少し考えた。


「……長官は、マルバスをどう思っていますか」


「どう思うとは」


「……憎い、とか、怖い、とかありますか」


「特に。問題として処理します」


「……長官が暗殺されかけた相手なのに、ですか」


「感情を持っても状況は変わりません。どうするかだけ考えます。今は証拠を積んで、適切なタイミングで使う。それが対マルバスの計画です」


「……冷静ですね」


「そうですか」


「……ゴルなら怖いと思います。もっと怖い気がします」


「怖くなかった、とは言いません」


「……でも、今は怖くない、ということですか」


「今は次の仕事に集中しています」


---


 通貨研究の計算書に向き直った。


 カイトは内心でメモした。マナ貨構想の予備調査に入る。聖王国通貨の信用構造を崩す。それがマルバスへの最大の回答になる。暗殺は一点への攻撃だ。通貨崩壊は構造への攻撃だ。構造への攻撃の方が、個人への攻撃より有効で、かつ証拠として残りにくい。


 暗殺は失敗した。次の手を打ってくるとすれば、また暗殺か、別の手か。どちらにせよ、こちらは通貨という手を持っている。それを整備することが、防御でもあり攻撃でもある。


 計算書の最初のページに「マナ貨構想・予備調査」と書いた。


 聖王国のアルベリア金貨の信用の根拠は何か。軍事力だ。軍事力を支えているのは税収だ。税収が落ちれば軍事力が落ちる。軍事力が落ちれば通貨の信用が落ちる。


 今、三割増税が民衆の反発を生んでいる。それが流通を詰まらせ、税収のベースを削っている。禁止令がさらに流通を詰まらせている。騎士団の給与遅配が士気を下げ、軍事力の実質を落としている。この連鎖がすでに動いている。


 つまり、アルベリア金貨の信用の根拠は今、自己解体中だ。


 こちらがやることは、その解体を加速させることではない。解体が進んだ時に、代替通貨として機能できるものを準備しておくことだ。市場が自然にマナ貨に移行する条件を整える。


 計算書に次のページを開いた。「アルベリア金貨の信用根拠の崩壊速度試算」というタイトルを書いた。数字を入れ始めた。


 前の世界での仕事に比べれば、情報が少ない。ただ、情報が少ない中でも、構造は読める。構造が読めれば、方向性は決められる。方向性が決まれば、動ける。それがカイトの仕事の仕方だった。


---


 昼過ぎに、リナリアが執務室の前で立っていた。書類を持っていた。月次の治癒件数の報告書だ。


「……長官、昨夜のことを聞きました」


「リナリアには関係のない件です。報告書をありがとうございます」


「……でも、長官が怪我されていたら、と思うと」


「されていなかったので問題ありません。一点だけ。教会がリナリアを取り戻そうとする可能性があります。「絶対に連れ戻せ」という話が聖王国側から出ています。今のところ具体的な動きはありませんが、注意してください」


「……わかりました。連絡が来たら報告します」


「頼みます」


 リナリアが出ていった。


---


 午後遅く、ガルガンが執務室に来た。


「……昨日の話だが」


「何ですか」


「……証拠の書類、そんな紙切れで何ができる」


「城が買える」


 ガルガンが止まった。


「……何が」


「証拠として使い方次第では、城一つ分の交渉力になり得ます。マルバスの財産規模と、証拠が示す事実の重さによりますが、現時点での見積もりではそのくらいです」


 ガルガンが黙った。しばらく何も言わなかった。それから「……そうか」と言った。


 扉を開けて出ていこうとしたところで、振り返った。


「……俺にはわからんが、お前が言うなら信じる」


「ありがとうございます」


「礼は言うな」


 出ていった。廊下を歩く足音が遠ざかった。


 カイトは計算書に戻った。


 今日一日で何が進んだかを整理した。通貨研究の予備調査の再開。証拠書類の保管確認。リナリアへの警戒連絡。ガルガンとの会話で「証拠の使い方」の見通しを確認。


 マナ貨の予備調査は今週中に基本設計の段階まで進めたい。シルヴィアの協力が必要になる。明日、シルヴィアに話をする。封印技術の可能性と、開発にかかるコストと時間の見積もりを聞く。


 計画を書き足した。今日のところはここまでにする。



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