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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第45話 影刃の潜入

 一週間後の朝、ゴルが執務室に飛び込んできた。


 カイトは通貨研究の計算書を広げていた。聖王国のアルベリア金貨の信用の根拠を分解する作業の続きだ。軍事力、税収、流通量の三つの要素を数字に落としていた。


 ゴルが息を少し切らしていた。珍しいことだった。ゴルが慌てた様子で来ることはあまりない。いつもは書類を丁寧に持って、ゆっくり歩いて来る。それが走ってきた気配があった。


「……長官、報告があります。砦の南側の哨戒から連絡が来ました」


「何ですか」


「……人間の足跡が、砦の周辺に残っています。哨戒兵が発見しました。魔王領の人間の足跡ではないと言っています」


 カイトは計算書から目を上げた。


「足跡の数は」


「……二名から三名分、ということです」


「発見した場所は」


「南側の壁から五十メートルほどの林の中です。夜のうちに通ったものと思われます」


「夜のうちに。では昨夜から今日の朝の間ということですか」


「……そう思われます。哨戒の間隔が合計六時間ありまして、その間に通ったと考えられます」


「わかりました。ゴル、詳細な調査を指示してください。足跡の方向、どこから来てどこへ向かったか。砦の中に入った形跡があるかどうか。一時間で報告をください」


「はい。すぐに動かします」


 ゴルが出ていった。


---


 カイトは計算書を閉じた。


 足跡一つで全てが変わるわけではない。偵察かもしれないし、別の理由で通っただけかもしれない。ただ、確認する価値はある。


 聖王国の動きについて、カイトは状況から読んでいた部分があった。禁止令が機能しない。増税が反発を生んでいる。そういう状況で、焦った側が取る手の一つとして、直接的な排除は選択肢に入る。財務を担う人間を排除すれば、組織の動きが一時的に止まるという発想は、財務の仕組みを知らない側が取りやすい判断だ。仕組みの問題ではなく、仕組みを動かしている人間の問題だと見ているということだ。


 ただ、カイト本人としては、自分が消えれば仕組みが止まるとは思っていなかった。ゴルは数字の記録を続けられる。ヴェイルは鉱山を管理できる。シルヴィアは製造ラインを動かせる。リナリアは医療部門を動かせる。仕組みは人に依存するが、依存先が一箇所ではないから、一箇所が消えても止まらない設計になっている。


 ただ、自分が死ぬのは避けた方がいい。それは当然だ。


 哨戒体制と侵入経路の想定を頭で整理し始めたところで、謁見室からの呼び出しがかかった。


---


 謁見室に行くと、ルシフェラが玉座に座っていた。珍しく護衛もいなかった。カイトが入ると、ルシフェラが口を開いた。


「……マルバスが動いた。標的はお主だ」


 カイトは少し止まった。


「把握していたのですか」


「当然だ。我の財務長官に傷をつけさせるわけにはいかん」


「……いつから」


「三日前から動きがあった。情報網に引っかかった」


 カイトは頷いた。


「感謝します。対応策を組みます」


「組め。ただしお主が死ぬな。報告書が止まる」


「理由がそれだけですか」


「……黙れ」


 短く言った。それ以上の説明はなかった。


---


 ルシフェラが続けた。


「マルバスは影刃という組織を使う。聖王国の非公式の工作機関だ。実績がある。手口は痕跡を残さない」


「どういう経路で来る可能性が高いですか」


「砦の南側か東側だ。西は崖で難しい。北は人が多い。南か東から来る」


「南側の足跡の報告が今朝ありました。偵察が先行したということですね」


「そうだろう。本番は偵察の後、数日以内に来る。備えろ」


「はい」


「一つ聞く」


「何ですか」


「……お主は、今の状況を予想していたか」


 カイトは少し考えた。


「聖王国側が焦った場合に直接的な手段を取る可能性は、計画の中に項目として入れていました。確率として低くはないと判断していました」


「なぜ事前に報告しなかった」


「可能性として申し上げると、ルシフェラ様が余計な対処をされる可能性があったためです。現実になってから報告する方が適切と判断しました」


 ルシフェラが少し黙った。


「……余計な対処、というのは」


「魔王軍が聖王国に対して攻勢に出る、というような対処です。それは現在の計画と合わない。暗殺の試みへの対処と、経済的な介入は、別の問題として扱う方が良いと思っていました」


「……なるほど。そういう計算をしていたか」


「はい」


 ルシフェラが少し間を置いた。


「……我の財務長官だ。殺させはせん」


 カイトは一礼した。


 ルシフェラの言葉が「財務長官」という役職の問題なのか、別の何かなのかを、カイトは判断する材料を持っていなかった。ただ、ルシフェラが自分から情報を持ってきて、守ると言った。それは事実だった。


---


 執務室に戻ってから、カイトはゴルに連絡を入れた。


「ゴル、ヴェイルに連絡を取ってください」


「はい、何を伝えますか」


「砦内の人間が侵入できる経路の洗い出しと封鎖を依頼します。優先度は南側と東側です。今日中に着手してほしい」


「了解です。すぐに連絡します」


「ヴェイルには詳細を話してください。暗殺の試みがある可能性があります。ただし、広めずに。対応が先です」


「……わかりました」


 ゴルが少し動いた。


「……長官、怖くないのでありますか」


「何が」


「……暗殺を試みられている、ということです」


「怖いかどうかという問いへの答えを出しても、状況は変わりません。対処するかどうかという問いに答えます。対処します」


「……それは怖くないということとは違いますね」


「はい。怖い怖くないとは別に、対処が必要だということです」


「……長官は、いつもそういう答え方をしますね」


「そうですか」


「……でも、ゴルは少し安心しました。怖くないという答えより、対処するという答えの方が、信用できる感じがします」


「よかったです。では対処を進めましょう」


 ゴルが頷いた。


 ゴルが出ていった後、カイトは執務室に一人で残った。


 ルシフェラが情報網を持っていた。内政に使っていなかったが、外部監視としては持ち続けていた。それが今回、機能した。「我の財務長官に傷をつけさせるわけにはいかん」と言った。その言い方が少し気になったが、考えるより先に対処が必要だった。


 ルシフェラに情報網があるということは、外部から砦を見ている視点があるということだ。その視点が今回機能した。逆に言えば、こちら側の対処が見えないくらい自然に見える必要もある。急に警戒を強めれば、それを見た偵察側が計画を変えてくる可能性がある。対処はしながら、表面は変えない方がいい。


 ヴェイルへの依頼は経路封鎖だ。これは通常の砦管理として見える動きだ。不自然ではない。


 それから、カイト自身の行動パターンを少し変える。毎晩同じ時間に執務室を出ているなら、それを変える。ただし、変えすぎると変化を見られる。微妙な調整だ。


 通貨研究の計算書を脇に置いた。数日間は警戒体制を優先する。計算書の続きは、これが落ち着いてからでいい。


 砦の中を動く時に、少しだけ気をつける。いつも通りに見えるように動く。ただし、鍵をかけた部屋で一人にならない。廊下では壁側を歩く。影刃の手口が「痕跡を残さない」ということは、密室か人気の少ない場所を選ぶということだ。それを避ければ、対人戦闘を避けられる可能性が上がる。


 カイトは窓を見た。今夜は人気のある場所に早めに移動する。それだけで今夜のリスクはかなり下がる。



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