第40話 次の計画書
カイトは第2期計画書を取り出した。
厚さは第1期の決算報告書よりさらに増している。計画書というのは、実績報告と違って仮定が多い分、説明量が増える。今回は特に、規模が変わる。施策の数は増えないが、一つ一つのスケールが大きくなる。第1期は基盤を作ることが目的だった。第2期は基盤の上に乗せる段階だ。
「第2期施策の概要についてご説明します」
ルシフェラは顔を上げた。目元がまだ少し赤かった。ただ、表情は戻っていた。
「第2期の基本方針は、第1期で構築した基盤の拡大です。単体施策の追加ではなく、連動した形での規模拡大を行います。第1期では各施策が個別に動いていましたが、今期からは施策間の連動を計画の中に組み込みます」
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「まず生産体制です。ポーション製造ラインは現在、月産240本です。第2期では製造ラインを二本体制にします。設備投資は第1期の黒字から充当します。リナリア部門長とシルヴィア部門長の連携体制はすでに稼働しているため、規模拡大のリスクは低いと判断しています」
リナリアが少し頷いた。シルヴィアは書類を見ていた。
「販売先の拡大です。現在はラーゴス市場のみです。第2期では隣接するテルファ方面と、北回り街道沿いの二市場を追加します。物流はフォルカ兵站長の補給ルートを流用します。新規に整備するコストを削減できます」
フォルカが少し目を動かした。
「ヴェイル鉱山の第2区画着手です。現在の採掘区画は第1区画のみです。調査では第2区画に同等以上の埋蔵量があることが確認されています。ヴェイル武具調達長の月次管理体制を二区画に拡張します」
ヴェイルが腕を組んだまま、わずかに動いた。
「軍の運用改善の継続です。稼働率84%から次の目標は90%です。週休と給与の体制はすでに整っているため、追加コストは発生しません。改善余地は主にシフト管理の精度にあります」
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「続いて、第2期の主目標を申し上げます」
カイトは一枚めくった。
「次のフェーズでは、聖王国の財政構造に直接介入します」
謁見室が少し変わった。空気が変わった、という感じに近い。
ルシフェラが目を細めた。
「……戦争をするのか」
「戦争はしません。数字で動かします」
カイトは続けた。
「聖王国の現在の財政構造は、税収と教会支援に依存しています。今期、ラーゴス市場への浸透で聖王国製ポーションの市場シェアが低下しています。これが継続すれば、教会側の収入源の一部が影響を受けます。教会は聖王国の財政支援者でもあるため、そこが動くと聖王国の税収に影響が波及します」
「武力を使わずに、です。市場を動かすことで、財政に圧力をかけます」
「鉱山収益は第2期以降、対聖王国の経済的優位として使います。投資元本として使い、販売先を広げ、物流を整備します。これを三年続けると、聖王国とこちらの財政力が逆転する試算が出ています」
謁見室がまた静かになった。
ガルガンが少し動いた。何も言わなかった。
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ルシフェラが計画書を受け取った。ページを開いた。数字の部分を読んでいった。
「……三年で逆転する、というのは確かな試算か」
「現状の趨勢が続いた場合の試算です。聖王国が何らかの対策を取れば変わります。ただ、現時点で聖王国側が取れる対策の選択肢は限られています」
「なぜだ」
「市場浸透を禁止するには根拠が必要です。品質は問題がない。価格競争力もある。禁止する法的根拠がありません。増税で財政を補強しようとすれば、民衆の反発が出ます。騎士団に予算を増やそうとしても、財源がない。選択肢が全部詰まっています」
「……それは向こうが自分で詰めたのか」
「そうです。こちらは動いただけです。向こうが動けなくなる状況を作ったのは、向こう自身の判断の積み重ねです」
ルシフェラが計画書を手に持ったまま、少し考えた。
「……お前はそれを、最初から読んでいたのか」
「大筋は想定していました。具体的な速度はラーゴスの実績が出てから確認しました。ラーゴスがあそこまで早く動いたのは、想定より速かったです」
「……なぜ最初に言わなかった」
「最初に言っても、数字がなければ信じてもらえません。数字が出てから言う方が早いと判断しました」
ルシフェラが少し止まった。
「……それは、我に対しても同じ考えでやっていたということか」
「そうです」
短く答えた。ルシフェラは何も言わなかった。
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ルシフェラが計画書のページを閉じた。少し間があった。
「……続けよ」
その声の温度が、初めての時と微妙に違った。命令は同じ言葉だった。ただ、何かが変わっていた。低さが同じでも、重さが変わっていた。
カイトは次のページを開いた。
「第2期の3ヶ年計画の詳細に移ります。まず年次目標ですが——」
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報告が終わった後、謁見室の全員が退出していった。
ガルガンが出る時に、カイトの方を一度だけ見た。何も言わずに出ていった。ただ、その目が言っていることはわかった。「続けろ」という意味だと受け取った。
ヴェイルは音を立てずに出た。出る前に計画書の鉱山区画のページを一度開いて、また閉じた。
シルヴィアは書類を抱えて出た。出る直前に一度カイトの方を見た。言葉はなかった。杖は持っていなかった。
フォルカは頭を一度下げて出た。礼儀正しかった。フォルカはいつも礼儀正しかった。
ルシフェラは謁見室に残ったまま、カイトが出るのを先に促した。
「……下がれ。今夜はここまでだ」
「はい」
カイトは一礼して退出した。
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廊下に出てから、少しだけ立ち止まった。
第1期が終わった。第2期が始まる。仕事の流れとしては、そういうことだ。感慨というほどのものはなかった。ただ、この世界に来た時の状況と今を比べると、確かに変わっていた。利益率がマイナス300%だった軍が、今は黒字を出して次の計画を立てている。
廊下を歩いていたら、ゴルが待っていた。
リナリアが出る前に少し止まった。
「……長官」
「何ですか」
「……第2期の販売先拡大、いつ頃から動きますか」
「来月から準備を始めます。製造ラインの拡張が先です」
「……わかりました。製造側の準備は整えておきます」
「それで大丈夫です」
リナリアが出ていった。
ゴルが待っていた。廊下の端に立っていた。
「……長官」
「何ですか」
「……今日の報告、全部聞いていました」
「そうですね」
「……ゴルは、最初に長官が来た時のことを覚えています。マイナス300%の軍で、崩壊まで六ヶ月、と言われた時のことを」
「覚えていますか」
「……はい。あの時、ゴルは何もできないと思っていました。数字を見ながら、これはどうにもならないと思っていました」
「そうでしたか」
「……でも、長官が来てから、数字が動き始めました。最初は小さくて、気のせいかと思うくらいの変化でした。でも、続きました。今日の報告書になりました」
「ゴルが記録を続けてくれたから、変化が見えるようになりました。記録がなければ、変化は証明できません」
「……二人で、ということですね」
「そうです」
ゴルが一礼して出ていった。
廊下が静かになった。
第2章が終わった。数字の基盤が出来た。次のフェーズは規模の拡大だ。聖王国の財政構造に介入するのは、戦争ではない。数字で動かすということだ。三年後に財政力が逆転する試算は、現時点では試算だ。ただ、第1期の試算がそのまま現実になったことを、カイトは知っている。
計画は続く。それがカイトの仕事の続きだった。




