第39話 黒字決算報告
翌朝、謁見室に全員が集まった。
四天王四名、ゴル、リナリア。カイトは部屋の正面に立ち、書類を手に持っていた。第1期決算報告書。厚さは指一本分ある。数ヶ月分の数字が全部入っている。
ルシフェラは玉座に座っていた。目が書類の束を見た。表情は動いていない。側近も護衛もいない。謁見室の空気は静かで、窓の外に朝の光が入っていた。
「始めよ」
カイトは書類を開いた。
「第1期決算報告を行います」
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まず概要から始めた。
「第1期の収支です。当初計画との比較で申し上げます。税収は計画比103%。ポーション事業収益は計画比211%。ヴェイル鉱山収益は今期初計上で、計画比120%での着地となりました。医療部門の稼働効率は前期比164%。補給コストは前期比で68%まで圧縮できています」
誰も口を挟まなかった。謁見室が静かなまま、カイトの声だけが続いた。
ガルガンは腕を組んだまま正面を向いていた。ヴェイルは微動だにしなかった。シルヴィアは手元に何か書類を持っていたが、視線は動かなかった。フォルカは立ち姿勢を崩さなかった。全員が数字を聞いている顔だった。
「総合の利益率です。前期は利益率マイナス300%でした」
誰かが少し動いた気がした。ガルガンかもしれなかった。
「今期は――」
カイトは一呼吸置いた。数字を確認してから読み上げた。
「プラス12%での着地となります」
謁見室が静かになった。
この静けさには種類がある。会議の前の静けさでも、命令を待つ静けさでもない。数字を頭の中で処理している時間の静けさだ。マイナス300%という数字を知っていた人間が、プラス12%という数字を聞いた直後の静けさだった。
静かというのは、誰も話さないという意味ではない。音がなかった。足音も、息も、布ずれも。ただそこにいる全員が、今の数字を処理しようとしている状態だった。
ガルガンが少し目を細めた。ヴェイルが腕を組んだ。シルヴィアは手元の書類に目を落とした。フォルカは天井に目を向けた。
ゴルが口元を押さえた。
リナリアは少し瞬きをした。
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「各施策の詳細に移ります」
カイトは続けた。感情をあえて乗せない声で、淡々と読み上げていった。
「補給ルート集約。前期は補給拠点が分散しており、実稼働日数が少なかった。集約後、実稼働日数は1.4倍に改善されました。コスト削減効果は計画の範囲内です」
「兵士の待遇改善。週休の導入と残業の禁止。着任時の兵士稼働率は43%でしたが、現在は84%です。給与の支払いと休養の確保が稼働率改善の主因です。数字で見れば、休ませた方が動く、ということです」
「ヴェイル鉱山。調査から採掘管理まで、ヴェイル武具調達長が直接管理しました。計画比120%の着地は、月次記録の精度によるものです」
ヴェイルが少し動いた。何も言わなかった。
「ラーゴスへのポーション出荷。リナリア医療部門長の浄化魔法の工業利用により、原価を従来比9分の1まで圧縮しました。利益率は270%です。シルヴィア魔導部門長の製造ライン設計との連携で実現しました。製造ラインは試算精度35%を超える34%コスト削減を達成しています」
シルヴィアは書類を見たまま動かなかった。ただ、手が少し静かになった。杖の音がなかった。
「軍の秩序改善。ガルガン統括長の管理下で、物資横流しの停止と正規ルートへの移行が完了しました。過去の数字は記録として残っています。今期の改善値が以前の数字を上書きしています。数字の変化が、行動の変化を示しています」
ガルガンが短く息を吐いた。
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カイトは書類を一枚めくった。
「医療部門の整備。リナリア部門長の着任後、治癒件数が1.8倍になりました。稼働時間と資材コストの記録が正確になり、施策の費用対効果が数字で出るようになっています。魔導部門と医療部門が連携したことで、製造と品質管理が一元化されました」
「フォルカ兵站長の補給管理。物資の記録が月次で正確に提出されるようになりました。以前は誤差が常態でしたが、今期の誤差はほぼゼロです。物資管理の精度が上がったことで、発注タイミングの最適化ができています」
フォルカが少し顎を引いた。
「なお、総合数値として補足します。当初の計画では、今期黒字化の達成確率は施策が全て機能した場合で65%と見積もっていました。今期は主要施策の全てが機能したため、黒字化を達成しています。ラーゴス出荷とリナリア部門長の合流が予定より早く機能したことで、計画上限に近い形での着地となりました」
「財務状況の改善により、第2期においては規模の拡大が可能な状態です。詳細は次の資料で報告します」
「以上が、第1期の決算報告です」
カイトは報告書を閉じた。
カイトは結果として出た数字を読み上げただけだ。感情は乗せていない。しかし、誰もが数字の意味を知っている部屋だった。マイナス300%がプラス12%になるまでに、何があったかを知っている人間が全員ここにいた。数字は正直だった。その正直さが、今この部屋に満ちていた。
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謁見室に沈黙があった。
ルシフェラは報告書を受け取った。表紙を見た。それからページを開いた。一枚ずつ読んでいった。数字の列を目で追っていくのが見えた。
誰も動かなかった。
ルシフェラが読み進めた。利益率の欄を見た。前期比の欄を見た。鉱山収益の注釈を見た。また利益率の欄に戻った。前期の数字と今期の数字が並んでいるページだ。マイナス300%とプラス12%が、同じページに載っている。
ゴルが小さく肩を揺らした。口元を押さえたままだった。
ルシフェラが最後のページを読み終えた。報告書を机に置いた。
その目に、何かが滲んでいた。
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「……カイト」
「はい」
「……これは財務諸表か」
「そうです」
ルシフェラが少し黙った。目線が下に落ちた。それから上に戻ってきた。
「それは財務諸表です。泣く必要はありません」
カイトの声は静かだった。
「黙れ」
ルシフェラの声は低かった。ただ、いつもより少しだけ違った。怒りではない。別の何かだ。
目が、また下に向いた。報告書を見ているのかどうかわからなかった。手が書類の端に触れていた。
謁見室の全員が動かなかった。ガルガンも、ヴェイルも、シルヴィアも、フォルカも。リナリアが静かにまばたきをした。ゴルは手の中にハンカチを握っていた。
ルシフェラはまだ報告書を手に持ったままだった。下を向いていた。謁見室全体が、ルシフェラが顔を上げるのを待っているような状態だったが、誰も声をかけなかった。かけられない、という方が正確かもしれない。
ガルガンが腕を組んだまま、少し視線を動かした。それから元に戻した。
ヴェイルは腕を組んだまま正面を向いた。
シルヴィアの手は静かなままだった。
フォルカは天井から視線を戻して、前を向いた。
誰も何も言わなかった。
ゴルが少しだけ動いた。カイトの方を見た。
「……長官、あれは」
「業務報告の結果です。次の資料を出します」
ゴルが頷いた。ハンカチを取り出してから、使わずにしまった。
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ルシフェラが息を一つ吐いた。それから報告書を机に静かに置いた。
「……続けよ」
その声の温度は、いつもと同じだった。ただ、一瞬だけ止まったところに、何かが混じっていた。声の前の沈黙が、いつもより少しだけ長かった。
ゴルが小さく息を吐いた。ハンカチは使わなかった。
カイトは次の書類を取り出した。
「第2期施策の概要について、続いてご説明します」




