第33話 ラーゴスへの出荷
出荷当日、フォルカが馬車を三台連れてきた。
朝の早い時間だった。砦の荷積み場に積み上げたポーションの箱を確認しながら、フォルカが記録書類をチェックしている。いつも通り、動きに一切の無駄がない。荷物の角を揃えて積んで、梱包の緩みを一つずつ確認している。フォルカが運ぶと荷物が壊れない、というのは砦での評判だった。
カイトも確認に来ていた。ゴルが隣で記録書類を持っている。
「初回ロット、確認完了です。百二十本、梱包良好。ラーゴス物流ギルド支店で販売します」
「価格は」
「聖王国製の市場価格の45%で設定しました。先週の市場調査と合わせて、この数字であれば初日に完売できると判断しました」
「了解です。売上報告は」
「三日後に入れます。初日完売した場合は即日報告します」
「そうしてください」
フォルカが荷積みを始めた。馬車の荷台に丁寧に積んでいく。傷つけずに運ぶのがフォルカらしい仕事の仕方だ。
「フォルカさん」
「はい」
「ラーゴスでの陳列場所は確認していますか」
「物流ギルド支店の正面棚を確保しました。通行量が多い側を使います。初回は目立つ場所に置いて、製品を見てもらうことを優先します」
「価格表示の仕方は」
「聖王国製の市場価格との比較を並べて表示します。効果が同等で価格が半額以下という点を視覚的に見せます」
「よく考えています」
「……輸送の仕事をしているうちに、売れる置き方というのがわかってきました」
フォルカが最後の箱を馬車に積んだ。荷台を締めて出発の準備が整った。
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出荷した日、カイトは砦で別の仕事をしていた。
報告を待ちながら、次の生産ロットの計画を調整していた。初回が完売すれば追加注文が来る。その時の準備が必要だ。製造ラインの週次稼働量を計算して、ゴルに在庫管理の方法を指示した。
ゴルが途中で声をかけてきた。
「……長官、フォルカさんから伝言が入りました」
「何ですか」
「ラーゴスの市場に並べたところ、最初の一時間は誰も手を出さなかったとのことです」
「そうですか」
「……あの、続きがありまして」
「聞きます」
「その後、老人が一本買いました。それを飲んで、三十分後にまた来て五本買いました。それを見ていた周りの人間が次々と買い始めて、二時間で半分が出たとのことです」
カイトはそれを聞いて計算した。
「二時間で六十本。残り六十本は」
「夕方までに出るとフォルカさんは判断しています。追加注文の確認を、と」
「来週の月曜に第二ロットを出します。同じ量で。ただし第三ロット以降は量を増やします。今週中に製造ラインの週次計画を調整してください」
「承知しました」
「……ゴル、一つ聞く。ラーゴスで『魔物のポーション』という評判は出ていそうですか」
「……フォルカさんの報告によると、『どこで作ったのか』という質問をした客が数名いたとのことで、正直に答えたところ少し間があったそうです」
「その後は」
「……買っていったそうです」
「そうですか」
「……魔物が作ったものを買う人間が、そんなにいるとは思いませんでした」
「体に効けば買う。それが市場の答えです」
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翌日の夕方、フォルカから報告書が届いた。
ゴルが持ってきた。厚い書類だ。一日の販売記録、購入者層の分析、周辺商人の反応、翌日以降の予測需要まで書いてある。フォルカは仕事が細かい。
砦にいると、ラーゴスで何が起きているかがわからない。フォルカの報告書がなければ、販売がどう進んでいるかの実態をつかめない。だからフォルカの仕事の細かさは、カイトにとって直接の価値がある。
「初回完売か。計画通りだ」
「……すごいであります」
「計画通りなのでそれほど驚くことはありません」
「……でも長官、ゼロから始めて初日完売というのは」
「初日完売は計画の最低ラインです。驚くのは第三ロット以降の継続需要が出た時です」
ゴルが少し考えた。
「……つまり、今は最低ラインで計画通り、ということですか」
「そうです」
「……なるほどであります」
カイトは報告書の二枚目を開いた。購入者層の分析がある。初日は主に農民層と職人層からの購入が多かった。商人や上層市民はまだ様子見をしている。それはそうだ。最初に試すのはコストに敏感な層だ。体に効いたという評判が広まれば、次の層が動く。
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フォルカの報告書の末尾に一行追記があった。
「近隣商人数名から、製造元の問い合わせがありました。魔王軍の製品であることを開示した後、会話が止まりましたが、翌朝また来た商人が一名います」
カイトはその一行を読んでから、ゴルに声をかけた。
「フォルカに返信を入れてください。『再来訪した商人は丁寧に対応すること。製造元については事実を正直に答えること。取引を望むなら条件を出すこと』」
「承知しました。……製造元が魔王軍と知っても来た商人というのは、どういう人ですか」
「コストが判断の基準になっている人です。製品が効くと確認したなら、出所より実利を選ぶ。そういう人間と取引をすることで、販路が広がる」
「……魔王軍と知っていて取引するというのは、聖王国側から見ると問題にならないのですか」
「聖王国の法律では、魔王領との民間取引を明示的に禁じてはいません。禁じれば自国経済に影響が出る。だから禁じられない。ラーゴスは国境緩衝地帯にある商業都市ですから、その構造を使っています」
「……よくそんなことをご存知で」
「前の世界でも似たような構造はありました」
ゴルが返信書類を書き始めた。カイトは報告書の残りを読み終えた。フォルカの分析によると、ラーゴスで現在流通している聖王国製ポーションの価格帯は二種類ある。高品質のものと、品質が不安定な廉価品だ。魔王軍のポーションは品質は高品質に相当し、価格は廉価品以下になる。この位置取りが初日完売を生んだということだ。
追加注文の台数を計算して、第二ロットの出荷指示を書いた。
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夜になって、リナリアが執務室に顔を出した。
「……ポーションが売れたと聞きました」
「初日完売です」
「……私が関わったものが、ラーゴスで売れているということですか」
「そうです」
リナリアが少し間を置いた。
「……聖王国では、浄化魔法は奉仕のためのものでした。それが商品として売れるというのは」
「どうですか」
「……変な気持ちです。嫌ではないのですが、慣れていない感覚です」
「自分の仕事が価値を持ったということだと思います」
「……それは、教会では感じませんでしたか、ということですか」
「そう言ったわけではありません。ただ、数字になると別の見え方がする」
リナリアがしばらく考えた。
「……そうですね。ありがとうございます」
「医療部門の方はどうですか」
「……来週、診察台が届きます。棚の配置も変えました。薬品の記録書式も整理できています」
「順調ですね」
「……まだゼロからの状態ですが。ただ、やることが見えているので動きやすいです」
リナリアが出ていった。カイトは第二ロットの書類に戻った。
第二ロット、第三ロットと出していくうちに、ラーゴスでの魔王軍製ポーションの存在は徐々に定着していく。最初は「魔物のもの」という抵抗があっても、安くて効くという実績が積み重なれば、それが評判になる。評判が広まれば、エドワードの耳にも届く。
それはいい。計画通りだ。




