第31話 浄化魔法の工業利用
着任から三日目の朝、リナリアが執務室の扉を叩いた。ゴルが「はい」と開けると、白い旅装から少し動きやすい服装に変えたリナリアが立っていた。昨日も砦の中を動き回っていたのを見ていた。手が空いた時間に施設を確認して回っていたということだ。
「失礼します。改善案を持ってきました」
「どうぞ」
手渡された書類は三枚だった。カイトは最初の一行から読み始めた。
医療部門・初期改善案。診察スペースの区画整理、薬品棚の配置図、記録書式の統一案、そして経過管理のための週次チェックシート。一つずつ読んでいくと、どれも現状の非効率を正確に把握した上で出てきた提案だとわかった。現場を三日見ただけでここまでまとめるのは、もともとの観察眼と整理力があるということだ。
「三日以内と言いましたが、二日で出てきましたね」
「……昨夜のうちにまとまったので。待つ理由がなかったので持ってきました」
「わかりました。調達は今日中に手配します」
リナリアが頷いて、帰ろうとした。カイトは書類を裏返しながら声をかけた。
「もう一つ確認したいことがあります。時間があれば、製造施設を見てもらいたい」
「……製造施設、ですか」
「ポーションを製造しています。今は量産体制の設計段階です。そこにあなたの魔法を組み込むことを検討しています」
リナリアが止まった。
「……私の魔法を、製造に?」
「浄化魔法は素材の不純物除去に使えます。それをポーション製造の工程に組み込めば、品質を安定させながら原価を下げられる。そう判断しています」
「……ポーションに浄化魔法を使うのは、聖王国でもやっていますが」
「個別の手仕事としてですね。ここではライン化を考えています」
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製造施設はシルヴィアが管轄していた。
北棟の端にある広い部屋だ。薬品の匂いがする。棚には原料素材が並んでいて、奥に加工用の台が三つある。カイトが案内したのは一度来たことがある部屋だが、リナリアは初めてだった。入り口で少し立ち止まって、部屋の中を確認した。
「……思っていたより整理されていますね」
「シルヴィアの管理です」
カイトがリナリアを連れて入ると、シルヴィアは薬品棚の前で書類を確認していた。振り返って、リナリアを見た。リナリアもシルヴィアを見た。
「シルヴィアさん、医療部門長のリナリアです。浄化魔法の工程組み込みについて確認したいことがあります」
「……聖女か」
「……はい。よろしくお願いします」
シルヴィアはしばらくリナリアを見てから、棚から試作品のポーションを一本出した。
「現在の製造工程はここに書いてある」と言って書類を渡した。「素材を抽出して、混合して、安定化させる。最後の安定化の工程でコストがかかっている。素材の品質にばらつきがあるから、調整が必要になる」
「……浄化魔法を抽出の前に使えば、ばらつきが減ります」
「それは知っている。ただ、術者一人の速度では間に合わない」
「……ライン化すれば」
「どうやって」
リナリアが少し考えた。
「術を一定の空間に固定する方法があります。魔法陣の応用です。対象を通過させるだけで浄化が完了する仕組みにできます。ただ、魔法陣の設計は私には難しいですが」
シルヴィアが眉を動かした。
「……魔法陣の設計は私がする。固定できる術式の詳細を書いてくれ」
「書きます。浄化の範囲と維持時間も合わせて書きますか」
「必要だ。あとは消費魔力と術式の持続条件も」
「……わかりました」
二人が書類を広げ始めた。シルヴィアが言葉少なに質問し、リナリアが正確に答える。どちらも無駄なことを言わない。見ている分には問題なさそうだ。カイトはそれを確認してから執務室に戻ることにした。
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執務室に戻ったところで、ゴルが声をかけてきた。
「長官。製造施設の方は」
「シルヴィアとリナリアが話している。問題ない」
「……二人が合うといいですが」
「方向性が合えば性格は関係ない。シルヴィアは数字が出る方向に動く。リナリアは非効率を嫌う。重なる部分がある」
「……なるほどであります」
午後になって、リナリアが執務室に戻ってきた。
「……シルヴィアさんと話しました。魔法陣の詳細を書いて渡しました。来週には試作が出来上がると言っていました」
「早いですね」
「……シルヴィアさんは、やることが決まれば早いです」
「そうですね」
リナリアが少し間を置いた。
「……カイトさん、一つ聞いてもいいですか」
「何ですか」
「……これは、スカウトの段階から考えていましたか。浄化魔法の製造利用」
カイトは書類を置いた。
「はい。【資産鑑定】で確認した時点で、治癒以外の転用可能性も見えていました」
「……最初からそのつもりだったのですか」
「採算が合う理由が複数あった、ということです。医療だけでも月50万Gの価値がある。製造に使えれば、それ以上の価値が出る。どちらも本当のことです」
リナリアはその言葉をしばらく受け取っていた。
「……私を多目的に使おうとしているわけですか」
「そうです」
「……正直ですね」
「隠す理由がありません」
「……嫌かどうか、というのは聞きますか」
「聞きます。嫌であれば無理には頼みません。ただ、できることがあると知っていて使わないのは非効率です」
リナリアが少し考えた。間が長くなった。
「……聖王国では、浄化魔法は治癒と奉仕のためのものでした。ポーションの製造に使うというのは、最初は少し違和感がありました」
「今は」
「……来週試作を見てから、判断します。ただ、おそらくやります」
「それで構いません」
「……ただし、医療部門の業務が先です。患者が来た時に製造を優先させられると困ります」
「当然です。優先順位は医療が上です」
「それなら問題ありません」
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夕方、シルヴィアがカイトの執務室に来た。書類を一枚持っていた。
「試作の設計書だ。来週中に試験ができる」
「早い」
「……あの聖女が書いた術式の詳細が、思っていたより精密だった。設計しやすかった」
「シルヴィアさんの設計力があってこそですが」
「……それは当たり前だ」
シルヴィアが書類を渡して出ていった。カイトはその後ろ姿を見てから書類を開いた。試作ラインの設計図と、予想される工程削減効果の試算が書いてある。試算の数字を確認した。
素材通過型の浄化区画を製造工程の最初に置く。そこを通った素材は品質が均一化されて次の工程に入る。安定化の調整コストが削減できる。シルヴィアの試算では、安定化工程の所要時間が現状の35%まで下がるとある。
想定通りの方向性だ。
カイトはゴルを呼んだ。
「来週の試作に合わせて、ポーション原料の在庫確認をしておいてくれ。試作で材料を消耗する分の補充も手配しろ」
「承知しました。……長官、浄化魔法をラインに入れるというのは、最初からお考えでしたか」
「スカウト段階からです」
「……リナリア殿がそれを聞いたらどう思いますか」
「今日聞きました。正直に答えました」
「……受け入れていただけましたか」
「医療優先という条件で。それは当然のことなので問題ありません」
ゴルが「なるほどであります」と言って下がった。カイトは試作設計書をファイルに挟んだ。来週の試作が終われば、量産ラインの本設計に入れる。リナリアが思っていたより早く動いた分、製造ラインの稼働も前倒しできるかもしれない。計画は動いている。




