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異世界転移した元・社畜コンサルタント、魔王軍の財務を立て直す 〜暴力より帳簿が強い世界で、俺は数字だけで魔王軍を最強にする〜  作者: 久留トガ


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第30話 リナリア、着任

 一週間後の午後、ゴルがリナリアを連れて砦に入ってきた。


 カイトは門の近くで待っていた。リナリアは旅装から少し改まった格好に変わっていたが、白い法衣ではなかった。教会から離れたということだ。荷物は小さな袋一つだ。ラーゴスで合流してそのまま来たらしい。


「長官、聖女殿をお連れしました」


「ご苦労。リナリア、来てくれましたか」


「……はい。今日からよろしくお願いします」


「こちらこそ。まず砦を案内します。その後、部門の場所を確認してください」


---


 砦の中を歩きながら、カイトはリナリアの様子を横目で確認していた。


 門に入った瞬間から、視線が動いていた。建物の大きさ、行き来する魔物の姿、その動き、数。怖がっているかどうかと言われれば、少し違う。注意深く観察している、という様子だった。昨日まで聖王国の分院にいた人間が、今日は魔王軍の砦の中にいる。それを自分の目で確認しているのだろう。


 向こうから来た魔物の兵士が二人、リナリアに気づいて足を止めた。人間の顔を見るのは珍しいのか、じっと見ていた。リナリアも立ち止まって、二人を見返した。


「……おはようございます」


 リナリアが先に挨拶した。兵士二人が顔を見合わせた。それからどちらか一方が、小さな声で「おはようございます」と返した。リナリアはそれを聞いてから、カイトに続いて歩き始めた。


「……挨拶は通じましたね」


「当然です。魔物も人語を使います」


「……知っていましたが、実際に聞くと少し違います」


「そういうものです」


「……治癒をするとき、相手が魔物でも同じように使えるのでしょうか」


「確認が必要です。人間と魔物で浄化の術の効き方が違う場合は調整が必要になります。ただ、術の性質上は問題ないはずです」


「……やってみないとわからない、ということですか」


「そうです。ここには試せる環境があります」


「……そうですね」


 リナリアがそれを受け取って、またしばらく黙って歩いた。


 兵舎の前を通りがかった時、ダルゴが廊下の角から出てきた。リナリアを見て、止まった。


「……あの、食べませんよね」


 リナリアがダルゴを見た。それからカイトを見た。


「食べません」


 ダルゴが大きく息を吐いた。


「……よかったであります」


「ダルゴ。挨拶」


「は、はい! 兵站部所属、ダルゴと申します! 以後よろしくお願いします!」


「……リナリアです。よろしくお願いします」


「……人間のお方なんですね。生まれて初めて近くで見ました」


「私も……魔物の方と話したのは初めてです」


「……本当に食べませんよね?」


「ダルゴ」


「失礼しました!」


 ダルゴが走って去っていった。リナリアがカイトを見た。


「……あの方は」


「兵站部所属です。業務は真面目です」


「……怖くはないですが、少し不思議な方ですね」


「慣れます」


---


 医療部門のための部屋は、砦の南棟に確保してあった。もともと倉庫として使っていた部屋を空けた。窓が二つあり、採光は問題ない。広さは十分だ。


「ここが医療部門です。現時点では何もありません」


 リナリアが部屋の中を見回した。空の棚と、机一つと、椅子が二つあるだけだ。


「……本当に何もないですね」


「三日以内に必要なもののリストを出してください。調達します」


「三日以内、ですか」


「業務開始を早めたい場合はもっと早くても構いません」


 リナリアはもう一度部屋を見回した。


「……これは、かなり非効率です」


「どの点が」


「全部です。薬品棚がないと浄化の準備が非効率です。診察台がないと治癒の精度が下がります。記録用の書架もないと後でわからなくなります。治癒後の経過管理もできない」


「では、改善案を三日以内に出してください」


「……三日で出します」


「お願いします」


---


 部屋を出た後、廊下でゴルに声をかけた。


「リナリアの呼称を全部署に統一しておけ。リナリアでいい。部門長だ」


「承知しました。……聖女殿、という呼び方はやめますか」


「本人が聖女を名乗っているわけではない。業務上は部門長が正しい」


「……なるほどであります」


 ゴルが書類に書き込んだ。


---


 夕方、カイトはルシフェラの執務室に報告に上がった。


「ラーゴスの物流ギルド立ち上げと、医療部門の着任が本日完了しました」


「……人間が来るとは」


「採算が合う人材です」


「……聖女とは何者だ」


「浄化魔法の使い手です。治癒・農地浄化・素材除染の三分野に対応できます。月50万Gの市場価値があります」


 ルシフェラがしばらく黙っていた。


「……魔王軍に来て、問題はないのか」


「本人が判断して来ています。問題の有無は来てみてからわかります」


「……続けよ」


「以上です」


 カイトは執務室を出た。


---


 執務室を出て廊下を歩いていると、製造棟の方からシルヴィアが出てきた。カイトを見て、少し立ち止まった。


「……聖女が来た」


「はい。今日着任しました」


「……魔王軍に人間が来るとは思わなかった」


「採算が合う人材です」


「……部門長というのは、本当か」


「本当です。医療部門を立ち上げてもらいます」


 シルヴィアが少し考えた。


「……邪魔はしない。ただ、何かあれば言え」


「承知しました」


 シルヴィアが製造棟に戻っていった。


---


 夜になって、ゴルが声をかけてきた。


「長官。聖女殿、食堂で少し困っておりました」


「何が」


「……見ているものが全部魔物なので、どこに座ればいいかわからなかったようです」


「どうした」


「ダルゴが席を案内しました。『ここに座れば誰も食べませんよ』と言っておりました」


 カイトは少し間を置いた。


「リナリアは今どこにいる」


「自室です。荷物の整理をしているようです」


「食事は」


「ダルゴが持って行きました。残りは完食されたようです」


「そうか」


「……リナリア殿は、夕食が終わった後、医療部門の部屋に戻ってメモを書いていたようです。ダルゴが様子を見に行ったら、そうだったとのことで」


「三日以内の改善案を早速作り始めたということか」


「……そのようです。ダルゴが『お手伝いしますか』と声をかけたら、『今日は大丈夫です』と言われたそうです」


「そうか。問題ない」


 カイトはゴルへの確認事項を切り上げた。


「ゴルに一つ聞く」


「はい」


「ダルゴが今朝、荷物を運ぶ手伝いをしたと聞いたが」


「……はい。リナリア殿の荷物が少なかったので声をかけたそうです。リナリア殿は『必要なものはここで揃えます』と言ったとのことで、ダルゴが感激しておりました」


「なぜ感激するんだ」


「……ここに来る気持ちがあると受け取ったようです」


「単純に合理的な判断だ」


「……長官には合理的に見えても、ダルゴにはそういう意味に見えたということで」


 カイトは少し間を置いた。


「わかった。問題ない」


「リナリア着任の件、他の部署に通知は出ているか」


「ガルガンさん以外の四天王には通達済みです。ガルガンさんは遠征中なので、帰還後に改めて」


「わかった。問題があれば報告しろ」


「承知しました」


 ゴルが下がった後、カイトは今日の動きを整理した。医療部門はゼロから始まる。リナリアが三日で出す改善案次第で、初期の体制が決まる。浄化魔法の工業転用については、まだ話していない。着任初日に全部話す必要はない。業務に慣れてから、順序を見て話す。


 ゴルが下がった後、カイトはもう一度今日の動きを振り返った。リナリアは怖がらなかった。正確に言えば、怖さより観察が先に出ていた。挨拶をして、返ってくるかどうかを確かめて、返ってきたら次に進んだ。ダルゴの「食べませんよね」という言葉にも、慌てずに「食べません」と答えた。そのままの意味だとわかって答えた、ということだ。


 今夜からメモを始めているということは、動き始めるのは早い。三日以内というより、明日には大半ができているかもしれない。


 今日の着任は予定通りだった。リナリアは初日を終えた。明日から業務が始まる。



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