第24話 物流ギルド設立
翌朝、商人ギルドに着いたのは開館と同時だった。
昨日の若い担当者が出てきた。今日は後ろに壮年の男が一人ついている。肩幅が広く、細い目をしていた。ギルドマスター代理だと名乗った。
「昨日、担保の話をされたとのことですが」
「はい。採掘収益の月次証明書と純度証明書を持参しました」
カイトは資料を三点、机の上に並べた。ギルドマスター代理は一枚ずつ手に取った。眉を動かさずに数字を追っている。読み慣れた目だとわかった。
「……採掘回収率、43%。純度82%か」
「上層部の確認値です」
「……どこの鉱山だ」
「魔王領北部山岳です」
ギルドマスター代理が手を止めた。目線がカイトに戻った。
「……魔王軍の、人間か」
「財務長官です」
短い沈黙があった。
「……物流ギルドを作ると言ったそうだが」
「はい。既存の商人ギルドには入りません。別に設立します。魔物の輸送能力を使った物流専門の組織です」
「……うちとは競合するつもりか」
「競合する領域が違います。深夜・悪天候・重量物の三領域に特化します。既存のギルドが手を出しにくい部分です」
ギルドマスター代理は資料に目を戻した。しばらく黙っていた。
「……場所は」
「ラーゴスにギルド事務所を置きます。今日中に物件を押さえる予定です」
「……今日中か」
「はい」
また間があった。ギルドマスター代理が資料を閉じた。
「……干渉はしない。ただし、うちの取引先を横から取るようなことがあれば話は別だ」
「領域を分けます。書面で確認しますか」
「……いらない。口で十分だ」
カイトは頷いた。交渉は終わった。妨害ではなく棲み分けの確認で終わった。
ギルドマスター代理が資料を返しながら言った。
「……深夜輸送か。うちは手が回らん領域だ」
「はい。そこに入ります」
「悪天候もか」
「荷物が濡れては困るという依頼者は多いです。魔物の体格は人間より荷に強い。悪天候でも稼働できるのは強みになります」
「……なるほどな」
ギルドマスター代理は腕を組んだ。何かを考えているというより、整理しているような間だった。
「……それで、物流ギルドの責任者は誰だ」
「南方補給長のフォルカです。今日の午後に到着します」
---
ギルド本部を出ると、ゴルが外で待っていた。
「……どうでありましたか」
「妨害はなかった。棲み分けで落ち着いた」
「……あの代理の方は、数字が読める方でしたか」
「読める。だから話が早かった。読めない人間だったら別の手順が必要だった」
「……なるほどであります。では今日中に物件を」
「ああ。案内を頼む。昨日、東区画の外れに空き物件があったはずだ」
「……目をつけておりました。こちらです」
---
物件は東区画の外れにある石造りの倉庫だった。建物の状態は良い。広さは十分で、夜間も人が入れる構造だ。道路に面した側に大きな搬入口がある。深夜輸送の拠点としては問題ない。
家主は初老の男だった。ゴルを一瞥したが顔色は変えなかった。カイトが契約の条件を確認した。月の賃料、使用期間の下限、近隣への通達の有無。
「魔物が出入りするが、問題はないか」
「深夜も動くので騒音が出るかもしれません」
「……夜中の荷運びなんぞ、以前の借り主もやっておりましたよ。慣れています」
「それなら問題ない。契約します」
一通り確認して、その場で署名を済ませた。
「鍵を持っておけ」
「承知しました」
ゴルが鍵を受け取った。倉庫の中を一通り見て回った。
「……荷さばきのスペースは広いでありますね」
「フォルカが確認する。問題があれば改修する。ひとまず拠点としては使える」
---
フォルカが到着したのは昼を過ぎた頃だった。
一人だった。砦からラーゴスまで単独で移動してきたらしい。羽を折りたたんで、長いコートを着ている。荷物は最小限だ。
「遅かったか」
「いや。予定通りだ」
フォルカはゴルと倉庫の前に立った。建物の外観を上から下まで確認した。入口の幅を手で測るように確認した。羽が一度だけ動いた。それから止まった。
「……中を見せてくれ」
「どうぞ」
三人で倉庫に入った。フォルカは壁を叩いてみた。床の段差を確認した。天井の高さを目で測った。荷さばきの台が置けるかどうか、搬出口の向きはどうか、細かく確認していく。
ひと通り見終わって、フォルカが言った。
「……搬出口を一つ増やした方がいい。南側の壁だ。深夜に荷を出し入れするなら、出口が二方向あった方が混雑しない」
「改修費はどれくらいかかるか」
「石造りだから大工に頼む必要がある。銀貨十五枚前後だろう」
「やれ」
「……わかった」
「他には」
フォルカが床の一点を踏んでみた。微妙に沈む箇所がある。
「……ここの床板が弱い。重量物を扱うなら補強が必要だ」
「一緒に大工に頼め」
「……それから、夜間に灯りが必要だ。今の窓では月明かりだけでは足りない。魔石の照明を三点ほど入れた方がいい」
「魔石は砦から送れる。手配しておく」
「……わかった」
フォルカは少し間を置いた。羽が、ゆっくりと落ち着いていった。砦での補給ルート管理で使っていた知識が、今度は自分の組織の設計として動いている。誰かに指示された形ではなく、自分が判断している。その違いが確認できれば、それで十分だったらしい。
「……初回の契約はいつだ」
「今日中に一件、確保してある。明日、詳細を話す」
「……そうか」
---
夕方、近くの商店から小さな荷物を一点、倉庫まで運ぶ契約を取ってきた。
報酬は銅貨二枚だ。金額は問題ではない。領収書と輸送記録が残ることが大事だった。ラーゴスにおける物流ギルドの最初の取引記録になる。
フォルカが記録書に署名した。羽が静かに揺れた。
「……これで、ギルドの記録が始まる」
「そうだ」
「……小さい」
「最初はそうだ。記録が積み重なれば、信用になる。信用が積み重なれば、取引が増える。テルファ村との契約も最初は麦袋三袋だった」
フォルカは少しだけ目を細めた。
「……麦袋三袋から始めたのか」
「そうだ」
「……わかった」
それだけ言った。多くを言わないのはフォルカの性質だ。しかしその目線が、今夜この倉庫に残って記録の整理をするつもりだということを示していた。
カイトとゴルは宿に向かった。フォルカは倉庫に残った。
宿への道を歩きながら、ゴルが言った。
「……フォルカ様は、ずいぶんと細かく確認されましたね」
「補給ルートを長年管理してきた人間だ。輸送の問題点が目に入るようになっている」
「……以前は、その知識を正しくない方向に使っておられましたね」
「そうだ」
「……それが今は」
「自分のギルドの設計に使っている」
ゴルは少し考えた。
「……搬出口の話や、床の補強の話は、長官は気づいていなかったでありますか」
「倉庫の欠点は把握していた。ただ、どう直すかの具体案は現場の人間の方が正確だ。だからフォルカに任せた」
「……任せることも、仕事でありますか」
「判断が必要な場面と、任せた方がいい場面がある。それを区別することも仕事だ」
「……なるほどであります」
宿に着いた。翌日のゴルへの指示を簡単に伝えてから、カイトは部屋に入った。次の目的地の資料を開いた。ラーゴスから半日ほどの距離に、聖王国の教会がある。ゴルが情報網を通じて入手してきた聖女に関する資料が、書類袋の底に入っている。
浄化魔法を持つ聖女が、朝から晩まで報酬なしで働いているという話だった。資料だけでは確認できないことがある。人材の価値は現地で【資産鑑定】をかけて初めて正確な数字が出る。明後日、現地に行く。




