第22話 鉱山、初稼働
フォルカからの書面が届いたのは、昼を過ぎた頃だった。
ゴルが執務室に持ってきた。封を開けると、紙が三枚折りになって入っていた。輸送路整備の完了報告と、初回採掘・輸送の実績記録、それから採掘コストの内訳書だ。文章は少ない。数字が多い。フォルカの書き方はいつもそうだった。
「読んだか」
「まだでございます」
「じゃあ待て」
カイトは書類を広げた。【経理】で数字を確認する。初回採掘量。輸送日数は予定より半日速い。コストの内訳が項目ごとに分かれていて、余計な情報がない。
「ゴル。以前の鉱山の採掘回収率は何%だったか」
「……計測された数値は、市場価値の15%以下であります」
「今回の実績はここに出ている。読んでみろ」
ゴルが書類を覗き込んだ。しばらく数字を追った。
「……43%でありますか」
「そうだ」
「……かなり、上がりましたね」
「盗掘が止まった分が全部こちらに回ってきた。それだけのことだ。鉱脈の能力自体は何も変わっていない」
「……以前から、ここにあったのでありますね」
「そうだ。取られていただけだ」
ゴルは少し間を置いた。それから、思い出したように口を開いた。
「……ゴルが砦に来てから、鉱山のことは知っておりましたが、採掘はされていないものとばかり思っておりました」
「帳簿には出ていなかったからな」
「……帳簿に出ていないものは、ないのと同じでありますか」
「存在はする。ただ把握されていない。把握されていないものは管理できない。管理できないものは改善できない」
「……帳簿をつけるのは、そのためでありますか」
「そうだ」
「……盗掘の者たちは、それを知っていたのでありますか」
「知っていて続けていた者と、なんとなく続けていた者と、両方いたと思う。どちらにしても帳簿の記録には残らなかった。残らないから続けられた」
「……帳簿は、正直でありますね」
「帳簿じゃない。数字が正直なんだ」
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採掘コストの内訳書を確認した。採掘作業員の人工、使用資材の単価、輸送に使う荷馬の飼料費まで日付ごとに記録されている。フォルカが設計した迂回ルートの総コストが、直線ルートの修繕想定コストを確かに下回っている。
「フォルカの迂回案の計算が正確だった」
「……書類の数字が合っているということでありますか」
「合っている。それだけでなく、迂回案を出した根拠が書類に書かれた通りだったということだ。路面の状態も、季節ごとの誤差も、現地に出て自分で確かめたものが数字に出ている」
「……フォルカ様は現場が合っているのでありますね」
「そうだ。外に出た方がいい仕事をする」
カイトはもう一枚を引き寄せた。こちらはヴェイルからの報告書だ。採掘資材管理の月次記録。仕入れ量・消費量・在庫残高と、各品目の取引先と単価が横に並んでいる。
「これはいつ着いた」
「フォルカ様の書面より先に届いておりました。ヴェイル様から直接でありますね」
カイトは一行ずつ目を通した。記録の単位が揃っている。日付の抜けがない。品目ごとの差異を書き込む欄に、几帳面な字で注記が入っている。資材の消耗が予定より速かった品目には、理由が簡潔に添えてある。工具の一種が地盤の硬さで予想より早く摩耗した、とだけ書いてある。それで十分だった。
「記録が正確だ」
「ヴェイル様からの報告書です」
「わかっている」
書類を机の端に揃えた。ヴェイルはまだ鉱山にいる。本人は来ない。書面だけが先に届いた。かつて架空発注に使っていた調達の感覚が、今は正確な記録として出てきている。数字が見えているだけで、今は十分だった。
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ゴルに返信の下書きを頼んだ。
「フォルカへの返信を書いてくれ。輸送路整備の完了と初回稼働データを受領した旨、次回稼働スケジュールを今月中に提出するよう伝えること。それだけでいい」
「承知しました。……ヴェイル様にも返信を」
「同様の内容でいい。書類の精度が高かった、とだけ添えろ」
「……書類の精度が高かった、とだけでありますか」
「それだけだ」
「……承知しました」
ゴルが筆を持って書き始めた。カイトは手元に届いていた別の書類を確認しながら待った。採掘作業員の出勤記録だ。フォルカの書面に添付されていたもので、まだ詳しく確認していなかった。
作業員は二十七名だ。うち半数以上が、かつて盗掘に関与していた者の中から返済意向を示して残った人員だった。名簿の顔ぶれを確認すると、今は記録通りに稼働している。
盗掘の処遇が終わった時点では、このメンバーが正規の採掘に戻れるかどうかわからなかった。実際に数字として出てきた今になって、初めてその事実が確認できた。
「ゴル、書き終わったか」
「もう少しでございます」
「急がなくていい」
しばらく待った。ゴルが下書きを持ってきた。確認すると修正点は一行だけだった。
「これでいい。今日中に出しておけ」
「承知しました」
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夕方、カイトは謁見室に向かった。
「鉱山の初回稼働報告です」
ルシフェラは書類を受け取った。一頁ずつ目を通す。
「……採掘回収率、43%か」
「はい。整備前の15%以下から改善しました。盗掘の処遇を終え、輸送路が整備されたことで採掘量が正規化されています」
「盗掘を止めるだけで、これだけ変わるのか」
「漏れていたものを塞いだだけです。鉱脈の価値は最初から変わっていません」
ルシフェラは書類を返した。しばらく何か考えているような間があった。
「……この鉱山は、我の代になる前からここにあった」
「はい」
「……知らなかったのではなく、扱い方を知らなかったということか」
「正確にはその通りです」
カイトは付け加えなかった。ルシフェラが言葉を続けるかもしれない間があった。しかし続かなかった。
「……続けよ」
「次フェーズに入ります。鉱山収益を外部市場に接続するため、商業都市ラーゴスへの展開を進めます。今週中に現地調査を行います」
「ゴルを連れるか」
「連れます」
「……気をつけよ」
「はい」
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執務室に戻って、机の上のラーゴス資料を引き寄せた。三週間前から手元に置いてあるものだ。商業ギルドの組合員リストと、取引商材の傾向分析、それから市場規模の試算。
ラーゴスは聖王国との境界から南へ二日ほどの商業都市だ。人間と魔物の流入があるが、取引を仕切っているのは商人ギルドで、魔物側の正規の商業活動は制度上できない構造になっている。
制度の外から入ればいい。方法はいくつか考えてある。
ゴルを呼んだ。
「明後日出発する。支度しておけ」
「承知しました。お荷物は」
「書類袋一つだ。お前は行商人の格好で来い。顔の下半分は隠せ」
「……目立ちますか」
「多少は目立つ。問題が起きた時にどうするかが大事だ。目立つこと自体は問題じゃない」
「……承知しました。……長官は何か必要なものがあれば」
「砦に戻る前にラーゴスで調達できる。むしろお前の方がいろいろ必要だろう。考えておけ」
「……わかりました」
ゴルが出ていった。
カイトは資料に戻り、商人ギルドの規約書の頁を開いた。魔物に対する取引制限の条項が、三十六頁から始まっている。読み込むと、制限の根拠は「信用担保の欠如」とある。魔物には店舗資産がなく、契約不履行の際に担保がとれないという論理だ。
合理的な理由に聞こえる。だが「担保」の定義を変えれば話は変わる。砦の採掘収益は既に数字として出ている。それを担保として使えばいい。制度の穴を使う必要はない。制度の内側に正規の形で入れる。
制度の構造が分かれば、入り口が分かる。読み込みを続けた。松明の明かりが揺れて、紙の上の文字が静かに並んでいた。




