第16話 今のところは
修正計画の提出は、約束通り週内に済んだ。
鉱山開発の規模に合わせて第2年度以降の数値を組み直した資料を、カイトはルシフェラの前に置いた。数字は上振れしている。保守的に見積もっても、プレゼン時の試算を大幅に超える。
ルシフェラは書類を受け取り、一ページずつ読んだ。四天王は同席していない。今日の呼び出しは一対一だった。
「……数字は理解した」
「ご質問があれば」
「今はない」
ルシフェラは書類を机に置いた。指先がその上に止まる。
謁見室に静寂が満ちた。
カイトは次の言葉を待った。しかしルシフェラは動かなかった。窓の外を見ている。山の稜線が見えた。北部山岳の方角だ。
「……なぜ、この地に残ることにした」
ルシフェラが言った。
唐突な問いではなかった。どこかで出てくると思っていた問いだ。
「採算が合うからです」
カイトは答えた。
ルシフェラは窓から目を離さなかった。
「……それだけか」
「今のところは」
間を置かなかった。
ルシフェラが、かすかに動いた。カイトの方を見たわけではない。ただ、何かが変わった。窓の外を見ている目が、少しだけ違う角度になった。
しばらく沈黙が続いた。
「さて、まず整理から始めましょうか」
カイトが言った。
「……何の話だ」
「鉱山の管理体制です。盗掘の洗い出しから着手します。名前が出てきた者への対応は、別途確認します」
ルシフェラは書類に目を戻した。
「進めろ」
「はい」
カイトは一礼して、謁見室を出た。
廊下はいつも通りだった。
ゴルが壁際で待機している。書類の束を抱えて、カイトの顔を見た。
「終わりましたか」
「終わった」
「次は」
「執務室に戻る。今日中に着手する書類がある」
ゴルは小走りに並んだ。廊下を歩く。石の床に足音が響く。
仮設執務室に入ると、机の上に書類が積まれていた。昨日ゴルが整理した分だ。カイトは上から順に確認していく。
一番上は、各部門から提出された予算報告の初回分だった。ガルガンの北方軍、フォルカの南方補給、シルヴィアの魔導部門、ヴェイルの武具調達。四部門の数字が揃っている。
カイトはそれを横に置いた。
次の書類を手に取った。白紙だ。ペンを取る。
次に動かすべきは、四天王の粛正準備だ。横領の実態は把握している。問題は、誰をどの順番で、どういう形で処理するかだ。一人ずつ潰すのか、一度に動くのか。動かす順番を間違えると、組織の機能に穴が開く。
ペンを走らせる。
名前を書く。ガルガン。フォルカ。シルヴィア。ヴェイル。
四人の名前の下に、横領額と担当業務と代替手段の可否を並べていく。数字を見ながら、処理の順番を考える。感情は関係ない。組織の安定を崩さない順番で動く。それだけだ。
松明が揺れた。
外が暗くなっていた。ゴルが新しい松明を持ってきて、交換していく。茶を机の端に置く。何も言わなかった。
カイトは名簿から目を離さなかった。
砦に来てから、ひとつの区切りがついた。
数字を出した。構造を変えた。鉱脈を見つけた。財務長官になった。
それだけでは終わらない。組織の膿は、まだ残っている。
ペンを走らせ続けた。
窓の外に、星が出ていた。




