第14話 魔石鉱山の発見
北部山岳は、砦から半日かけて歩く場所にあった。
道と呼べるものはない。獣道を辿り、岩肌を登り、低木の間を抜けていく。ゴルが先導していた。地図は持っていない。この地形は足で覚えるものだという。
「人は来ないのか」
「来ないであります。昔から魔力が濃くて、魔力耐性が魔物より低い人間は、寄りつかない場所でありますから」
「魔物は」
「棲みついていないであります。魔石が地層に混じっているせいか、生き物が定住しにくい土地でして」
魔力耐性と聞いて、自分はなぜ平気なのかとカイトは疑問に思う。
そして、魔力ゼロの体質を思い出す。おそらく、魔力を持たないカイトにとっては、魔力の濃淡は身体に何の影響も及ぼさないのだろう。
(悪いことばかりではないか)
そう1人考えていると、岩の色が変わり始めた。灰色から、暗い青みを帯びた色へ。地面を踏むたびに、わずかな振動が足の裏から伝わってくる。
(これが……魔石の層か)
カイトは足を止めた。目で地形を追う。露頭している岩盤の断面に、細い光の筋が走っている。魔石の露出だ。
「この岩盤、どのくらいの範囲がある」
「詳しくは知らないでありますが、この山の稜線のほぼ全域だと聞いておりまして」
カイトは岩壁に手を触れた。
「【資産鑑定】」
発動した。
前回と同じ反応が来た。数値が出てこない。スキルが何かを示そうとしている感触はある。しかし計測範囲を超えている。
(また上限か)
しかし今回は違う手応えがあった。数値は出ないが、方向は示している。スキルが測定しようとして、測定対象が広すぎて処理しきれていない状態だ。
カイトは岩壁から手を離し、斜面を登り始めた。
「長官、どちらへ」
「頂上まで行く」
「……険しいでありますが」
「測定範囲を変える」
稜線まで出ると、視界が開けた。北部山岳の全容が見渡せる。連なる峰々、露出した岩盤、谷を埋める暗い石の層。
カイトは両手を広げた。
「【資産鑑定】」
今度は違った。
スキルが展開された。頭の中に数値の流れが走る。広域測定だ。山塊全体を一度に読み取ろうとする。処理に数秒かかった。
そして数字が出た。
(……待て)
カイトは目を閉じた。数値を確認する。もう一度確認する。
間違いではなかった。
埋蔵量:通常単位では表記不可。魔石換算で聖王国の年間魔石消費量の……
(桁が、合わない)
計算を組み直した。現在の聖王国の経済規模と照らす。3年以内に開発可能な分だけでも、聖王国アルベリアの現在のGDPを上回る規模だ。
風が吹いた。カイトはしばらく動かなかった。
「……長官?」
「少し待ってくれ」
数字を整理する。興奮を先に動かすと計算がずれる。落ち着いて処理する。
開発可能量。輸送コスト。精製コスト。外部市場への供給可能量。ラーゴスへの初回取引量の試算。
数字が並んでいく。
(3カ年計画の想定を、大幅に上回る)
プレゼンで提示した第2年度の数値は、鉱山開発を「可能性のある施策」として保守的に見積もっていた。しかし実際の埋蔵量は、その試算の前提を根底から変えてしまう規模だ。
カイトは岩盤の先を見た。
「ゴル、この山に採掘の跡はあるか」
「あります。古いものでありますが、少し下った谷に」
「案内してくれ」
谷に降りると、崩れかけた坑道の入口があった。支柱が腐りかけている。中は暗く、奥まで見えない。しかし壁面の削り跡は新しいものと古いものが混在していた。
「【資産鑑定】」
坑道内の採掘跡に向けて発動する。スキルが示した数値は、削り取られた量と残存量の比率だ。
(回収率……15%以下)
計算が合わない。この鉱脈の規模で15%しか回収できていないのは、技術的な問題ではない。採掘自体がほぼ行われていないということだ。いや、正確には。
(組織的な採掘ではなく、個人の盗掘か)
坑道の複数箇所に、小さな削り跡が散らばっていた。一人か二人で少しずつ掘ったような跡だ。系統的ではない。記録に残らない形で、誰かが魔石を持ち出していた。
「この坑道、誰か使っているか」
「……わからないであります。管理している者がいないので」
「そうか」
カイトは坑道を出た。斜面の風が顔に当たる。
これだけの規模の鉱脈が、200年以上手つかずに放置されていた。管理されず、記録されず、組織的に開発されることもなく。その間、盗掘者が少量を横流しし続けていた。
(聖王国は、この規模を知らない)
知っていれば、封鎖の理由に鉱業利権を加えるだけでなく、直接侵攻していたはずだ。魔王領側も把握していない。ルシフェラは魔石鉱脈の存在を知っていても、その規模は知らなかった。
(これは、計画を組み直す必要がある)
「ゴル」
「はい、長官」
「今夜はここで野営する。明日の朝、帰る」
「承知しました」
「帰ったらすぐ陛下に報告する。内容は道中に整理する」
ゴルは岩に腰を下ろし、携帯食を取り出した。空を見上げる。山の上の空は、砦より星が多かった。
カイトは岩壁に背を預けた。数字を頭の中で動かし続けた。
3カ年計画は保守的な試算だった。しかし手元にある情報が変わった。計画の前提が変わる。数字を組み直す必要がある。
それは問題ではない。より大きな数字が見えたということだ。
(……想定外、ではあるが)
夜風が吹いた。松明の炎が揺れた。カイトは目を閉じて、翌日の報告の構成を考え始めた。




