第13話 財務長官、就任
謁見室に、四天王が揃っていた。
朝の召集だった。理由は告げられていない。ガルガンは腕を組み、フォルカは羽を閉じ、シルヴィアは杖を持ったまま立っている。ヴェイルだけが、扉の方に目を向けていた。
カイトが入室した。
昨日と同じ位置に立つ。手には昨夜作成した書類の束がある。
ルシフェラが玉座から立ち上がった。四天王の視線が集まる。ルシフェラが立つのは珍しい。謁見室の空気が変わった。
「本日付で、このカイトを魔王軍財務長官に任命する」
声は静かだった。しかし謁見室の隅まで届く声だった。
「財務に関する事項においては、四天王と同等以上の権限を持つ。帳簿・予算・収支に関わる一切の決定は財務長官の管轄とする。四天王はこれに従え」
一拍置く。
「以上だ」
ルシフェラは玉座に戻った。
謁見室が静まった。
「……同等以上とはどういう意味だ」
ガルガンが言った。
「言葉の通りだ」
ルシフェラが答えた。それ以上を語る気がない口調だった。
「財務の範囲については全権を持つということです」
カイトが続けた。
「捕虜風情が……」
「元捕虜です」
カイトはガルガンの方を向いた。
「財務に関する指示には従っていただきます。それ以外の領域には踏み込みません。ただし帳簿を動かす権限は私にあります。ガルガンさんの北方軍の予算執行も、今日から私の承認が必要です」
ガルガンの目が細くなった。
「貴様――」
「北方軍の食料調達費、先月分から確認させていただきます。明日までに数字を出してください」
ガルガンが口を開いた。しかし言葉が出なかった。
フォルカが静かに言った。
「補給の予算についても同様か」
「同様です。南方補給の月次報告、今週中に書式を渡します。そちらの形式に統一してもらいます」
「……承知した」
フォルカは短く答えた。ガルガンが横目でフォルカを見た。
「魔導部門の研究費についても確認が入るということか」
シルヴィアが言った。
「入ります。研究費の内訳を来週中に提出してください」
「……ふん」
杖が床を叩いた。しかしシルヴィアはそれ以上言わなかった。
ヴェイルは腕を組んだまま、カイトを見ていた。
「武具調達費についても同様です。ヴェイルさんの部門から月次の調達記録を月初に提出していただきます」
「わかった」
ヴェイルが静かに言った。四天王の中で最も早い返答だった。
カイトは書類束から一枚を取り出した。
「各部門への書式と提出期限の一覧です。ゴル」
「はい、長官」
扉の外で待機していたゴルが入室した。四天王の分の書類を受け取り、一人ずつ手渡していく。
ガルガンが「長官」という呼称に眉を動かした。しかし何も言わなかった。
「では、始めます」
カイトは四天王を見渡した。
誰も反論しなかった。
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深夜になっていた。
仮設執務室に、松明の光だけが揺れている。机の上に書類が広がっていた。各部門の予算構造の洗い出し、第1年度の事業計画の数値、収支見直しのたたき台。昨夜から続けている作業だ。
扉が開いた。
「……長官」
ゴルが立っていた。手に茶を持っている。
「まだやるのでありますか」
「終わらせることがある」
「就任初日であります」
「だから初日のうちに形を作る」
ゴルは机の端に茶を置いた。それから、少し間を置いて言った。
「残業禁止は、今日からではなかったでありますか」
カイトは手を止めた。
「……指揮官は初動で遅れを出せない。経営判断だ」
「……」
「明日から守る」
「昨日も同じことを言っていたでありますが」
「明日から守る」
ゴルはしばらく黙っていた。それから小さく息を吐いて、扉に向かった。
「ゴル」
「はい」
「明日の朝、北方軍の食料調達費の記録を持ってきてくれ。ガルガンから来る前に数字を把握しておく」
「……承知しました、長官」
ゴルが出ていった。扉が静かに閉まる。
カイトは茶を一口飲んでから、書類に向き直った。
財務長官、就任。
今夜が本当の初日だ。




