第12話 就労条件の交渉
プレゼンが終わった翌日だった。
謁見室に、四天王が揃っていた。ルシフェラは玉座に座っている。昨日の資料はすでに片付けられていて、壁には何も貼られていない。
「本日は就労条件を提示します」
カイトは一枚の紙を取り出した。
「……条件」
ルシフェラが繰り返した。
「はい。正式に雇用される前に、確認が必要な事項です。4点あります」
紙を広げる。
「①財務に関する全権委任、②成果報酬制の適用、③処刑権の一時停止、④残業禁止。以上です」
謁見室が静まった。
ガルガンが腕を組んだ。シルヴィアの杖の先が床を叩く音がした。フォルカは羽を開いたまま固めている。ヴェイルだけが、無表情でカイトを見ていた。
「①から説明します。財務に関する決定において、四天王の承認なしに執行できる権限が必要です」
「貴様が我々より上に立つということか」
ガルガンが言った。
「財務の範囲に限った話です。北方軍の用兵や戦略には一切関与しません。ただし、収支に関わる発注・契約・予算の執行については、一括して権限を持つ必要があります。承認プロセスを経ると意思決定が遅れます。財務改善はスピードが要ります」
「……財務の範囲のみ、ということか」
ルシフェラが言った。
「採用・解雇・軍事行動の決定権は従来通りです。動かすのは帳簿に関わる部分だけです」
ルシフェラは指先を顎に当てた。しばらく沈黙があった。
「次、②」
促すように言う。
「成果報酬です。固定給ではなく、改善した利益率に連動した報酬体系を希望します。利益率がマイナスのままであれば報酬はゼロです。改善分の一定割合を受け取ります。割合については別途、数字を出します」
「報酬を要求するのか」
シルヴィアが言った。
「タダ働きをするつもりはありません。ただし、成果が出なければ私は何も受け取れない契約です。組織にとっては損のない条件のはずです」
シルヴィアは杖を持ち直した。反論が出てこない顔だった。
「③処刑権の一時停止です」
カイトは続けた。
「3カ年計画の進行中は、私への処刑執行を停止していただく必要があります。計画の途中で排除されると改善が止まります。組織にとっての損失です」
「……保身か」
フォルカが言った。短く、平坦な声だった。
「保身です。ただし、成果が出なければ条件は失効します。3年後に利益率プラス370%に届かなければ、どう判断していただいても構いません」
謁見室に沈黙が落ちた。
ヴェイルが腕を組んだ。ガルガンは壁に目を向けている。
ルシフェラが静かに息を吐いた。
「最後の④」
「残業禁止です」
間が開いた。
「……残業禁止?」
ガルガンが繰り返した。聞き間違えたような顔だ。
「魔王軍に残業という概念は……」
「今から導入します」
カイトは続けた。
「過労による判断ミスは組織の損失です。財務担当者が疲弊した状態で数字を動かすと、ミスが積み上がります。規則的な休息を確保することで、長期的な業務品質を維持します」
ガルガンが何か言いかけた。口が開いて、閉じた。
「魔王軍の兵士も対象ですか」
フォルカが聞いた。
「財務業務に関わる部分については対象です。それ以外は別途検討します。まず私の業務から始めます」
「……検討、か」
フォルカが羽を一度開いて、閉じた。
四天王は誰も反論しなかった。概念が新しすぎて、反論の形が作れていない顔だった。
ルシフェラが玉座でしばらく動かなかった。目が紙の上を動いている。
「①から④、全て聞いた」
「はい」
「全権委任は財務の範囲に限定する。成果報酬の割合は詳細を出せ。処刑権の停止は条件付きで認める。残業禁止は……」
一拍置く。
「……構わん」
ガルガンが何か言いたそうな顔をした。しかしルシフェラがそちらに目を向けると、口を閉じた。
「就任はいつだ」
「明日からお願いします」
「明日か」
「今日中に権限委譲の確認書、成果報酬の計算式、業務範囲の定義書を作ります。口頭合意だけでは後で解釈のズレが生じます」
「……書類」
ルシフェラが繰り返した。その表情が、かすかに変わった。驚きではなく、確認するような目だ。
「魔王軍に書類の運用がないわけではありません。記録として残す必要があります」
「……抜かりがないな」
ルシフェラが静かに言った。皮肉でも称賛でもない。ただの観察だった。
「明日、就任を宣言する。準備しておけ」
「承知しました」
カイトは一礼した。
謁見室を出るとき、背後でガルガンが何かを言う声が聞こえた。ルシフェラが何も答えなかった。
廊下に出ると、ゴルが壁際に立っていた。
「……うまくいったでありますか」
「条件が通った」
「残業禁止も、でありますか」
「残業禁止も」
ゴルはしばらく黙っていた。
「……それは、ゴルにも適用されるでありますか」
「財務業務に関わる範囲では」
「……」
ゴルは何か言いたそうな顔をして、やめた。書類の束を抱え直して、小走りに執務室へ向かった。
カイトはその背中を見てから、廊下を歩き始めた。
今日中に書類を作る。就任は明日だ。




