第九十四話「祝祭の準備と、全員参加のお祭り」
バベル・ガーデン、大会議室。
普段は重苦しい予算会議や、深刻な魔物対策会議が行われるこの場所に、今日は色とりどりの紙吹雪のような熱気が舞っていた。
「諸君!時は来たれり!」
バァンッ!
扇子が高らかに開く音が響く。
壇上でスポットライト(魔法照明)を一身に浴びているのは、娯楽部長オズワルドだ。
「修復工事の完了間近、そして新憲章の発布。…これらを祝わずして、何が人生か!何がバベル・ガーデンか!」
彼はくるりと回転し、マントを翻した。
「開催決定である!この塔の総力を結集した、史上最大にして最強の宴――名付けて『バベル祭』!!」
オズワルドの演説に、円卓の幹部たちがニヤリと笑う。
彼らは元・魔王軍や元・勇者といった荒くれ者だ。
祭りと聞いて血が騒がないわけがない。
「ククク…。いいだろう、参謀殿。…いや、今は総合演出家オズワルドよ」
魔王ガルシスが腕を組む。
「派手なのがいいな。…夜空を焦がすような、極大の熱量が欲しい」
「食い物だ。祭りに必要なのは、胃袋の限界を超えさせる暴力的なカロリーだ」
ヴォルグが鼻息を荒くする。
「よし!では各部署、プランを提出せよ!予算は…ルミナ殿?」
「…はぁ」
ルミナは呆れたように溜息をついたが、その手はすでに電卓を叩いていた。
「今回は特別です。…『祝賀予算』の枠組みで、出し惜しみはしません。派手にやりなさい」
「素晴らしい!流石は我らが鉄の女!」
オズワルドは指を鳴らした。
「さあ、野郎ども!準備にかかれ!開催は三日後だ!」
◆◇◆◇◆
翌日から、バベル・ガーデンは蜂の巣をつついたような騒ぎになった。
第一層、中央広場。
ここはメイン会場となる場所だ。
「おいコラァ!屋台の骨組みが歪んでるぞ!直角だ!直角に組め!」
カンカンカンッ!
総料理長ヴォルグが、食材ではなく金槌を握って指揮を執っている。
「今回の目玉は『全大陸味巡り』だ!東方の麺料理、西方のパエリア、南国のトロピカルジュース!百種類の屋台を並べるぞ!」
「料理長!リヴァイアサンの燻製、仕込み完了です!」
「よし!次はクラーケンのたこ焼きだ!鉄板を熱せ!」
厨房部隊の殺気にも似た熱量。
その横では、牧場長アレクセイがスライムたちと特訓中だ。
「いいかい、みんな!音楽に合わせて変形だ!パチ子、クライマックスで放電!」
『ぴゅいッ!』
「そうだ!そのタイミングだ!…ああっ、キング!分裂しちゃダメだ!」
プルプルと震えるゼリー状の生物たちが、健気にフォーメーションを組んでいる。癒やしの空間だ。
一方、ボイラー室のある中層テラスでは。
「火薬の配合比率、再計算!魔力充填率一二〇%!」
魔王ガルシスが、巨大な筒のような装置――魔導花火の発射台を撫で回している。
「フハハハ!見せてやるぞ!夜空に咲く、灼熱の芸術を!…おいドルフ、安全装置は外しておけ」
「へいへい。…事故っても知りませんぜ、ボス」
危険な香りがプンプンするが、誰も止めない。
祭りの準備とは、理性を少し手放す作業だからだ。
◆◇◆◇◆
そんな喧騒の中。
オズワルドは、バインダー片手に会場を巡回していた。
「…ふむ。悪くない」
彼の目に留まったのは、広場の隅で練習をしている一団だった。
マルコや、オークのゴーグたちだ。
「おう、ロミオ!そこはもっと感情込めろって!」
「うるせぇ!お前こそジュリエットの裏声がキモいんだよ!」
彼らは手作りの衣装を着て、演劇の練習をしている。
以前オズワルドが指導した演目だが、今回は兵士たちの自主企画だ。
「…下手くそだな」
オズワルドは苦笑した。
発声はなっていないし、動きもぎこちない。
だが、その表情は真剣で、何より楽しそうだ。
「だが、それがいい」
プロの洗練された芸ではない。
汗臭く、泥臭い、手作りの情熱。
それこそが、この「バベル祭」に相応しい演し物だ。
「頑張りたまえよ、諸君。…期待している」
オズワルドが声をかけると、兵士たちは「うおっ、部長!?」と驚きつつも、ニカっと笑って敬礼した。
その時。
ドタドタドタッ!
慌ただしい足音が近づいてきた。
「――オズワルド!」
飛び込んできたのは、エプロンドレスの少女――大家、真音だ。
頭の上には白い毛玉が乗り、熊耳が興奮で激しく揺れている。
「おや、大家様。いかがなさいました?」
「いかがもなにもないわよ!」
真音は頬を膨らませ、オズワルドに詰め寄った。
「みんな楽しそうに準備してるじゃない!ヴォルグは味見させてくれないし、ガルシスは『危ないから近寄るな』って言うし!」
「ははあ。…さては、寂しくなりましたか?」
「ち、違うわよ!私もやりたいの!」
真音はビシッと指を立てた。
「私も何かやる!出し物!…大家特権で、一番目立つやつ!」
オズワルドは眼鏡を押し上げた。
予想通りの展開だ。
このお祭り好きの主が、黙って見ているはずがない。
「承知いたしました。…実は、大家様のための『特等席』をご用意しております」
「特等席?」
「はい。…祭りの幕開けを告げる、最重要任務です」
◆◇◆◇◆
そして、祭りの前夜。
準備は整った。
広場には数百の提灯(魔石ランプ)が吊るされ、屋台からはすでにいい匂いが漂っている。
第七五〇層、控え室。
真音は、オズワルドから渡された台本を読んでいた。
「『開会宣言』…これだけ?」
「これだけ、ではありません」
オズワルドは真剣な顔で言った。
「祭りの成否は、最初の『号令』にかかっています。数千人の観衆の心を掴み、熱狂の渦へと叩き込む。…それができるのは、この塔の支配者たる貴女様しかおりません」
「…ふーん」
真音は台本を閉じ、ニヤリと笑った。
「要するに、一番カッコいいところを持っていけってことね?」
「ご名答です」
「悪くないわ。…任せなさい」
真音は立ち上がり、マント(即席で作ったシーツ)を羽織った。
その姿は、学芸会の主役のように微笑ましく、そして頼もしかった。
隣で見ていたメルキオラスが、優しく微笑む。
「楽しみだね、真音ちゃん」
「うん!…明日は、おもいっきり遊ぶわよ!」
窓の外。
前夜祭のざわめきが、星空に溶けていく。
誰もが明日を待ちわびている。
大人も子供も、人間も魔族も。
このワクワク感こそが、祭りの本質だ。
オズワルドは、窓ガラスに映る自分の顔を見た。
かつて魔王軍で、血なまぐさい作戦を立案していた時の冷徹な参謀の顔ではない。
明日のショーを心待ちにする、一人の演出家の顔がそこにあった。
「…さあ、舞台は整った」
彼は扇子を閉じた。
「明日は忙しくなるぞ。…最高のエンターテイメントを、世界に見せつけてやろうではないか」
バベル・ガーデン初の公式祭典『バベル祭』。
その幕が、今まさに上がろうとしていた。
(第九十四話 完)




