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第七十四話「商人の新企画と、バベル市場の拡大」

 バベル・ガーデン、総務室。


 ここ最近、デジタル化によって静謐さを取り戻していたこの部屋に、再び熱っぽい声が響いた。


月例大市グランド・バザール。これを提案します!」


 赤髪の行商人リッカが、自信満々に一枚の企画書を提示した。


 対面のソファには、黒いクマのぬいぐるみ――賢者メルキオラスと、手元の魔導タブレットを操作する総務部長ルミナが座っている。


「大市、ですか?」


 ルミナが眼鏡のブリッジを中指で押し上げた。


「現在、常設の交易市は順調に稼働しています。これ以上、規模を拡大する必要性が?」


「あります!大ありです!」


 リッカは身を乗り出した。


「今の交易市は、あくまで冒険者の『補給』と『換金』がメインです。ですが、私がやりたいのは『祭り』なんです!」


 彼女の瞳が、商人の欲望ゆめでギラギラと輝く。


「数か月に一度、遠方の職人や希少な行商人を招き、普段は手に入らない逸品を並べる。…ただ物を買うだけじゃない。そこに行けば『新しい何か』に出会えるという体験。それが、バベル・ガーデンのブランド価値をさらに高めるんです!」


 ルミナはタブレットで素早く試算を行った。


 集客見込み、テナント料、警備コスト…。


 数秒後、彼女の口元がニヤリと吊り上がった。


「…利益率は、現在の常設市の五倍以上。周辺都市からの観光客誘致も見込めますね」


「面白いね」


 メルキオラスがポンと手を叩いた。


「人が集まれば、情報も集まる。それに、お祭り騒ぎなら真音ちゃんも喜ぶだろうし」


「でしょ?もう根回しは済んでます。…来月、第一回を開催しますよ!」


 リッカは不敵に笑い、力強く拳を握った。



◆◇◆◇◆



 そして迎えた、第一回『バベル大市』当日。


 地上の広場は、夜明けと共に熱狂の渦に包まれていた。


「いらっしゃい!東方の絹織物だよ!触ってみな、空気より軽いぜ!」


「ドワーフの鍛冶師がその場で打つ!オーダーメイドの剣はいかがかね!」


 カンッ、カンッ、カンッ!


 槌音が響き、香辛料の香りが漂い、色とりどりの旗がはためく。


 普段の四倍以上のテントが立ち並び、その間を縫うように冒険者や近隣の街の住民たちが溢れかえっている。


「す、すごい…。師匠、人がゴミのようですぅ…!」


 弟子のルドが、荷車を押しながら目を回している。


「何言ってるの!あれは全部『お金』よ!さあルド、私たちも売りまくるわよ!」


「ひぃぃッ!休憩なしですかぁぁ!」


 リッカは気合十分にハチマキを締め直した。


 この活気。


 この熱量。


 これこそが、彼女が作りたかった景色だ。



◆◇◆◇◆



 市場の熱気は、塔の住人たちをも巻き込んでいた。


「…ほう」


 人混みの中、巨漢のオークが足を止めた。


 総料理長ヴォルグだ。


 彼は非番を利用して市場を視察していたが、ある露店の前で釘付けになっていた。


「いらっしゃい、旦那。…お目が高いね」


 店主の老ドワーフが、ニカっと笑う。


 ヴォルグが見つめているのは、黒光りする巨大な中華鍋だった。


「これは…黒魔鉄とミスリルの合金か?…いや、オリハルコンもか」


「ああ。ドラゴンの炎でも溶けねぇ。熱伝導率は銅の十倍。…振れるもんなら振ってみな」


 ヴォルグは鍋を手に取った。


 ずっしりとした重量感。だが、重心のバランスが完璧で、手の一部のように馴染む。


 ブンッ!


 一振り。空気を裂く音がした。


「…良い」


 ヴォルグの目が、獲物を見つけた猛獣のように細められた。


「これなら、今の火力をさらに上げられる。…野菜の細胞壁を瞬時に破壊し、旨味を爆発させる『超高速炒め』が可能になる」


「へへっ、料理人かい?こいつは戦斧よりタチが悪いぜ?」


「気に入った。言い値で買おう」


 ヴォルグは即決し、懐から革袋を取り出した。


 一方、その数軒隣では。


「素晴らしい…!なんと美しい曲線美だ!」


 魔王ガルシスが、怪しい金属部品を頬ずりしていた。


 そこは、ノーム族の魔導技師が出店している露店だ。


「お客さん、それは最新型の『可変式・耐圧バルブ』ですよ。蒸気圧に応じて自動で開閉する優れものです」


「分かるぞ。この精緻な加工…ミクロン単位の職人芸だ。これがあれば、サウナの蒸気をもっと繊細に、もっと暴力的に制御できる!」


 ガルシスは恍惚の表情を浮かべた。


「全部だ。ここにある在庫、全て私が買い占める!」


「ま、毎度ありぃ!」


 ホクホク顔で帰路につくヴォルグとガルシスが、人混みですれ違う。


「…いい鍋だな、料理長」


「…いいバルブだ、ボイラー係」


 二人は一瞬だけ視線を交わし、互いの戦利品(武器)を認め合ってニヤリと笑った。


 職人たちの購買意欲をも満たす。


 それほどまでに、この大市の品揃えは充実していた。



◆◇◆◇◆



 正午過ぎ。


 市場の盛り上がりが最高潮に達した頃。


「――わあ!」


 テラスの上から、歓声が降ってきた。


 エプロンドレスの少女――大家、真音だ。


 彼女はメルキオラスとフィオーレを従え、VIP席から眼下の賑わいを見下ろしていた。


「すごい!人がいっぱい!カラフル!」


 頭の上の熊耳が、興奮でピコピコと激しく動いている。


「お祭りみたい!ねえ、あっちの煙が出てるお店なに?こっちのキラキラしてるのは?」


「あちらは串焼き屋、こちらは宝石商ですね」


 フィオーレが笑顔で解説する。


「私、行きたい!下に行く!」


「おっと、待った」


 メルキオラスが、飛び出そうとする真音の襟首を掴んだ。


「そのままだとまたパニックになるよ。…ほら、これ」


 渡されたのは、可愛い狐のお面だった。


「お忍び第二弾だね。これならバレないはずさ」


「むぅ…。ま、いいか!早く行こ!」


 真音はお面を斜めに被り、階段を駆け下りていった。



◆◇◆◇◆



 雑踏の中。


 真音は水を得た魚のように泳ぎ回っていた。


「おじさん!これちょうだい!」


「へいよ!焼き鳥一丁!」


 タレのついた串を片手に、次は大道芸の輪の中へ。


「すごーい!火を吹いた!」


 パチパチと拍手をする。


 誰も彼女が「大家」だとは気づかない。


 ただの元気な少女として、祭りの一部になっている。


「…楽しそうですね」


 少し離れた場所で、リッカがその様子を眺めていた。


 彼女の横には、疲れ果てたルドがへたり込んでいる。


「ええ。…この景色が見たかったのよ」


 リッカは汗を拭い、満足げに微笑んだ。


 ただ物を売るだけじゃない。


 ここには「楽しみ」があり、「発見」があり、「交流」がある。


 それこそが、街を育てる養分なのだ。


「あ、リッカ!」


 真音が気づいて駆け寄ってきた。


 その手には、色々な食べ物やおもちゃが抱えられている。


「これ、あげる!」


 真音は、綺麗なガラス玉を一つ、リッカに差し出した。


「え?私にですか?」


「うん。…今日の市場、楽しかったから。お礼」


 真音は少し照れくさそうに、お面の位置を直した。


「賑やかで、美味しくて、キラキラしてて。…私の家が、世界で一番楽しい場所になったみたい」


「…!」


 リッカはガラス玉を受け取り、胸が熱くなった。


 商売人冥利に尽きる言葉だ。


「ありがとうございます、大家様。…これからも、もっともっと楽しくしてみせますよ」


「期待してる。…あ、ルドにはこれあげる」


 真音は、食べかけの焼きトウモロコシをルドに押し付けた。


「ひぇっ!?あ、ありがとうございますぅ…(食べかけ!?)」


「感謝して食べなさいよ。美味しいんだから」


 真音はニシシと笑い、メルキオラスの元へ走っていった。


 その背中を見送りながら、リッカはガラス玉を太陽にかざした。


 バベル・ガーデンの未来のように、それは七色に輝いていた。


 第一回バベル大市は、記録的な売上と、それ以上の「笑顔」を生み出して三日間の幕を閉じた。


 この成功により、リッカは『バベル御用達商人』としての地位を不動のものとし、塔の経済はさらなる飛躍を遂げることになる。


 そして、ヴォルグが新しい中華鍋で振る舞った夕食が、あまりの火力に厨房の天井を焦がし、ルミナに怒られるというオチがついたのも、また平和な日常の一コマであった。


(第七十四話 完)

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― 新着の感想 ―
魔王様が相変わらず事案モノ。 ノームの人が若干ひいてるしw
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