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第六十八話「図書室の拡張と、知の宝庫」

 バベル・ガーデン、大図書室。


 かつては静寂だけが支配していたこの空間に、今は心地よい雑音が混じっている。


「すいません、この『古代魔法概論』の貸出期限って…」


「はい、二週間です。延長は一度までですよ」


 カウンターで対応するオズワルドの声にも、いつになく熱が入っている。


 目の前には、本を抱えた冒険者や兵士たちの行列。


 娯楽部長として、これほど嬉しいことはない。だが、同時に悩みも生まれていた。


「…狭い」


 オズワルドは、本で埋め尽くされた書架を見上げた。


 知識への渇望は止まらない。


 冒険者たちは冒険譚を求め、兵士たちは実用書を求め、そして魔族たちは歴史書を求める。


 今の蔵書数では、彼らの知的好奇心を満たすには圧倒的に足りないのだ。


「フン。…やるか。この城を、『知の迷宮』へと進化させる時が来たようだ」


 オズワルドは眼鏡を押し上げ、不敵に笑った。



◆◇◆◇◆



「本の大量仕入れ、ですか?」


 総務室で、ルミナがバインダーを見ながら言った。


「はい。現状の蔵書回転率は限界を超えています。娯楽の充実は、兵士たちの精神安定にも寄与する…必要経費と判断します」


「…ふむ」


 ルミナは計算機を弾いた。


「予算は確保できます。それに、冒険者向けの『有料閲覧エリア』を新設すれば、投資分の回収も可能ですね」


「話が早くて助かる。…では、リッカ殿に発注をかける」


 オズワルドは即座に行動に移した。


 二週間後。第一層のエントランスに、巨大な荷車を引いたリッカとルドが現れた。


「お待たせしましたー!古今東西、ありとあらゆるジャンルの本を集めてきましたよー!」


「し、師匠…重いですぅ…腰が…」


 荷車の荷台には、山のような本のタワーが築かれていた。


 その数、およそ五千冊。


「素晴らしい…!このインクの香り、古紙の手触り…!」


 駆けつけたオズワルドは、子供のように目を輝かせて本を手に取った。


 東方の武術指南書、西方の恋愛小説、南方の植物図鑑。


 どれもが、ここにはない新しい知識の結晶だ。


「さあ、ルド君!これらを上層へ!分類と配架の地獄たのしみが待っているぞ!」


「ひぃぃッ!勘弁してくださいぃぃ!」


 ルドの悲鳴をBGMに、図書室の大改造が始まった。


 空き部屋だった隣の区画をぶち抜き、書架を増設。


 閲覧スペースには、ドワーフのグンターが作った特製の読書机と、魔法の照明を設置。


 さらに、貴重書を保管する『禁書庫』も新設された。


 一週間後。


 新生『バベル大図書館』がオープンした。


「うおおお!なんだここ!本の森だ!」


「見て!私の探してた絶版の魔導書があるわ!」


 詰めかけた利用者たちが、歓声を上げて本棚の海へと散っていく。


 その光景を、オズワルドはカウンターの中から満足げに見下ろしていた。


「ククク…。迷え、知識の海に。そして溺れるがいい」


 その表情は、魔王軍参謀時代よりも邪悪で、そして楽しそうだった。



◆◇◆◇◆



 図書室の噂は、すぐに外部へと広がった。


 そしてある日、一人の珍しい客が訪れた。


「…ほう。これは興味深い」


 仕立ての良いローブを纏い、片眼鏡モノクルをかけた美青年。


 王立魔法学院の使者、セオドールである。


 彼は本棚の間を優雅に歩き、一冊の古びた本を手に取った。


「『失われた第三紀の魔法体系』…。学院の書庫ですら散逸していた原本が、こんな無造作に置かれているとは」


 彼は興奮を抑えるように、手袋をした指で表紙を撫でた。


「あの、お客様」


 オズワルドが声をかけると、セオドールは知的で礼儀正しい笑みを向けた。


「おっと、失礼。…あまりに素晴らしいコレクションだったので、つい見入ってしまいました」


「お褒めにあずかり光栄だ。…して、貴殿は?」


「申し遅れました。王立魔法学院・古代語研究室のセオドールと申します」


 セオドールは懐から一通の封書を取り出し、恭しく差し出した。


「当学院は、このバベル・ガーデンとの『正式な研究交流』を希望しております。…この蔵書、そして何より『生ける伝説』たる賢者様との対話を」


 オズワルドは封書を受け取り、眉を上げた。


 ついに来たか、と。


 リッカが撒いた種が、芽を出したのだ。


「…承った。主に取り次ごう」



◆◇◆◇◆



 メルキオラスは、セオドールからの書状を読み、ニヤリと笑った。


「ふむ。『知の探求に国境なし』か…。良いことを言う」


「いかがなされますか?」


 オズワルドが尋ねる。


 メルキオラスは、書状をテーブルに置いた。


「面白い。受け入れよう」


 即答だった。


「彼らの知識は、この塔の導く鍵になるかもしれない。それに…」


 メルキオラスは、隣でおやつを食べている真音を見た。


「真音ちゃんも、新しい『先生』がいた方が退屈しないだろう?」


「ん?先生?」


 真音は口の周りをクリームだらけにして顔を上げた。


「変な眼鏡の人?…まあ、面白い話をしてくれるなら、聞いてあげなくもないけど」


「だそうだ」


 メルキオラスはオズワルドに向き直った。


「図書室の一角を、彼ら専用の『研究室ラボ』として提供してあげてくれ。…ただし、マナー違反をしたら出禁にする条件付きでね」


「御意。…フフフ、学者連中がこの魔窟でどこまで正気を保てるか、見ものですな」


 オズワルドは楽しげにマントを翻し、退室した。


 新たな知の風が吹き込む。


 バベル・ガーデンは、武力と経済だけでなく、学術の拠点としても、その存在感を強めていくことになる。

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