機械の街 セント
※この話には、流血や暴力的な表現(グロテスクな描写)が含まれています。苦手な方はご注意ください。
「はぁ、参ったわね。」
私は、椅子に座りすこし休む。慣れていないことをすると、疲れるものである。……………と言うのも、今日も今日とて、他の国々からの崇拝者が、私を拝みにくるからだ。短期間で、魔女の2つの勢力を退けた、わたしは過剰なもてなしを受けていた。
(それにしても…………。)
他の国の妙に顔の整った奴らが頻繁に会いに来る。微塵の興味も無い。それよりも、とびっきりのご馳走の誘惑が難儀だった。土産物といって、各地の名産物が送られてくる。私は、何とかその誘惑に負けずに…………いや、頑張ったけど、ご馳走の誘惑には勝てなかった。頭の中に昨晩食べた、豪華な夕食が浮かんでくる。
(ジュルリ…………じゃない!!それよりも。)
私は、ベルトさんの言う通り、なるべく人との接触は避けた。そして、最低限、私を見たいという人たちのために、教会の神聖な魔力の込められたガラス越しに、面会だけをしていた。
そして、その面会が、問題だった。
「まこ様は、天から遣われし、女神様なのではないでしょうか?どうか先日亡くなった子が天国に向かえるように、お願いします。」
「どうか、この世の行く末を私にお教えください!!不安で夜も眠れないのです!!」
「うちの猫が先日逃げ出して。一緒に探して頂けませんか?」
「あぁ、英雄様!!お願いします!!『永遠の地下牢』から幻獣グリフォンとキマイラが逃げ出してしまって。その全てを見通すと言う眼で、居場所だけでも!!!………………できれば、討伐も。」
「女神様……………あぁ、女神様。私の罪をどうかお許しください。どうか、どうか御慈悲を。」
「英雄様に、栄光あれ!!英雄様に、栄光あれ!!!!」
「バード王国の新たな王となった、チルノ様が行方不明でございまして。どうかその御神技で、居場所をお教えくださいませんでしょうか?」
「……………………………。」
噂というのは、小平背びれが付いて広がっていくものである。私が何でもできる、天使様や、女神様だとでも思われているのだろうか。
(ただ戦ってただけなのに、ここまでになるとは…………。)
その他にも一日中、祈りに来る人や、質問にくる人は止まず、教会の後ろは、国の外まで人で溢れかえっていた。
(か、勘弁して欲しいわ……………。)
ベルトさんが上手いこと、切り上げてくれるとはいえ、その疲労は凄まじい。
「ハァ………………………。」
私は、椅子にダランと身をもたげ、完全に思考を停止していた。女神様や天使様に聞くようなことを、私に聞かれても、分かるわけがなかった。マキアだの、英雄様だの言われても、結局中身は私だもの。ただの女子高生だもの。……………猫は何とか一緒に探し出したけど。
(つかれたなぁ…………。)
私は、女神でもないし、天使様でもない。
「だあぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」
私は、布団の枕にダイブして、顔を埋める。こんなことずっとしてたら、頭がおかしくなる。
(そういえば…………。)
しーちゃんは、今どうしてるだろうか。いつもなら、彼女がいて、笑って、話を聞いてくれるんだけど。
(カラルもいないしねぇ……………。)
そう。頼みのカラルも、町の復興でしばらくいないし、いよいよ私はもうダメかもしれなかった。
そんなとき、コンコンッ、とノックが鳴る。
「はい…………。」
私は力無く、返事をする。
「今、いいかな?」
カラルの声がした。
「カラル!!!」
私は、部屋の扉を開ける。
「やぁ、元気かい?」
私のやつれた様子を見て、カラルは言った。
「元気…………ではない、みたいだね。」
「カラルはどう?」
カラルは少し難しい顔をして、答える。
「それが、なかなか芳しくなくてね。工房にある鎚や色んな道具も、やっぱり何処にも見つからないよ。立て直すまで、まだまだ時間がかかりそうだ。」
「……………そっか。大変ね。」
そう、カラルの故郷は魔女によって甚大な被害を受けていた。ほとんど何も残らないくらい、焼き尽くされてしまったのだ。一瞬のうちに。
「さぁ、入って。」
「あぁ、お邪魔するよ。」
カラルは私の部屋に入り、椅子に座る。やはり疲れているようで、少し上の空で、天井を見つめている。
私は、カラルに最近気になっていることを尋ねてみた。
「そう言えば、最近リベルトを見かけないんだけど、何か知ってる?」
すると、カラルは答える。
「そうなの?………多分、忙しいんじゃないかな。ほら、戴冠式が終わって、王様になってから間もないだろ。色々やらなきゃいけないことがあるだろうし、城の後処理も残ってる。」
「そうね。そうだったわ。」
竜騎兵の軍団の襲来、それは小さくない爪痕を城に残していた。みんなの命懸けの、必死の踏ん張りで、何とか退けたものの、多くの兵士が殉職していた。
「みんな、頑張ったわ。」
「………………あぁ。」
部屋に静寂が訪れる。静かな、その空間に少しの安らぎをもたらすように、外から鳥の囀りが聞こえる。すると、カラルは顔を上げて、言った。
「そういえば、ロイド王国の王様が、何か用があって、ここに来るみたいだよ。直々に来てるから、何か大きな事だと思う。」
「えっ?そうなの?何かしら?」
ロイド王といえば、女騎士ミレイユと共に、世界同盟の円卓会議のときに来ていた、王様の一人だ。最初はリベルトとの問答から意地悪な人に見えたけど、瓦礫に挟まった、兵士を助けたり、ミレイユのことを心配していたりと、優しさの垣間見える人物でもあった。
「あと、そうだ。ここにくる途中でバード王国の王女を見かけたんだけど、何かあったのかな?」
「えっ?」
バード王国の王女といえば、さっき国の人が探しに来ていたはずだ。報告しておいた方がいいのかな?
「チルノ様は、なかなか奔放な方って有名だよ。王女に就任してからみんな振り回されてるってさ。なんでも、冒険に出る!なんて昔からよく言っていて、聞かないらしい。」
「そ、そうなんだ。」
確かに、円卓会議では、純粋で好奇心旺盛な少女といった感じだった。それに、私が兵士の人を助けようとしていたときに、真っ先に駆け寄ってくれた。
コンコンッ、と再びノックが鳴る。
「まこ、まこはいるか?」
リベルトの声だ。
「はーい!いるわよ。」
「少しお邪魔していいだろうか?」
「どうぞ!」
ガチャと、扉が開かれる。そこには、綺麗な王族衣装がヨレヨレになった、頬のこけた、彼がいた。目の下にクマができ、今にも倒れてしまいそうだ。彼は部屋に入るなり、膝をつき、項垂れる。私と、カラルはすぐさま駆け寄る。
「「リベルト!!」」
リベルトは、震える手をうえに上げて、言った。
「休みを、休みをくれ………。」
カラルは、リベルトを肩から支え、持ち上げて、言った。
「や、やっぱり、忙しいんだな。」
リベルトは言う。
「忙しいなんてもんじゃないよ、全く。」
リベルトは、それから仕事の愚痴を延々とのべた。私たちはそれをうんうん、と頷き最後まで聞いてあげた。
「ありがとう!元気が出たよ!」
元の爽やかな彼に戻って、部屋を出ようとしたが、扉の前でふたたび倒れ、2人で医務室まで運んだ。城では大きな騒ぎになり、それから国では、王務の改善の提案が見込まれた。
「リベルト王はおるか?」
ロイド王はモルト王国へと辿り着く。横には、近衛騎士のミレイユ。ベルトが迎え出て、答える。
「今、過労で体を労っておられる。話なら、私が聞きましょう。」
「あぁ、それなら英雄もご同席願えるか?ミレイユが話があるそうなのだ。」
彼女はコクリと頷く。ベルトは言った。
「畏まりました。それでは、ご案内致します。」
ロイド王とミレイユは城の中へと足を踏み入れる。すると、廊下で英雄とカラルが並んで歩いているところに、バッタリ出会した。
「あぁ、ちょうど良かった。英雄殿、少しご同席願えるかな?」
「えっ?私、ですか?」
まこは意外だという様子で、ロイド王の願いに応える。コツ、コツ…………と、ロイド王の後ろ、ミレイユとならんで、まこは、王室の客間へと向かう。
「こちらでございます。」
ベルトは頭を下げ、扉を開ける。広く、黄金色に飾られた豪華絢爛な客間。ロイド王が椅子に、腰掛けて、それからその隣にミレイユ、そして向かい合うように、私とベルトさんが着席した。
「それでは、早速話の内容だが…………。」
「あのっ…………!!」
突然発せられたその声に、私達はビクリとする。意外にもその声を発したのは、ミレイユだった。心なしか頬を赤く染めているようにも見える。
「も、申し訳ございません。」
ロイド王の言葉を遮ってしまったと、ミレイユは謝罪する。
「よい。先に言え。」
ロイド王はミレイユに促した。
「ですが…………」
「よい、言え。」
「は、はい。」
すると、ミレイユは下に俯き、モジモジとしながら、私の方を向き言った。
「あ、あの…………英雄殿。どうか私を側に置いてくださらないでしょうか?」
「………………へっ?」
突然の彼女の言葉に、私は気の抜けたような返事が出る。気のせいではない。彼女は、完全に頬を染め、私をおそるおそる見るように、上目遣いで、こちらを伺っていたのだ。
ロイド王は言葉を付け加える。
「うむ。どうやら、英雄殿の戦いを目にしてしまってからというもの、護衛も、稽古も手に付かないようなのだ。これは、困ったことだ。生まれてこの方戦いの道に生きてきたこの子は、己の気持ちにどう向き合っていいか分からないらしい。」
ミレイユは、恥ずかしそうに俯く。ロイド王は続けて言った。
「国に帰ってしばらくした後、英雄殿に、師事したい旨を私に、伝えてきた。こちらとしても、気の抜けた状態でいられては困るのでな。いっそこちらで預かってもらおうと提案にきた次第なのだ。」
「畏まりました。そういうことであれば、お受け致しましょう。」
「ベルトさん!?」
突然の話、そしてベルトさんの快諾に、私は頭がこんがらがりそうなった。なりながらも、改めてミレイユの私を尊敬するキラキラとした眼差しを見て、ハァ、とため息をつく。そして、わたしは言った。
「…………わかりました。力になれるかは、わかりませんけど。」
ロイド王は喜んだように立ち上がる。
「おぉ!そうか!それは良かった!では、ミレイユよ、英雄殿に失礼のないようにな。」
「は、はい!王よ。心より、感謝致します。そして、ベルト殿、英雄殿……これから何卒、よろしくお願い致します。」
すると、ベルトはにこやかな表情で言った。
「謹んで、お受け致しましょう。」
「よ、よろしく。」
私も、ペコリと頭を下げる。さて、困ったことになった。生まれてこの方、戦いの道に生きてきた人に師事されても、私は、何もできることがない。だって、喧嘩しかしてきてないもの。生粋の素人である。
その晩、夕食がやけに豪華になっていた。……クソッ、ベルトさんめ……私の心が分かっている。ジュルリ………。こうして、わたしは上手く丸み込まれ、彼女と行動を共にすることとなった。
「………………っ!!」
黒色のドレスを見に纏った、その女性は壁にもたれかかる。それでも、耐えきれず、ドサッと身を落とした。あの忌まわしき瞬間を思い出す。
「おのれ………裏切りおって。」
黒騎士のベルギルス。彼は神の御技を、その身に宿した。いくらその身が人であろうと、それは、天地をひっくり返す程の威力がある。命を捨ててまで、何故あの娘を…………
「ミカエルめ。余計なことを…………」
彼女は、娘に力を与えた天使の名を口にした。
(これ以上、私の邪魔をするな。あの人が待ってるんだ。)
目の前の扉が、ギギギッと鈍い音を立てて開かれる。
「………っ!?レインゼイム!!」
彼女は駆け寄り、私を抱きかかえる。心底心配そうな眼差しで、慈しむように見つめる。その姿はあの日と変わらない。聖女の姿、私の神よ。
(………………待っていろ。)
この先、どれだけの地獄が待っていようと、私はかならず、この人の望みを叶える。たとえ、私の命が失われることになろうとも。それが私の、願いだ。
神の国ユグル。
日差す、神樹の下、彼は片膝を抱え、空を仰ぎ見る。教会の鐘が鳴る。神樹が脈打つように、彼の心臓の音が共鳴する。
「マキア……………現れたね。」
彼は、全ての始まり。原初の存在、アダム。円環の輪、死と生を繰り返す理、その中心に座す。やがて生まれ出る時を待って、果てしない苦痛に苛まれようとも、罪を受け入れ、彼は再びその時を待つ。
「エバ。愛してるよ。」
「………‥それで、そんなことになってるのか。」
「そうなの。」
椅子に2人、カラルと私が座っているのだが、私の椅子の後ろにはピタッと彼女がくっついている。最初は妙に距離が遠かったので、「もっと近づいてもいいよ。」と言ってみたところ、今度は私にピッタリくっついて離れない。
(困ったわね………。)
聞くところによると、記憶もまだ曖昧な幼い頃に、戦争孤児として、国に拾われ、これまで騎士然として戦いの道に生きてきたのだという。そのため、騎士として生きる以外に、感情の出し方がよく分からないのだ。自分でも困惑しているようだが、見たところ、私の近くにいれることが、嬉しくて仕方がない様子に思える。
「やっぱり迷惑なのでは…………」
そう言いながら、椅子に座る私の後ろから腕を回して、抱きついてくる。まるで子どもが親に甘えるような仕草は、彼女の言葉とは裏腹に、彼女のことを分かりやすく教えてくれる。まさか彼女が、こんな風になるとは。私は、彼女の言葉に返答する。
「あははっ………。大丈夫だよ。」
「まぁ、幼い頃から騎士として生きるってのは、想像以上に過酷なもんだ。きっと、その反動がきてるんだろう。」
「そうなのね。」
そんな時、扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!!ガルド王国が、大魔導師ゴーサックの侵攻によって、攻め落とされました!!!」
「…………!!!」
私は、突然の報告に冷や汗をかく。………大魔導師ゴーサック。確か、カラルが言ってた。国を2つ攻め落として、そこを拠点に怪しい研究をしている人物。確かワーラットに師事していた、とも。
「すぐに対策会議が必要だ。人員を集めろ!」
ミレイユは、人が変わったように、手をバッと振りかざし、兵士に指示をした。
「は、はい。」
兵士は、たじたじと部屋を出ていく。すると、廊下からベルトさんが部屋に入ってきた。ベルトさんは言う。
「既に、世界連合から通達が来ている。『各国、最高戦力を動員し、大魔導師ゴーサックを討伐せよ』と。」
そして、ベルトさんは、私の前に来て、言った。
「間髪入れずに済まない。まこ殿、どうか彼の地、ガルドへと向かってほしい。」
私は、ゴクリを息を飲んでから、覚悟をしたように頷く。ミレイユは、少し俯き、顎に指を当て、考えるようにして言った。
「既に魔女の4つの勢力のうち、2つが落ちている。各国は、これを好機と見て、一転、攻勢へと出るのだろう。」
カラルは少し戸惑うようにして、言った。
「しかし、まこを向かわせていいのか?」
ベルトさんは答える。
「確かに、まこ殿が長期間この国を離れるとなると、すでに2つの勢力を落としてしまった我が国は、真っ先に狙われる可能性が高い。だが、いざとなればワーラット老が対処に当たれば問題ないだろう。こういう時のために、まだ異空間は他国に受け渡してはいない。」
私は、あることを思い出し、提案した。
「私がベルトさんにもらった力を使えば、ここに戻ってこられるはずよ。何かあった時には、すぐ帰ってくるわ。」
すると、ベルトさんはこめかみを人差し指でかき、目を逸らす。
「そ、そうでございますな。」
「…………………?」
「安心しろ。まこ。」
気づけば、扉の向こうからリベルトの姿が見えた。彼は、言った。
「私たちは、必ず生き残る。たとえ、魔女から攻められたとて、勝ってみせる。だから、いってくれ。私からのお願いだ。」
彼の強い眼差しと言葉に、わたしは頷いた。それを見て、ベルトさんは宣言する。
「我が国が派遣するのは、英雄まこ殿。そして、その護衛として…………ミレイユ殿。お願いできるかな?」
「もちろんだ。」
ミレイユは頷く。
リベルトは城の者達に、号令を出した。
「それでは、明朝に盛大な出征の見送りを国で、執り行う。各自、準備に取り掛かれ。急げ!!!」
「「は、はい!!」」
兵士たちは急いで、駆けていく。
(明日には、出発するんだ。)
私は、明日の出征に向けて想いを馳せた。正直、もう少し休みたい気持ちはあったが、世界の存亡がかかったこの時に、そんな悠長なこと言っている場合ではない。
すると、私の表情を見てミレイユが気づいたように私に声をかけた。
「疲れが見えます。どうか、私の膝の上でおやすみください。」
「い、いや、遠慮しておくわ。」
もはや、妙な関係を疑われかねない程にとんでもなく、距離を詰めてくる。まぁ、幼い頃から戦いに明け暮れていたんだ。こうして仲良くなった人との距離感みたいものが、分からないのかもしれない。
…………ところで、後で、ベルトさんに伺うところによると、私にはそもそも、魔力というものがないらしい。特異体質で、どうやら魔法を使えないらしかった。いわゆる、魔法の才能ゼロというやつだ。
「………………まぁ、そんなもんよね。」
宝の持ち腐れであった。私は、しばらく1人で落ち込んだ。
ゴソッと、城の物陰から音がする。
「チャンスですわ。」
目をキラリと光らせて、少女は計画を練る。退屈を埋めるには、ちょうどよかった。それに、仲間との冒険は小さい頃からの、彼女の夢だったのだ。彼女は準備を進めた。彼女の作戦の、決行の時は近い。
「英雄様〜〜!!どうか、ご無事でーーー!!!」
「お父さんを助けてくれて、ありがとうーー!!!英雄様〜〜!!!!」
「きゃあぁーー!!!!英雄様がこっち向いてくださったわーー!!!」
両手をあげての黄色い声援を受ける。指笛は鳴り止まず、盛大な見送りに、少しまこは、ドギマギしていた。
「あはは………そ、そんな大袈裟な。」
「まこは、それだけのことを成し遂げたのです。誇りに思ってください。」
「そ、そうよね。そうするわ。」
馬車、人が足元より下に見えるほど、巨大なそれに乗せられて、私たちは国を出た。リベルトは、俺も行くと、訳の分からないことを言い出していたが、あえなく兵士たちに止められた。ベルトは、遠征に向けて長期保存可能な高級食材を大量に調達してくれたようで、そのおかげでしばらく食糧の心配はなさそうだった。ミレイユは、あの後も私との、距離感がすこし(明らかに)おかしかったので、説得して、程々にしてもらうようにお願いした。出発してしばらく経ってからのことだった。
ガサゴソッ
「何奴っ!!?」
ミレイユが背後に振り返り、剣を構える。
食糧の積まれた荷台からスポッと音がして、彼女が現れた。
「あ、あなたは………。」
「お、お前は…………。」
「潜入、成功ですの。」
かのバード王国の女王、チルノだった。
「ちょっ!?ちょっと、危ないですわ!!その剣をおさめ下さいまし!!!」
わたしとミレイユは顔を見合わせる。戻るにしても、国から離れすぎているし、現在の情勢からそんな時間の余裕もない。それから、彼女の諸々の話を聞いて、バード王国に送り届けることを決めた。
「いーやーでーすわぁーー!!!私!国に戻りたくありません!!仲間と冒険することが夢でしたのぉー!!滅多にないチャンス!!!この機を逃したら一生ないかもしれない〜〜!!!」
「知ったことか!!国までは連れて行くんだ!!文句を言うな!!」
「まぁ、ともかくバード王国に一度立ち寄りましょう。ガルド王国に行く途中の道にあるんでしょ?ちょうど、よかったじゃない。」
ムスーっと頬を膨らませながら、チルノ王女は、私とミレイユの間に座る。ミレイユは何だか、不満そうな顔で、チルノを睨んでいる。私は、そんな、少し気まずい空気から目を逸らしたくて、外の景色に目をやった。
「うわぁ〜〜!!」
外には、綺麗な景色が広がっていた。壮大な平原、奥には夕陽と、照らされて煌めく山々の光景が広がっていた。
「綺麗ですの。」
「……………悪くないな。」
しばらく私たちは外の光景に見惚れていたが、気がつけば、馬車の心地の良い揺れに私はウトウトとする。そして、気がつけば、意識がポツっと途切れた。それは、チルノも同様で2人で肩を寄せて眠りにつく。ミレイユは、警戒し、腕を組み、外に目をやっている。
(何事もなければいいが。)
柱が八本、間隔を置いて楕円を描くように、立っていた。その中心には、文字の記された紫の光の灯る石板が、佇んでいる。
ポツ、ポツと柱の前に光が灯る。そこに座すは、この世界最古の王たち。
王たちは語る。
「マキアが動き出した。」
「まさか、ワーラットが破れるとは。」
「ベルギルスはむしろ、こちらにとって、都合がいい。思い通りに動かぬ上に、神の誓約によって、洗脳が効かない。いずれ、反旗を翻していただろう。」
「何にしろ、対処せねばなるまい。」
「既に刺客は送り込んだ。」
中心奥の座席の人物が、ニヤリとほくそ笑む。
「さて、予言の救世主よ。我らの宿願を邪魔立てするつもりなら容赦はしない。理想郷へと、我らは至るのだ。」
「間も無く、果たされる。時は近い。」
「むっ。」
ミレイユが闇夜の中、月の光を遮る、巨大な何かを目にする。それは、白翼。四足の獣の頭身。嘴が生え、ゆっくりと地上に降り立つ。黒い霧が、その姿を覆っていた。
「これは………………。」
そして、森の奥に影を見つける。その影から放たれる、鋭い何か。それは、月の光に反射して僅かに光を帯び、一直線に狙いを定め、飛んで来た。ミレイユは、察知し、いち早くそれを切り捨てる。彼女は馬車を止めるように、御者に伝えた。そして、2人を起こさないように、ゆっくりと外へ出る。
「相手は2体か。」
(まこは疲れている様子だった。チルノは、起きて、下手に動き回られる方が返って、守りにくい。)
「……………私だけでケリをつける。」
グリフォンが素早く、飛び上がり、爪を振りかざす。ミレイユはそれを弾き、グリフォンに一閃を浴びせる。
(……………よし!)
しかし、グリフォンの眼が光る。それと共に、傷は瞬く間に塞がっていく。
「なにっ!?」
その刹那、弓矢が森の中から2本放たれる。ミレイユはそれを弾き、懐に携えていた短刀を投擲する。すると、木の上で飛び回る何者かの動きが見える。
(思ったより、素早い!!)
ミレイユは、背後を振り返る。
『キィィィィーーーー!!!!!』
前脚を振り上げ、グリフォンは、上空から嘴を振り翳す。ミレイユはそれを地上に弾く。それは、地表に突き刺さるが、グリフォンはそれをものともせず、地表ごと抉って、ミレイユを横から薙ぎ飛ばした。
「………………ぐっ!?」
(し、しまった!?)
すると、チルノとまこが目を覚ましたようで、窓から見える巨大な『それ』に悲鳴を上げる。
「ぎゃあぁぁーーー!!!!??」
チルノは叫び、跳び上がる。
「な、なにっ!?」
まこは、すぐさま変身し、目の前のグリフォンを吹き飛ばす。木々を薙ぎ倒し、数百メートル吹き飛んだ、グリフォンは沈黙する。
しかし、まこは気付かない。森の奥深く、死角から彼女を狙う、魔の手が迫っていることを。
「まこッ!!危ないッ!!」
「えっ?」
ミレイユはまこに覆い被さるように、押し倒す。間一髪、矢から逃れたまこは、目の前のミレイユを見て、顔を青ざめる。肩から血が、流れていた。
「ミレイユ!!!血が!!」
「大丈夫だ。」
しかし、間髪入れず、矢の雨が降り注ぐ。
「でやぁぁぁーーーー!!!!!」
まこが拳を振るうと、矢はパタパタと地面に落ちる。しかし、射手の居場所が見えない。
「一体どこ!?」
まこは辺りを見渡すが、ただ森の静寂ばかりが際立ち、心臓の音がやけに大きく聞こえる。
『キィィィィーーーッ!!!!』
バサッと大きな羽音を響かせ、グリフォンが怒りを露わにした様子で、遠方から再び現れ、降り立った。
「ぐっ…………!!」
ミレイユは肩をおさえて、立ち上がる。
「ダメよ!!後は、任せて!」
「いや……………。」
しかし、ミレイユは意地を張ったように、まこを守るように前に、立ち塞がる。
ブンッ
グリフォンが爪を立て、その腕を振り下ろす。遠方から大量の矢が2人に降りそそぐ。
「ミレイユ!!!」
ミレイユは剣を握りしめる。
「………………私は。」
(もう二度と、過去に縛られたくないのだ。)
ずっと、私は死んでいたもの同然だった。
私は、私の意志で生きる。
(まこが、私を救ってくれた。)
ずっと居場所のない人生だった。一人きりの、人生だった。後悔ばかりの、くだらぬ人生だった。そんな私に、希望をみせてくれたのが、まこ……………君だったんだ。
『可哀想に。きっと、この子も、飢えて死ぬのだろう。』
幼い頃の話だ。わたしは、身寄りのないところを国に拾われた。当時は魔女との争いが激化していて、身寄りの無い子どもが多くいた。私もその中の一人だった。
「……………………。」
人通りの少ない路地。
ザッ、と目の前に誰かが立ち止まる。
『教官、どうされましたか?』
『こいつを、連れ帰ろう。』
長く続く戦いによって、国は疲弊し、兵士の数も少なくなっていた。才のあるものであれば、たとえ他国から流れてきた、身寄りの無い子どもであろうと、訓練所に引き取られていた。どう言うわけか、私は一目で、教官に才を見出され、城に連れられた。
私は渡された木刀を握り、言われた通りにそれを振る。
ビュオンッ!!
風を切る音が、気持ちよかった。
『ふむ、やはりな。こいつはなかなか筋がいい。』
そうして、わたしは、その一時の才を認められ、国の騎士や兵士たちの集う、国の特別訓練所に入ることができた。
『そこッ!振り遅れてるぞッ!!』
『はい!』
だが、騎士の家系、そのエリート達の集う場所は、決して甘いところではなかった。私は、訓練についていけず、よくケガをして、誰からも相手にされない。ただ1人、黙々と私は、剣を振り続けた。
そんな、ある日のこと。
ヒソヒソと廊下で、話す声が聞こえる。
「他所の国から来たんだってよ。」
「孤児だったって噂だぜ。」
「身なりも何だか汚いわ。」
「どうして、ここに入れたのかしら?」
私は、聞こえぬふりをして、足早に立ち去った。そして、いつものように訓練のための準備を整えようとした。
(気にする必要はない。)
そう自分に言い聞かせて。
「今日は、確か実践の訓練…………。」
私は自分の用具箱を開ける。
「……………そんな。」
私は愕然とする。
(道具が失くなってる。靴も。)
いつからか、私は嫌がらせを受けていた。
私は、悔しさに、唇をギュッと噛み締める。
(だが、仕方ない。)
私は、言い返すことはしない。何故なら、ここにいるもの達は、騎士の家系の者が殆どだ。身分の高い者達ばかり。身寄りの無い私が楯突けば、その時点で城どころか、国から追い出されて、お終いだ。どれだけ嫌がらせを受けようと、私が取るべき道は、ただひとつ。剣を振り、修練を重ね、強くなって、見返すことだけだった。
カランッ、と皿の落ちる音がする。
ある日のこと。
食堂で、私が昼食を取ろうとしていた時。
「……………………。」
ドンッ!!
肩にぶつかる。
食事を乗せたプレートを持つ私の肩に、その人物は、ぶつかった。それは、いつも私に嫌がらせを行う、人物達の1人。
全く悪びれることなく、そいつはこう、言った。
『おい。ちゃんと拾って、食えよ。』
後ろにいる連れの仲間の1人が、言った。
『こいつ、よそ者だから、地面に落ちたものでも、気にしないんじゃねぇのか?』
そう言うと、その連れの仲間の1人は、私の食事をグシャッと踏みつける。
「……………………。」
『ハハハハハハッ!!!!』
笑いながら、そいつたちは去っていく。
私が、落ちた食べ物を一つひとつ、皿に戻す。そして、何ともないという風に、食堂の机に座って、それを食べた。
『……………………フフッ。』
周囲からのクスクスとした、笑い声が聞こえる。カタッ、カタッという静かな、スプーンの音を響かせて、私は食事を食べ終えた。そして、夜の暗がりの中、ただ1人、訓練所へと向かう。
「ハッ!ハッ!」
ただ無心に剣を振るう。目尻から涙が溢れた。しかし、その時間だけは、嫌なことから目を背けられた。
「…………………ハァ。」
気がついたら朝日が昇っていていて、そのまま次の日の訓練が始まることもよくあった。私は、ただひたすらに、強くなろうと努力し続けた。
それから月日が流れ、ある日のこと。
私は、対人訓練で、複数対一の演習を行っていた。
「でやぁッ!!!」
『ぐっ!?』
『そ、そんな馬鹿な!?』
私は、訓練で、私をいじめた奴らを、まとめて吹き飛ばした。一切を寄せ付けず、勝利した。完膚なきまでに。
「ヒ、ヒィッ!?」
奴らは、私を恐怖の眼差しで見つめていた。
『お、おい、あいつ…………どうやって、あんなに強くなったんだよ!?』
ザッと、そいつらの前に私は歩み寄って言った。
「お前たちのおかげだ、クズどもめ。」
そうして、気がつけば、私は訓練所で抜きん出た成績を収めるようになっていた。それからしばらくして、私は、騎士としての資格を認められ、勲章を授与され、国の騎士団の一員となった。
(よくやくだ……………。)
しかし、そんな私に、嫉妬心からか決闘を申し込む者も多くいた。周囲からすれば、他所者で身寄りもない私が、騎士の身分につくことが、面白くなかったのだろう。多少言葉遣いも、悪かったかもしれない。そいつらを返り討ちにする度に、私は王国の上層部に実力が見込まれ、王家直属の護衛騎士へと任命された。そしてあるとき、重要な拠点の戦へと赴くことになった。
(いよいよだ……………。)
私はずっと向き合って来た、剣を見つめて、深く息をつく。そして、訓練を終え、束の間の休息には、本を手に取っていた。
『騎士道冒険譚』
王国の騎士が、冒険の旅に出て、各地に赴き、困っている人々や、動物たちに手を差し伸べる。そして、皆を平和へと導いていく物語だ。私はこの物語の主人公に憧れを抱いた。弱きものに手を差し伸べる、その姿に。
(私も、きっと、そんな人物になるんだ。)
そう心に誓い、期待に胸を膨らませながら、いよいよ重大な拠点であるという、戦地へと赴いた。
(誇り高い、騎士の志を胸に、人々を救いに行くのだ。)
初めての戦を前に、私はそんな、甘いことを…………考えていたのだ。
(戦争というものが、私から大切なものを奪ってきたという事実を忘れて。)
「………………………。」
何年振りだろうか。城の外へと出る。
『こら、前を向け。気を抜くな。』
「は、はい。」
(しかし……………。)
私は、両親のことを知らない。記憶のない頃に、両親はわたしを国の外に逃し、きっと死んだのだろうと思う。そして、私は運良く、国に引き取られた。そして、また、騎士候補として、訓練所に引き取られなければ、きっと路上で飢えて、死んでいたのだろう。
「……………うぅ。」
路上で子どもが飢えている。腹を空かせて、何かに縋るような目で、私を見つめた。私は思わず、後ろめたさからか目を逸らす。
(未だに、こんな子どもがたくさん…………。)
ズキリッと、胸が傷んだ。
(戦が終わったら、何か私にもできることをしよう。)
そう考えて、私は前を向き、いよいよ初めての戦場へと赴いた。
「どうして、斬り捨てるのですか。」
ガルドの地での、戦い。
土地の所有権を巡って、争われたそれは、血を血で争い、多くの死傷者を生み、熾烈を極めていた。しかし、ガルド側の勢力、その身内の裏切りによって、一気に流れは傾く。ロイド王国に優勢が訪れ、そこから、一気に勝負はついた。ガルドの兵士たちはすぐさま降伏し、抵抗の意思はすでに失われていた。
グザッ
「ぐわあぁぁぁっーー!!!!」
抵抗の意思のないものたちに刃が向けられる。それだけではない。罪のない、ただ暮らしていただけの、住民達もいた。だが、ロイドの騎士の刃は容赦なく、その抵抗せぬもの達に、向けられた。
(相手の戦力を削ぐ。復讐を恐れ、その地方の一族郎党を焼き尽くす。それが必要なことだと、上官は言った。しかし、これが騎士として…………いや、人として正しいことなのか?)
パタッ
小さな子どもが壁の向こうから、倒れるようにして私の前に現れる。その子どもは、そのつぶらな瞳で私に救いを求めていた。小さい頃の自分が、国を出る前の、あの子の姿が重なる。
「…………………。」
私は、躊躇いグッと力を込めていた手を開き、その子に差し出す。
「もう、大丈夫だ。私が……………。」
シュンッ
グザッ
私が手を差し伸べようとしたそのとき、その子どもは背後から弓矢で射られた。
『何をしている。騎士としての役割を果たせ。』
「…………………………。」
(何なのだ…………?)
騎士としての、役割。一体それは何だ。
兵士を殺し、罪なきものを殺し、子どもさえも容赦なく手を掛ける。
それが騎士としての役割だと言うならば、私がこれまで努力してきたことは、人生を費やしてきたことは、こんなことのためだったと言うのか。こんな人殺しの、屑の……………。
「うぶっ………………。」
私は、口を押さえた。吐瀉物が、口から流れ出す。子どもから流れ出た血と、吐瀉物が混ざり合い、再びその匂いに、たまらず吐いた。
そうして、私の初めての出征は終わった。
私は上官に尋ねた。
「この戦いは、一体、何のためにあるのでしょうか?」
上官は答える。
「何のために、だと?考えるな。」
ミレイユに、剣の切先が向けられる。
「ただ、騎士は、兵士は、作戦に忠実であればよい。それだけだ。…………分かったな?」
その言葉に、私は俯いた。そして、静かに、返事をする。
「はい。」
私は、私に失望した。
何も変えられない。ただ無力な自分に。
(騎士とは………誇り高いものではなかったのか。)
私は、葛藤する。
民衆を守り、導き、人々の見本となる存在。
私の読む書物には、そう、記されていた。
そう、教えられてきた。
ペラ、ペラと、希薄な目でページを捲る。
訓練をしていない時間は、いつも1人で本を読む。
本の中の、騎士への憧れが、私を支えていたのだ。
だが、今はもう、そんな、心の拠り所など。
どこにも、ありはしない。
この世に希望などないのだと、そう思った。
それなのに。
(どうしてしまったんだ、私は。)
気高く戦う、まこの姿に、私は心が高鳴った。ベルギルスの一撃によって、崩れた城壁の向こう側、その一騎打ちを私は、見つめていた。周囲の兵士たちも同様に戦いの手を止め、その光景を見ていた。何故なら、年端もいかぬ少女が、一騎当千の力を持つ、あのベルギルスを追い詰めていたからだ。
(どうして……………。)
まこは、自分を殺しに来た相手を、ベルギルスを必死に、救おうとしていた。正面から向き合って、目を覚まさせようとしていた。私には、そう、見えたのだ。まこは、相手を救おうとしていた。導こうとしていた。
(そんな人間が、いるんだ…………。)
これまで沈んでいた心が、スッと光を帯びるように、明るくなった。優しく照らされた。私の目尻には涙が浮かんだ。
(あの時………………。)
まこが、必死に訴えかける言葉は、表情は、相手への憐れみと、慈しみに、溢れていた。
(すごい………………。)
その気高い姿は、憧れの物語の中の騎士の姿にも重なった。
(私も、そんなふうになりたい。)
まこの戦う姿は、あまりに眩しく、美しく、そして、遠い存在のように、映った。
戦いが終わり、国に帰る頃、モルト国の城門を出た、私は自分の手を見つめていた。
「………………………。」
(私の手は、血に濡れている。)
諦めるように手を下ろし、私は馬車に乗り込もうとした。
(あのような気高き、優しい姿になど、決してなれないのだ。私は……………。)
パシッ!
私の手を誰かが掴む。
包み込むような優しく、暖かい手の感触。
私は振り返った。
「あの時は、ありがとう!!」
「えっ?」
そこにいたのは、まこだった。柔らかな、優しい笑みで、私を見ていた。まこは、言った。
「ほら、私にベルトさんを救けにいくように、きつく言ってくれたでしょ?」
(『私たちはいい!行け!!ベルト殿が、黒騎士のベルギルスと戦っている!!助太刀に行ってくれ!!』
『でも…………』
『でもも、クソもあるか!!救えるのは、お前しかいないんだ!!!いけぇ!!!!』)
「あなたがそう言って、背中を押してくれたおかげで、私は、ベルトさんを救けることができた。本当に、ありがとう。」
「………………私は、何もしていない。ただ、さっさと行くべき場所に向かわないお前が、気に入らなかっただけだ。」
すると、まこは私の前に来て、言った。
「あなた、優しいのね。」
「……………何故そうなる。」
「自分に厳しいところ。あなたは、あの時たくさんの人を救って、みんなに声も掛けて、誰よりも率先して、たくさんの人を救おうとしていた。」
「……………………。」
「それなのに、何もしていないなんてそんなこと、言うもんじゃないわ。あなたは誰よりも、頑張っているように、私には見えたもの。」
「…………………っ。」
思わず、私はまこから目を逸らした。涙で滲んだ視界が見えなくなっていた。そんな姿を、誰にも、見られたくなかった。
「大丈夫よ。泣いたって。ねぇ、私たち、友達になりましょう。」
「……………………。」
「ダメ?」
「………………構わん。」
「フフッ、よかった。」
まこは、私の手を取って、小指を重ねた。
「ほら、指切りげんまん。」
まこは、私の目を見て笑う。
「これで、きっとまた会えるわ。」
「………………あぁ。」
まこが、手を振って、私を見送る。そんな姿を見て、私は初めて、心の底から、素直に笑うことができた。初めての友達ができた。そんなことで頬が綻んで、心が満たされていったのだ。
(まこ、ありがとう。)
それから、ロイド王国に戻った後、私は心の変化に戸惑った。まこに会いたくて、たまらない。今すぐにでも、会いにいきたい。胸の中がポワーっとして、何事も手に付かなかった。
そして、モルト国を訪れ、ガルド国へと向けて発つ、前日の夜、まこは私に、言った。
「いい?ミレイユ。私は、あなたに一人の人間として、向き合いたいの。あなたは私に仕える騎士でも、尽くさなければならない主人でもないわ。」
「そ、それでは、どうすれば………。」
「言ったでしょ?私たちは、友達。対等に、真っ直ぐ、相手を見ていられるような、ね。」
「ふ、ふむ。」
「だから、ほら。肩の力を抜いて。」
「あ、あぁ。」
「私達は、これから何があっても、ずっと友達よ。相手と対等に向き合っていたら、喧嘩することがあるかもしれない。間違ってるって思ったら、踏み込んで嫌われてでも、言わなくちゃいけないことがあるかもしれない。相手のことを想っていたら、きっと自然とそうなっちゃうから。それでもね、たとえ嫌われちゃったとしても、友達は友達。また時間が経てば、謝って、また笑い合えるような関係に戻るから。そんな相手に、変に畏っていたら、大変でしょ?」
「……………そうだな。そうだ。」
「だから、これからよろしくね。ミレイユ。」
「あぁ、よろしく。まこ。」
(私は………………。)
ずっと一人だった。私を見てくれた人物は、ちゃんとまっすぐに向き合ってくれた人間は、これまで一人もいなかった。わたしは、初めて、人として、『私』として、扱われたような気がした。初めて、友達ができた。私は、戦う目的も、これまで真っ暗だった、私自身の『居場所』も、これまで膿んでいた心の奥底も、全て明るく照らされて、心の底から私は、笑えたような気がした。
私は………………そうだ。
(私は……………。)
「私は、まこの、友人として強くありたい。そして、そのために、まこのために戦いたい。」
ガキンッ!!
見えない程の速度で、素早く剣を振るう。
そして、迫る大量の矢を撃ち落とし、グリフォンの爪を大きく弾く。そして、素早く地面を蹴り出し、一瞬で森に潜む、射手の元へと辿り着いた。
「ひ、ヒィッ!?」
一方で、まこは、地面を蹴り出し、グリフォンに向かって、拳を振りかぶる。
「でやぁぁぁーーーーッ!!!!!」
爪を弾かれ、隙のできた、グリフォンの身体に、拳が、直撃し、木々を再び突き破り、先程よりも、さらに森の奥まで吹き飛ばした。そして、今度こそ完全に、その動きを、止めた。
「目的はなんだ?何故、私たちを狙った?」
ミレイユは、射手の首元に剣を突きつける。射手…………恐らくゴブリンであろうそいつは怯えるようにしていった。
「か、家族が人質に取られた。お前たちを狙うように、そう、言われたからだ!!」
ミレイユは眉を顰め、問いかける。
「誰だ?お前を差し向けたのは…………。」
すると、ゴブリンはボソッと、呟いた。
「そ、それは、言えない。」
「言え。言わなければどの道、お前は…………。」
「ミレイユ!!」
まこが、ミレイユを追いかけて森まで駆けつけた。
ゴブリンは、顔を顰めながら、声を震わせて、ゆっくりと、答える。
「俺を差し、向けたのは……ユ……ガバッ!?」
「なっ…………!?」
バシャッ!と血肉が、地面に散乱する。突然、体が内側から裂け、ゴブリンの体は、バラバラに飛び散っていた。
「な、何だこれは!?」
「な、何………これ?」
まこと、ミレイユは突然起こった、その出来事に、冷や汗をかく。ミレイユは顔を顰めた。
(卑劣な手口だ。恐らく魔女だろうが、何だ?妙な違和感が拭えない。)
しばらくしてすぐに、血の止まらないミレイユの肩に気づいた、まこが心配して、涙目になり、馬車に戻って、手当を受けるように急かした。酷く、慌てふためく、まこの姿に、フッとミレイユは、優しく微笑んだ。
「ありがとう、まこ。」
「いいから!早く、戻るわよ!!」
そうして、ミレイユの治療を終えて馬車の中へと戻ると、チルノは怯えて、座席の奥隅で震えていた。
「だ、大丈夫でしたの?」
「それが……………。」
「大丈夫だ。まこ。」
この程度は問題ない、と。座席奥に座るチルノの横に、ミレイユは腰を下ろし、腕を組んだ。
「まこの隣がいいんですの。」
「ダメだ!」
「何でですの!」
「何でもだ!」
「あはは……………。」
こうして、出発して一日目の夜をまこたちは、何とか乗り越え、馬車に揺られ、旅路を進むのだった。
チュンチュン、と小鳥の鳴く声が近くに、聞こえる。朝日が眩しく差した車窓に、小鳥が止まっていた。私はそれを微笑ましく、眠い目を擦って、眺める。
「まこ、おはよう。」
どうやら、ミレイユはもう起きていたようで、私に優しい微笑みを向けて、挨拶をする。
「えぇ、おはよう。ミレイユ。」
そして、しばらくすると、ふぁ〜!っと欠伸をしたチルノが起き上がってきた。チルノは寝ぼけているようで、瞼をパチパチさせていた。
「なんだ、まだ朝ですの。」
そう言って、チルノはまた横になって、寝息を立て始める。その様子に、ミレイユは少し迷惑そうに足を寄せる。それほど座席の幅は広くなく、3人で座るとなると、窮屈ではないが、少し幅が狭く感じるほどだった。その上で、チルノが横になって眠るので、必然的に隣に座る、ミレイユが特に割をくっている様子だった。
まこは、チルノの背中をポンポンと叩く。
「こら、朝よ。起きなきゃ。」
ミレイユが呆れるように、ハァーッとため息を吐き、チルノに言った。
「本当に、王女が聞いて呆れるな。」
「朝は眠たいんですの。ゆっくり寝かせて〜………。」
「ならば、横にならず少しは座れ!!!まこの席が狭くなるだろう!!」
「座って眠れるなら、とっくにそうしてるんですの
ー。」
「起きろと言ってるんだ!!ほら!!早く!!!」
「嫌ですのぉ〜。もう少しだけ……………。」
すると、チルノはすぐに寝息を立て始める。それに堪忍袋の尾が切れたのか、ミレイユはチルノを叩き起こした。
「痛いですの!!!」
「いい加減にしろ!!遊びに来ているんじゃないんだぞ!!!それにお前は、本来ここにいるはずじゃなかったんだ!!お前さえいなければ、まこと2人きりで……………。」
ミレイユは顔を少し赤くしながら、もごもごと口ごもる。すると、チルノはそんな様子を尻目に、そっと静かに横になり、再び寝息を立て始めた。
バシンッ!
背中を叩く大きな音が鳴る。
「痛いんですの!!!私、一応王様ですのよ!!!」
「うるさい!!朝も満足に起きれんような、一国の王が何処にいる!!恥を知れ!!!」
「カッチーン、ときましたわ!!私は、バード王国の王女にして、魔術の才女、チルノ・バードですの!!あのアレンド国際魔術技師会、レーリル先生の一番弟子!アマチュアの中で、私の右に出るものはいないわ!」
「アマチュア部門など、お子様の出る大会だろう。レーリル殿が弟子に置くのも、お前が王族でバード王国、正統後継の1位だったからだ。」
「ムッキーッ!!!!本当に許さないわ!!!あとで、訴えてやる。」
「あぁ、好きにするといい。とは言っても、もう誰もマトモに受け取ってはくれんだろう。こんな愚かな粗相を繰り返していてはな。」
「…………わかってるわよ。そんなの。」
途端、チルノは大人しくなった。手を膝の上でぎゅっと握りしめて、涙目になっている。
「わぁーー!!もう、2人ともせっかくこんなに綺麗な景色が見れるんだから、外でも見ながら、気分転換しよ!ほら、湖がすごく綺麗!!」
「本当ですわ!!!見て!ハクチョウが、水辺を歩いてる!!」
チルノの切り替えの早さに、イライラしたミレイユをわたしは宥める。そして、そんな賑やかな朝。私は、窓の外の様子を、ふと眺める。
そこは山道。森林が生い茂り、涼しい風が吹いている。そんな景色を見て、つい眠気がさしてきた、その時だった。
ガタンッ!
ヒヒーンッ!!!と馬が嘶きを上げ、馬車が、急停止する。体勢を前に崩しそうになった、私、そして、チルノの体をミレイユが腕で受け止める。それからすぐ、ミレイユは馬車を、飛び出し、御者に尋ねた。
「一体何があった!!?」
御者は答える。
「そ、それがいきなり子どもが飛び出してきて………。」
見ると、小さな子どもが、両手を広げて、道路に立ち塞がっていた。その少年は、涙目になっている。チルノと、わたしも馬車を降りる。少年は私達にむかって、言った。
「お願いします!お母さんを…………お母さんを助けて下さい!!!」
チルノは一目散に、子どもに駆け寄って、怪我がないか確認した。
「怪我はありませんの?大丈夫?」
「うん。大丈夫。」
ミレイユは少年に尋ねた。
「一体何があったんだ?」
少年は答える。
「お母さんが、すごい熱で………ずっと治らなくて。」
チルノは、少し驚いた表情をした後、何か悲しい表情を覗かせる。ミレイユは言った。
「ここは随分と町の外れだ。病院にも簡単には、向かえないのだろう。」
私とミレイユは顔を見合わせる。そして、ミレイユは子どもを見て、言った。
「家まで、案内してくれるか。」
「うん!」
すると、子どもは元気よく返事をして、こっちだよ!と私たちを案内する。そうして、私たちは子どもに連れられて、森の奥へと入っていく。しばらく歩いた後、一軒の古びた木造の家に、辿り着いた。
「お邪魔します。」
私たちが入ると、ベッドに横になった母親が、コホンッ、コホンッと咳をしながら、胸を上下させ、苦しそうにしていた。
「お母さんっ!!」
子どもは母親に駆け寄り、その手を握る。すると、母親は目を覚まし、私たちに気付いたようだった。
「あら………旅の方。すいません、今用意しますので……………。」
そういって、フラフラと立ちあがろうとする母親。しかし倒れそうになるところを、チルノはすぐに立ち寄って、支えた。
「大丈夫ですの?」
「えぇ、ありがとう。」
チルノは母親に布団をかけて、再び、ベッドに寝かせる。そして、しんどそうに咳き込むその母親を見て、また悲しそうな顔をした。
「………………………。」
ミレイユと私は、どうすべきか話をした。一先ずは、医者にみてもらなければならない。しかし、母親を病院に連れていくには、随分と距離が遠い。病状もそれほど安心できるものではなさそうだ。
「私が医者を呼びに行こう。まことチルノは、ここで母親を見ていてくれ。」
私とチルノは頷く。
「しゃぼん玉の魔法ですの〜!」
「わぁ〜っ!!」
チルノは子どもに元気が出るように、外で一緒に遊んでもらい、私はお母さんの看病、そしてミレイユには話をしていた通り、近くの町医者を呼びに行ってもらった。
「なるほど……………。」
町医者が来て、事情をうかがうと、どうやら数ヶ月前に一度訪れており、未知の病らしく、その時はここまで病状は酷くなかったのだという。
「恐らく、都市部の医者に聞けば、何か知っているやも知れませんが、あまり期待はしない方がいいやもしれません。」
医師の言葉は重い。だが、ともかく、私達は、都市部の病院を尋ねることにした。
「お母さん、どうだった?」
子どもが不安そうに尋ねる。私は子どもの頭を撫でながら、こたえた。
「お医者さんがね、少し遠くの病院に行って診てもらおうって。お姉ちゃんたちもついて行くから、安心してね。」
すると、子どもはコクンと頷く。私たちは、子どもとお母さんを連れて、家を出た。チルノは子どもと手を繋いで、ミレイユは母親を背負い、私がそれを、後ろから支えた。そして、森を抜けて、馬車の元へと辿り着き、御者の方に説明し、私たちは街へと向かった。
「うぅむ、これは…………。」
都市部の医者は、カルテに文字を書き込んでいく。表情は芳しく無い。私とミレイユは、医師からの話を聞く。
「『共鳴邪気症』の一種、ですかな。」
「「きょ、『共鳴邪気症』?」」
私たちは、聞いたことのない病状に聞き返す。
「そう。『共鳴邪気症』。ふるくから、『邪気症』というのは、竜や海主など、人の噂や、言い伝えなどが広まりやすい、生物のかかる病気なのですが…………。」
医師は下がった眼鏡を上げ、言った。
「邪気の溜まりやすい生物。人間が、自然災害や、何らかの災禍に見まわれたとき、原因がその生物にあると考え、恐れ敬い、そしてまた、憎しみを募らせる。そういった人の歪みの感情が、その生物に蓄積されていき、発症に至ってしまう、難病です。1番問題なのは、その近隣の人々が、それに同調して、体に異変をきたしてしまうことにあります。…………治療法は、邪気症を患った、本体の生物を討伐するか、もしくは、竜の守る『結晶石』を破壊すること。」
私は、聞いたことのない言葉を、先生に尋ねる。
「『結晶石』…………ですか?」
「えぇ、『結晶石』。種類は、2つありますが、ひとつはその生物の生命の根幹を成す、『生命結晶』。そして、もうひとつは、その生物の力の由縁となる『原始結晶』と呼ばれるものです。今回の場合、共鳴症を発症したのは小規模、彼女一人なので、恐らく『原始結晶』の方でしょう。」
ミレイユは医者に尋ねる。
「その『原始結晶』とやらを破壊すれば、彼女は救かるんだな?」
「えぇ、しかし、竜は人の手に負えるものではありません。やはり、専門家に伺うのが……………。」
私たちは顔を見合わせて、立ち上がる。
「ミレイユ。」
「あぁ。」
私たちは、医師に礼をいって、病室を出た。ミレイユは、子どもに言った。
「もう、大丈夫だ。お前の母親は、じきに助かる。」
「本当!?よかった。よかったよぉ。」
子どもは、わんわんと、涙を流した。チルノは、頭を優しく撫でる。私とミレイユは、それを見て、少し安堵の表情を浮かべた。
「これをお持ちください。」
医者が部屋から出て、私達に、ひとつの地図を手渡す。そして、手元の本の、あるページを私たちに見せた。
「おそらく、この個体でしょう。」
描かれていたのは、赤瞳の鱗竜。アガヤの地、その西に住む、古の竜。
「見てください。ここです。」
医師は指をさす。その場所は、街の外れの山奥、あの家からそう遠くはなさそうだ。森の奥のその秘境、大洞窟に竜は、住んでいるのだという。
私たち3人は、顔を見合わせて、頷いた。
西の大洞窟、火山活動も活発な、この山岳地帯に住まうのは、赤い瞳を持った、強大な鱗竜であった。暗闇の中で、その鱗竜は、その眼を光らせる。
『グルルルル…………………。』
かつて、この大陸を支配した赤竜は、数百年の時を経て、幾千幾万の、恨みと怨念を溜め込み、目覚めようとしていた。アガヤの地に、危機が迫る。
「それでは、お母さんを頼んだぞ。」
「うん!任せて!」
ミレイユは子どもの頭を撫でた。
私たちは家に戻り、母親を寝かせた。そして、医者からもらった地図をもとに、さっそく、その大洞窟へと向かう。御者に言うと、ひとつ返事で了承してくれた。私たちは、デコボコとした道を抜け、森林の奥深く、その洞窟へと、小一時間かけて辿り着く。
「ふぅ、ようやく着いたな、」
ミレイユは地上からでも感じられる火山の熱気に、額から汗を流した。この山全体が脈打つように、赤みを帯びている。
「この山の様子も、赤竜が関係しているのか。」
「そうかも知れないね。」
「急いだ方がよさそうですわ。行きましょう。」
私たち3人は、洞窟の奥へと足を進める。中に進むにつれ、熱気は段々と大きくなった。
「あ、あつい…………。」
私は汗を拭う。
「大丈夫か?まこ。」
ミレイユは心配して、私の様子を伺った。
「えぇ、それにしても…………。」
洞窟内は赤黒く染まった結晶石が所々に、生えており、ドクドクと脈が打つように、発光していた。天井は見えないほど高く、あまりにも巨大で荘厳なその洞窟に、思わずゴクリと息を呑む。
「何だか、不気味ですの。まるでこの山自身が、生きてるみたい。」
すると、曲がり角の手前で、チルノは背後に色の違う結晶石があるのを見つける。それは、ルビーに輝く、特異なものだった。
(綺麗な色ですの。)
チルノは、興味本位でつられて、その結晶石の元へと向かう。
「おい、チルノ。」
それに気づいた、ミレイユが呼び止めようとする。しかし……………。
「へっ?」
チルノは、その結晶石に触れようとすると、不意に後ろからパラ、パラッ………と小さな瓦礫の落ちる音がした。
「ひっ!?」
チルノは、背後の天井を見上げる。そこには、暗闇のなかから赤眼を光らせる、竜の姿があった。
「なにっ!?」
「あれはっ!?」
ミレイユは剣を構え、臨戦体制に入る。まこは、チルノに呼びかけた。
「チルノ、早くこっちに…………。」
驚いたチルノは、後ろに体勢を崩していた。そして、ルビーの結晶石は押し込まれ、そこには大穴が出現する。
「あっ………………!?」
チルノは悲鳴をあげながら、落ちていく。
「チルノっ!?」
ミレイユが背後に気を取られた瞬間、天井にいた赤竜は、恐ろしい速さで飛来し、爪撃を放った。
「グッ!?」
ミレイユは何とか反応し、受け止めるが、吹き飛ばされる。一回転して、片手をつき、着地をした。
「まこ!!」
「えぇ!」
まこは、竜の正面に跳び上がり、拳を振りかぶる。しかし、竜の口腔に炎の塊が現れ、まこはとっさに上体を傾ける。
ボアッ
炎の塊が、まこのすぐそばを通り過ぎて、壁にぶつかる。ガラガラと音を立てて、壁が崩れ落ちた。
「…………………ッ!!」
「まこ!!大丈夫か!?」
「えぇ!!大丈夫!!」
まこは、体勢を立て直し、ミレイユと並んで立つ。竜は咆哮を上げ、2人を鋭く睨んだ。
「ここは、どこですの?」
チルノは頭を掻きながら、辺りを見渡す。そこは、結晶石の赤い光に照らされ、爛々と血が脈動するように、輝いている場所。不思議と景色が上下に揺れている。
フシューッ。
大きな息遣いが下から聞こえる。
「ずいぶんと高いところから落ちたんですの。それに何だが地面が生暖かい…………。」
その時だった。地面が揺れ、斜めに傾く。
「わわっ!?」
チルノは、ボテっと地面に落っこちる。
「な、何ですの?」
チルノは自分を覆った、巨大な影に、視線を上に上げる。
ゴゴゴゴゴ………………
「な、ななっ、な…………っ!?」
チルノが振り返ると、そこには巨大な体を持った何か。それは生暖かい息をチルノに吹きかけて、下方に佇むあまりにも小さな存在を睨んでいた。
『…………………………。』
それは、あまりにも巨大な竜であった。血走った眼は、その眼の奥に、チルノの姿を映している。
「ま、まずい、ですの。」
『グルルルルル……………。』
激しく竜は咆哮する。それと共に、竜の口腔には、炎の塊が出現した。
「あわわわっ……………!!」
ボウッ
それが放たれると同時に、チルノは大きく横は跳んだ。間一髪逃れたが、着弾した場所は、ドロドロに溶けて、地面が大きく抉れている。
「や、やばすぎますの……………。」
チルノは慌てて、逃げ道がないかを探す。すると、向こう側に、黒く染まった結晶石を見つける。チルノは街の病院で扉の奥から聞こえた、医者とまこ、ミレイユの会話を思い出す。
(「その『原始結晶』とやらを破壊すれば、彼女は救かるんだな?」
「えぇ、しかし、竜は人の手に負えるものではありません。やはり、専門家に伺うのが……………。」)
「あれを壊せば、あの子の母親は…………。」
チルノは、ゴクリと息を飲み込み、覚悟を決めた。竜の巨大な身体の横へと駆け抜ける。そして、黒く染まった結晶が、はっきりと視界に入れた。
(大丈夫、私はレーリル先生の一番弟子。)
「やってみせますわ。」
懐から小さな木の杖を取り出す。
『ガァッ!!』
それに気づいた赤竜は咆哮を上げ、チルノをその巨大な脚で踏みつけようとする。咄嗟に気づいたチルノは、目一杯それをかわす。そして、結晶に向けて、呪文を唱え、それを放った。
『レガ』
チルノの放ったそれは、小さな炎の塊。その、小さな炎の球は、原始結晶へと迫る。
ボアッ
炎の球が直撃し、煙が辺りを舞う。
「やりましたの………!?」
しかし、煙が晴れると、結晶は欠けているものの、いまだ壊しきれてはいなかった。
(もう一発……………っ!!)
その時だった。大きな影が、チルノの身体を覆う。後ろを振り向くと、竜はその口腔に炎を溜めていた。それは先程までのものと違い、より大きく、速く渦を巻いている。
「くっ!?」
チルノは振り返り、赤竜に向かって、呪文を唱え、炎を放つ。赤竜の相貌にそれは直撃するが、しかし、赤竜には、チルノの攻撃が全く効いていないようだった。そして、竜の口腔に蓄えられた、それは鋭く放たれる。
「あっ……………。」
(これ、避けられませんの。)
チルノは、目の前の熱気に、ゆっくりと走馬灯のように過去を思い出す。それは、バード王国でのこと。チルノは、母の最期に立ち会っていた。
(『チルノ、愛してるわ。』)
「お母、様……………。」
チルノは、母の最後の姿を思い出す。病床に伏し、日に日に弱っていく、母の姿を。チルノは毎日涙を流していた。父はまだ記憶のない頃に亡くなり、母が国を支えていた。それはそう、まだチルノが幼い頃の話。なかなか構ってもらえない、チルノは度々、城を飛び出していた。
「チルノお嬢様!!お戻りください!!」
「嫌ですの!!街のみんなに会いにいくんですの。」
なかなか母親に構ってもらえなかった、チルノは事あるごとに城を抜け出して、街の人々の元へと駆けていた。寂しかったのだ。街を駆けていると、幼い頃から、顔見知りのおばあちゃんが、チルノに声を掛ける。
「あら、チルノちゃん。こんにちは。」
「こんにちはですの!!」
いつものように城を抜け出した、チルノの様子におばあちゃんは、尋ねる。
「今日も、また何かあったのかい?」
「お母様が、今日も構ってくれなかったんですの!」
「あらあら。レルノ様はお忙しいからね。仕方ないわね。」
「むぅ〜。」
チルノは石段の上に腰をおろし、手を組んで、頬を膨らませる。そして、チルノはおばあちゃんに言った。
「おばあちゃんの家に泊めて欲しいんですの!!」
「あら?今日もかい?私は、構わないけどねぇ。」
チルノは、幼い頃から街の優しいおばあさんの家に訪れることが度々あった。おばあさんは快く受け入れて、街の人たちもチルノの元気に駆け回る様子を眺めて、それを微笑ましく思っていた。
「おばさんのクッキー、おいしいんですの。」
「そうかい?それはよかった。」
おばあさんは孫のことを思い出し、とても懐かしみ、嬉しく思っていた。
(それにしても、大丈夫かしらねぇ?)
チルノの言う通り、バード王国の王である、レルノ様は、大変お忙しい方である。おそらく本当にチルノに構っていられないほどに、国の情勢は悪化しているのだろう。優しく、娘想いの優しい方であったが、王様が亡くなられてからは、国を背負って、休みなくずっと、働いておられる。
(あまり無理をしすぎていらっしゃらなければ、いいのだけれど……………。)
おばあさんがそう考えていた、その時だった。
バンッ!!!
家の扉が、大きな音を立てて開かれる、
「チルノお嬢様!!お母様が!!!」
「どうしたんですの…………?」
「お母様が、倒れられましたっ!!!」
チルノは手に持っていたクッキーを、地面に落とす。ずっとチルノは、お母様が休みなく、働いているのを見ていた。それでも、構って欲しくて、たびたび無理を言って、ときどき遊んでもらっていた。
(そんな……………。)
次第に、無理をしている、お母様の様子に、目の下に酷く隈のできた、お母親の様子に、幼いながらも何処か気づいていた。それなのに、城を飛び出して、心配をかけて、いよいよ自分のせいでお母様が倒れてしまったのだと、チルノは酷く、自分を責めた。
王宮の間の一室。
ベッドに横たわる、レルノ王女は、優しくチルノを手招いた。
「チルノ、こっちにいらっしゃい。」
「…………………。」
「ほら、おいで。」
(私のせいで、お母様は……………。)
レルノ王女は、手を広げ、チルノを抱き締めた。
(いつも暖かい、お母様の身体。)
でも、いつからかお母様は、その腕が以前よりずっと細くなっている。呼吸も酷く浅い。いつからか、お母様は、病床のベッドから動けなくなっていた。
「チルノ、いい?」
「どうしたんですの?お母様。」
お母様は、そっと私から手を離し、服の中に手を入れて、カチッと音を立てて、何かを取り出す。
「これを。」
お母様が、私に手渡したのはブローチだった。
「お父さんの形見だから、大切にね。」
チルノはそれを受け取り、お母様が告げようとしていることを、嫌でも理解して、首を横に振った。
「いや!嫌ですの!!お願い、お母様までいなくならないで!」
「チルノ…………大丈夫。私はお父様と一緒に、ずっと空からあなたを見守っていますからね。チルノ。」
お母様は、そっと私の頭を優しく撫でる。
「あなたは、好きなように生きなさい。」
お母様は、私を抱き締めた。
「チルノ、愛してるわ。」
「お母様……………?」
お母様の身体から力が抜ける。私の腕から、その痩せ細った身体が、する、と抜け落ちた。
「お母様っ!!お母様ーーーーっ!!!!」
バタンッ
『大変だ!!!レルノ様を緊急の治療室へ!!!』
『急げ!!!医療班!!!!』
ステンドグラスから、眩しい光の差す教会。棺が運び込まれていく。世界各国から、多くの人たちが参列し、涙を流していた。
(お母、様………………。)
そうして、お母様はお空に昇っていった。
「…………………どうして?」
お母様の病気は、決して、治らない病ではなかった。ただ治療が遅れたのだ。無理をしていた。国の人たちのためだけじゃない。他の地域の、国のあらゆる救いを求める人たちのためにも、ずっと頑張って、手を差し伸べていた。
鐘が鳴り、多くの人々が祈りを捧げる。
(私は、ただ元気でいてほしかった。)
「王女なんて、嫌ですの。」
そうして、私は国を抜け出して、旅をしてみた。お母様は、幼い頃から旅をしてみたかったのだと言う。私がその夢を叶えるのだ。
(『あなたは、好きなように生きなさい。』)
すると、お母様に救けられた人や、お母様の残した足跡が、たくさん見つかった。ある村に尋ねた時、おや?と1人の老人がチルノを見かけて、声を掛ける。
「チルノ様、どうしてこんなところに?」
「私を知っているんですの?」
「当然でございます。レルノ様のご息女でしたから。」
瓦葺屋の家の玄関の石段に腰をおろして、おじいさんと話をする。
「私たちが今ここにあるのは、チルノ様のお母様のおかげでございます。自ら足を運んで、村の様子を見て下さり、すぐに必要なものを作って下さった。井戸の水は澄み渡り、この土地の土に合う、正しい農法を私達は教わり、危ない魔物は国の兵士たちが追い払ってくれました。おかげで、作物が育ち、危ない魔物もいなくなり、私達は、安心して暮らせるようになりました。」
「そう…………ですの。」
小さな子どもが駆け寄ってくる。
「お姉ちゃん、一緒に遊ぼう。」
「……………えぇ、一緒に遊びますの。」
いろんな場所を旅する中で、お母様の残した足跡を辿ることができた。みんなお母様に感謝していましたの。旅をして、たくさんの人たちと触れ合う中で、私の心の傷は少しずつ癒えていった。
「お母様………………。」
お母様が残してくれたものは、ちゃんとこの世界に残っている。わたしは、メモに印を付ける。
「あとは、そうですの。大切な仲間と、友達と旅をしてみたいんですの。」
それが、私の夢。
お母様が日記に残していた、やってみたいことのリスト。お母様は、本当は、こうして旅をしたかった。自由に、世界を飛び回りたかった。
私が、その夢を叶えるんですの。
でも……………。
(ここまで、なんですの。)
目を閉じる。
炎の熱が目の前まで迫っている。
私は、迷惑をかけてばかりの、人生だった。
ドンッ!!!!!
大きな音に、私は閉じていた目を、ゆっくりと見開く。
「チルノ、ごめん、お待たせ。」
目の前には、まこがいた。
拳を前に突き出し、煙が舞っている。
「チルノ、大丈夫か!?」
ミレイユが、颯爽と、現れる。
私は、こらえきれず、涙を溢す。
「うっ、うぅ……………2人とも。ごめんですの。」
「なにを謝ることがある。」
「大丈夫だよ!!さぁ、来るよ。一緒に頑張ろう!!!」
ミレイユとまこの言葉に、頷く。
竜は雄叫びを上げ、巨大な爪の前脚を勢いよく振り下ろした。ミレイユは、それを剣を盾にして、弾き落とす。
「まこ!!」
「えぇ!!!」
まこは懐に潜り込み、竜の身体の手前で、垂直に跳び上がった。その高さは天井付近まで到達し、竜とまこの視線が交わる。
竜の耳を劈ほどの、咆哮。そして、竜はこれまで最大の炎の球体をその口腔に作り出そうとしていた。
『レガ』
バシュンッ!!
上空のまこに気を取られた、竜は下方からのチルノの攻撃に気が付かなかった。口腔の中に正確に放たれた、チルノのそれは竜の炎の生成を邪魔して、一瞬、竜に隙が生まれた。
「チルノ!ありがとう!!」
まこは、思いっ切り振りかぶり、拳を竜の頭上から、勢いよく放った。
ズドォンッ!!!
轟音を立て、竜は頭から、地面へと沈む。
まこは、言った。
「しばらく、眠ってて。」
そして、まこは、地面に降りて、ふぅっと息を吐く。チルノとミレイユが、まこの元へと駆け寄る。
チルノは、涙を拭って言った。
「まこ、ミレイユ。ありがとう、ですの。」
チルノは、晴れた笑顔を、2人に向ける。まことミレイユは顔を見合わせ、それから微笑んだ。
「あぁ。」
「えぇ。」
それから、3人は洞窟の奥、黒く濁った、結晶石の前へと辿り着く。
「これか。念のため、私が。」
ミレイユはそう言うと、素早く斬りつけ、結晶石を破壊する。すると、ゴゴゴゴゴ………という地鳴りとともに、山の脈動は収まり、竜は穏やかな表情になって、寝息を立て始めた。
私達は帰路につく。
「チルノ、頑張ったね。」
「えっへん、ですの!」
「見直したぞ。」
「えへへ。」
チルノは、満面の笑みを浮かべる。
ガチャリ
家に帰ると、子どものお母さんはそれまでの状態が嘘のように、立ち上がり、元気そうにしていた。少年と抱きしめあって、涙を流して、喜び合っていた。チルノは、それを優しい表情で、で、見つめている。私のミレイユはそんな光景を見て、微笑んだ。そして、お礼をさせてくださいと母親から、頭を下げられたが、急ぎの用があるからと、私達は、すぐに家を後にした。
「よかったですの。」
「そうだね。」
「あぁ。」
こうして、私たちは夜を迎えた。馬車に揺られながら、荷台に積まれた食事を食べ、ゆっくりと眠りについた。
魔女は、とある地下の一室に姿を現す。そこは、物々しく、血の匂いが染み付き、拷問器具や、培養液に浸された遺体が置かれていた。
「ガルド王よ。事は済んだか?」
後ろを向く、その人物は肩を震わせて、言葉を発する。
「……………す、素晴らしい。ゴーサックの探究の成果は、かくも、このような境地へと辿り着くのか。」
振り返ったその顔には、目が左側に3つ、そしてその反対側は焼け爛れ、不気味な笑みを浮かべていた。
「見える、見えるぞ。先の未来が!!」
「ふふっ、それはよかった。」
魔女は妖艶な笑みを浮かべ、王の手を取る。
「被験体をここまで用意してもらえるとは、私としても想定外だった。まさか国まるごとを、罠に嵌めるとは。」
ガルド王は、ケラケラと笑う。
「国民など、何も知らぬ馬鹿な蛙よ。価値もない。見切りをつけてよかった。ハハッ、私は成ったんだ!!かくなる存在に!!!!」
そんな王の姿に、魔女は冷たい視線を向けていた。そして、王の手を取った反対側の、その震える手に爪を尖らせる。しかし己に言い聞かせ、何とかそれを収めた。そして、魔女は笑みを浮かべ言う。
「それでは、向かいましょう。かの地へ。」
「あぁ、行こう。理想郷が、この目に、見える。」
魔女とガルド王は地下を後にする。血の雫が、培養液へと落ち、その中からプクプクと気泡が上がっていた。暗がりのなかで、微かな声が響く。
『可哀想に。』
「私じゃありませんわぁーー!!!」
「なら、誰か食糧を3日分も食い荒らしたと言うんだ!?貴様しか、おらんだろう!!!」
明朝のこと。ミレイユとチルノがある問題で、もめていた。と言うのも、旅の食糧の荷積みは必要分しか積まれておらず、本来まことミレイユの2人を想定していた為に、ただでさえ食糧は、カツカツだったのだ。その上に、何者かが、3日分の食糧を一気に食い荒らし、もう既に食糧が底をつきそうだった。
「なんで私が疑われるんですの!!!私そんなに大食いじゃありませんわ!!!」
「私も少食、まこもそんな量の食事を一度に食すわけがない!!!残るはお前しかいないだろう、チルノ!!!」
「なんで!そう言い切れますの!!!まこに、一度でも聞きましたの!?」
ギクッ………とまこは肩を震わせる。
ま、まさかとミレイユが振り返ったとき、まこの方向からゲフッ……と言う大きな音がした。
「ほら!!!やっぱり、まこですの!!!私じゃありませんの!!謝りなさいよ!!!」
「いや、そんなはずは…………」
すると、まこの後ろ、窓の向こう側、馬車の下から、ひょこっと一本の角が頭を出した。
「ごめんなさい。」
まこは頭を下げる。すると、肉球の足を窓にかけ、蒼い立て髪に、キュートなお口のモコが姿を現した。
「か、かわいいですのぉー!!!!!!」
「な、なんだ、この生き物は!?」
ミレイユは剣の鞘に手をかける。
「わぁー!!!ちょ、ちょっと待って、ミレイユ!!!これは、モコって言って、その………カラルから譲ってもらった、大切な友達で。」
そう言うと、ミレイユは鞘から手を離し、ホッと息をつく。
「そうならそうと、先に言っておいてくれ。………食糧の備蓄も、無限にあるわけではない。その子の分も、運んでくればよかったのだ。」
「あはは、ごめんなさい。」
「それにしても、今までその子は何処にいたんですの?」
「それは…………。」
私は、首にかけられたペンダントに手を触れる。すると、モコの体は光を帯びて、その中に入っていった。
「ど、どうなってるんですの?」
「不思議な構造だ。見たことがない。」
「私もよく分からないんだよね。」
考えてみれば、たしかに不思議なものだ。天使様がこのなかにモコがいるのを教えてくれたから、私もこうしてモコを呼ぶことができているけど。もしかしたら、カラルも知らなかったんじゃないかな?
「ともかく、今のままじゃ、到着するまでに食糧が尽きてしまいますわ。腹が減っては何とやら、ですわ。」
「そうだな。どこかで補給しなければ………ここから近い街といえば、機械の街 『セント』だろう。」
「機械の都市!!私、一度行ってみたかったところですの!!!」
「どんなところだろう?気になるな。」
「あまり道草を食っていられないからな、急いで向かおう。」
モルト王国、王室の間にて、
「まこたち、大丈夫だろうか?」
「あぁ、きっと大丈夫さ。まこはもちろん、ロイド王国筆頭騎士の1人、ミレイユまで付いてるんだから。」
リベルトの心配に、カラルはそう、こたえた。
「そうだな。きっと、大丈夫だ。」
「ところで、リベルトはどうなんだ?あれから少しはマシになったとはいえ、また数日は寝てないんだろう?」
リベルトは答える。
「うん。でも、平気さ。みんなの頑張りに比べたらね。僕も、戦いたいんだ。力はないかもしれないけど、それでも、僕にだって、できる事はある。これが今の僕にできる、精一杯のことさ。」
「リベルト…………。」
カラルは腰を上げて、背伸びをする。
「さて、俺も頑張らないとな。」
「もう行くのかい?」
「あぁ、また来るよ。」
魔女に襲われてから、まだ街に復興の目処は立っていない。だが、故郷から旅立って行った、かつてのこの街の有志たちが、集まり、戻ってきた。みな、希望を持って、頑張っている。
(何度だって、やり直せるさ。)
人と人の繋がりが、想いがある限り、人は何度でも立ち上がることができる。俺たちは決して、魔女なんかに、負けない。
「なぁ、アレン、まこ。そうだろ?」
カラルは穏やかな表情で、町へと向かう。いつかまた、町のみんなで笑い合える。そんな時を夢見て。
機械都市セント、そこは異常発展を遂げた街。
各国各都市から、技術の研鑽を求め、世界の先駆けとなるべく、人々が競い合う。研究者や職人、料理人など、様々な分野のエキスパートが集まり、そのお披露目の場ともなっている。
都市の中心には、空まで聳え立つ、巨大な機械の塔が見える。私たちはその街を見上げた。
「わぁ〜〜!!」
シュッポシュッポと、蒸気機関車のような音が鳴る。絶え間なく歯車が噛み合い、街を動かして、稼働させている。
「すごい………まるで、絵本の中の世界みたい。」
私は、感嘆として、その街の光景を眺めていた。
「見て!虹ですの!!」
屋上から噴水を空高く、放出させている。それは、綺麗な虹を空に映し出し、まるで、この街に来た私たちを歓迎しているようだった。
(あんなところに人が………。)
煙突部分に、人が小さな足場に足をかけて、釘を打っている。街には、カンカンとした音が鳴り響く。
「あ、あんな高いところ、大丈夫かな?」
「そうだな、心配だ。」
よく見ると、おじいさんの足がフラついている。
「だ、大丈夫ですの?」
心配して、しばらく見ていると、おじいさんは足を踏み外し、倒れるように、その高所から真っ逆さまに転落していった。
「いけませんわ!!」
「ダメだ!!この距離では間に合わん!!」
「くっ!?」
私も変身しようとしたが、間に合わない。おじいさんが地面に落下しそうになった、その時だった。
『ベルグナード』
それは、水の美しい軌跡。水龍………そう呼ぶに相応しい、赤い眼をした水の幻獣が、間一髪でおじいさんを拾い上げた。そして、大きなハットを被った、美しい女性のもとへと運ぶ。ブラウンの美しい髪が、日に照らされて、彼女の蒼い瞳を際立たせる。
「れ、レーリル先生!!?」
チルノはたじたじと後ろに、後退る。
「見つけた。」
その女性は不敵な笑みを浮かべて、杖を私たちの方に向ける。チルノは、腕を振って全力で逃げようとしたが、しかし、彼女の体は浮き上がり、宙ぶらりんの状態で、足が空ぶっていた。
すると、あっという間に、グインと、彼女の元へと引き寄せられる。チルノは悲鳴をあげた。そして、彼女に首根っこを掴まれる。
「ご迷惑をお掛けしました。それでは。」
「いやですわ!嫌ですわ!!!」
「みっちりしごきますから、覚悟しておきなさいね。」
静かな怒りを含んだ、恐ろしい笑みに私たちは冷や汗をかく。そして、チルノは、そのままどこかへと、連れて行かれてしまった。
「ま、まぁ、先生と言っていたから、大丈夫なんじゃないか?」
「そ、そうだね。」
喧騒の残る街に、私とミレイユは取り残される。
チルノがこのまま国に戻れるのは、確かにいいことなんだけど、突然のことで、少し寂しい。こんな大変な時に言うのも、何だけど、もう少し一緒にいたかったな。
「うぅ、危なかったわい。」
先程レーリル先生に救けられた、おじいさんが立ち上がり、私たちを物珍しそうに見た。
「おぉ、お前さんたち、どこから来たんだ?」
私は答える。
「モルト王国からきました。」
「おぉ、モルト王国から。それはよく来たな。」
おじいさんは体の埃を払う。そして、言った。
「もし良ければ、街を案内しようか?」
「えっ、いいんですか!?」
わたしは、目をキラキラさせる。しかし、ミレイユは、コホンッと咳をする。そして、おじいさんに言った。
「急ぎの用があるので、またの機会に………。」
「おぉ、そうか。残念じゃ。」
それを聞いて、私はガクリと肩を落とす。
「美味しい飯屋が、たっくさん並んでおるのにのぉ。」
ビクッとわたしは体が反応する。
「各国の王族たちが秘密で訪れるような店もいくつか知っておるし。いやぁ、残念じゃのぉ。」
私は、ミレイユに、眩しい視線を向ける。
「ハァ…………まぁ、仕方がないな。」
「いやったぁーー!!!!!」
「ホホホッ、それじゃあ行くかの。」
お爺さんは、空まで、聳え立つ高い塔の方角、街の中心へと体を向け、歩き出した。私たちはそれに付いていく。
「ここは、『シュリンプ』と言って、その名の通り、海老の料理の専門店。世界中を回って、海老を見てきた目利きの、料理人が腕を振う。海老を使った料理でここより旨い店を、儂は見たことがない。」
「ここは、『バングド』と言って、惣菜の専門店じゃ。各国の料理人たちが腕を振るった料理を安価で買うことができる。」
「そして、ここが『ポーグ』。知る人ぞ知る、名店じゃ。肉料理を扱っておる。肉の中でも、各種の希少部位を取り揃えた、この店は、各国の要人たちが度々訪れ、星3つの評価を得ておる。一度は、入ってみるといいじゃろうな。」
「す、すごいッ!!!」
わたしは、涎が垂れそうになりながら紹介された店を見渡す。それも、紹介された店だけではなく、あらゆる場所から、鼻腔をくすぐるような、あまりにも美味しそうな匂いが漂ってくる。
「まこ、そんなに腹が減っていたのか?」
「えっ?あの、えへへ………実は、そうなんだよね。」
そう、元々馬車に、積み込んであった食糧は、2人分。その分量を3人で分けなければいけなかったので、わたしはいつもよりだいぶセーブして食べていた。王宮で食べていた時も、ミレイユは出征前の準備で忙しくしていて、一緒にはいなかったし、あまり私が食欲旺盛であることは、バレていなかった。
「そんなに腹が減っていたのなら、言ってくれればよかったのだ。わたしは別に、2日や、3日、口にせずとて、何も問題はないのだからな。」
「いやいや!ダメだよ!!そんなの!!!」
そんな会話をしている最中のことだった。
『た、たすけて…………。』
女性の悲鳴が聞こえる。
私達は、その声のする方へと目をやった。すると、その先には、ドレスを見に纏った、金髪蒼眼のいかにも王女様と言った人物が、走ってきて力尽きたように、地面に倒れ込む。
「だ、大丈夫!?」
私たちは直ぐに駆け寄った。その女性は、気を失っている。おじいさんは、わなわなと震え、私たちの向こう側を指差す。
「モ、モルドレッド………!?」
ガシャンッ、ガシャンッと鎧の音を響かせて、紅い紋章のついた、黒鎧の騎士は異様な雰囲気を放って、私たちの前に現れる。
『…………………。』
騎士は、無言で懐から剣を抜き、それを振り上げた。
「危ないッ!?」
「まこ、その王女を連れて、逃げろ!!」
モルドレッドの勢いある凄まじい振り下ろしに、ミレイユはそれを剣の側面で受け止めるが、そのまま地面に腕ごと叩き付けられる。
「ぐぁっ!?」
「ミレイユ!!」
『…………………。』
モルドレッドは、跪く態勢のミレイユに再び容赦無く、剣を振り上げる。
「やめろーーーッッッ!!!!!!!!」
王女をおじいさんへと受け渡し、地面を蹴り、一瞬でミレイユとモルドレッドの間、その懐へと潜り込む。
『…………………ッ!!?』
ドゴッ!!!!!
とてつもない轟音と共に、モルドレッドは吹き飛ばされる。壁にぶつかり、ガラガラと瓦礫が崩れ落ちる。
「ミレイユッ!!大丈夫!?」
「あぁ、まこ。すまない。」
ミレイユは、大したことはないと言うように、口を拭って、立ち上がる。
『……………………。』
ボアッ
火柱が立ち上がる。熱気が風に乗って、頬を撫でる。ガシャンッ、と音を立て、その火柱の中からモルドレッドは現れた。
「くっ…………!?」
まこは、構える。しかし、その時だった。
「ブラボーッ!!」
渇いた拍手の音と共に、貴族の風貌の衣装を身に纏い、髭を少々生やした、年老いた男性が、後ろに兵士達を引き連れて、こちらへとやって来た。
「英雄殿、これはこれは、よくぞいらっしゃいました。」
「私のことを知ってるの?」
すると、男性はため息をして答える。
「知っているもの何も、あのワーラット老を倒し、黒騎士ベルギルスをも退けた、英雄様でございます。知らないはずがございません。」
ザワザワッ、と辺りがざわめき立つ。
「あ、あの英雄様か!?」
「どおりで、モルドレッド様をこのように…………。」
「この街に、英雄様が来たぞ!!」
民衆の間を縫って、その男性は、こちらへとやって来て、片膝をつき、うやうやしく頭を下げた。
「お迎えに来た次第でございます。お嬢様を救っていただいた、ご恩がある。ぜひ、もてなしさせて頂きたい。」
ミレイユは、眉を顰めている。私は、ゴクリと唾を飲み込んでから、言った。
「それじゃあ……………。」
「やめておきなさい。」
街の中を通り抜けるように、ひとつの声が響く。それは、おじいさんの声だった。
「この街に、この国に関わらん方がええ。」
おじいさんは、私たちに忠告する。すると、貴族の男性は、ニコッと笑みを浮かべて、いやいやと、呆れるような仕草をしてから、言った。
「英雄様、耳を貸してはいけませんよ。アビド王がお待ちです。参りましょう。」
私の手を取ろうと、貴族の男性が手を取ろうとした時、ミレイユが私の手を掠め取った。
「行くかどうかを、決めるのは、まこだ。」
ミレイユは、男性に尋ねる。
「……………そこの騎士が、そのお姫様を追い掛けていた理由は、なんだ?」
私は問うた。すると、男性は目を細くして、視線を逸らす。
「あぁ、そうでした。」
宰相はパチンッと、指を鳴らす。すると、兵士たちがモルドレッドを取り押さえた。
「これでもう心配はありませんね。」
宰相は、笑顔で言った。
ミレイユはわたしに私に耳元で囁いた。
「こいつ、嘘をついている。」
「えぇ、分かってるわ。」
私は、宰相の目の前まで言って、目をまっすぐに見据えて、言った。
「アビド王の元まで連れて行きなさい。話を、しましょう。」
「えぇ、大層お喜びになると思いますよ。それでは。」
こうして、私たちは都市中心、空まで届こうかという、巨大な塔へと向かうことになった。
塔の最上階。
肉片が散らばる。ドロドロと腐敗臭のするその一室。彼は、人の原型を留めていない。
『アビド王よ。』
影からその声は呼びかける。しかし、ドロドロとスライムのようになったそれは、呼び掛けに応じない。
「足りぬ………まだ、足りぬ…………。」
影の中の人物は、溜息をついて、それから嘲笑したように言った。
『もはや、自我すら失ったか。』
クククッと、室内に笑い声がこだまする。
『仕方あるまい。計画を始めよう。』
その人物はそう言って、影の奥に沈んだ。
「こちらで、お待ち下さい。」
ベッドが置かれ、絵画の飾られた宿泊ホテルの一室のような客間。しかし何処か無機質で、妙な緊張感の漂うその場所に、私とミレイユは案内された。私達は、それぞれのベッドの上へと座る。
「それにしても、物静かだな。」
機械音ばかりが響き、人の声や音はほとんど聞こえなかった。話を聞くと、機械を作る工場を兼ねた、都市の管制塔であると同時に、今では、実質的な王の居城となっているようだった。
「まこ、しかしこのまま、素直に王に謁見できると思うか?」
「思わないわ。でも、正面から向かわないと、何が起こってるのか、分からないから。」
まこは、先刻の出来事を思い出す。あれは、明らかに、普通ではなかった。お姫様が逃げてきて、気を失い、それをモルドレッドという騎士が、追いかけてきた。その後、騎士は、兵士たちに捕まったが、その時に、一切の抵抗の素振りが見られなかった。どうして抵抗しようとしなかったのか。
「…………とりあえず、正面から、ぶつかって問いただすしかないわね。」
「そうだな。たとえ罠であろうと、関係ない。まこは、私が守る。」
コンコンッ、と部屋のノックが鳴る。私たちは顔を見合わせ、ミレイユが立ち上がる。
「はい。」
そうして返事をして、ドアを開けた。
「あ、あの……………。」
私たちは驚く。
「あなたは……………。」
「先程は、ありがとうございました。」
プルプルと震えながら、立っていたのは、なんと王女様だった。彼女は私達に言った。
「話したいことが、あるんです。」
「モルドレッドは、私の家族です。」
机に私とミレイユが並んで座り、その正面に、お姫様が座った。
「それが、あの時から、別人のように変わってしまって、国に付き従うようになりました。」
「あの時…………?」
「国が魔物の侵攻を受け、お母様が亡くなった後、モルドレッドも、私のお父様もおかしくなってしまった。」
「そんなことが…………。」
「最近は、特に様子がおかしいんです。お父様は、誰とも会おうとしないし、モルドレッドは、私を殺そうとしてくる。…………元々こんな発展した町じゃなかったんです。むしろ、どの国よりも、自然に溢れた場所だった。田畑を耕し、民衆は静かに、この土地を、愛していた。その豊かだったこの国に攻め入り、滅ぼした、魔物の軍勢。その背後にいるのは、きっと魔女だけじゃない。」
「なっ!?それは………。」
「えぇ、恐らく黒幕がいる。そして、この国は恐らく、その黒幕に取り入られ、支配されている。どこかにいるお母様の仇を、私はずっと探しているんです。」
まこは、彼女の目を見て、言った。
「詳しく、教えてもらえますか?」
「はい。」
そうして、彼女話し出した。この国で過去に起こった出来事を。
「チルノ。」
「何ですの。」
チルノは、ぶすーっとして頬を膨らませている。その様子を見て、レーリルは溜息をついた。
(それにしても……………。)
レーリルは元々、この街の調査に来ていた。彼女は、チルノの先生であると同時に、アレンド国際魔術技師会に所属する、最上位級の特別国家魔術師であった。たまたま居合わせたチルノがいたので、足早に帰ろうとしていたが、どうも、やはり、雲行きが怪しい。
「チルノ。」
「はいですの。」
「しばらくこの街に留まることになりそうです。」
「ほ、本当ですの!?」
「えぇ。」
(…………大した事態でなければいいのですが。)
レーリルの額に冷や汗が伝う。
緑豊かな町、静かな私たちの故郷、それが『セント』。山々に囲まれ、動物たちが人間と上手く共存し、何よりも人々のあたたかさが町を包んでいた。
「あら、モルドレッド。今日も来たの?」
少年は嬉しそうにステップをして、丘の向こうからやってくる。
「ねぇ!王妃様!向こうの丘で取れたお花、持って来たんだ!」
少年は、花を王妃へと渡す。王妃はニコニコとした優しい笑顔で、それを受けとった。
「ウフフ、ありがとう。」
「あぁ、モルドレッド!一緒に行こうって、言ってたじゃない!!」
「ごめんよ。アリア。つい。」
「もう!」
「アリア、許してあげて。きっと、モルドレッドも悪気はなかったはずよ。」
町で暮らす、何気ない日常。自然に溢れ、太陽の日が眩しく差した町の、そんな、ある日のこと。街では皆んなが笑って、田畑を耕して元気によく働き、よく食べ、よく眠り、幸せをこの上なく分かち合い、平和に、暮らしていた。
「ミリア。」
背後から声がする。少し気難しい顔をして現れたのは、アビド王。彼は、ミリアに言った。
「隣国との会合の件だが。」
「あなた、そう考える必要はないわよ。教えてあげればいいわ。全部ね。」
「しかし、そうするとだな、我が国の利益が…………。」
アビド王は、頭をポリポリと掻いて、気まずい表情をする。
「あら?共有し合えるものは、ちゃんと共有して、分かち合えばいいのよ。減るもんじゃあるまいし。」
その言葉に、アビド王はうんと、手で顔を抱えて、少し悩んだ後、返事をした。
「あぁ、そうだな。」
アビド王の顔から、暗い表情が消え、吹っ切れたように、大きく背伸びをした。
「アリア、モルドレッド。母さんを、よろしく頼むぞ。」
「「うん!わかった!」」
アリアは実娘であったが、モルドレッドは養子でひき取られた、捨て子だった。しかし、両親は2人を変わらず、愛していた。
「ふむ、なるほどな。」
「こうして、王様自らが聞いてくださるからこそ、我々民衆は、こうして安心して、平和に暮らせておるのです。」
「いいや、大げさな。」
アビド王は、王様としては、どちらかと言えば、少し頼りなさ気であったが、その分、人々の話をよく聞き、民と同じ目線や、立場に立てる人だった。
「今年も、また採れませんでしたよ。」
「うぅむ。そうですか。」
その当時周辺の諸国は降雨の少ない影響で、食糧不足に陥っていた。だが、この国では、セントでは、優れた農耕技術が功を奏してか、平年と変わらず、作物が実っていた。
「ここは、こうするんです。」
アビド王は、周辺諸国へと、民と共におもむき、熱心に農耕の技術を伝えた。それ以降、近辺では食糧不足に陥ることは無く、栄えていき、また国境を跨いだ、人との交流も増えていった。
「盟友よ。これからもよろしくお願いしますぞ。」
「えぇ、こちらこそどうか宜しく。」
近辺諸国との繋がりは深まり、またどんどんと拡がっていった。周辺諸国での、長く続いた諍が、少しずつ収まりをみせた。それも、アビド王、しいてはセント国が積極的に技術提供を惜しまずに、食物や資源が豊富に取れるようになった、おかげであった。久しい平穏が、人々を明るくし、また絆を深めていった。
「侵攻があれば、共に戦いましょう。」
国々の結束は深まり、いつまでもこの平穏が続いていくかに見えた。
だが…………………。
暗がりの中、紫の淡い光を帯びた、巨大な石盤を囲んで、彼らは話す。
『セントの地を中心に、国々が争いを止めた。」
『そんな馬鹿な。あそこは、頻繁に諍いごとが絶えぬ、歴史があったはず。何故そのような事態に?』
『アビド王が余計なことを始めたようだ。実りを迎えぬはずの、周辺の国々が見事に、危機を脱し、人口を増やし始めている。』
『予言書から外れる、事象だ。これは、対処せねばまなるまい。』
『そうだ。これ以上、団結されるては、困る。ここで釘を打っておこう。』
家に帰宅する。ミリア、アビド王とアリア、そしてモルドレッドの4人で小さな家に暮らしていた。
「モルドレッド、おかえり。最近、随分と遅いじゃないか。」
アビド王は、家で洗った食器を拭きながら、モルドレッドに聞いた。
「今日はね、隣の国でこんなことを教えてもらったんだ。」
モルドレッドが、手を出すとそこには小さな火が灯っていた。アリアは、ピョンピョンと跳ねて、嬉しそうにそれを眺める。
「わぁ〜!綺麗ー!!」
ミリアは言った。
「まぁ、本当に、綺麗ね。モルドレッド。優しくて、あたたかい魔法。あなたにとても似合っているわ。」
「火の魔法が扱えるなんて、凄いじゃないか!!将来は名の通った騎士になるかもしれん!!」
アビド王は興奮したように言った。しかし、それを戒める様に、ミリアはアビド王にキツく言った。
「こら!!あなた。この子に、戦いの道を薦めるようなことを言わないで。…………モルドレッド、アリア、あなたたちは、元気にいてくれれば、それでいいのよ。戦いなんて、しちゃダメ。お母さんは、それ以上のことは、何も望まないわ。」
「えへへ、ミリア。ありがとう。」
「ありがとう!お母さん!」
「えぇ。」
ずっと幸せに、平穏に暮らせると思っていた。家族同然の、国のみんなに囲まれて、国の外の人達とも優しく手を取り合って、明るい明日に向かって、歩んで行く。そんな日々がずっと、続くと思っていた。でも……………。
バタンッ
ドアが勢いよく開かれる。私達は、突然のことに驚き、顔を向ける。そこには、宰相が立っていた。彼は、笑みを浮かべて言う。
「お食事のお時間でございます。英雄殿、ミレイユ殿。………それと、お嬢様。勝手に部屋を抜けられては、困りますよ。」
「……………………。」
アリアは非常に警戒した目で、宰相を睨みつける。そして、彼女は息をついて、立ち上がった。
「えぇ、わかったわ。」
彼女は、覚悟した様子で、こちらに振り向いて、言った。
「後は、お願いします。」
パシッ
まこは、アリアの手を掴む。
「一緒に食事、しませんか?」
すると、宰相は少し慌てたように言った。
「お嬢様には、王様から話がありますので。」
「食事、一緒に…………いいですよね?」
まこは、宰相の目をギッと睨んだ。
「……………ハァ、まぁ。構いませんが、お食事を終えたあとは、お願いしますよ。」
すると、アリアは少しホッとした表情で返事をした。
「ええ、わかりました。」
宰相は、私たちを案内するように手を廊下の先へ差し向ける。
「それでは。」
長方形の十数メートルはあろうかと言う白いテーブルクロスの敷かれた、その机には、爛々と目を引くような、数多の豪勢な食事の数々が並べられていた。
「それでは、お召し上がりください。」
宰相は、ニコニコと笑顔で、そう言った。
「こんなに豪華な食事久しぶりだわ。」
アリアは驚いたように、目を輝かせている。
「お、美味しそう…………。」
まこは、思わずすぐに手を出さそうになったが、その前にしておくことがあった。
「あの、お姫様………アリアがあの騎士に襲われそうになったのは、どうしてなんですか?」
すると、宰相は答える。
「モルドレッドの身勝手な横暴でございます。お気になさらずに。」
その言葉に、アリアは睨みつける。そして、ミレイユが訝しみ、食事に手をつけようとした、その時だった。
「………………食べるなッ!!!!!!」
突然部屋に響き渡った、その大声に、まことアリアはビクッと肩を震わせる。ミレイユは言った。
「この食事、毒が入っている。」
「なっ!?」
アリアは、ショックで口を覆う。
「そ、そんな……………。」
宰相は、フゥとため息をつき、冷たい目で言った。
「わざわざ苦しい方をお選びにならなくても。」
ダダダダダダッ…………と部屋の出入り口から、兵士が入り込んでくる。その手には長槍が握られていた。
「逃げるぞ!!!!」
ミレイユは駆け出す。入り口の兵士たちを、一太刀で押し退け、2人に手を差し伸べる。
「アリア!!」
「えぇ!!」
2人は立ち上がり、入り口へと向かった。兵士たちがゾロゾロと集まってくるが、ミレイユがそれを跳ねのける。
「ミレイユ!!」
「あぁ!!」
アリアとまこが、入り口から外に出たのを見て、ミレイユも部屋の外へ出る。
「とにかく塔を出ないと。」
アリアが指を差して言った。
「こっちです!」
アリアが指し示した方向へと向かう。そして、曲がり角に差し掛かろうとした、その時だった。
ガシャコンッ
シャッターが閉まる。
「なっ!?」
「そ、そんな!?」
ミレイユとまこ、そしてアリアに分断される。まこは、拳を振りかぶった。
「こんなものッ!!」
しかし、途端カラダがガクンッと落ちる。
「えっ!?」
「なっ!?」
まことミレイユは、暗闇の底、暗い穴の中へと、落ちていく。
「アリア!!!!」
まこは、嫌な予感がした。このままでは、アリアが……………。長い落下の後、なんとかミレイユとまこは、着地する。
『グルルルル………………。』
獣の唸る声が聞こえる。
蛇の尻尾、山羊の胴体、そしてライオンの頭部。目の前に現れた巨大な体躯のそれは、まさに伝説の幻獣、『キマイラ』であった。
「ミレイユ!!」
「あぁ!!」
2人は目の前の獰猛に唸りを上げる、それに、立ち向かった。
「まこさん!ミレイユさん!」
声の聞こえなくなった、向こう側をアリアは心配する。
ガシャ、ガシャ…………
背後から音が聞こえる。アリアは、ごくりと息を飲んで、覚悟したように、言った。
「………………モルドレッド。」
そこには、黒鎧に赤い紋章をつけた、騎士。その頭鎧の奥からは、赫い瞳が覗かせていた。
「終わりにしましょう。」
アリアは、モルドレッドを睨み付けて立ち上がる。彼はゆっくりと剣を取り出した。
『幻獣 キマイラ』
蛇の尻尾は鋭く、山羊の胴体は太く大きい。そしてライオンの頭部は獰猛に唸りを上げる。そして、その口腔には炎の塊を溜めていた。
「こっちだ!!」
ミレイユは、キマイラの注意を引き付け、自らにその炎の塊を向けさせる。
ボウッ
鋭くそれは放たれる。ミレイユは、間一髪で、横へと飛び込んで、床に転がりながら、炎をかわす。そして、一直線にキマイラの元へと向かった。
「こっちだ!!」
キマイラの尻尾による攻撃を弾き、踏み付けによる攻撃を、股の下を潜って、躱す。そして、キマイラの注意を引きつけた。
「まこ!今だ!!」
「えぇ!!」
まこは、跳び上がり、キマイラの頭上で拳を掲げる。そして、勢いよくその拳を振り下ろした。
ドォンッ!!
クレーターができる程に、キマイラを地上へと叩きつける。キマイラは叫びを上げ、地上に横たわり、沈黙した。
「よし!!ミレイユ!!行こう!!」
「あぁ!!」
アリアが心配だ。早く向かわなければ。
まことミレイユは、キマイラの背後、出口へと駆けた。
(アリア…………どうか無事でいて…………。)
「魔物の軍勢が!!おそらく魔女の手先です!!隣国ラルドが、侵略されました!!!」
突然、家の扉が開かれ、兵士さんが私たちに、知らせてくれた。
「ミリア…………。」
「えぇ。」
お父様と、お母様は険しい顔をして私に付いてくるように言った。
(モルドレッドは、確か丘に行ってくるって…………。)
アリアは思い出す。
「モルドレッド!!モルドレッド!!」
お母様が血相を変えて叫ぶ。
「あのね、お母様。モルドレッドが…………。」
モルドレッドは1人、崖の上で地平線を眺めていた。年月が経ち、彼は周辺の国々の騎士達から、剣技を教わり、強くなっていた。
「俺は、みんなを守れるようになりたい。もっともっと、みんなから教わって、アリアや、ミリア、それに、王様を、守れるように、強く、なりたいんだ。」
そんなことを呟いていた時、地平線が少し揺れたような気がした。
「……………なんだ?」
いや、違う。それは、揺れたのではない。地平線を丸ごと埋め尽くすような軍勢。その、あまりにも膨大な数の軍勢の魔物達が、一斉にこの地目指して、向かってきていたのだ。
「な、なんだよ………これ?」
冷や汗が止まらない。モルドレッドは、立ち上がり、急いで、町の中心地に向かった。彼が辿り着いた時には、既に人々は慌しく、逃げ出していた。
「モルドレッド!!!」
背後から聞こえたのはミリアの声。心底心配した眼差しで、彼の元に急いで駆け寄り、手を強く握って言った。
「逃げるの。わかった?」
王妃は、懐から何かを取り出した。それは翡翠のネックレスだった。
「これ、お守り。」
王妃はモルドレッドの首にそれをかける。
「アリアは、もう街のみんなと逃げたから。必ず生きて、みんなで頑張るのよ。」
「ミリアは?ミリアはどうするの?」
すると、ミリアは言った。
「私は、戦う。」
彼女は、先端の渦巻いた木の杖を取り出す。
「必ず、あなた達を守ってみせるわ。」
モルドレッドは嫌な予感がした。
「ダメだ!!一緒に逃げよう!!ミリア!!」
「大丈夫。安心して。」
すると、ミリアは彼の頭を優しく撫で言った。
「愛してるわ、モルドレッド。」
ミリアは振り返る。
「絶対に守り抜いてみせる。」
ミリアの振り返った先には、体長十数メートルはあろうかという巨体があった。その魔物に首はなく、鉄鎧に身を包み、巨大な剣をもつ。
その名を、『死霊のデュラハン』
町が燃やされている。オークやゴブリン、骸骨騎士が町に残った人々を探す。だが、あるのはもぬけの空ばかりで、魔物たちはその先、遠くに見える人間たちに目を向けた。
ジャキンッ、とけたたましい音が鳴る。
「覚悟しろ。魔物どもが。」
魔物たちが一刀両断される。アビド王が駆けつけ、剣を振るった。人々を逃し終えた兵士たちも続々と、戻ってくる。
「行きなさい!!!」
ミリアは、モルドレッドに言った。
「で、でも…………。」
「いいから!!!!!」
ミリアに押されるように、モルドレッドは走り出した。しかし、死霊デュラハンの剣がそのモルドレッドに向かって振り下ろされる。
『月の舞踏』
閃光が瞬き、デュラハンの剣を弾く。そして、そのままデュラハンの身体を次々と閃光が貫き、動きを完全に留めた。
「今ならまだ許してあげる。」
杖を魔物達に向ける。
「ここから立ち去りなさい。」
その時だった。
暗い瘴気が周囲に、立ち込める。
バキン、と音がして、デュラハンを留めていた、その光が突然、弾かれた。そして、身体からは、黒い蒸気のような何かが立ち昇る。ミリアはそれを見て、眉を顰めた。
(一体、これは………?)
デュラハンの目が赫く光る。
「畏まりました。事態が収まるまで、モルト国に、おられるといい。」
若き日のベルトは事態の深刻さを受け止め、セントの国の人々を受け入れることにした。人々は安心し、束の間の休息、そのひと時を過ごす。
しかし、モルドレッドは不安だった。ミリアは、アビド王は大丈夫なのだろうか?
「アリア。大丈夫だ。俺が必ず守るから。」
「モルドレッド…………。」
モルドレッドは、震えるアリアの身体を抱きしめた。
そして、数日後、地平線の向こうに影が見えた。日々、セントの地の方角をうかがっていた、モルドレッドはすぐに気づく。
「ミリア………?ミリア!!!」
人影はだんだんと大きくなる。
モルドレッドは走り出っていく。しかし、近づくにつれ、足が止まる。
「ミリ………ア……?」
「………………。」
そこには血塗れで、アビド王を背負ったミリアの姿があった。
「ハァ、ハァ……………。」
目は虚ろで、何も見えていない。ユラユラと身体を揺らしながら、一歩一歩、進んでいく。
「ミリアッ!!!!」
倒れそうになるミリアの身体を受け止める。ミリアは何者かが、自分を支えてくれていることに気づく。
「…………モルド、レッド?」
「そうだよ!!!俺だ!!!早く、医者に診てもらわないと!!!」
「もう、いいの…………。」
ひし、とモルドレッドを優しく抱きしめて、彼女は言った。
「モルドレッド。あなたが、生きていてくれて、本当に、よかった。」
「ミリ………ア。」
「あなたは、ずっと私の子どもよ。モルドレッド……………。」
ミリアは抱きしめる手に強く、力を込める。
「愛してるわ。」
その言葉を最後に、ミリアの身体からは、少しずつ、力が抜けていった。そして、モルドレッドの手から、彼女の身体がスルリと抜けおちる。
「ミリ………ア………?」
ミリアは、死んだ。
腕の中で、ミリアが息絶えていく感覚は今も、この手に残っている。ずっと、ずっと、こべりついて、離れない。
そっと、頬に手が寄せられる。
「モルドレッド。」
優しい手、あたたかな手だ。
家族の手。ずっと手放したくない、守らなければならない、俺の一番大切な家族の……………。
「……………………はっ?」
血が床を染めている。ドクドクとその小さな体から、血が溢れ出している。剣がアリアの身体を貫き、その命は、今にも息絶えようと、していた。
「そ、そんな……………」
「大丈夫よ。モルドレッド。」
ゲフッ、と血を吐きながら、アリアはモルドレッドの目を見て、言った。
「愛してるわ。」
(『愛してるわ。』)
重なる姿、重なる記憶。全てを思い出した、そうだ。俺は、あの時から記憶を失い、操られていたのだ。
「おい、アリア。」
ダランと、手が落ちる。
体から、力が、抜け落ちる。
「アリ……ア………。」
「おや、ようやく終わりましたか。」
後ろから、宰相の声が聞こえる。
「アビド王がお待ちです。行きますよ。」
ズバンッ
「へっ?」
宰相の首がとぶ。自分が何をされたかも分からずに、宰相、彼は、絶命した。そして、モルドレッドはアリアをゆっくりと地面に横たえて、静かに呟く。
「アビド王……………。」
思い出したのだ。あの時、アビド王から溢れ出るドロドロとした暗い何か。それは俺を飲み込み、瞬く間に意識と自我を奪い去った。
(アリア………………。)
横たわる、アリアを見て、剣を握る拳をわなわなと震えさせて、モルドレッドは怒りのままに叫んだ。
「アビド王ーーーッッ!!!!!!」
モルドレッドは、駆け出す。止めようとする、兵士を次々と跳ねのけ、傷を負うことを厭わずに、瞬く間にその頂上へと辿り着いた。
「なんだ?モルドレッドよ。」
その人影は、街を見下ろすように、後ろを向き、こちらに表情を窺わせない。
「貴様、よくもッ!!!」
「モルドレッドよ。」
アビド王の足元から、暗闇が溢れ出す。
「さらばだ。」
唐突に、アビド王の頭から放たれる、黒く鋭い何か。それは意表を突かれた、モルドレッドの肩を貫通し、その身を上に持ち上げた。
「ガッ!?」
そして、窓の外へと放り投げる。纏わり付いた、暗闇がモルドレッドを包み込んでいく。
(アリア……すまん。ミリア………。)
「そ、そんな。アリア!!しっかりして!!」
まことミレイユは、アリアを見つける。意識は絶え絶えで、今にも危ない状況だ。そして立て続けに、兵士たちの追っ手が来る。
「まこ!一度、この塔から脱出するぞ!!」
「えぇ!!」
まこが、アリアを背負い、ミレイユが追っ手を斬り払いながら、下へと階段を下っていく。
「やっと着いた。」
そうして、ようやく外へと辿り着いた。
「なっ!?」
ミレイユは、驚愕する。塔の前には、モルドレッドが倒れていた。しかし、反応はないようだ。
「こっちじゃ!!!」
声のする方をみると、この街で最初に出会ったおじいさんが、アリアの様子を見て、焦ったように、急かしていた。私たちは、アリアをおじいさんの元に手渡す。
「これはいかん!!」
おじいさんは、アリアを背負うが、腰を痛めたようで、足が止まってしまった。
「私が行こう!!」
ミレイユは、アリアを背に乗せる。
ガシャリ………。
音がする。振り向くと、モルドレッドが暗いオーラをまとい、立ち上がっていた。そして、アリアへと向かって剣を振るう。
ガキィン!!!
まこの拳と、モルドレッドの剣がぶつかる。
「まこ、すまん!!頼んだぞ!!」
「えぇ!!」
剣と拳の鍔迫り合い、カタカタと震える。
まこは、言った。
「もう終わりにしましょう。あなた………泣いてるわ。」
「…………………。」
「ここじゃ!」
ミレイユとおじいさんは、病院に駆け込む。
「これは…………。」
アリアを見た、医師は急いで、手術台へ運び、緊急のオペを開始する。
「傷が焼けて、出血が止まっておる。」
おじいさんはアリアの傷跡を見て、言った。ミレイユは、モルドレッドが炎の使い手であったことを思い出す。
「モル、ドレッド…………。」
顔を顰めながら、アリアは彼の名前を呟く。
「モル……ドレッドを、救けて………あげて…………。」
「………………ウゥ。」
モルドレッドは、まこに向け、剣を振り下ろす。まこは、それを跳んでかわし、距離とる。
「あなたはアリアの家族なんでしょう?きっと、アリアは大丈夫だから!!」
「…………………。」
「あなたを正気に戻して、アリアのところに連れていく。」
ボウッ、とモルドレッドの剣に激しい炎が点る。モルドレッドは、駆け出し、剣を振るった。
『炎回』
炎の軌跡を描く、鋭い一閃がまこを襲う。まこは、それをしゃがんで懐に潜り込み、拳の一撃を入れる。
「………………ッッ!!」
モルドレッドは塔入り口の壁に衝突し、土埃を上げる。すると、土埃の中から炎の小さな塊がいくつか煌めき、それは弾となって、まこに放たれる。
『炎燈』
まこは走りながら、躱し、拳を振りかぶる。モルドレッドも駆け、剣を後方へと振りかぶる。
「うおぉぉぉーーーーッッッ!!!!!」
「………………。」
互いの一撃が交錯する。モルドレッドの一撃は、まこの頬を掠めるように横を通り、まこの一撃はモルドレッドの顔面を捉えた。
ズドォンッ!!!!
モルドレッドは、壁を突き破り、吹っ飛ぶ。まこは拳を、握りしめて言った。
「さぁ、帰るわよ。」
「うぅ……………。」
アリアがゆっくりと、目を覚ます。目の前には、モルト国から来たという騎士のミレイユと、小さな頃から知っていたおじいさんがいた。
「……………モル、ドレッドは?」
ミレイユは言う。
「まこが、何とかしてくれている。今はゆっくりと休め。」
「……………アリア。」
おじいさんは、やり切れないような、悔しいような表情で、目を逸らした。
「おじいさん。…………うぅん。私ね、大丈夫だよ。町のみんなが、頑張ってくれていたこと知ってるもん。私もね、だから、頑張ってみようと思ったんだ。でもそれで、目をつけられちゃって…………。」
「アリア、すまんかった。儂らにもっと、勇気があれば。」
「いいんだよ。みんなに無事でいてほしいもの。どれだけこの町がよくなっても、みんなが元気じゃなきゃ、意味ないもの。」
「アリア……………。」
おじいさんは、ヒック、ヒックと涙を流した。手術を終えた先生がその光景を、フゥーッと額に汗を滲ませながら、微笑ましそうに見ている。
ガチャリ
ドアが開く。
「みんな……………。」
部屋には光が差し込み、そのドアの先にはモルドレッドを背負った、まこがいた。
「モルドレッ………ぐぅ!?」
アリアは身体を起こそうとするが、痛みで起き上がれなかった。カタッ………と何かが降りる音がした。
「アリア…………。」
見ると、意識を取り戻した、モルドレッドが立ち上がり、よろよろとアリアの元へ歩み寄る。アリアは、震える声で目尻に涙を浮かばせて、言った。
「おかえり。」
「……………あぁ、ただいま。」
『洗脳が解けた?そんな馬鹿な…………。』
影に潜む人物は、顔を顰めた。
『マキア、予言の戦士。やはり、侮れん。』
影からヌッと姿を現し、アビド王の頭を掴み、指を捩じ込ませた。
『まぁ、よい。この街での計画も既に終えた。フィナーレと行こうか。』
ドロドロと暗い液体が、地面に零れ落ちる。その液体からは、赫い目をした魔物達が、ゾロゾロと現れた。
『数十年前、この町を滅ぼした、あの魔物も解き放ってやろう。特別にな。』
その人物は、ニヤリと顔を歪める。
(全てが計画通り、理想郷へと至る道筋は、もう間も無くだ。)
おじいさんの家、目をキラキラさせながら、まこは並べられた食事を口いっぱいに、頬張る。
「フフッ、まこは食欲旺盛なのね。」
おじいさんやアリアは、微笑ましそうに、まこが食べる、それを見ていた。アリアはおじいさんの家のベッドの上で仰向けになっていた。
「まこ、口元が汚れている。」
「ありがとう!ミレイユ!」
ミレイユはハンカチでまこの口元を拭った。
丸ごとチキンや、グラタン料理、山盛りのサラダ。バランスの良い食事は食欲をそそらせた。そんなまこを見て、ミレイユは話す。
「そもそも、あの量を3人で分け合っていたのだからな。元々2人分しかなかったのだ。まこも、育ち盛りだろう。随分と、我慢していたのだな。」
「わたし、実は、モグモグ、よく食べるほうで、モグモグ、ゴクン………おかわり!!」
おじいさんは、まこが差し出したお茶碗を受け取り、ご飯をよそう。
「はいはい。喉を詰まらせんようにな。」
ミレイユは、そんなまこを見て、微笑ましく思った。知らなかった彼女の一面を知れて、何だか嬉しくなった。ふふっ、と優しくまこを見つめる。
「………お前さんたちを見ていると、娘と孫を思い出すわい。」
おじいさんは、物憂げな顔をして、懐かしむように言った。
「娘さんと、お孫さん………」
「もう、拐われて2年になるがの。きっと、あの塔で働かせられとるで。」
おじいさんは、窓の外を見上げる。そこには、天にも届きそうに、一つだけ高々とそびえ立つ、あの塔があった。
「この場所は、発展と引き換えに、人の尊厳を失った街。遠く、昔は田園の栄えた田舎町じゃったの。それがいつからか、あの、変わり果ててしまった王の命令によって、美しい田園は潰され、国の人々は大規模な発展のためにだけに徴集された。人々の意思は軽んじられ、ただ卑下た人の欲望だけが、この街を動かすようになった。」
ガシャリッ、と音を立て、椅子に座ったモルドレッドは、言った。
「今はどう言うわけか、最近塔の中で、人の動きがあまりないようだ。意識は希薄だったが、記憶は朧げに残っている。」
アリアは物憂げに言う。
「私たちは頂上付近からほとんど移動させてもらえなかったから、捕えられた人たちがどうなっているかまでは、よく分からないの。ごめんなさい。」
おじいさんは、天井を見て、後悔と哀しみの入り混じった、表情で話し出した。
「いつからか王は変わってしまったの。人を人とも思わぬ暴政………異様な発展を遂げたこの街は確かに、何も事情を知らぬものから見れば、美しく見えるじゃろう。」
モルドレッドは、言う。
「元々住まう町の人々、その血と涙が、この街の礎となっている。許せぬ。」
アリアは言った。
「お父様は、操られているわ。」
アリアは膝の上に、拳を握りしめて言った。
「この町に急に魔物が攻めてきた時も、おかしかった。誰かが手を引いているはず。魔女か、あるいは…………。」
「…………なるほどな。」
ミレイユは考えるように、顎に手を添える。
「魔女の他にいるの?国に攻めてくるような相手が……………。」
まこは、尋ねる。
「昔から父や母から、存在は聞いていたの。嘘か誠か、古からの王様が今も生きていて、世界の支配を企んでいるって。」
「魔女が不老不死だ。無い話でもあるまい。」
モルドレッドは、言った。
「アビド王を、父を解放せねば。」
私たちはモルドレッドの言葉に頷く。
その時だった。
バタンッ!
扉が勢いよく開かれる。
「ビクター!ビクター・セネクはいるか?」
その声の主は、武装した兵士たち。その言葉に、おじいさんは反応して、立ち上がる。
「何じゃ急に。」
兵士達は懐から一枚の紙を取り出し、バンッと目の前に出して、言った。
「ビクター・セネク。お前に、罪状が出ている。」
モルドレッドは、無言で立ち上がり、鞘に手を掛ける。
「モルドレッド!!」
おじいさんは、彼を止めた。
「いいんじゃ。」
そうして、おじいさんは兵士達に言った。
「構わんが、一度、アビド王に会わせてくれ。」
兵士達は無言で、おじいさんの身体を引っ張る。
「ミレイユ!」
「正式に出された罪状を反故にすれば、国際的な違反になる。ここは引き下がるしかない。」
「そ、そんな…………。」
カタッ
アリアは、よろけながら立ち上がり、兵士達に言った。
「そうやって罪もない人を捕まえて、見せしめにして、何様のつもりよ!!人の弱みにつけ込んで、理不尽を押し付けて、あなた達は何も思わないの!?」
「…………………。」
兵士達は、何も言わずに立ち去る。
「ぐぅ………っ!?」
アリアは腹を抑えて、膝をついた。
「アリアッ!」
まことミレイユが駆け寄る。モルドレッドは、柄を握る手を振るわせている。彼は言った。
「俺一人で、塔に乗り込む。」
それを聞いたアリアは、驚き、唇をギュッと噛み締めた。
「ダメ。だめよ。モルドレッド。」
「これは、俺たちの…………いや、俺の問題だ。片を付けなければならない。」
ビィー!ビィー!ビィー!!
街中で突然警報が鳴り響く、赤いランプがそこかしこで点滅する。
『侵入者、侵入者。一般市民はただちに屋内に避難し、待機せよ。』
スピーカーから機械音声が流れる。市民たちの悲鳴があがり、人々は逃げ惑う。
「なんだ!?一体!?」
ミレイユとまこは急いで外に出る。すると、街の外側に煙が上がる。よく見てみると、魔物達が民衆を襲い、街の中へと迫っていた。
「まこ!」
「えぇ!」
まことミレイユは急いで、魔物のもとへ向かう。モルドレッドは、アリアに言った。
「大人しくここで待っていろ。」
「モルドレッド。」
アリアは、彼の目を見つめる。
「必ず、帰ってきて。」
「あぁ。」
モルドレッドは駆け出す。それと共に、彼はボタンを押し、家のシャッターを閉める。
モルドレッドは、塔を見上げる。
「な、何だ…………?」
塔の中から、黒い何かが溢れ出している。そして、そこからは魔物達が続々と現れ出していた。
「街の中心、それに塔に魔物………アビド王!!!」
過去の光景が重なる。魔物が国へ攻め入り、ミリアが死んだ。今度は、アビド王も。
「決して、失ってなるものか。」
モルドレッドは、剣を抜く。
「今度こそ、必ず守り抜いてみせる。」
ザッ、と手錠を繋がれた、ビクターはある一室へと、訪れる。そこは王の座す、塔の頂上。そこは血と生臭い獣の臭いが立ち込め、ビクター思わず顔を顰める。そして、部屋の奥に座すそれを見つめて、彼は言った。
「もはや、人であることすら捨てたか。アビド王よ。」
ドロドロと黒い粘液が、ビクターに迫る。ビクターは目を閉じ、それを受け入れた。
(王よ、今一度思い出せ。愛した者の意思を。)
ビクターの視界が黒く染まる。暗い闇に飲み込まれ、彼は意識を閉ざした。
「どけぇっ!!!!!!」
モルドレッドは剣を振るう、次々と現れる魔物を切り裂き、前へ進む。嫌な記憶が甦る。
『愛してるわ。』
ミレアの最後の姿が思い浮かぶ。嫌だ。もう誰も俺は、失いたくない。モルドレッドは、塔の前に固まった魔物の集団に技を放つ。
『炎万』
魔物たちは焼き払われ、塔の入り口が見える。
(あと少しだ………。)
その時だった。
ズン………と上空から、巨体が降り立つ。
煙立ち、それが晴れた光景を見たとき、モルドレッドは怒りの咆哮をあげた。
それは因縁の敵。
死霊の騎士、デュラハン。
黒い霧を身体に纏い、赤く目が灯った。死を司る魔物が、モルドレッドの前に立ちはだかる。
「なんて数だ!?」
ミレイユは、苦悶の表情を浮かべながら、周囲から次々と襲いくる魔物達に対処する。まこは魔物を放り投げ、街に入れさせないようにする。
「いい加減に…………しなさい!!!」
まこは、拳を振り翳し、魔物達を吹き飛ばす。しかし、無尽蔵に溢れる魔物達は、次々と人々に襲い掛かる。
「ミレイユ!!!」
まこはミレイユが魔物に囲まれていることに気づいた。まこは、ミレイユの元へ向かおうとするが、魔物が次々と現れ、逃げ遅れた人々が視界に入り、なかなか辿り着けない。
「く、くそっ…………!?」
その時だった。ミレイユは視界の端に、足を挫き、魔物に襲われかけている人がいるのを捉えた。
「危ない!!」
ミレイユは目の前の魔物の攻撃をはじき、その足を挫いた人物の元へ向かう。そして、襲い掛かろうとした、魔物を斬り払い、何とか逃げるようにと促がした。
ギギッ……………。
(し、しまっ………!?)
魔物は、その瞬間を見逃さず、背後からミレイユを狙っていた。その手に持った鋭い剣を容赦無く、振りおろす。民を逃すことに、意識を取られていた、ミレイユは、反応が遅れた。まこは、それに気づき、手を伸ばすが、届かない。
「ミレイユ!!!!」
「ぐっ…………!?」
『レガ』
放たれた火球が、魔物を吹き飛ばす。ミレイユとまこが目を向けると、そこには杖を構えた、チルノがいた。
「「チルノ!!!」」
「こいつらは、私とレーリル先生に任せてくださいまし!!まことミレイユは、塔に向かって!!!」
チルノは魔物たちに向かって、再び杖を振るう。その隣にいる、レーリル先生は、私たちに言った。
「この魔法の術者、その本体を撃破すれば、この手の輩は止まります。塔に向かいなさい。恐らく、元凶は、あの塔の頂上付近です。さぁ、行きなさい。」
まこと、ミレイユは頷く。
「はい!!」
「わかった!!」
まことミレイユは走り出す。レーリルは、隣に立つチルノに言った、
「久しぶりの授業です。チルノ、気張りなさい。」
「はいですの!!!!」
赤黒い炎が剣に纏わり付く。
『黒炎』
モルドレッドは、デュラハンの懐に潜り込む。
『炎燿』
斬り上げと共に、炎がたちのぼり、デュラハンを赤黒い炎が、飲み込む。
『下落ち』
足を切り裂き、跪かせる。見上げるほどだった頭上が、目の前へと落ちてくる。
(とどめだ。)
赤黒い炎が上空へ立ち昇る、それは一筋の剣と化し、モルドレッドは、高く跳びあがり、デュラハンの頭上からその剣を振り下ろした。
『…………………。』
凄まじい轟音とともに、デュラハンの身体が崩れ落ちる。モルドレッドは肩で息をしながら、膝をつき、俯いた。
(終わった………やっと………。)
仇を打ったのだ。ミリアの仇を。
モルドレッドは、重い身体を引き摺りながら、塔へと向かう。
(アビド王…………‥今、救けに。)
ガタッ
ギギギギィ………と鎧の軋む音が背後から聞こえる。
(何だ……………?)
モルドレッドは背後を振り向く。
グサッ
「……………ガハッ!!?」
それは、あまりにも無情な一撃。
モルドレッドの身体を、デュラハンの剣が刺し貫いていた。
(そ、そんな馬鹿なっ!?)
かろうじて残っていた、鎧の腕の残骸が浮き上がり、手を伸ばし、その伸びた剣が、モルドレッドの胴体を、鎧を貫いていたのだ。
「グッ……………!?」
モルドレッドは、地に伏せる。
赤く、血が地面を、染める。夥しい出血量が、彼の視界を、意識を徐々に薄れさせていった。
アリアは、首にかけていたペンダントを開く。
「またもう一度、戻れるかな。」
ペンダントには平和だった頃の家族の写真。お母様もきっとそれを望んでいる。またみんなで、何気ない日々を、幸せな日々を。
(モルドレッド………絶対帰ってきてね。)
砕けた鎧から伸びた剣が、モルドレッドの身体を貫いていた。そして、ブゥーン……という音と共に、砕けた鎧は碧く光り、瞬く間に、再生していく。
「…………………。」
モルドレッドは、血塗れで、地面に体を横たわっている。しかし、ゆっくりと、モルドレッドは体を震わせながら、立ち上がった。そして、目の前に立ちはだかる、既に全快したデュラハンを前にして、彼は再び剣を握りしめる。
(ミリア…………こんな相手と戦っていたんだな。)
滴る血で滲む手を、強く握り締める。
(最後に、ミリアと同じ苦しみを知れてよかった。)
「……………ミリア。」
苦しかったろう、辛かったろう。俺の愛する家族を、俺を拾ってくれた人を、愛してくれた人を、よくも。よくもよくもよくも。
『炎露』
モルドレッドとデュラハンの周囲に、炎が立ち昇る。それは激しく、まるで2人を逃さないように、炎の壁となって、立ち塞がった。
(すまない、アリア。俺はここまでだ。)
モルドレッドは地面に剣を突き立てる。
(これで最後だ。)
ミリア、アビド王………そして、アリア。俺は、みんなと共に、暮らせて、幸せでした。もし、生まれ変わったら、また、もう一度、みんなで……………。
『炎王』
カッ、と一瞬光が街を包み込んだ。激しい爆音とともに、炎の柱が立ち昇る。それは、暗雲を突き破り、空を、街を、明るくした。
塔の最上階、暗闇のなかでアビド王は人の姿を、取り戻す。確かに聞こえたのだ。あの子の声が。
「モルドレッド…………。」
背後の影から、手が伸びる。
「ぐっ…………!?」
(まさか、最高位の魔物が…………。思い通りいかぬ。愚民どもめ。)
影の主は、アビド王の頭を掴み、指を捩じ込ませる。
「あっ、がッ……………。」
「くっ、くっ。ジジイ共、俺の好きなようにさせてもらうぜ。」
目的は、破壊。己の快楽の為に、人類など滅べばよいと、そう考える邪悪。
『古の王』の1人。
その者は、そういう存在だった。
「…………………。」
まこは、グッと口を噤む。辿り着いた時には、もう遅かった。跡形も、塵も残っていない。ただ、優しい光の差す、晴天が街に差している。静かな風の音が、辺りを包んだ。
「まこ。行くぞ。」
「…………えぇ。」
まこは、涙を拭い、決意を漲らせたように、言葉を口にする。
「行きましょう。」
レーリルとチルノは、杖を下ろす。
「粗方片付きましたね。」
「も、もう無理ですの。」
チルノは仰向けに倒れた。街の入り口から絶え間なく侵入していた、魔物たちは、2人によってほぼ鎮圧された。市民たちの避難も完了している。これで無事に、終わる………その、はずだった。
「……………チルノ。立ちなさい。」
「えっ?」
宙にドロドロとした液体が現れる。その中から、ふたたび、魔物たちが溢れ出す。今度は、黒い霧を身体に纏っている。
「どうやらここからが本番のようですね。」
「えぇっ!!?」
「チルノ、私の後ろに回りなさい。」
レーリルは杖を構える。何者かが、この国に手を回している。条約に違反し、未知の武器を密輸、製造している事を聞きつけて、私はここへ来た。しかし、どうやらそれは、ただの噂ではなかったようだ。やはり、背後で、大きな何かが蠢いている。
(………ここで片を付けます。)
「くそっ!邪魔だ!?」
私たちは、溢れ返る魔物たちを押し除けながら、塔の階段を駆け上がる。そして、塔の最上階の、扉を開いた。ミレイユは声を張り上げる。
「アビド王ッ!!!」
そこには、背を向け、外の街を見つめる、彼の姿があった。彼は背を向けたまま、呟く。
「ミリ、ア…………アリ、ア……モル、ドレッド…………。」
アビド王はこちらに振り向き、何かに縋るように、震える手をこちらに伸ばす。すると、その手の先からは黒いドロドロとした液体が、鞭のようにしなり、まことミレイユへと襲い掛かった。
「ミレイユ!!」
「あぁ!!」
ミレイユは向かってきたそれを、斬り払い、アビド王の元へと突き進む。まこは、素早く左右に避け、ミレイユと同様に、王の元へと迫っていく。
「………………うぅ。」
王が苦しそうに唸り声をあげ、頭を抱え、背後から何本ものしなる鞭が、放たれる。それは塔の頂上の壁を、天井を破壊していく。
「何だか、苦しそう…………。」
「あぁ、もう楽にしてやろう。」
まこは、頷く。
まことミレイユは、アビド王の目前へと迫る。しかし、その時、アビド王の眼は赤く光る。そして静かに、呟いた。
「……………『暗界』。」
ボソッと、そう呟くと、アビド王の地面にかざしたその手から、瞬く間に暗闇が広がっていく。それは一瞬で地面を覆い尽くしていき、ミレイユが足を飲み込まれる。
「ミレイユ!!」
「まこ!!逃げ……………。」
ギリギリ伸ばした手が届かず、ミレイユは暗闇の中へと引き摺り込まれた。
「くっ……………!?」
まこは、暗闇の届かない場所へといち早く逃れ、退避する。しかし、もはや塔の外、外壁まで侵食した暗闇の、その勢いは止まらず、いよいよ塔の頂上、その地面すべてを暗がりに染めようとしていた。
(もう、これしかない!!)
まこは、アビド王の黒くしなる鞭によって、破壊された天井から、見える青い空、その空高くへと、跳躍する。
「アリ、ア………モル、ドレッド………ミリ………ア………。」
アビド王は縋るように手を掲げる、
ドバァッ!!
すると、まこを追うように、塔を覆っていた全ての闇が、まこの元へと一気に迫る。
まこは、拳を握りしめた。
(ここで、終わりにする!!!)
チルノが空を見上げる。
「まこ…………ですの?」
ガヤガヤガヤ、と民衆が外を見上げる。塔の頂上、果てしない暗闇がその、一点へと迫っている。その先には、誰かがいる。人々が指を差し、その光景を見ていた。
「この国であったこと、私は殆ど何も知らない。」
まこは、憐れみの表情でその暗闇の中、僅かに見える彼の姿を見る。
「でもね、あなたも、ミリアも…………そして、モルドレッドも。ずっとこの国の苦しみを背負って生きてきた事は、分かるから。」
まこは、拳を握り締める。
「私ができる事は、もう楽にしてあげること。これ以上、みんなが苦しまなくても、悲しまなくてもいいように。」
まこは拳を振り上げ、渾身の力を込めて、振り放った。
ドンッ!!!!!
塔の上空、激しい光が瞬く。
迫っていた闇は、まこの振り放った拳と衝突し、その衝撃は、光となって街を照らした。
「あぁ…………………。」
暗闇が完全に晴れていく。
アビド王は塔の頂上、その場にゆっくりと倒れた。そして、まこも塔の頂上へと、着地する。
「ミレイユっ!!」
まこは、倒れているミレイユに一直線に、駆け寄った。
「まこ………やったな。」
ミレイユは、まこの手を掴み、立ち上がる。
「怪我はないか?」
ミレイユは、まこの身体に傷がないか、心底心配そうな様子で、見回した。
「大丈夫だよ!!」
まこは、ミレイユのあまりにも心配性な様子に、あははっ………と少し気恥ずかしい感じがした。
こうして、すべてが終わり、街は平穏へと戻っていく。
その、はずだった。
『マキアよ、お前はここで殺さねばなるまい。』
不意に何処からか声が聞こえる。
「ガッ…………ガハッ………!?」
すると、アビド王が突如操られた骸のように起き上がり、酷く咳をして、口から暗い液体をドロッと吐き出した。
「なにっ!?」
「そ、そんな…………!?」
そして、アビド王の身体はドロドロと闇に混ざり、溶けていく。
「…………すま、ない。」
アビド王の、体が震え、崩れていく。そして、その体からは、さらに暗い液体が溢れ出て、瞬く間に地面を覆い尽くした。
「なっ!?」
足元は黒い液体で再び満たされる。そして、その黒い液体の中から、真っ黒に染まった、無数の人間が這い出た。その人間たちは、悍ましい声を上げながら、ミレイユとまこの身体を掴み、暗闇の中へと引き摺り込もうとする。2人の身体が徐々に暗い闇の中へと沈んだ。
「ミレイユ!!」
「まこ!!」
2人は互いに、手を伸ばすが、しかし、湧き上がる人間たちによって引き離されていき、わずかに届かない。
(息が………………。)
視界は次第に、暗くなり、光から遠のいていく。しかし、その暗闇の中で、誰かがまこの手を取った。
(この子は…………?)
男の子が、まこの手を引っ張ると、段々と仄暗く、暖かい空間が広がっていった。
(息が………できる。)
山々の広がる、暖かな風景。気づけば、子どもが1人、地面に絵を描いている。
(あれ…………?)
私を導いてくれた、子どもはいつの間にか姿を消していた。まこは、その絵を描く、子どもへとゆっくりと歩み寄る。
「あのね。」
その子は、言った。
「小さい頃はね、ずいぶんと馬鹿にされたんだ。裸の王様だって。」
子どもは手を止める。
「でもね、ミリアと出会って変わったの。守ってくれた。いつも、庇ってくれたんだ。」
子どもは、前を向いた。
「大切なことに気づくことができた。初めて、大切な人ができた。その大切な人を、ミリアを守りたいと思った。」
しかし、彼は暗い表情をして、俯いた。
「………でも、守れなかった。」
その子は、涙を流す。
「僕は………最後まで、僕は…………。」
『しっかりしなさい。』
その言葉に、子どもは顔を上げる。
コツ、コツと彼女は、子どもに歩み寄り、
そっと、手を差し出した。
「ミリ、ア……………。」
そこには、彼の愛する人がいた。
彼は、涙を流し、懺悔するように言った。
「ミリア…………ミリア、ごめん!!俺は………俺はっ!!」
女性は静かに、向こうを指を差した。指を指した先には、その2人を見つめる小さな子どもがいた。私の手を取ってくれた、子どもだ。
彼は、ゆっくりとそちらへ歩み寄る。
「モル、ドレッド…………。」
アビド王は大人の姿へと戻り、その子どもをひしと抱きしめる。
「ごめん…………ごめんな…………。」
その子どもは微笑み、彼をゆっくりと抱きしめ返した。女性は、優しく微笑む。
「お母様、お父様……………。」
「アリア…………。」
3人の前には、アリアが立っていた。
「わたしも、わたしも一緒にいく!!」
アリアが3人の元へと泣きながら、走り寄る。4人で抱きしめ合った。もう二度と離したくない。そんな気持ちが、伝わってきた。
『生きて。』
ミリアは言った。
『お父さんの罪を、償わなくちゃいけない。』
『あなたが来る頃には、きっと、天国でみんなで暮らせるわ。』
『お母様、お父様、お兄ちゃん…………。』
『ゆっくりおいで。』
モルドレッドは優しく、そう言った、
アリアは涙を拭き、頷いた。
『さぁ、行きましょう。』
女性は、2人の手を握り、暗闇へと歩み始める。その先は暗がりで、しかし、ほんの少し明るく、彼らの行く道を照らしていた。
(…………よかった。)
アリアは、祈りを捧げ光に包まれていく。そうして、すべてが終わったと、そう、安心ていた、その時だった。
『アビド王よ、まだ貴様を死なせるわけにはいかん。』
私の背後から歪な形の手が伸びる。それは扉を潜ろうとしている、アビド王の元へと向かう。それは、再びアビド王を闇の中へと引きずり戻そうとしていた。私は、その手をグッと掴み、強く握りしめる。
「邪魔を、しないで。」
まこは額に青筋を浮かべて、睨みつける。
『グオォォォ……………』
唸り声が暗闇に響く。そして、暗闇の中から伸びる手とは別に、1人の人物が現れる。長く紫の冠を携え、蛇の紋様を描いた衣服に身を覆っている。
「あなたね、アリアを、モルドレッドを………そしてこの国のみんなを苦しめていたのは。」
「苦しめていた?勘違いも甚だしい。」
男は手を仰々しくあげ、言った。
「俺は、『古の王』の一人、ユバ。全ての民は、我が為にあり、我が為に身を奴し、そして我が為に死ぬのだ。光栄であろう。低い身分の分際で、このわたしの役に…………。」
ドォンッッッ!!!!!!!
まこの拳は勢いよく、その男を穿つ。吹き飛び、透明な壁にぶつかり、激しい音を立てる。
「手加減できそうにないわ。」
「グバッ!?」
男は吐瀉物を地面に撒き散らす。
「クッ、クフフ………だが、俺は不死だ。どれだけ力を振るおうと、俺の命には届かん。」
まこは拳を握りしめて、言った。
「あんたの命なんて、知らないわよ。ただね、心の底から頭を下げさせる。あんたがこれまで苦しめてきた人たちに、悲しませてきた人たちに、心の底から悪かったって、ちゃんと謝れるように、思いっきり、ぶっ飛ばしてやるわ。」
「ハハッ、面白い。だが、俺の前にこいつの相手をしてもらおうか。」
ズン……ズン………
闇の中を、巨大な人型の何かが近づいてくる。
『グオォォォ……………』
それは、地の底から響くような声。
「この深淵の主。貴様とて、タダでは済まんぞ。」
暗闇の中から、その深淵の主が姿を現した。その姿は、凶々しく、暗い霧に覆われ、身体の至る所には眼が点在し、私を見ていた。
「さぁ、マキアよ。こいつを倒さねば、外の魔物は残ったままだ。さて、あとどれ位、街の連中が持つかな?」
レーリルは、杖を掲げる。
『レガ・リシューテル』
水の槍が魔物たちを全て捉える。
『レリア』
その槍が次々と冷気を帯びて、広がり、魔物を包んでいく。
(かなりの数の魔物を仕留めましたが………。)
しかし、再び魔物は数を増やしてきた。その、勢いは止まらない。住民の避難は終わってるとはいえ、このまま増え続ければ、どうなるか分からない。
(マキア、急いでください。)
レーリルは冷や汗を浮かべる。限界は近い。
「でぇやぁぁぁーーーー!!!!!!!」
私に向かって、振り下ろされた巨大な手に、拳をぶつける。すると、深淵の主の手を覆っていた、暗い霧は失われ、その姿が垣間見えた。人の腕のような形状を保っているが、その腕は紫色に染まって、筋骨隆々であった。
『グオォォォ……………』
深淵の主は、唸り声を上げ、地面に手を置く。すると、まこの足元から勢いよく、闇が噴出し、それはまこを襲う。まこはそれを躱し、深淵の主の身体に一撃を叩き込んだ。
『…………………ヴゥッ。』
深淵の主は吹き飛んだが、足を地面に引きずり、何とか留まる。そして、深淵の主は、まこを睨みつけ、地面へと手を沈ませる。そして、その暗闇の中から、ズズズッと、巨大な石の剣を取り出した。短剣と思えるそれは、しかし、深淵の主の大きさからまこの背丈より大きく、それはまこに向かって勢いよく、叩きつけるように放たれた。
ズンッ!!!
「………………………。」
グググッ
しかし、難なくまこは両腕を頭上にクロスさせて、それを受け止め、軽く押し返す。深淵の主は、咆哮を上げ、構わず振るうが、今度はまこの放った拳が、木っ端微塵に石の短剣を粉砕した。
『……………………。』
まこは、深淵の主の奥、ユバを見据える。
「想像以上だ。マキアよ。」
ユバは不気味な笑みを浮かべている。
『グゥゥ………………。』
深淵の主は後退り、しかし唸り声をあげ、勢い良くまこに向かって、飛び込んだ。まこは、拳を握りしめ、渾身の一撃を深淵の主に向かって、振るう。
ドンッ!!!
それは深淵の主の身体を穿ち、その身体に纏う、暗い闇を晴れさせた。そして、パリンッ!と真っ暗な空間にヒビが入り、淡い光が暗闇の中に、差し込んでいく。深淵の主は、ゆっくりと後退り、呻き声をあげた。
『グォォ……………。』
「もう、終わりよ。さぁ、次はあなた。かかってきなさい。」
「フ、フフッ、フハハハハハッ!!!」
すると、ユバは高笑いを始める。
「フフッ、ご苦労だった。マキアよ。」
ユバは拍手をする。
「天よりの存在を、その自らの手で封印を解き放ったことを、心の底から悔いると良い。」
ドプッ、とユバは暗闇の中へと沈み、その場から、姿を消す。
「あっ!!待てっ……………ッ!?」
途端、ゴゴゴゴ…………と地響きが起こる。
「な、なに!?」
何処からか聞こえる、蠢くような声。深淵の主は、完全にその身から闇を晴らし、その真の姿を現した。
「なっ!?」
神々しく、また悪魔のようだった。白翼を携え、蠍の尾を持ち、紫の筋骨隆々の身体、手に持つ長剣は複雑な螺旋の構造を描いている。影が表情を覆い、光る眼差しがこちらを捉える。
その者は、螺旋の剣を天に掲げる。空間を突き破り、塔の頂上からは、光が、空へと放たれた。
「なんですの!?」
「…………………。」
レーリルは膝をつき、その光景を眺める。魔物が消滅していく。しかし、この後において、これまでに感じたことのない異様な魔力を、あの上空に感じる。
(ワーラット先生………いや、それ以上の。)
測り知れない膨大な魔力。直感が大音量で警告を鳴らしていた。
天界から、天使はその様子を、見ていた。
「何ということでしょう。」
天使は、地上の様子を見て、眉を顰める。このままでは、この世界はおろか、外界にすら影響を及ぼす可能性がある。
(しかし………………。)
そう。問題はなるべく、地上のものたちだけで解決しなければならない。
天使は、手を合わせ、祈りを捧げた。
「どうかお願いします。」
マキア、そして…………レインゼイム。
魔女の館。
暗い部屋、ガタッと彼女は身体を起こした。負傷した身体を、主の寝床で横たえていた彼女は、額からは冷や汗を多量に、流している。
「何故、今現れた?何のつもりだ!!!」
レインゼイムは、立ち上がる。
そして、鎧を身に付け、窓の外、雷の鳴る曇空の中へと、飛び立った。彼女は言う。
「この世界を、滅ぼすつもりか………!?」
『……………………。』
遙か上空から、地上を見下ろす。
その者の名は、『アバドン』。
恐ろしくも美しい。悪魔の如き、天使。
そして、『奈落の王』。
彼は、契約を反故にした、愚かな人類を罰すべく、地上に姿を現した。それは、誰もが予測し得なかった、完全なる、不測の事態。古の王とて、その力の大きさを見誤っていた。
『……………………。』
今地上に、かつてない滅亡の危機が迫ろうとしている。
「なに…………いったい………?」
まこは、空に浮かぶ、天使とも悪魔とも思えるその姿に、困惑していた。けれど、何処か、天使様と似たような雰囲気を感じている。そしてそれは、あの時の黒色のドレスを纏っていた、レインゼイムという名の女性も同じだった。
スッと、
アバドンは不意に掌を地上に向ける。
『滅界』
その言葉が発せられると同時に、螺旋状の光線が地上に放たれる。その光線の光は、地上を白く照らし、まるでそれは世界が終末を迎える前のように、地上の影を空に映した。
素早く風を切り裂く音が、辺りに響く。
『抜切』
その言葉、そして、激しい衝撃音と共に、光が真っ二つに割れた。
「えっ……………?」
上空に立つのは、1人の剣士だった。
レインゼイム。
黒ドレスではなく、銀の鎧を身に纏っている。
(間違いない。あの時の、剣士。)
まこは、ゴクリと息を飲み込む。
『……………………』
すると、アバドンは白翼を勢い良く、大きく羽ばたかせる。そして、空中にいるレインゼイムに凄まじい速度で、蹴りを入れた。
「ぐっ!?」
レインゼイムは、身体を折り曲げて吹き飛び、街の外、森林の奥、巨大な山脈に激突する。大きな音と共に、それは地上に大きな揺れを起こした。
「な、何が起こっている!?」
塔の上、黒い液体の中から這い出たミレイユは、まこを見つける。
「まこ!!」
「ミレイユ!!」
まこも、ミレイユが無事だったことに安心して、返事を返す。
「ミレイユ、怪我はない!?」
「あぁ!大丈夫だ。まこも、怪我はないか?」
「えぇ、大丈夫よ!!」
2人は塔の頂上から、地上を見る。人々はシェルターから飛び出して、指を差して、空中の主を見ている。
「あれは、なんだ!?」
ミレイユも、その異様な雰囲気を纏う、主を驚くように見つめる。まこも、その姿に、息を飲んだ。
『………………………。』
アバドンは、レインゼイムを吹き飛ばした後、まるで、何事もなかったかのように再び地上に手を向ける。まこは、先ほどの光景を思い出し、冷や汗をかいて、言った。
「いけない!!!」
勢いよく、まこは、塔から跳び上がる。
「ま、まこ!!!」
ミレイユの心配を他所目に、一瞬で、アバドンの頭上まで跳び上がり、身体を捻って、渾身の蹴りをぶつけた。
「っりゃあぁぁぁーーー!!!!!!」
アバドンの身体は吹き飛び、レインゼイムと反対側巨大な湖に勢い良く落下する。大きな水飛沫をあげ、それは、沈黙した。まこは、塔から勢い良く飛び出したので、ジャンプした後の、着地のことを考えておらず、地上が見えないほどの、あまりの高さから落下し、身体をあたふたとさせ、絶叫する。
「わ、わぁーーーッ!!!?」
『ベリュグナード』
すると、赤い眼をした水龍がまこの身体を支えて、地上まで運んだ。
(レーリル先生だ!!)
地上につくと、チルノがすぐに駆け寄ってくれる。
「まこ!!大丈夫ですの!!?」
「うん、大丈夫!ありがとう、チルノ!」
そして、救けてくれた、レーリル先生にも、お礼を言った。
「ありがとうございます!!」
「礼は今はよろしい、あれを見なさい。」
湖の中から沸々と泡が沸き立つ。すると、湖から空を突き破る巨大な光の柱が現れた。
「な、なんですの………あれ……。」
光の柱の中に暗い影、アバドンが現れる。そして、光は収縮し、次の瞬間、アバドンは、まこたちの目の前に現れた。
「ひっ!?」
チルノは、悲鳴を上げる。レーリルは杖を構えた。
「くっ……………!?」
そして、まさにその剣が振り下ろされようとした時、ガキィンと甲高い音が辺りを包んだ。
「えっ…………?」
目の前には、レインゼイムがいた。アバドンの螺旋剣を受け止めている。
レインゼイムは、言った。
「人間のどうこうできる、相手ではない。」
ガキィン、と剣を弾き合う音が聞こえ、アバドン後ろへと飛び退く。レインゼイムは言った。
「今すぐ、ここから去れ。」
その時だった。
不意に、背後から、声が聞こえた。
「はてはて、これは一体、どういった状況か?」
聞き覚えのある声に、後ろを見上げると、そこにはワーラット老が髭をさすりながら、この状況を見下ろしていた。
「ワーラット老!!」
レーリル先生は、冷たい表情を浮かべて、言った。
「あら、お久しぶりです。先生。」
ワーラット老は、少し気まずい、表情をする。
「ふぅむ。話は後にするかのぉ。」
ワーラット老は、アバドンに杖を向ける。
『月の牢』
すると、アバドンの姿が消えた。
「ハッ、ハッ……………。」
そして、程なくして塔からはミレイユが走って下りてきた。
「大丈夫か?まこ!!チルノ!!」
「ミレイユ!!」
「ミレイユこそ、大丈夫ですの!?」
「あぁ、何とかな。」
私たちは、歪みの生まれた、異様な雰囲気を纏う目の前の空間を見つめる。ワーラットは、目を細める。空間がヒビ割れている。ワーラットは、急いで、話し出した。
「これは…………まこ殿とレインゼイム殿以外では、まるで歯が立ちそうにないですな。私は、私のできることを致しましょう。」
すると、杖を掲げ、レーリル、チルノ、ミレイユを蒼い光が包み込んだ。ワーラットにも蒼い光が纏わっている。彼は続けて、言った。
「民衆は既に、逃がしております。お二人は、どうか地上をお守りください。」
私は安堵の表情を浮かべて、言った。
「えぇ、任せて!!」
レインゼイムは、言う。
「あぁ。」
その直後、空間が完全に割れる。その奥、月景色の空間の中から、アバドンが再び現れた。その目は、鋭く、私たちを睨んでいる。
「まこ!!無理をしてはダメですの!!!」
「くそっ!!私も戦うぞ!!」
「無理ですの!!!諦めてくださいまし!!!」
シュンッと、蒼い光とともに、チルノや、ミレイユたちの姿が消える。
静寂が辺りを包む。風の音がやけに強く響く。
瞬間、アバドンの螺旋の剣が煌き、振り払って放たれた光波は街の半分を真っ二つに切り裂いた。
「あ、あぶなかった。」
まこはギリギリで反応して上にかわした。しかし空中で身動きの取れない状態で、目の前にアバドンが現れる。
「わっ!?」
アバドンは、剣を振り翳す。
ガキンッ!!
目の前には、レインゼイムが現れ、それを剣で受け止めていた。ガシッと、まこの足が掴まれる。
「しっかりしろ。」
レインゼイムは、まこを被害のない地上へと放り投げる。そして、激しい衝突音と共な、2人は弾き合い、地上へと着地する。
「無事か?」
レインゼイムは、まこに尋ねた。
まこは、彼女が共闘してくれることに、疑問を抱き、尋ねる。
「ど、どうして一緒に戦ってくれるの?」
「………少なくとも今は敵ではない。無駄に死なれると困る。人間には、生きるべき時と、死を迎えるべき時がある。」
「そう。あなた、悪い奴じゃないのね。」
「…………………。」
まことレインゼイムは、アバドンへと意識を向ける。アバドンは既にこちらを睨みつけている。
ドンッ!!と、アバドンは一瞬で間合いをつめ、まこに斬りかかる。しかし、それをレインゼイムが受け止める。そして、すかさず、まこは隙のできた、アバドンの身体に渾身の一撃を拳で叩き込んだ。アバドンは激しく吹き飛び、塔に直撃する。
ガコッと鈍い音を立てて、塔は傾く。そして、ズズズ………と音を立てて、塔が崩れ落ちていく。
『……………………。』
しばらくの後、瓦礫からゆっくりとアバドンが立ち上がる。すると、アバドンは手を空に掲げ、勢い良く、地上へと振り降ろした。
『暗界』
すると、アバドンの掌からドロドロとした暗闇が拡がっていく。
(これは、アビド王がやっていた。)
私たちは跳び上がり、建物の上へと避難した。街一体が暗闇へと飲み込まれていく。そして、その中から巨大な門が現れる。それは瘴気を放って、禍々しく、急激に辺りは暗がりを帯びる。
『地獄門』
それを見たレインゼイムが、叫びを上げる。
「いかん!!!あれは…………。」
レインゼイムは、すぐさま高く、上空まで飛び上がり、空中で構えた。
『天切』
大気が、空が、音を立てて真っ二つに割れ、斬撃が地獄の門を襲う。しかし、地獄の門は既に開かれ、その斬撃は何者かによって掻き消された。
『大いなる神よ、今ここに地獄の門が開かれた。』
天界から、天使はその光景を見ていた。そして、諦めたように、つぶやく。
「こんなことになるなんて…………世界が、崩壊する。」
Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?
Es ist der Vater mit seinem Kind
Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
Er faBt ihn sicher, er halt ihn warm.
Mein Sohn, was birgst du so bang bein Gesicht?
Den Erlenkonig mit Kron'und schweif?
Du liebes Kind,komm,geh mit mir!
Gar schone Spiele spiel'ich mit dir;
Manch'bunte Blumen sind an dem Strand;
Meine Mutter hat manch'gulden Gewand.
Mein Vater,mein Vater,und horest du nicht,
Was Erlenkonig mir leise verspricht?
Sey ruhig,bleibe ruhig,mein Kind;
In durren Blatterm sauselt der Wind.
Willst,feiner Knabe,du mit mir gehn?
Meine Tochter sollen dich warten schon;
Meine Tochte fuhren den nachtlichen Reihn,
Und wiegen und tanzen und singen dich ein.
Sie wiegen und tanzen und singen dich ein.
Mein Vater,mein Vater,und siehst du nicht dort
Erlkonigs Tochter am dustern Ort?
Mein Sohn, mein Sohn,ich seh'es genau;
Es scheinen die alten Weiden so grau.
Ich liebe dich,mich reizt deine schone Gestalt;
Und bist du nicht willig,so brauch’ich Gerwalt.
Mein Vater,mein Vater,jetzt feBt er mich an!
Erlkonig hat mir ein Leids gethan!
Dem Vater grauset's,er reitet geschwind,
Er halt in Armen das achzende Kind,
Erreicht den Hof mit Muhe und Noth;
In seinen Armen das Kind……
……war todt
『世界は、今、滅びの時を迎える。』
各地にて、未曾有の異変が起こる。
モルトの地にて、
「な、なんだ!?」
リベルト王は王室の窓から、空を見上げる。急に暗がりを帯びた雲からは、黒き巨人の手が現れ、その余りにも大きな手は、王都を、今にもその手に掴もうとしていた。
カラルは荒廃とした町から上空を見上げる。竜の鳴き声が空に響き、天上に開かれた門からは、恐ろしい声を上げる、悪魔の軍勢が、無数に迫っていた。
「…………この世の終わりか。」
カラルには、自然とそれが受け入れられた。
(アレン、そっちはどうだ?俺も、今からそっちへ向かう。)
カラルは、手を合わせ祈った。
「どうか………どうか、まこだけは、守ってやってくれ。」
街のはずれ、アガヤにて、
山の奥で母親と子どもは、空から鳴る異様な雷鳴と恐ろしい悪魔の声に、怯え、抱きしめ合っていた。
「お母さん、怖いよ。」
「大丈夫よ。きっと神様が何とかしてくれるわ。」
母は、祈りを捧げる。
「神様、どうかお守りください。」
「まずいのぉ。」
セント街から数里離れた、湖の前、ワーラット老が焦燥を浮かべ、呟いた。街の人々は、手を合わせて、祈っている。無数の悪魔が、地上へと迫る。
「な、ななっ、何なんですの、これ!?」
「まこ…………。」
ミレイユは、眉を顰め、街にいる、まこの方を向き、心配する。
「あなたたちは、後ろへ。」
レーリルは額に汗を浮かべながら、人々をなるべく遠くへと逃がそうとする。いや、この状況、もはや、逃げ場がないことなど分かっていた。
(こんなことが…………。)
ワーラット老も目を閉じ、深く息を吐く。
(無数のあの悪魔。その、全てが、このわしよりも、遥かに、上。これは、終わったかの………。)
悪魔の軍勢は、既に世界の人々を手をかける、その、目前であった。
そして、
地獄の門の中から、現れる。
神の敵にして、魔族を統べる、
地獄の王『サタン』。
今、世界は滅亡の時を迎えようとしていた。
『雷鎚』
ズガンッ!!!!!!!
雷が地上に鋭く、降り注いだ。
「えっ……………?」
まこは、目の前に現れた、その人物を見る。
「ハァ………………。」
その者、白髭の神々しくたる、立ち姿。その、在りようは、全ての生物が、大地が、自然が、空が、息を吹き返すように、息吹を上げ、その者の存在を示し、顕わにする。
主神、ここに来たれり。
「人間たちよ、よく頑張った。」
その大鎚を携えた神は、雷鎚を勢い良く、振り下ろす。その一撃は、衝撃は、瞬く間に、世界へと拡がっていく。
『…………………ッ!!』
そして、それは、サタン、アバドン、世界各地の悪魔の軍勢を、一瞬で、消し去った。
「…………………凄い。」
まこは、ボソッとつぶやく。
雲が消え、地上が晴れ渡る。
「マキア、レインゼイムよ。」
主神トールは、2人に問うた。
「お前たちは、世界に何を望む。」
レインゼイムは膝をつき、頭を下げて応えた。
「主の幸福を。そして、人々の真なる安寧を。」
まこは、暫く悩み、ゆっくりと応えた。
「え、えっと…………。」
これまでの、出来事を思い出す。アレンのこと、モルト国でのこと、旅のこと、そしてアリアやモルドレッド、この国の人たちのこと。そして、まこは言った。
「私は、だれもが安心して、大切な人と生きていける世界を、望みます。たとえ、どんな困難があったとしても、人々が手を取り合い、支え合っていけば、きっと乗り越えられる。そんな世界を、これから私たちが自分たちでつくっていく。それを、私は、望みます。」
すると、トールは、フォ、フォッと笑い、まこの目を、見て言った。
「生半なことではない。覚悟の上か?」
「はい!」
まこは、コクリと頷いて答えた。
「よかろう。天界より見守っておる。」
トールは穏やかな笑みを浮かべ、空の光に消えた。
ダダダッ!と、
向こうから、走ってくる音が聞こえる。
「まこ!!大丈夫か!!?」
「大丈夫ですのーーー!!?」
ミレイユとチルノだ。
私は手を振って答えた。
「うん!!大丈夫だよー!!!」
その後ろには、レーリル先生とワーラット老がいた。ワーラット老は、レーリル先生に何やら、酷く叱られているようで、落ち込んでいる。
そして、気づけば私の隣からレインゼイムはいなくなっていた。
私たち3人は安堵のため息をつき、地面にヘタリと倒れ込んだ。そうしている内に、街の人々も戻ってくる。
人々の前に、ふと見えた、昔の田園の風景。そこに座るのは、かつてのアビド王とその王妃、そしてモルドレッドの姿だった。
その光景を、アリアは見つめている。
(………………アリア。)
アリアは背伸びをして言った。
「さて、この国を立て直さなくっちゃ!!」
アリアは私たちの方を見て、大きな声で言った。
「まこ!みんな!本当に、ありがとう!!」
私たちはそんなアリアの姿に、優しく微笑んだ。
(大丈夫。きっと、立て直せる。)
あとに聞くところによると、不思議なことにいなくなっていた人々は、それぞれの家庭のベッドの上に寝かされていたそうだ。そのおかげで、街の復興も、比較的早く進んだ。おじいさんにも、娘と孫が帰ってきた。そして、この街を出る時、街の人々が総出で、私たちを見送ってくれた。
しばらくして、街の外れには、耕しはじめた新しい田園の風景が、広がっていた。風が、まちに優しく吹いている。
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引用:シューベルト, フランツ.歌曲「魔王」(Erlkönig), D. 328.




