3人の冒険 その1
「はぁ…………………。」
私は、椅子に座りウンザリする。………というのも、今日も今日とて、他の国々からの崇拝者が、私を拝みにくるからだ。短期間で、魔女の勢力の内、2つを倒してしまった、わたしは過剰なもてなしを受けた。
(それにしても…………。)
他の国々の顔の整った殿方の誘惑や、とびっきりのご馳走の誘惑にも、負けずに…………いや、ご馳走の誘惑には勝てなかったけど。それでも、ベルトさんの言う通り、なるべく人との接触は避けた。そして、最低限、私を見たいという人たちとのために、教会の神聖な魔力の込められたガラス越しに、面会だけをしていた。
「まこ様は、天から遣われし、女神様なのではないでしょうか?どうか先日亡くなった子が天国に向かえるように、お願いします。」
「どうか、この世の行く末を私にお教えください!!不安で夜も眠れないのです!!」
「うちの猫が先日逃げ出して。一緒に探して頂けませんか?」
「バード王国の新たな王となった、チルノ様が行方不明でございまして。どうかその御神技で、居場所をお教えくださいませんでしょうか?」
「……………………………。」
私は、完全に思考が停止していた。そんなこと、分かるわけないじゃん。だって、普通の女子高生だもん。猫は一緒に探して、何とか見つけたけ
ど。
(つかれたなぁ…………。)
私は、女神でもないし、天使様でもない。たまたまこの世界に来た、ふつうの女の子。それ以上でも、それ以下でもないのだ。
「だあぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」
私は、布団の枕にダイブして、顔を埋め、足をジタバタさせる。ダメだ。こんなことしてたら、頭がおかしくなる。
(そういえば…………。)
しーちゃん、今どうしてるかな?いつもなら、私の困り顔を見て、笑って話を聞いてくれる彼女がいる。だから、何だかんだあっても、平気でいられたのだ。でも、今は会えはしない。この世界で本当に色んなことがあって、私の精神は、とうに限界を迎えていた。頼みのカラルも、町の復興でしばらくいないし、いよいよ私はもうダメかもしれなかった。
コンコンッ、とノックが鳴る。
「はい…………。」
私は力無く、返事をする。
「今、いいかな?」
カラルの声がした。私はベッドから飛び起き、扉へと駆けていく。
「カラル!!!」
「やぁ、大丈夫かい?」
やつれた私の様子を見て、カラルは私を心配した。
「カラルこそ、どう?」
すると、カラルは少し難しい顔をする。
「それが、なかなか芳しくなくてね。工房にある鎚や色んな道具も、やっぱり何処にも見つからないよ。立て直すまで途方もない時間がかかりそうだ。」
「………そっか。大変ね。」
そう、カラルの故郷は魔女によって甚大な被害を受けた。ほとんど何も残らないくらい、焼き尽くされてしまったのだ。一瞬のうちに。カラルの心労も憚られる。
「………久しぶりに、少し話でもしましょうか。」
「あぁ、そうだね。」
カラルは私の部屋に入り、椅子に座る。やはり疲れていたようで、少し上の空な様子でしばらく動けない様子でいた。私は、そんなカラルに最近気になっていることを尋ねてみる。
「そう言えば、最近リベルトを見かけないんだけど、何か知ってる?」
すると、カラルは答える。
「そうなのか?………多分、忙しいんじゃないかな。ほら、戴冠式が終わって、王様になってから間もないだろ?色々やらなきゃいけないことがあるだろうし、城の後処理も残ってる。」
「そうね。そうだったわ。」
竜騎兵の軍団の襲来、それは小さくない爪痕を城に残していた。多くの兵士が殉職。葬儀も行われた。
「そういえば、ロイド王国の王様が、何か用があって、話にくるみたいだよ。直々に来てるから、何か大きな事だと思う。」
「そうなんだ。何かしら?」
ロイド王といえば、女騎士ミレイユと、世界同盟の円卓会議のときに来ていた、王様の一人だ。最初はリベルトとの問答から意地悪な人に見えたけど、瓦礫に挟まった、兵士を助けたり、ミレイユのことを心配していたりと、優しさの垣間見える人物でもあった。
「あと、ここにくる途中でバード王国の王女を見かけたんだけど、何かあったのかな?」
「えっ?」
バード王国の王女といえば、さっき国の人が探しに来ていたはず。報告しておいた方がいいのかな?
「チルノ様は、なかなか奔放な方って有名だよ。王女に就任してからみんな振り回されてるってさ。なんでも、冒険に出る!なんて昔からよく言っていたらしい。」
「そ、そうなんだ。」
確かに、円卓会議では、純粋で好奇心旺盛な少女といった感じだった。それに、私が兵士の人を助けようとしていたときに、真っ先に駆け寄ってくれていた。
コンコンッ、と再びノックが鳴る。
「まこ、まこはいるか?」
リベルトの声だ。
「はーい!いるわよ。」
「少しお邪魔していいだろうか?」
「どうぞ!」
ガチャと、扉が開かれる。そこには、綺麗な王族衣装がヨレヨレになった、彼がいた。頬がコケ、目の下にクマができ、今にも倒れてしまいそうだ。彼は部屋に入るなり、バタッと倒れてしまった。私と、カラルはすぐさま駆け寄る。
「「リベルト!!」」
リベルトは、震える手をうえに上げて、言った。
「休みを、休みをくれ………。」
カラルは、リベルトを肩から支え、持ち上げ、言った。
「や、やはり、忙しいんだな。」
リベルトは言う。
「忙しいなんてもんじゃない。アホだ。アホの業務量だ。」
リベルトは、それから仕事の愚痴を延々とのべた。私たちはそれをうんうん、と頷き最後まで聞いてあげた。
「ありがとう!元気が出たよ!」
元の爽やかな彼に戻って、部屋を出ようとしたが、扉の前でふたたび倒れ、2人で医務室まで運んだ。城では大きな騒ぎになり、業務改善の提案が見込まれた。
「リベルト王はおるか?」
ロイド王はモルト王国へと辿り着く。横には、近衛騎士のミレイユ。ベルトが迎え出て、答える。
「今、過労で体を労っておられる。話なら、私が聞きましょう。」
「あぁ、それなら英雄もご同席願えるか?ミレイユが話があるそうなのだ。」
彼女はコクリと頷く。
「畏まりました。それでは、ご案内致します。」
ロイド王とミレイユは城の中へと足を踏み入れる。すると、廊下で英雄とカラルが並んで歩いているところに、バッタリ出会した。
「あぁ、ちょうど良かった。英雄殿、少しご同席願えるかな?」
「えっ?私、ですか?」
まこは意外だと様子で、ロイド王の願いに応える。ロイド王の後ろ、ミレイユとならんで、まこは、王室の客間へと向かう。ミレイユは真っ直ぐに前を向き、無表情なのと対照的に、まこは緊張した面持ちで、扉の前へと辿り着いた。
「こちらでございます。」
ベルトは頭を下げ、扉を開ける。広く、黄金色に飾られた豪華絢爛な部屋。ロイド王が椅子に、腰掛けて、それからその隣にミレイユ、そして向かい合うように、私とベルトさんが着席した。
「それでは、早速話の内容だが…………。」
「あのっ…………!!」
突然発せられたその声に、私達はビクリとする。意外にもその声を発したのは、ミレイユだった。心なしか頬を赤く染めているようにも見える。
「も、申し訳ございません。」
ロイド王の言葉を遮ってしまったと、ミレイユは謝罪する。
「よい。先に言え。」
ロイド王はミレイユに促した。
「ですが…………」
「よい、言え。」
「は、はい。」
すると、ミレイユは下に俯き、モジモジとしながら、私の方を向き言った。
「あ、あの…………英雄様、どうか私を側に置いてくださらないでしょうか?」
「………………へっ?」
突然の彼女の言葉に、私は気の抜けたような返事が出る。気のせいではない。彼女は、完全に頬を染め、私をおそるおそる見るように、上目遣いで、こちらを伺っている。
ロイド王は言葉を付け加えた。
「うむ。どうやら、英雄殿の戦いを目にしてしまったようでな。それからと言うもの、護衛も、稽古も手に付かないようなのだ。これは、困ったことだ。生まれてこの方戦いの道に生きてきたこの子は、己のその気持ちにどう向き合っていいか分からないのだ。国に帰ってしばらくした後、英雄殿に、師事したい旨を私に、伝えてきた。」
コホンッ、と咳をして続けてロイド王は言った。
「こちらとしても、気の抜けた状態でいられては困るのでな。いっそこちらで預かってもらおうと提案にきた次第なのだ。」
「畏まりました。そういうことであれば、お受け致しましょう。」
「ベルトさん!?」
突然の話、そしてベルトさんの快諾に、私は頭がこんがらがりそうなった。なりながらも、改めてミレイユの私を尊敬するキラキラという眼差しを見て、ハァ、とため息をついてから、わたしは言った。
「…………わかりました。力になれるかは、わかりませんけど。」
「おぉ!そうか!それは良かった!では、ミレイユよ、英雄殿に失礼のないようにな。」
「は、はい!ロイド王。心より、感謝致します。そして、ベルト殿、英雄様……これから何卒、よろしくお願い致します。」
すると、ベルトはにこやかな表情で言った。
「謹んで、お受け致しましょう。」
「よ、よろしくお願いします。」
私も、ペコリと頭を下げる。さて、困ったことになった。生まれてこの方、戦いの道に生きてきた人に師事されても、何もできることがない。だって、普通の喧嘩しかしてきてないもの。生粋の素人である。
その晩、夕食がやけに豪華になっていた。……クソッ、ベルトさんめ……私の心が分かっている。ジュルリ………。こうして、わたしは上手く丸み込まれ、彼女と行動を共にすることとなった。
「……………っ!!」
黒色のドレスを羽織った、その女性は壁にもたれかかる。それでも、支え切れず、ドサッと身体を落とした。あの忌まわしき瞬間を思い出す。
「おのれ………裏切りおって。」
黒騎士のベルギルス。彼は神の御技を、その身に降来させた。その技は、いくらその身が人であろうと、天地をひっくり返す程の威力がある。命を捨ててまで、何故あの娘を…………
「ザドキエルめ。余計なことを…………」
彼女は、娘に力を与えた天使の名を口にした。私の邪魔をするな。あの人が待ってるんだ。
目の前の扉が、ギギギッと鈍い音を立てて開かれる。
「………っ!?レインゼイム!!」
彼女は駆け寄り、私を抱きかかえる。その姿はあの日と変わらない。聖女の姿、私の神よ。どれだけの地獄が待っていようと、私はこの人の望みを叶える。たとえ、この命が失われることになろうとも。
日差す、神樹の下、彼は片膝を抱え、空を仰ぎ見る。心臓の音が鳴る。全ての始まり。原初の存在、アダム。円環の輪、死と生を繰り返し、やがて生まれ出る時を待って、彼はその中心に座する。果てしない苦痛に苛まれようとも、罪を受け入れ、彼は再びその時を待つ。
「エバ。愛してるよ。」
「………‥それで、そんなことになってるのか。」
「そうなの。」
椅子に2人、カラルと私が座っているのだが、私の椅子の後ろにはピタッと彼女がくっついている。最初は妙に距離が遠かったので、「もっと近づいてもいいよ。」と言ってみたところ、今度は私にピッタリくっついて離れない。
(困ったわね………。)
聞くところによると、両親がおらず、これまで騎士然として戦いの道に生きてきたので、それ以外の感情がよく分からないのだという。自分でも困惑しているようだが、見たところ、私の近くにいれることが、嬉しくて仕方がない様子に思える。
「やっぱり迷惑なのでは…………」
そう言いながら、椅子に座る私の後ろから腕を回して、抱きついてくる。まるで子どもが親に甘えるような仕草は、彼女の言葉とは裏腹に、彼女のことを分かりやすく教えてくれる。まさかこんな風になるとは。
「あははっ………。大丈夫だよ。」
「まぁ、幼い頃から騎士として生きるってのは、想像以上に過酷なもんだ。きっと、その反動がきてるんだろう。」
「そうなのね。」
そんな時、扉が勢いよく開かれる。
「た、大変です!!ガルド王国が、大魔導師ゴーサックの侵攻によって、攻め落とされました!!!」
「…………!!!」
私は、突然の知らせに冷や汗をかく。………大魔導師ゴーサック。確か、カラルが言ってた。国を2つ攻め落として、そこを拠点に怪しい研究をしている人物。
「すぐに対策会議が必要だ。人員を集めろ!」
ミレイユは、人が変わったように、手をバッと振りかざし、兵士に指示をした。
「は、はい。」
すると、廊下から声がベルトさんの聞こえた。
「既に、世界連合から通達が来ている。各国、最高戦力を動員し、大魔導師ゴーサックを討伐せよと。」
ベルトさんは、姿を現す。そして、私の前に来て、言った。
「間髪入れずに済まない。まこ殿、どうか彼の地、ガルドへと向かってほしい。」
私は、ゴクリを息を飲んでから、覚悟をしたように頷く。そう、既に魔女の4つの勢力のうち、2つが落ちている。これを好機と見て、世界の国々が一転攻勢へと出るのだろう。
カラルは少し目を俯かせ、考えるようにして言った。
「しかし、まこを向かわせていいのか?」
ベルトさんは答える。
「確かに、まこ殿が長期間この国を離れるとなると、すでに2つの勢力を落としてしまった我が国は、真っ先に狙われる可能性が高い。だが、いざとなればワーラット老が対処に当たれば問題ないだろう。こういう時のために、まだ異空間は他国に受け渡してはいない。」
私は、あることを思い出し、提案する。
「私がベルトさんにもらった力を使えば、ここに戻ってこられるはずよ。何かあった時には、必ず帰ってくるわ。」
すると、ベルトさんはこめかみを人差し指でかき、気まずそうにして言った。
「そのことなのだが。どうやら、まこ殿には魔力がないらしい。珍しいことだ。ゆえに、力も発動せぬ。すまないな、私のミスだ。」
「そ、そんなぁ…………。」
せっかく受け渡してもらった力を使えないなんて。それじゃあ、モルト国に何かあった時、どうすれば…………。
「安心しろ。まこ。」
気づけば、扉の向こうからリベルトの姿が見えた。彼は言う。
「私たちは、必ず生き残る。たとえ、魔女から攻められたとて、必ず勝ってみせる。だから、いってくれ。私からのお願いだ。」
彼の強い眼差しと言葉に、わたしは頷く。それを見て、ベルトさんは宣言する。
「我が国が派遣するのは、英雄まこ殿。そして、その護衛として、ミレイユ殿。お願いできるかな?」
「もちろんだ。」
ミレイユは頷く。
リベルトは城の者達に、号令を出した。
「それでは、明朝に盛大な出征の見送りを国で、執り行う。各自、準備に取り掛かれ。急げ!!!」
「「は、はい!!」」
兵士たちは急いで、駆けていく。私は、明日に向けて想いを馳せた。正直もう少し休みたい気持ちはあったが、世界の存亡がかかったこの時に、そんな悠長なこと言っている場合ではない。
すると、私の表情を見てミレイユが気づいたように私に声をかけた。
「疲れが見えます。どうか、私の膝の上でおやすみください。」
「い、いや、遠慮しておくわ。」
もはや、妙な関係を疑われかねない程にとんでもなく、距離を詰めてくる。まぁ、幼い頃から戦いに明け暮れていたんだ。こうして仲良くなった人との距離感みたいものが、分からないのかもしれない。あとで、教えてあげよう。
ゴソッと、城の物陰から音がする。
「チャンスですわ。」
目をキラリと光らせて、少女は計画を練る。退屈を埋めるには、ちょうどよかった。それに、仲間との冒険は小さい頃からの、彼女の夢だったのだ。彼女は準備を進めた。決行の時は近い。
「英雄様〜〜!!どうか、ご無事でーーー!!!」
「お父さんを助けてくれて、ありがとうーー!!!英雄様〜〜!!!!」
「きゃあぁーー!!!!英雄様がこっち向いてくださったわーー!!!」
両手をあげての黄色い声援を受ける。指笛は鳴り止まず、盛大な見送りに、少しまこはドギマギしていた。
「あはは………そ、そんな大袈裟な。」
「まこは、それだけのことを成し遂げたのです。誇りに思ってください。」
「そ、そうよね。そうするわ。」
馬車、人が足元より下に見えるほど、巨大なそれに乗せられて、私たちは国を出た。リベルトは、俺も行くと、訳の分からないことを言っていたが、あえなく兵士たちに止められた。ベルトは、遠征に向けて長期保存可能な高級食材を大量に調達してくれたようで、そのおかげでしばらく食糧の心配はなさそうだった。ミレイユは、あの後も距離感がすこし明らかにおかしかったので、説得して、程々にしてもらうようにお願いした。出発してしばらく経ってからのことだった。
ガサゴソッ
「何奴っ!!?」
ミレイユが背後に振り返り、剣を構える。
食糧の積まれた荷台からスポッと音がして、彼女が現れた。
「あ、あなたは………。」
「お、お前は…………。」
「潜入、成功ですの。」
かのバード王国の女王、チルノだった。
「ちょっ!?ちょっと、危ないですわ!!その剣をおさめ下さいまし!!!」
わたしとミレイユは顔を見合わせる。戻るにしても、国から離れすぎているし、現在の情勢からそんな時間の余裕もない。それから、彼女の諸々の話を聞いて、バード王国に送り届けることを決めた。
「いーやーでーすわぁーー!!!私!国に戻りたくありません!!冒険することが夢でしたのぉー!!滅多にないチャンス!!!この機を逃したら一生ないかもしれない〜〜!!!」
「知ったことか!!国までは連れて行くんだ!!文句を言うな!!」
「まぁ、ともかくバード王国に一度立ち寄りましょう。ガルド王国に行く途中の道にあるんでしょ?ちょうど、よかったじゃない。」
ムスーっと頬を膨らませながら、チルノ王女は、私とミレイユの間に座る。ミレイユは何だか、不満そうな顔で、チルノを睨んでいる。私は、そんな、少し気まずい空気から目を逸らしたくて、外の景色に目をやった。
「うわぁ〜〜!!」
綺麗な景色だ。壮大な平原、その奥には夕陽と、照らされて煌めく山々の光景が広がっていた。
気がつけば、馬車の心地の良い揺れにウトウトとする。意識がポツっと途切れる。それは、チルノも同様で2人で肩を寄せて眠りについた。ミレイユは、敵襲を警戒し、腕を組み、外に目をやっている。そんな夜のこと。
「むっ。」
ミレイユが闇夜の中に、影を見つける。鋭い、月の光に反射して僅かに光ったそれは、一直線に馬車の窓外から、まこに狙いを定め、飛んで来る。ミレイユは、察知し、いち早くそれを切り捨てた。彼女は馬車を止めるように、御者に伝える。そして、2人を起こさないように、ゆっくりと外へ出た。
「ふへへっ、英雄様はお眠りか?」
ミレイユは目を細める。ゴブリンだろうか?それにしては、やけに体格が大きい。暗闇の中、月の淡い光に照らされるなかで、しかし確かに黒い蒸気のようなものをゴブリンは身に帯びていた。数瞬の後、それは、視界から消えるように、動き出す。
「くっ!?」
ミレイユは姿を見失う。
(まずい。ともかく、まこのいる馬車だけは守らなければ………。)
すると、気配の無い上空から、弓矢が一本、二本と、降り注ぐ。わたしは、後ろへと跳び退いてかわした。
(なんだ?この違和感は………?)
放たれている弓に殺気を感じない。妙だ。
「ハハハッ、逃げるだけで手一杯か!?馬鹿な騎士よ!!!」
「………………。」
ミレイユはその場に立ち尽くし、俯く。
「どうした!?諦めたか!!!」
そして、迫り来る弓矢を防ぐ事もせず、その身で受け止めた。
「なっ!!?」
「やはりな。」
しかし、その身には傷一つ付いていない。
瞬間、足に力を込める。そして、遠方の木まで一気に距離を詰め、そしてひと蹴りで葉の生い茂る木の上へと、身を飛び込ませた。
「ひっ!?」
ミレイユは剣を構える。そして、彼女は言った。
「貴様が、本当に弓矢を撃ったのは、最初の一発のみ。そして、あとは私を馬車から遠ざけるための幻覚だな。姑息な手だ。」
「くそぉっ!!!」
ゴブリンは弓矢をミレイユに向けて放とうとする。しかし、彼女は一瞬で、その弓ごと剣で真っ二つに、両断した。そして、剣の切先をゴブリンに向ける。
「どこから来た?答えなければ、殺す。」
「お、俺は雇われただけで…………」
「だれに雇われた?」
「それは、言えば殺され……殺さ………ばぁッッ!!!」
「…………っ!!?」
ゴブリンの身体は突然、体が内側から裂け、バラバラに飛び散る。
「何なのだこれは。」
ミレイユは、冷や汗をかきながらも、急いで、馬車へと戻る。そして、中を見てほっと安心した。
「ふふっ…………。」
2人は、身体をくっつけ、安心したようにゆっくりと眠っていた。私は、この2人を守らなくてはならない。それが、騎士として育てられた、私の………。いや。
「そうか。」
これまで私は守ること、そのものが私に課せられた宿命であり、使命であるように感じていた。だが、今は違う。わたしは、自分の意思で守りたい。
「ありがとう、まこ。」
(「いい?あなたは私に仕える騎士でも、尽くさなければならない主人でもない。わたしは、あなたに一人の人間として、正面から向き合いたいの。」
「そ、それは、どうすれば………。」
「友達になるのよ。対等に、真っ直ぐ、あなたを見ていられるように。ほら、約束。」
「………………。」
「指切りげんまんよ。これで私達は友達。対等な関係。これからよろしくね!!」
「あ、あぁ。」)
初めだったよ。私のことを、ただ1人の人間として、見てくれたのは。
「フフッ。」
馬車に揺られる中で、思わず笑みが溢れる。わたしは、初めて友達ができたのだ。
チュンチュン、と小鳥の鳴く声が耳元に響く。気づけば、窓には小鳥が止まり、朝日が眩しく、差していた。
「いけない………。寝過ぎたみたい。」
昨日の夕方ごろから、ずっと眠っていたようで、反対側を見ると、ミレイユが腕を組んで、外を眺めていた。
「おはよう、ミレイユ。」
すると、ミレイユはやさしく笑みを浮かべ、返答する。
「あぁ、おはよう。まこ。」
しばらくして、ふぁ〜!っと欠伸をしたチルノが起き上がる。
「…………なんだ、まだ朝か。」
そう言うと、チルノはまた、横になって寝ようとする。
「こら、朝よ。起きなきゃ。」
「王女が聞いて呆れるな。」
気づけばチルノはまだ寝息を立てる。ミレイユはため息をついて、言った。
「こんなものが王女とは、平和というのも考えものだ。」
「え?平和って?」
「バード王国は現存する8つの王国の中で最も、力を持った王国と言っていい。王政にとらわれず、どちらかと言えば、民主政に近い。ゆえに、チルノが国におらずとも、問題ないのだ。」
「そ、そうなんだ。」
「そうですの!!」
気づけば、チルノは再び目を覚まし、誇らしげに胸を高くして言った。
「バード王国は不滅。そして!!私はそのバード王国の王女にして、あのアレンド国際魔術技師会のトップ、レーリル先生の一番弟子ですの!!」
「レーリル殿。ワーラット老とも親交があったという、魔術師界の重鎮。だが、お前を弟子に置くのは、単に実力の話ではないだろう。魔術師の大会で、お前の名前を見かけたことは、いまだ一度も無い。弟子になれたのは、お前が王族でバード王国、正統後継の1位だったからだ。」
「そ、それは…………で、でも、アマチュアの部門で一位を取ったことがありますの!」
「アマチュアなど、子どもの大会だろう。たかが知れている。」
「ムッキーッ!!!言わせておけば、あなた失礼ですの!!!」
「フン、本当のことを言ったまでだ。」
チルノとミレイユはお互いにそっぽを向く。間に挟まれたわたしは、気まずい空気の中で、何とかその雰囲気を紛らわせようとした。
「ほ、ほら!2人とも!見て!綺麗な湖が見えるわ!!白鳥もいるし、すごく眺めがいい!!」
「本当ですわ!!!見て!ハクチョウが、水辺を歩いてる!!」
「…………………。」
ミレイユは相変わらずムスッとした表情だったが、チラッと横目で白鳥を見ているのがわかった。本当に素直じゃないんだから。
そんな時だった。
ヒヒーンッ!!!と馬が嘶きを上げ、馬車が、急停止する。体勢を崩しそうになった、私とチルノの体をミレイユが腕で受け止めた。それからすぐにミレイユは飛び出し、御者に問うた。
「一体何があった!!?」
御者は答える。
「そ、それがいきなり子どもが飛び出してきて………。」
見ると、齢10ほどの小さな子どもが、両手を広げて、涙目になりながら、立ち塞がっていた。チルノと、わたしも馬車を降りる。少年は私達にむかって、言った。
「お願いします!お母さんを、お母さんを助けて下さい!!!」
チルノは子どもにすぐ駆け寄り、怪我がないか確認した。
「怪我はありませんの?大丈夫?」
「う、うん。大丈夫だよ。」
ミレイユは少年に問いかけた。
「一体何があった?」
少年はこたえる。
「お母さんが、熱を出して倒れたんです。」
私とミレイユは顔を見合わせる。
「仕方ない。一度、この子について行ってみよう。」
ミレイユは提案した。私は、うんと頷く。チルノは子どもをおんぶして、私達4人は、森の中を歩いた。そして、しばらく歩いた後、一軒の木造の古びた家にたどり着く。
「お邪魔します。」
私たちが入ると、ベッドに横になった母親が、コホンコホンと、しんどそうに咳をしている。
「お母さんっ!!」
子どもは母親に駆け寄り、その手を握る。すると、母親は目を覚まして、私たちに気づいた。
「あら………旅の方。すいません、今用意しますので………。」
そういって、フラフラと立ちあがろうとする母親をミレイユは立ち寄って、支えた。
「無理をするな。私達なら大丈夫だ。」
ミレイユは布団をかけて、再び母親をベッドに寝かせる。わたしは、辺りを見渡した。棚の上には、写真が飾られている。母親と、子どもと、それに、もう一人。
「お父さん、帰ってこないんだ。」
子どもは俯き、言葉を溢す。
「3年前、戦争に行ってから帰ってこないの。この間、お父さんのお友達がお家に来て、教えてくれたの。お父さんはお空に上っていっちゃったんだって。だから、もう少し待ってたら、また、きっと帰って来てくれるかもしれないから、それまで、僕がお母さんを守らなきゃいけないの。」
「ミレイユ。チルノ。」
「あぁ。」「えぇ。」
「しゃぼん玉の魔法ですの〜!」
「わぁーっ!!」
チルノは子どもに元気が出るように、外で一緒に遊んでもらい、私はお母さんの看病、そしてミレイユには近くの町医者を呼びに行ってもらった。町医者が来て、事情をうかがうと、どうやら数年前に一度訪れており、未知の病らしく、その時はここまで病状は酷くなかったのだという。
「恐らく、都市部の医者に聞けば、何か知っているやも知れませんが、あまり期待はしない方がいいでしょう。」
医師の言葉は重いが、ともかく、私達は、都市部の病院を尋ねることにした。
「お母さん、どうだった?」
子どもの不安そうな言葉が、部屋に響く。
「お医者さんがね、少し遠くの病院に行って診てもらおうって。お姉ちゃんたちもついて行くから、安心してね。」
すると、子どもはコクンと頷く。私たちは、子どもとお母さんを連れて、家を出る。チルノは子どもと手を繋いで、ミレイユは母親を背負い、私がそれを、後ろから支えた。そして、森を抜けて、馬車の元へと辿り着き、御者の方に説明し、街へと向かう。
「うぅむ、これは…………。」
都市部の医者は、カルテに文字を書き込んでいく。表情は芳しく無い。私とミレイユは、医師からの話を聞く。
「共鳴邪気症の一種、ですかな。」
「「共鳴邪気症?」」
私たちは、聞いたことのない病状に聞き返す。
「そう。『共鳴邪気症』。ふるくから、『邪気症』というのは、竜や海主など、人の噂や、言い伝えなどが広まりやすい、生物のかかる病気なのですが…………。」
医師は下がった眼鏡を手で上げ、言った。
「邪気の溜まりやすい生物。人間が自然災害や、何らかの災禍に見まわれた際に、原因がその生物にあると考え、恐れ、敬い、そしてまた、憎しみを募らせる。そういった人の歪みの感情が、その生物に蓄積されていき、発症に至ってしまう、難病です。問題は、その近隣の人々が、それに同調して、体に異変をきたしてしまうことにあります。…………治療法は、邪気症を患った、本体の生物を討伐するしか、今の所は。」
「なら、討伐すればこの母親は助かるのだな。」
「でも、それって…………。」
邪気症を患った生物があまりにも可哀想である。人に危害を加えたわけでもなく、勝手に人に恐れ、恨まれ、症状にかかってしまう。何とかしてあげられないものなのか。
そんな様子の私を察してか、医師は言った。
「『邪気症』の治療にあたって、もし本体の生物に唯一可能性があるとすれば、その生物の力の由縁となる『本体』、洞窟や海底にある、『結晶石』を破壊するしかないでしょう。」
「結晶石?」
「そうです。生物は力を失いますが、命を失うことはない。事例が少なく、確証はありませんが、古くの文献でそれに似たようなことが記されている。」
「…………………。」
わたしは、拳を握る。やることは決まった。原因となる、生物のところへ向かい、結晶石を破壊し、母親とその生物を救う。母親の容体は、芳しくない。急がなければ。
私たちは部屋を出る。ミレイユは、子どもに言った。
「もう、大丈夫だ。お前の母親は、じきに助かるぞ。」
「本当!?…………よかった、よかったよぉ。」
子どもは、わんわんと泣いた。私たち3人はとりあえずの、安堵の表情を浮かべる。
医者が部屋から出て、私達に、地図を渡す。そして、取り出した本の、あるページを私たちに見せた。
「おそらく、この個体でしょう。」
描かれていたのは、赤瞳の鱗竜。アカヤの地、その西に住む、いにしえの竜。
「地図を見てください。ここです。」
医師は指をさす。その場所は、街の外れの山奥、その秘境、結晶の洞窟に住んでいるのだという。
私たちは、顔を見合わせ、頷く。
西の大洞窟、火山活動も活発な、この山岳地帯に住まうのは、赤い瞳を持った、強大な鱗竜。かつて、この大陸を支配した赤竜は、数百年の時を経て、幾千幾万の、恨みと、怨念を溜め込み、目覚めようとしていた。アカヤの地に、危機が迫る。
「それでは、お母さんを頼んだぞ。」
「うん!任せて!」
ミレイユは子どもの頭を撫でた。
私たちは家に戻り、母親を寝かせる。そして、医者からもらった地図をもとに、さっそく、その洞窟へ向かうことにした。御者に言うと、ひとつ返事で了承してくれた。私たちは、デコボコとした道を抜け、森林の奥深く、その洞窟へと、小一時間かけて辿り着いた。
「ふぅ、ようやく着いたな、」
ミレイユは地上からでも感じられる火山の熱気に、額から汗を流した。この山全体が脈打つように、赤みを帯びてきている。
「これも赤竜が関係しているのか。」
「そうかも知れないね。」
「急いだ方がよさそうですわ。行きましょう。」
私たち3人は、洞窟の奥へと足を進める。中に進むにつれ、熱気は段々と大きくなった。
「あ、あつい…………。」
「大丈夫か?まこ。」
私は汗を拭う。洞窟内は赤黒く染まった結晶石が所々に、生えており、ドクドクと地脈が打つように、発光していた。
「何だか、不気味な場所ですの。まるでこの山自身が、生きてるみたい。」
しばらく歩き、曲がり角に差し掛かる。強い光が曲がり角の奥から差している。
「2人とも、下がっていろ。」
ミレイユは剣を構える。
巨大な生物の発する吐息が聞こえる。まるで大気を震わせるように、地面が震えるように、明らかに異質な何かが、近づいてくる。ミレイユが剣を構えながらゆっくりと曲がり角に差し掛かろうとした、その時だった。
バガァッ!!!と突如、洞窟の壁が抉られる。
「ぐっ!?」
ギリギリで反応し、ミレイユは剣で受け止めるが、吹き飛ばされる。
「ミレイユ!!!」
「見てください!!まこさん!!!」
暗い影からのぞかせる赤い瞳が、ギラリとこちらを睨みつけていた。ズンとついた脚の爪は地表を泥のように抉り、私達を威嚇するように叫んだ咆哮は、耳を劈いた。
洞窟内は、天井が見えないほど広い空間だった。竜は飛翔し、その口腔に炎を溜める。
「やばいですの!!!」
「くっ!?」
わたしは、ペンダントを握り、変身する。チルノは懐から小さな杖を取り出し、呪文を唱えた。
『レガ』
放たれた小さな火球はしかし、あっさりと竜の放った巨大な火球に飲み込まれた。
「だ、ダメですのーー!!!!」
私は、チルノとミレイユを素早く抱え、崖上へと跳んで、運んだ。私達がいた場所に、炎が放たれる。それはまるで爆弾が落ちたかのように激しく発光し、高くまで熱炎をあげた。
「や、ヤベェですの。」
「まこ、すまない。」
「うん。あとは、まかせて。」
私は、崖上から飛び降り、正面から竜に相対する。竜は咆哮を上げ、私を睨んだ。私は拳を握りしめ、構える。竜が再び、口腔に炎の球を溜めた。
「まこさん!!!」
「まこ!!!」
放たれたその玉を私は跳んで避ける。そして、竜の頭の上、はるか上空から拳を振りかぶる。
「ミレイユをあんたは傷つけた。」
上空から拳を振り下ろし、頭部を穿つ。竜は頭から地面に叩きつけられ、伸びてしまった。
「しばらくそこで眠ってなさい。」
すると、崖上から見ていたチルノとミレイユが降りてきた。
「まこさん!すごいですの!!!」
「流石だ。」
「えぇ。」
私たちは洞窟の奥、竜のいたその先へと進む。すると、明らかに異様な光を放つ結晶石が見えた。どす黒く染まり、怨念のような声が中から響いている。
「これを壊せばいいのね。」
「念の為だ。私が切ろう。」
ミレイユはそう言って、素早く剣を振りかざした。すると、結晶はバラバラになり、黒い霧が上空へと昇った。赤い光が次第に淡くなり、洞窟の中が暗くなる。
「………………。」
竜の呼吸が静かになった。心なしか表情が安心したように、和らいでいる。どうか、人々の憎しみや怨念が、もうこの子を苦しめませんように。
私たちはそれから、御者の元へと戻り、また小一時間かけて少年の家へと戻った。
「お母さんが!!お母さんが!!!」
そこには、見違えるように血色が戻った母親の姿があった。立ち上がり、こちらに頭を下げている。私たちは、安心して、ほっと笑顔が溢れた。食事を用意すると言ってくれたが、忙ぎの用事があるからと、私たちは、家を後にした。
「まこさん、本当に強いんですのね。」
「まこでいいよ。気軽に呼んで。」
「わかりましたの!まこ、本当にありがとうですの。」
「えへへ、どういたしまして。」
「まこ、その、怪我はなかったか?」
「えぇ、大丈夫よ!ありがとう!」
こうしてその日は夜を迎えた。馬車に揺られながら、荷台に積まれた食事を食べ、私たちは眠りについた。
魔女はとある地下の一室に姿を現す。そこは、物々しく、血の匂いが染み付き、拷問器具や、培養液に浸された遺体が置かれていた。
「ガルド王よ。事は済んだか?」
後ろを向く、その人物は肩を震わせて、言葉を発する。
「……………す、素晴らしい。ゴーサック氏の探究の成果は、かくも、このような境地へと辿り着くのか。」
振り返ったその顔には、目が左側に3つ、そしてその反対側は焼け爛れ、不気味な笑みを浮かべていた。
「見える、見えるぞ。少し先の未来が!!」
「ふふっ、それはよかった。」
魔女は妖艶な笑みを浮かべ、王の手を取る。
「被験体をここまで用意してもらえるとは、私としても想定外だった。まさか国まるごと、罠に嵌めるとは。」
「国民など、何も知らぬ馬鹿な蛙よ。価値もない。見切りをつけてよかった。ハハッ、私は成ったんだ!!かくなる存在に!!!!」
そんな王の姿を、魔女は冷たい視線を向けていた。そして、手を取った反対側の、震える手に爪を尖らせる。しかし己に言い聞かせ、何とかそれをしまう。魔女は笑みを浮かべ言った。
「それでは、向かいましょう。かの地へ。」
「あぁ、行こう。理想郷が、この目に、見える。」
魔女とガルド王は地下を後にする。血の雫が、培養液へと落ち、その中からプクプクと気泡が上がっていた。暗がりのなかで、微かな声が響く。
『可哀想に。』
「私じゃありませんわぁーー!!!」
「なら、何処の誰か食糧を3日分も食い荒らしたと言うんだ!?貴様しかおらんだろう!!!」
明朝のこと。早速ミレイユとチルノがある問題で、もめていた。と言うのも、旅の食糧の荷積みは必要分しか積まれておらず、本来まことミレイユの2人を想定していた為に、ただでさえ食糧は、カツカツだったのだ。その上に、何ものかが3日分の食糧を一気に食い荒らし、もう既に食糧が底をつきそうだった。
「なんで私が疑われるんですの!!!私そんなに大食いではありませんわ!!!」
「私も少食、まこもそんな量の食事を一度に食すわけがない!!!残るはお前しかいないだろうが!!!」
「なんで!そう言い切れますの!!!まこさんに、一度でもお聞きになった!?」
ギクッ………とまこは肩を震わせる。
ま、まさかとミレイユが振り返ったとき、まこの方向からゲフッ……と言う大きな音がした。
「ほら!!!やっぱり、まこさんですのー!!!!私じゃありませんの!!謝りなさい!!あなた!!」
「いや、そんなはずは…………」
すると、まこの後ろ、窓の向こう側、馬車の下から、ひょこっと一本の角が頭を出した。
「すみません。」
まこは頭を下げる。すると、肉球の足を窓にかけて、蒼い立て髪に、キュートなお口のモコが姿を現した。
「か、かわいいですわぁー!!!!!!」
「な、なんだ、この生き物は!?」
ミレイユは剣の鞘に手をかける。
「わぁー!!!ちょ、ちょっと待って、ミレイユ!!!これは、モコって言って、その………カラルから譲ってもらった、大切な友達で………。」
そう言うと、ミレイユは鞘から手を離し、ホッと息をつく。
「そうならそうと、先に言っておいてくれ。………食糧の備蓄も、無限にあるわけではない。その子の分も、運んでくればよかったのだ。」
「あはは、ごめんなさい。」
「それにしても、今までその子は何処にいたんですの?」
「それは…………。」
私は、首にかけられたペンダントに手を触れる。すると、モコの体は光を帯びて、その中に入っていった。
「ど、どうなってるんですの?」
「不思議な構造だ。見たことがない。」
「私もよく分からないんだよね。」
考えてみれば、たしかに不思議なものだ。天使様がこのなかにモコがいるのを教えてくれたから、私もこうしてモコを呼ぶことができているけど、カラルも知らなかったんじゃないかな?
「ともかく、今のままじゃ、到着するまでに食糧が尽きてしまいますわ。腹が減っては戦はできぬ、ですわ。」
「そうだな。どこかで補給しなければ………ここから近い街といえば、機械の街セントだろう。」
「機械の街!私、一度行ってみたかったところですわ!!!」
「どんなところだろう?気になる。」
「あまり道草を食っていられないからな、急いで向かおう。」
モルト王国、王室の間にて、
「まこたち、大丈夫だろうか?」
「あぁ、きっと大丈夫さ。まこはもちろん、ロイド王国筆頭騎士の1人、ミレイユまで付いてるんだから。」
リベルトの心配に、カラルはそう、こたえた。
「そうだな。きっと、大丈夫だ。」
「それより、城の後処理が大変だろう?君の方が、俺は心配だよ。少しマシになったとはいえ、また数日寝てないんだろう?」
「うぅん。平気さ。みんなの頑張りに比べたらね。僕も、戦いたいんだ。力はないかもしれないけど、それでも、僕にだって、できる事はある。これが今の僕にできること。精一杯のことさ。」
「リベルト…………。」
カラルは腰を上げて、背伸びをする。
「さて、俺も頑張らないとな。」
「もう行くのかい?」
「あぁ、また来るよ。」
魔女に襲われてから、まだ街に復興の目処は立っていない。だが、故郷から旅立って行った、かつてのこの街の有志たちが、集まり、戻ってきた。みな、希望を持って、頑張っている。
(何度だって、やり直せるさ。)
人と人の繋がりが、想いが、ある限り、人は何度でも立ち上がることができる。俺たちは決して、魔女なんかに、負けない。
「なぁ、アレン、まこ。そうだろ?」
カラルは穏やかな表情で、町へと向かう。いつかまた、町のみんなが笑い合える。そんな時を夢見て。
「すごい………まるで、絵本の中の世界みたい。」
私は、感嘆として、その街の光景を見上げていた。シュッポシュッポと、蒸気機関車のような音が鳴り、機械が絶え間なく噛み合い、歯車を動かして、街を稼働させている。
(あんなところに人が………。)
煙突部分には、人が小さな足場に足をかけて、釘を打っていた。街には、カンカンとした音が鳴り響く。すると、その音と響きは、機械の中枢部分に共鳴し、中央部から噴水を空高く放出させる。それは、綺麗な虹を空に映し出し、この街に来た私たちを歓迎しているようだった。
「す、すごいですわ!!」
「まさか、ここまでとは。」
「とっても綺麗………あれ?」
よく見ると、先ほど煙突部分に釘を打ったおじいさんがフラついている。
「だ、大丈夫かしら?」
心配して、しばらく見ていると、おじいさんは足を踏み外し、その高所から真っ逆さまに転落した。
「いけませんわ!!」
「ダメだ!!この距離では間に合わん!!」
「くっ!?」
私も変身しようとしたが、どう考えても今からでは、間に合わない。おじいさんが地面に落ちようとした、その時だった。
『ベルグナード』
水龍………そう呼ぶに相応しい、赤い眼をした水の幻獣。それは、間一髪でおじいさんを拾い上げ、大きなハットを被った、美しい女性のもとへと運んだ。ブラウンの美しい髪が、日に照らされて、彼女の蒼い瞳を際立たせる。
「れ、レーリル先生!!?」
チルノはたじたじと後ろに、後退る。
「見つけた。」
その女性は不敵な笑みを浮かべて、杖を私たちの方向へとかざす。チルノは、腕を振って全力で逃げようとした。しかし、彼女の足は浮き上がり、宙ぶらりんの状態で、空ぶっていた。
すると、あっという間に、グインと彼女の元へと引き寄せられ、チルノは悲鳴をあげる。そして、彼女に首根っこを掴まれた。
「ご迷惑をお掛けしました。それでは。」
「いやですわ!嫌ですわ!!!」
「みっちりしごきますから、覚悟しておきなさいね。」
静かな怒りを含んだ、恐ろしい笑みに私たちは震え上がる。チルノはもはや、白目を剥きそうなほど恐怖に慄いていた。
「ひぃぃぃーーー!!!!」
「「………………………」」
私たち2人は喧騒の残る街に、取り残された。ミレイユは言った。
「ま、まぁ、よかったんじゃないか。これで無事、バード王国にも戻れるだろう。」
「そ、そうだね。ちょっと可哀想だけど。」
確かによかったんだろうけど、突然のことで、すごく寂しいな。こんな大変な時に言うのも何だけど、もっと一緒にいたかった。
「うぅ、危なかったわい。」
先程のおじいさんが立ち上がり、私たちを物珍しそうに見た。
「おぉ、お前さんたち、どこから来たんだ?」
「モルト王国からきました。」
「私は、護衛だ。」
「おぉ、モルト王国から。それはよくおいでなさった。」
おじいさんは体の埃をはらい、言った。
「もし良ければ、街を案内しよう。」
「いいんですか!?」
わたしは、目を輝かせた。ミレイユは、コホンッと咳をする。
「急ぎの用があるので、またの機会に………」
「おぉ、そうか。残念じゃ。」
わたしはガクリと肩を落とす。
「美味しい飯屋が並んでおるのにのぉ。」
ビクッとわたしは体が反応する。
「各国の王族が極秘で訪れるほどの有名な店もいくつか、知っておるし。誠に残念じゃのぉ。」
「おじいさん。」
わたしはおじいさんの手の袖をギュッと握っていた。
「よろしくお願いします。」
「よろしい、では案内しよう。」
「まこ!!?」
ミレイユは少し驚いた様子で、頭を抱え、それから諦めたように俯いて、言った。
「わかった。少しだけだぞ。」
「いヤッタァーー!!!!」
「ほほほっ。」
「ここは、『シュリンプ』と言って、その名の通り、海老の料理の専門店。世界中を回って、海老を見てきた目利きの、料理人が腕を振う。海老を使った料理でここより旨い店を、わたしは見たことがない。」
「ここは、『バングド』と言って、惣菜の専門店じゃ。各国の料理人たちが腕を振るった料理を安価で買うことができる。」
「ここは、『ポーグ』と言って肉類を扱う店。ここのソーセージとハムは絶品じゃ。」
「わぁ〜〜!!」
わたしは、涎が垂れそうになりながら紹介された店を見渡す。それだけじゃない。あらゆる場所から、鼻腔をくすぐるような、美味しい匂いが漂ってくる。
「…………まこ、そんなに腹が空いていたのか?」
「えっ?あの、えへへ………そうなんだよね。」
そう、あくまで馬車に、積み込める量は決まっていて、それが2人分。その分量を3人で分けなければいけなかったので、わたしはいつもよりだいぶセーブして食べていた。
「そんなに腹が減っていたのなら、言ってくれればよかったものを。わたしは別に、2日や、3日、口にせぬとて、何も問題はないのだからな。」
「いや!ダメだよ!!そんなの!!!」
「おやおや、これは。」
コツ、コツと目の前から紫のハットをかぶった、人物が現れた。杖をつき、ロングコートを羽織った、不気味な男性。
「あぁ、これは大臣殿。」
おじいさんは少し気まずそうに、頭を下げる。
「例の件、考えてくれたかね?」
「いや、流石にそれはご勘弁を…………。」
その時だった。後方から弓矢が放たれる。それはおじいさんの胸を貫く直前で、ミレイユが間一髪で弾いた。
「何だ邪魔をするのか。貴様。」
ミレイユは、キッと睨む。
「何故殺そうとした?」
後方からザッと数人の弓兵が姿を現す。さっきまでいなかったはず。一体どこに?
「娘たちを寄越せと王からの通達だ。」
「そんな横暴が通ると思うか?」
「通るさ。何せアビド王は、偉大なお方だ。」
おじいさんはミレイユを手で静止し、前に出た。そして、おじいさんは言った、
「アビド王は確かに、この街を豊かにしてくれた。だが、それでは、偽りの心を隠すばかりで、決して傷は癒されんよ。」
「………何が言いたい?」
「王妃が亡くなられたことを、未だに、奴は受け止められておらんのじゃ。」
「貴様ッ!!!無礼を!!!!」
ザッと、兵士たちが私達を取り囲む。
「ちっ!」
「ミレイユ!!」
「あぁ!!」
私たちはおじいさんを守るように、前と後ろで囲う。
「よい。お二人さん、下がりなさい。」
おじいさんは前に出て、ゆっくりと大臣の元へと歩み寄る。大臣はジリっと思わず下がるが、剣先が、弓の射口が一斉に、おじいさんの間近へと迫る。
「この土地は肥沃な大地に恵まれておった。世界一貧しくとも、豊かな国じゃった。」
再び一歩前に出る。大臣が恐れ、一歩後退する。ますます武器の切先がおじいさんへと向けられた。しかし、怯まず、彼は言った。
「その豊かさは今は消え、ハリボテだけが残った。しかし、想いは消えなんだ。」
「何故だか、わかるか?」
「忘れようとしても、ぬくもりは残る。かつて王妃が残した、意思は、想いは受け継がれる。それが、今のこの街をつくっている。それがわからん限り、アビド王よ、貴様に未来はないとそう、伝えておけ。」
「言い残したことはそれだけか。」
「……………あぁ。」
大臣から合図が下り、一斉に剣が振り下ろされ、弓が射出される。
「しまっ…………。」
ミレイユは一歩出遅れたことを悔いた。しかし、目の前にはおじいさんを救出し、抱きかかえた、まこがいた。
「なにぃ?」
大臣は顔を顰める。
「お主…………。」
まこは、おじいさんをミレイユに預ける。
「………何があったのかは知らないわよ。でもね、おじいさんが伝えようとしていることは、分かる。私が代わりに、目覚まさせてあげるわ。」
「何者だ?」
「通りすがりの女の子。あんたたち、覚悟しなさい。」
「…………やれ。」
大臣の合図ともに、弓矢が一斉に射出される。まこは構える。しかし、パキンと、それはまこに届く直前で、全て真っ二つに折れた。
「まこ、下がっていろ。」
「ミレイユ!!」
「私1人で、十分だ。」
大臣は顔を歪め、手をバッと前に出し、合図をかけた。剣を持った兵士たちが一斉に駆け出す。ミレイユは1人、また1人、躱しながら斬り、躱しながら斬りと、段々前に近づいていく。
「やめろ!近づくな。近づくなぁ〜〜!!!!」
弓兵の弓を一瞬で、粉々にすると、大臣の首元へ剣を突きつけた。
「国際法に基づき、貴様を今から拘束する。ゆっくり話を聞かせてもらおう。」
「あ、あぁ…………。」
すると、大臣の身体が次第に震える。そして、怯えた様に、私達の後ろを指差した。
「モ、モルドレッド卿。」
ツノの生えた独特な黒鎧に、赤い紋様が入っている。異様な雰囲気を醸し出すその騎士は、ガシャリ、ガシャリと音を立てて、ゆっくりと大臣の元へと歩み寄り、言った。
「ご苦労であった。」
「へへっ………どうも………。」
瞬間、ザシュッと聞こえたかと思うと、血飛沫が吹き上がる。
「はっ………?」
大臣は体を赤く染め、バタリと仰向けに倒れる。民衆の悲鳴があがる。モルドレッドはこちらに向き直り、私達に言った。
「塔に来い。」
そう言うと、モルドレッドは去っていった。
…………塔というのは、あの街の中心部にある、空まで聳え立った塔のことだろうか?暗がりを帯びた鉄の塊に覆われた、不気味な塔。
「王の心を模したハリボテ。」
おじいさんはそう呟いた。
「あの塔は、奴の居城。人を攫い、働かせておる。己の野望のために。」
「…………どうやら面倒なことに巻き込まれてしまったようだな。」
ミレイユは頭を抱え、ため息をついた。
おじいさんの家へと伺った。聞くところによると、昔からこの土地に住む人々は攫われ、強制的に働かされ、無理な労働を強いられていたのだと言う。おじいさんも、その1人だったと。
「この街の、そしてあの塔の建築までに、多くの民が犠牲になった。そして、今またなにかを企んでおる。」
「……………まさかそんな事情があったとは。」
ミレイユは考え込む。
「これ、もしよかったら。」
おじいさんの娘さんが、料理を用意してくれた。美味しそうな目玉焼きとサラダだ。私は腹の虫が鳴るのを、懸命に抑える。
「私の夫も、捕まってあの塔に。何が目的かは分かりません。」
「すでにこの街は十二分に発展を遂げておる。これ以上に何を望むのか。」
すると、ガチャっと扉を開ける音と共に、小さな女の子が部屋に入ってきた。
「お母さん、この人たち誰?」
「お客さんよ。ほら、大事な話の途中だから、部屋に戻りなさい。」
「いやだ!私ね、お父さんのところに行きたい!」
女の子は、不意に私の隣に来て、私を強い眼差しで見つめて言った。
「お姉さん、わたしをお父さんのところに連れていって。」
「えっ!?」
私はどう返していいかわからない、そのお願いに戸惑った。
「こら!カイア!!」
すると、お母さんは子どもの手を引いて、同じ目線にしゃがみ、両手を握って言った。
「カイア。お父さんは必ず帰って来るわ。」
「本当?」
カイアちゃんは、不意に私の方へと視線を向ける。私は力強く、うんと頷いた。すると、カイアちゃんはパァッと笑顔になり、嬉しそうに部屋へと戻っていった。
「ありがとうございます。」
お母さんは申し訳なさそうに笑い、言った。
「食事、もし良ければ冷めないうちに。」
「あぁ、いただこう。」
「いただきます。」
手を合わせて、食事に手を付ける。カタカタと、ナイフとフォークの音が響く。
「お、美味しい!!!」
「あら?そうですか?ありがとう。」
「本当に味わい深いな。手が進む。」
あっという間にミレイユと私は食事を食べ終えた。
「「ご馳走様でした!!」」
「いいえ、美味しく食べてもらえてよかったわ。」
「しばらくゆっくりして行くといい。2階の部屋が空いてるから、そこを貸そう。」
「いいんですか?」
「あぁ、もちろんじゃ。」
私とミレイユは横に並んだベットにそれぞれ腰を掛ける。
「あまり時間に余裕はないのだが…………とは言っても、みすみす敵方の誘いに乗って、塔に赴くのも危険だろうな。困ったことだ。」
「私、行ってくるよ。」
私は、バッと立ち上がる。窓の外から見える、壮観な街並み。この世界でここだけ異様といえるまでに発展したその様は、まさに捕えられた人々の苦しみと悲劇をあらわしているようだった。
「まこ、それなら私が…………。」
その時だった。
街の一角で激しい爆音と共に炎が巻き上がる。窓を叩きつけるように風が吹き、その衝撃の異様さに私たちは顔を見合わせ、すぐに部屋を飛び出した。
「おじいさん!!行ってくるわ!」
「家が揺れたぞ!何があったんじゃ!!」
「説明は後だ!!家から出るな!!!」
私たち2人は走って、炎の上がった場所へ向かう。
「あぁっ!!?」
そこに広がっていたのは、騎士モルドレッドと腰を抜かし、背後に手をついて、脅えている男性の姿だった。
「ど、どうかご勘弁を!!」
モルドレッドは無言で剣を振り上げる。そして、無慈悲にその刃を振り下ろした。
ガキィン、と激しい音が鳴る。
「…………邪魔をするな。」
「くっ!?」
ミレイユは刃を受け止める。私は男性を抱え、遠くに逃げる。
「す、すまない。」
「大丈夫?怪我はない?」
「あぁ。」
ミレイユはモルドレッドを睨む。
「何故襲った?」
「…………………。」
「答えろ。」
しばらくの静寂。男性は騎士に怯えたようすで、こっそりとその場から去ろうとしていた。モルドレッドが口を開く。
「貴様、また逃げるのか。」
男性はビクリと反応し、怯えたように言った。
「当たり前だろう!自分のために行動して、何が悪い!!」
すると、モルドレッドはため息を吐き、剣の切先を遠くにいる、男性に向かって突き付けた。
『炎露』
モルドレッドがそう唱えると、男性を囲うように炎の柱があがり、逃げようとしていた男性は腰を抜かして倒れる。
「女房と子どもを差し出して、自らだけが逃れられると思ったか?」
「だ、だだ、だって!!!そう言ったじゃないか!!国の役人は、確かにそう言ったぞ!!」
「………………。」
ゆっくりと歩みを進める。ミレイユはモルドレッドに本気の殺意がないことを察して、止めなかった。モルドレッドは炎を潜り、男性の前に立つ。
「今一度、問う。自らの愛する女房と子のために、貴様はどうする?」
「お、俺は、工房の主だ!!女房と子と、これまで養ってきた。だが、いざこういう時になってみると、クソ程役に立たねぇ!!!」
「…………………。」
炎の柱が収まる。モルドレッドは男に背を向けて言った。
「もうよい。貴様には斬る価値すらない。」
「…………へへっ、そうか。じゃあな!!」
男は走って、去っていく。男が遠くへと逃げ、曲がり角を右へ曲がろうとしたその時だった。
ボゥ、と足元から炎の柱が上がる。柱は瞬く間に男を包み込み、焦げ臭いにおいが空にたちのぼった。
「気絶させただけだ。」
モルドレッドは言う。
「こいつを差し出して、憐れなそいつの女房と子どもをあの塔から解放する。」
「…………貴様は味方なのか?」
ミレイユが訝しげに、モルドレッドを見る。モルドレッドは言った。
「アビド王を洗脳から解放し、この街に真なる平和を取り戻す。それが、俺の目的だ。」
「アビド王は、王妃を愛していた。」
モルドレッドは語る。この地の過去を、そして王の経緯を。
「あら、モルドレッド。今日も来たの?」
「ねぇ!王妃様!向こうの丘で取れたお花、持って来たんだ!」
少年は、花を王妃へと渡す。王妃はニコニコとした笑顔で、それを優しく受けとった。
「ウフフ、ありがとう。」
「どうか俺と結婚してくれ!!!」
「ごぉら!!モル!!何を言うとるか!!!」
アビド王の拳骨をくらう。たん瘤ができそうになったが、手加減が上手で、すぐに痛みは治まった。
「小さな子に何をするんですか!!!」
「お前も、言うところはしっかり言わないと、いつまでも調子に乗りおるぞ!この馬鹿は!!」
「…………………。」
悲しんでいるふりをして、アビド王にだけ見えるように舌を出す。すると、カチンときたのかアビド王は眉間にシワを浮かべて再び、モルドレッドへと殴りかかった。
「こぉら!!このガキャ!!今日という今日こそは許さんぞー!!!」
「王様!!落ち着いてください!!!」
兵士たちが王を宥める。何気ない日常。自然に溢れ、太陽の日が眩しく差した町の、午前のこと。みなが笑い、田畑を耕して働き、よく食べ、よく眠り、幸せをこの上なく感じて、暮らしていた。
王妃の亡くなる、あの日までは。
「魔物の軍勢が!!おそらく魔女の手先です!!隣国ラルドが侵略されました!!!」
「むぅ、まずいのぉ。」
「こら!胡座くんで考え込んでないで、一刻も早く民を逃すのよ!!!あんたも手伝いなさい!!!」
「わしもいくのか!?」
「当たり前よ!!!民を優先せずに、何が王ですか!!!」
モルドレッドは1人、崖の上で地平線を眺めていた。彼には両親がいなかった。淋しい気持ちを、いつも町のみんなと、王様と王妃が埋めてくれていた。1人じゃなかった。
「俺、大きくなったらみんなを守りたい。守れるように、なりたいんだ。」
そんなことを呟いていた時、地平線が揺れたような気がした。いや、揺れたのではない。地平線を丸ごと埋めるような大規模な軍勢が、一斉にこの地目指して、向かってきている。何のために?
「………………。」
冷や汗が止まらない。モルドレッドは、急いで立ち上がり、町の中心地に向かった。彼がたどり着いた時には、既に人々は慌しく、逃げ出していた。
「モルドレッド!!!」
背後から聞こえたのは王妃の声。心底心配した眼差しで、俺の元に急いで駆け寄り、手を強く握って言った。
「逃げるの。わかった?」
王妃から懐から何かを取り出した。それは翡翠のネックレスだった。
「これ、お守り。」
王妃はモルドレッドの首にそれをかける。
「必ず生きて、みんなと頑張るのよ。」
「ミレアは?ミレアはどうするの?」
王妃の名は、ミレアと言った。
「私は、戦う。」
彼女は、先端の渦巻いた木の杖を取り出す。
「愛する者たちを守りたいの。」
「やだよ!!一緒に逃げようよ!!!」
すると、ミレアは彼の頭を優しく撫で言った。
「あなたたちは私の家族だから。」
ミレアは振り返る。
「絶対に傷つけさせない。」
振り返った先には、体長十数メートルはあろうかという巨体。首はなく、馬に乗り、巨大な剣をもつ、魔物。その名を、死霊のデュラハン。
町が燃やされる。オークやゴブリン、骸骨騎士が残った人々を探す。だが、あるのはもぬけの空ばかりで、魔物たちはその先、遠くに見える人間たちに目を向けた。
ジャキンッ、とけたたましい音が鳴る。
「獣どもが。覚悟しろ。」
魔物たちが一刀両断される。アビド王が駆けつけた。人々を逃し終えた兵士たちも続々と、やってくる。
「モルドレッド行きなさい!!!!」
「で、でも…………。」
「いいから!!!!!」
ミレアに押されるように、モルドレッドは走り出す。死霊デュラハンの剣がそのモルドレッドに向かって振り下ろされた。
『月の舞踏』
閃光が瞬き、デュラハンの剣を弾く。そして、そのままデュラハンの身体を次々と閃光が貫き、動きを完全に留めた。
「今ならまだ許してあげる。」
杖を魔物達に向ける。
「ここから立ち去りなさい。」
バキン、とデュラハンを留めていた、光が断たれる。その身体からは、黒い蒸気のような何かが立ち昇る。ミレアはそれを見て、目を細めた。
(一体、これは………?)
デュラハンの目が赤く光る。
「畏まりました。事態が収まるまで、モルト国に、おられるといい。」
若き日のベルトは事態の深刻さを受け止め、カラルの国の人々を受け入れることにした。人々は安心し、束の間の休息、そのひと時を過ごす。
しかし、モルドレッドは不安だった。ミレアは、アビド王は大丈夫なのだろうか?
数日後、地平線の向こうに影が見えた。日々、カラルの地の方向をうかがっていた、モルドレッドはすぐに気づく。
「ミレア………?ミレア!!!」
モルドレッドは走り出す。しかし、近づくにつれ、足が止まる。
「ミレ………ア……?」
そこには血塗れで、アビド王を背負ったミレアの姿があった。
「ハァ、ハァ……………。」
目は虚ろで、何も見えていない。ユラユラと身体を揺らしながら、一歩一歩、進んでいく。
「ミレア!!!」
倒れそうになるミレアの身体を受け止める。ミレアは何者かが、自分を支えてくれていることに気づく。
「モルドレッド?」
「そうだよ!!!僕だよ!!!はやく、早くお医者さんに診てもらわないと!!!
「もう、いいの…………。」
ひし、とモルドレッドを優しく抱きしめて、彼女は言った。
「生きていて、よかった。」
「ミレ………ア。」
「あなたのことずっと私の子どもだと思ってみてた。愛してるわ。」
額に口付けをする。そして、再び優しく抱きしめたまま、ミレアは息を引き取った。
それからアビド王は、正気を失ったかのように、町の再興を謳い、人々を奴隷のように働かせ、この街を造り上げた。目的は分からない。だが、時々彼女の名前を呟くのだ。
「ミレア…………。」と。
「俺は、アビド王に仕え、守護の任についた。だが、やはり従えない。それに、近頃は様子がおかしい。」
モルドレッドは、私たちに頭を下げた。
「ロイドの近衛騎士ミレイユ、そして英雄よ。たのむ。どうか力を貸してくれ。」
塔の最上階、アビド国王は喰していた。
「足りぬ………まだ、足りぬ…………。」
魔物の肉片が散らばる。ドロドロと腐敗臭のするヘドロとなった、彼はもはや人の形を留めていない。生物を喰らう度に、自らの力を増していく。その限りない力の増幅が、彼の自我を奪い去っていた。もはや、それはアビド王だったもの。そこに、元の彼はいない。
『そんな姿で、臣下にでも見られたらどうするんだい?』
影から、声がする。
「あぁ………あぁ…………。」
『もう自我すら失ってしまったか。』
影はドロドロと湧き立ち、その中から魔物たちが次々と現れた。
『まぁいい。この街はもう用無しだ。さぁ、始めようか。』
ドロドロとした液体が塔から漏れだす。地上に到達した液体から、無数の魔物が溢れ出した。
街中で警報が鳴り響く、赤いランプがそこかしこで点滅する。
『侵入者、侵入者。一般市民はただちに屋内に避難し、待機せよ。』
スピーカーから機械音声が流れる。市民たちの悲鳴が聞こえ、人々が逃げ惑う。モルドレッドは、逃げる1人の市民に問うた。
「おい、何があった!?」
「塔を中心に魔物の群れが!!」
「なっ!?………アビド王!!!!!」
モルドレッドは駆ける。まことミレイユも顔を見合わせ、走り出そうとするが目の前に黒いドロドロとした液体が現れ、魔物が出現する。
「くっ!?」
「まだ屋内に避難できていない者は早く!!!ここは、私達が食い止める!!!!」
ミレイユは剣を握った。私も拳を構える。街は、魔物の唸り声と人々の悲鳴に、包まれていた。
「どけぇっ!!!!!!」
モルドレッドは剣を振るう、次々と現れる魔物を切り裂き、前へ進む。嫌な記憶が甦る。
『愛してるわ。』
ミレアの最後の姿が思い浮かぶ。嫌だ。もう誰も失いたくない。モルドレッドは、塔の前に固まった魔物の集団に技を放つ。
『炎万』
魔物たちは焼き払われ、塔の入り口が見える。
(あと少しだ………。)
その時だった。
ズン………と上空から、物体が降り立つ。
煙立ち、それが晴れた光景を見たとき、モルドレッドは怒りの咆哮をあげた。
死霊の騎士、デュラハン。
黒い霧を身体に纏い、赤く目が灯った。死を司る剣が、黒い騎士の姿を映す。
「なんて数だ!?」
ミレイユは、苦悶の表情を浮かべながら、周囲から次々と襲いくる魔物達に対処する。まこは次々と魔物達を無力化するが、キリがない。
「くそっ!?前に進めない。」
問題解決を図るには、元凶であろう塔へ向かわねばならないが、避難の遅れた民衆を救けながら、無限に湧く魔物達を何とかするのは至難に等しい。
「ミレイユ!!大丈夫!!?」
「あぁっ!!」
民衆の一人が、足を挫いて、魔物に襲われかけているのをミレイユは視界の端にいれる。
「危ない!!」
ミレイユは攻撃をはじき、民に逃げるように促した。しかし、その瞬間を見逃さず、骸骨騎士は背後から剣を振りおろす。気を取られたミレイユは、反応が遅れた。
「ミレイユ!!!!」
「し、しまっ…………。」
『レガ』
放たれた火球が、骸骨兵士を粉々にする。ミレイユとまこが目を向けると、そこには杖を構えた、チルノがいた。
「こいつらは、私とレーリル先生に任せてくださいまし!!あんたたちは、塔に向かって!!!」
チルノは魔物たちに向かって、再び杖を振るう。
「元々調査する予定でしたが………手間が省けましたね。英雄殿、ミレイユ殿、任せましたよ。」
レーリル先生も魔物たちに杖を振るう。
『シア・リシューテル』
水の槍が魔物たちを全て貫く。
『レリア』
その槍が次々と冷気を帯びて、広がり、魔物を凍結させた。
『レガ』
魔物の集まった中央で、炎が収縮、そして大爆発を起こし、大きな火の嵐が巻き起こった。
私たちは、その光景を呆然と見つめる。
「さぁ、いきなさい。」
レーリル先生は未だに次々と湧く魔物を見て、私たちに早く向かうように促す。
「本体を撃破すれば、この手の輩は止まります。急ぎなさい。」
「はい!!」
「わかった!」
まことミレイユは走り出す。チルノはレーリルの隣に立った。
「レーリル先生!!」
レーリルは教え子を見て言った。
「久しぶりの授業です。気張りなさい。」
「はい!!!」
『黒炎』
赤黒い炎が剣に纏わり付く。モルドレッドは、この時を待ち望んでいた。ミレアを死に追い込んだ、この元凶たる魔物を跡形もなく消し去る、この時を。
(全て、終わらせる。)
モルドレッドは、デュラハンの懐に潜り込む。
『炎耀』
斬り上げと共に、炎がたちのぼり、デュラハンを飲み込む。
『下落ち』
足を切り裂き、跪かせる。見上げるほどだった頭上が、目の前へと落ちてくる。
(とどめだ。)
黒炎が上空へ立ち昇る、それは一筋の剣と化し、モルドレッドは、高く跳びあがり、デュラハンの頭上からその剣を振り下ろした。
「…………………。」
凄まじい轟音とともに、デュラハンの身体が崩れ落ちる。モルドレッドは肩で息をしながら、俯く。やっと終わったのだ。仇を打った。ミレアの仇を。
ギギギギ………と鎧の軋む音がする。モルドレッドが頭を上げたときには既に手遅れだった。
「ガハッ!!?」
かろうじて残っていた、鎧の残骸が手を伸ばし、モルドレッドの身体を剣が貫いていた。血が地面を、赤く染める。
「あぁッ!!?」
「くっ………。」
ミレイユとまこが塔の前へと辿り着いた。だが、目の前に広がる、その光景に愕然とする。砕けた鎧から伸びた剣が、モルドレッドの身体を貫いていた。そして、ブゥーン……という音と共に、鎧は碧く光り、瞬く間に、再生していく。
「ば、馬鹿な…………。」
剣がモルドレッドの身体から抜け落ちる。モルドレッドは、ドサっと身体を横たえた。まこは、一目散に彼の元へと駆け寄ろうとする。
「来るなッ!!!!!」
激しい叱咤。モルドレッドは震えながら、立ち上がった。目の前に立ちはだかる、既に全快したデュラハンを前にして、彼は再び剣を握りしめる。
(ミレア…………こんな相手と戦っていたんだな。)
苦しかったろう、辛かったろう。俺の愛する家族を、たった一人、俺を拾ってくれた人を、愛してくれた人を、よくも。よくもよくもよくも。
『炎露』
モルドレッドとデュラハンの周囲に、炎が立ち上る。
(これで最後だ。)
ミレア、アビド王。私は、生まれてきて、幸せでした。生まれ変わったらまた、あなたたちの元へ伺いたい。
『炎王』
カッ、と一瞬光が街を包み込んだ。激しい爆音とともに、炎の柱が空へと立ち昇る。それは、暗雲を突き破り、空を、街を、明るくした。
塔の最上階、暗闇のなかでアビド王は人の姿を、取り戻していた。確かに聞こえたのだ。あの子の声が。
「モルドレッド…………。」
背後で、暗闇に佇む人物が苛立っていた。
(思い通りいかぬ。愚民どもめ。)
ゆっくりと歩み寄り、アビド王の頭を掴み、指を捩じ込ませる。
「あっ、あっ……………。」
「くっ、くっ。ジジイ共、俺の好きなようにさせてもらうぜ。」
目的は、破壊。己の快楽の為に、人類など滅べばよいと、そう考える邪悪。『古の王』とは、そういう存在だった。
「…………………。」
まこは、グッと口を噤む。跡形も、塵も残らない程に、その炎は技を放ったモルドレッドと、デュラハンを飲み込んだ。静かな風の音が、辺りへと響き渡る。
「まこ。行こう。」
「…………えぇ。」
「粗方片付きましたね。」
「も、もう無理ですの。」
チルノは仰向けに倒れる。街の魔物たちは、2人によって殆どが無力化されていた。市民たちの避難も終わっていた。事はこれで無事に終わるはずだった。
「…………はぁ、チルノ。立ちなさい。」
「えっ?」
宙にドロドロとした液体が現れる。その中から、また魔物たちが溢れ出す。今度は、黒い霧を身体に纏っている。先程と様子が違うのは、明らかだった。
「どうやらここからが本番のようですね。」
「えぇっ!!?」
「チルノ、私の後ろに回りなさい。」
レーリルは杖を構える。何者かが、条約に違反し、武器を密輸、製造している事を聞きつけて、私はここへやってきた。どうやら、ただの噂ではなさそうだ。背後で、大きな何かが蠢いている。
(ここで片を付ける。)
「くそっ!邪魔だ!?」
私たちは、溢れ返る魔物たちを押し除けながら、塔の階段を駆け上がる。そして、塔の最上階の、扉を開いた。ミレイユは声を張り上げる。
「アビド王ッ!!!」
そこには、背を向け、外の街を見つめる、彼の姿があった。彼は背を向けたまま、言葉を発する。
「すまない。」
体が震え、崩れる。暗い液体がそのカラダから溢れ出て、瞬く間に地面を覆った。
「なっ!?」
足元が黒い液体で満たされる。すると、黒い液体の中からは、無数の人間が這い出た。その人間たちは、ミレイユとまこを引き摺り込むように身体を掴む。そして、身体が徐々に暗い闇の中へと沈んだ。
「ミレイユ!!」
「まこ!!」
2人は手を伸ばすが届かない。視界は次第に、暗く染まり、光から遠のいていく。しかし、落ちていくにつれ、段々と仄暗く、暖かい空間が目の前へと広がった。
(何、ここは?)
そこには、若き日のアビド王と女性が赤子をあやす、姿があった。赤子は徐々に成長し、3人は手を繋いで夕暮れの畦道を歩く。
「ねぇ、王様。」
子どもが、尋ねる。
「何だ?」
「ずっとこれからも、一緒にいようね。」
「……………あぁ。」
3人は闇の中へと進む。ぎゅっと手を繋ぎ、その手を決して離さないように。微笑みを浮かべ、彼らは歩を進める。
(…………よかった。)
その時だった。
私の後ろからゴゴゴ………という音とともに、黒く太い、禍々しい手が這い出た。3人へと手を伸ばそうとする。その者は言った。
「ケイヤクハ、マダ、コレカラダ。」
私は3人に忍び寄ろうとする、その手をグッと掴み、握りしめた。
「邪魔をしないで。」
『グオォォォ……………』
唸り声が暗闇に響く。
「相手なら私がしてあげる。」
暗闇の中から、深淵の主が姿を現す。その姿は、神々しく、また悪魔のようであった。白翼を携え、蠍の尾を持ち、紫の筋骨隆々の身体を持ち、手に持つ長剣は複雑な螺旋の構造を描いている。影が表情を覆い、光る眼差しがこちらを捉える。
『久しいな。』
そう言葉を発すると、その者は、螺旋の剣を天に掲げ、暗闇が晴れた。深淵が引き、塔の頂上からは、光が放たれる。
「なんですの!?」
「…………………。」
レーリルは膝をつき、その光景を眺める。魔物は全て排除した。しかし、この後において、これまでに感じたことのない異様な魔力を、あの上空に感じる。
(ワーラット先生………いや、それ以上の。)
測り知れないエネルギー。直感が大音量で警告を鳴らしている。
暗い部屋、ガタッと彼女は身体を起こした。負傷し、身体を主の寝床で横たえていた彼女。
「どうした?」
魔女はそんな彼女を見て、不思議に思う。額に汗が浮かんでいる。彼女は、よろける身体をベッドから起こし、剣を取った。
「おい!大丈夫なのか!?」
魔女は心配する。レインゼイム、彼女は鎧を身につけて、魔女に言った。
「『奈落の王』が降り立ちました。このままでは、終わりです。この世界そのものが、滅亡する。」
「なにっ!?」
頭鎧を身に付け、窓の外、雷の鳴る曇空を見上げ、飛び立った。
「おい!」
「何ということでしょう。」
天使、ザドキエルは、地上の様子を見て、当惑する。このままでは、この世界はおろか、外界にすら影響を及ぼす可能性がある。しかし、問題は地上のものたちだけで解決しなければならない。
「どうかお願いします。まこ、そしてレインゼイム。」
遙か上空から、地上を見下ろす。
その者の名は、『アバドン』。
恐ろしくも美しい『奈落の王』。
彼は、契約を反故にした、愚かな人類を罰すべく、地上に姿を現した。それは、完全なる、不測の事態。今地上に、かつてない滅亡の危機が迫ろうとしていた。
まこは、空に浮かぶ、天使とも悪魔とも思えるその姿に、困惑していた。天使様と似たような雰囲気を感じる。そしてそれは、あの時の黒色のドレスを纏っていた、レインゼイムという名の剣士もおなじ。
アバドンは不意に掌を地上に向ける。
『滅界』
その言葉が発せられると共に、螺旋状の光線が地上に放たれる。その光は地上を白く照らし、まるでそれは世界が終末を迎える前のように、地上の影を空に映した。
素早く風を切り裂く音が、辺りに響く。
『抜切』
その言葉と、激しい衝撃音と共に、光が真っ二つに割れた。
「あ、あれは………っ!?」
上空に立つのは、1人の剣士。
レインゼイム。
黒ドレスではなく、鎧を身に纏っている。まこは、それを、目にした。
(間違いない。あの時の、剣士。)
『……………………』
すると、アバドンは白翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく空中にいるレインゼイムに蹴りを入れた。
「ぐっ!?」
レインゼイムは、身体を折り曲げて吹き飛び、森林の奥、巨大な山脈に激突する。大きな音と共に、それは地上に大きな揺れを起こした。
「な、何が起こっている!?」
塔の上、黒い液体の中から這い出たミレイユは、まこを見つける。
「まこ!?無事か!?」
「えぇ、大丈夫!ミレイユも、怪我はない!?」
「あぁ!なんとかな。」
地上を見る。人々はシェルターから飛び出して、指を差して、空中の主を見ている。
「あれは、なんだ!?」
ミレイユもそれを見て、異様な雰囲気のその主を見た。まこは、息を呑みこむ。
『………………………。』
主は、何事もなかったかのように再び地上に手を向ける。まこは、立ち上がり、言った。
「いけない!!!」
勢いよく、塔から跳び上がる。
「ま、まこ!!!」
ミレイユの心配を尻目に、一瞬で、アバドンの丁度、頭上部分まで跳び上がる。そして、身体を捻り、渾身の蹴りを加えた。
「っりゃあぁぁぁーーー!!!!!!」
アバドンの身体は吹き飛び、レインゼイムと反対側巨大な湖に勢い良く落下する。空まで到達する巨大な水飛沫をあげ、沈黙した。まこは、着地のことを考えていなかったので、からだをあたふたとさせ、落下していく。
「わ、わぁーーーっっ!!!?」
すると、赤い眼をした水龍がまこの身体を支えて、地上まで運んだ。
「レーリル先生!チルノ!」
レーリル先生は遠くを見据え、チルノは心配そうに涙を流しながら、私に駆け寄る。
「し、心配しましたのー!!怪我は!?怪我はありませんの!?」
チルノは私の身体のあちこちを、一所懸命に見てくれた。傷がないことにひとまず安心すると、私に抱きついた。
「あんまり無理をしてはいけませんの。」
「うん。ありがとう、チルノ。」
私はそっとチルノの身体を支えて、離し、立ち上がる。湖の中から沸々と高熱の泡がたぎる。すると、湖から空を突き破る巨大な光の柱があがる。
「な、なんですの………あれ……。」
光の柱に影が現れ、光はその影に収縮する。瞬間、アバドンは、まこの目の前に現れた。
「ひっ!?」
チルノは、後退りをし、レーリルは杖を構える。まこにその剣が振り下ろされようとしたその時、ガキィンと甲高い音が辺りをを包んだ。
「あっ…………!?」
まこは、恐るおそる目を開けると、そこにはレインゼイムがその螺旋剣を己の剣で受け止めていた。
「貴様ら人間の太刀打ちできる相手ではない。一刻も早く、この国のもの全てを引き連れて、できるだけ遠く逃げろ!!!邪魔だ!!!」
不意に声が聞こえる。
「はてはて、これはどういった状況か?」
私たちが聞き覚えのある声に、後ろを見上げると、そこにはワーラット老が髭をさすりながら、この状況を見下ろしていた。
「ワーラット老!!」
私は思わぬ助け舟に、ホッとする。レーリル先生は、キッと睨みつけ、吐き捨てるように言った。
「あら、裏切りものがよく顔を出せましたね。」
「勘弁してほしいのぉ、レーリル。今は、それどころではないじゃろ。」
ワーラット老は、アバドンに杖を向ける。
『月の牢』
すると、アバドンの姿は消える。そして、程なくして塔からはミレイユが走って降りてきた。
「はぁ、はぁ………大丈夫か!?」
「ミレイユこそ!大丈夫ですの!?」
「あぁ、なんとかな。………どうやら、とんでもないことになっているようだ。」
集まった面々の異様な光景に、ミレイユは汗を浮かべる。ワーラットは、空間がヒビ割れるのを見て、目を細めた。そして、急いで話す。
「まこ殿とレインゼイム殿以外では、まるで歯が立ちそうにないですな。お二人の邪魔をせんよう、私はできることを致しましょう。」
すると、杖を掲げ、レーリル、チルノ、ミレイユを蒼い光が包み込んだ。ワーラットにも蒼い光が纏わる。彼は続けて、言った。
「民衆は既に、逃がしております。お二人は、どうか地上をお守りください。」
「任せて!!」
「……………あぁ。」
その直後、空間が完全に割れる。その奥、月景色の空間の中から、アバドンが再び現れた。その目は一層鋭く、私たちを睨んでいる。
「まこ!!無理をしてはダメですの!!!」
「くそっ!!私も戦うぞ!!」
「無理ですの!!!諦めてくださいまし!!!」
シュンッと、蒼い光とともに、チルノや、ミレイユたちの姿が消える。
静寂が辺りを包む。風邪の音がやけに強く響く。
瞬間、アバドンの螺旋の剣が煌き、振り払って放たれた光波は街の半分を真っ二つに切り裂いた。
「あ、あぶなかった。」
まこはギリギリで反応して上にかわした。しかし空中で身動きの取れない状態で、目の前にアバドンが現れる。
「げっ!?」
ガシッと足が掴まれる。
「しっかりしろ。」
掴んだのはレインゼイム。まこを被害のない地上へと放り投げ、アバドンの蹴りを剣で受け止めた。激しい衝突音と共に、2人は弾き合い、地上へと着地する。
「大丈夫か?」
「ど、どうして心配してくれるの?」
「………少なくとも今は敵ではない。無駄に死なれると困る。人には生きるべき時と、死を迎えるべき時がある。」
「………どうして、人を殺すの?」
レインゼイムは、少し怪訝な顔をして、それから答えた。
「全ては主の願いを叶える為。その為には犠牲も厭わん。ただ、それだけの話だ。」
「そう。悪い奴じゃないのね。」
「…………………。」
まこが、笑みを向けると、反応しづらそうな表情で、アバドンの方へと目を向けた。
アバドンはこちらを睨みつけている。そして、一瞬で間合いをつめ、まこに斬りかかる。しかし、それをレインゼイムが受け止め、すかさず、まこが腹部に渾身の一撃を拳で叩き込んだ。アバドンは激しく吹き飛び、塔に直撃する。
ガコッと鈍い音を立てて、塔は倒壊していく。
ズズズ………と音を立てて、塔が崩れ落ちたのち、瓦礫からゆっくりとアバドンが立ち上がる。すると、アバドンは手を空に上げ、地上にバッと降ろし、唱える。
『暗界』
すると、アバドンの掌からドロドロとした暗闇が拡がっていく。
私たちは跳び上がり、建物の上へと回避した。街一体が暗闇へと飲み込まれ、その中から巨大な門が現れる。それは瘴気を放って、禍々しく、急激に辺りは暗がりを帯びる。
『地獄門』
それを見たレインゼイムが、焦燥の叫びをあげる。
「あれは、ダメだ!!!」
レインゼイムは、すぐに飛び上がり、空中で構えた。
『天切』
雲と大気が音を立てて真っ二つに割れ、斬撃が地獄の門を襲う。しかし、地獄の門は既に開かれ、斬撃は何者かによって掻き消された。
大いなる神よ、今ここに地獄の門が開かれた。
Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?
Es ist der Vater mit seinem Kind
Er hat den Knaben wohl in dem Arm,
Er faBt ihn sicher, er halt ihn warm.
Mein Sohn, was birgst du so bang bein Gesicht?
Den Erlenkonig mit Kron'und schweif?
Du liebes Kind,komm,geh mit mir!
Gar schone Spiele spiel'ich mit dir;
Manch'bunte Blumen sind an dem Strand;
Meine Mutter hat manch'gulden Gewand.
Mein Vater,mein Vater,und horest du nicht,
Was Erlenkonig mir leise verspricht?
Sey ruhig,bleibe ruhig,mein Kind;
In durren Blatterm sauselt der Wind.
Willst,feiner Knabe,du mit mir gehn?
Meine Tochter sollen dich warten schon;
Meine Tochte fuhren den nachtlichen Reihn,
Und wiegen und tanzen und singen dich ein.
Sie wiegen und tanzen und singen dich ein.
Mein Vater,mein Vater,und siehst du nicht dort
Erlkonigs Tochter am dustern Ort?
Mein Sohn, mein Sohn,ich seh'es genau;
Es scheinen die alten Weiden so grau.
Ich liebe dich,mich reizt deine schone Gestalt;
Und bist du nicht willig,so brauch’ich Gerwalt.
Mein Vater,mein Vater,jetzt feBt er mich an!
Erlkonig hat mir ein Leids gethan!
Dem Vater grauset's,er reitet geschwind,
Er halt in Armen das achzende Kind,
Erreicht den Hof mit Muhe und Noth;
In seinen Armen das Kind……
……war todt
各地にて、異変が現れる。
モルトの地にて、
「な、なんだ!?」
リベルト王は王室の窓から、空を見上げる。急に暗がりを帯びた雲からは、黒き巨人の手が現れ、王都を今にもその手に掴もうとしていた。
カラルは荒廃とした町から上空を見上げる。竜の鳴き声が空に響き、天上に開かれた門からは、悪魔の軍勢が、無数に迫っていた。
「この世の終わりか。」
自然と受け入れられた。アレン、そっちはどうだ?俺は、今から向かう。
だが、どうかまこだけは、守ってやってくれ。
街のはずれにて、
山の奥で母親と子どもは、空から鳴る異様な雷鳴と恐ろしい悪魔の声に、怯え、抱きしめ合っていた。
「お母さん、怖いよ。」
「大丈夫よ。きっと神様が何とかしてくれるわ。」
「おぉ、なんと。」
セント街から数里離れた、湖の前、ワーラット老。街の人々は、手を合わせて、祈っていた。無数の悪魔が、地上へと迫る。
「な、ななっ、何なんですの!?」
「……………まこ。」
「あなたたちは、後ろへ。」
レーリルは額に汗を浮かべながら、人々をなるべく遠くへと逃がそうとする。いや、逃げ場がないことなど分かっていた。
ワーラット老も目を閉じ、最後の刻を予感する。
(あの空に無数に広がる、悪魔の全てが、わしよりも遥かに上。これは、終わったかの………。)
悪魔の軍勢は、既に世界の人々を手をかける、目前であった。
そして、
地獄の門の中から、現れる。
神の敵にして、魔族を統べる、
地獄の王『サタン』。
今、世界は滅亡の時を迎えようとしていた。
『雷鎚』
雷が地上に降り注ぐ。
その者、白髭の神々しくたる、純然な立ち姿の在りよう。全ての生物が、自然が、空が、大地が、息を吹き返すように、その者の存在を示し、顕わにした。
主神、ここに来たれり。
「よく頑張った。」
その大鎚を携えた神は、雷鎚を振り下ろし、その一撃は、世界に拡がり、サタン、地獄の門、世界各地の悪魔の軍勢、そしてアバドンを一瞬で、消し去った。
雲が消え、地上が晴れ渡る。
「マキア、レインゼイムよ。」
主神トールは、2人に問うた。
「世界に何を望む。」
レインゼイムは膝をつき、頭を下げて応える。
「人々の真なる安寧を。そして、主の幸福を。」
まこは、暫く悩み、ゆっくりと応えた。
「え、えっと…………。」
これまでの出来事を思い出す。アレンのこと、モルト国でのこと、旅のこと、ここでの事。そして、まこは言った。
「えっと、人々が憎しみ合わず、愛し合える世界を。愛し合う人たちが………いえ、世界中全ての人々が、平和に安心して暮らせる、そんな
世界を望みます。」
すると、トールはフォ、フォッと笑い、まこを見て言った。
「生半なことではない。覚悟の上か?」
「…………はい。」
まこは、こくりと頷いて言った。
「よかろう。天界より見守っておる。」
トールは穏やかな笑みを浮かべ、光に消えた。
遠くから、走ってくる音が聞こえる。
「まこー!!大丈夫かー!!!!」
「大丈夫ですのーー!!!?」
ミレイユとチルノだ。
私は手を振ってこたえた。
「うん!!大丈夫だよー!!!」
その後ろには、レーリル先生とワーラット老がいた。ワーラット老はどうやら、レーリル先生に酷く叱られているようで、少ししょんぼりとしていた。
そして、気づけば私の隣からレインゼイムはいなくなっていた。
私たち3人は安堵のため息をつき、地面にヘタリと倒れ込んだ。そうしている内に、街の人々も戻ってきた。
人々の前に、ふと見えた、昔の田園の風景。そこに座るのは、かつてのアビド王とその王妃、そしてモルドレッドの姿。
あとに聞くところによると、不思議なことにいなくなっていた人々は、それぞれの家庭のベッドの上に寝かされていたそうだ。おじいさんや、娘と孫も、愛する人がもどってきて、安心して、笑顔になった。そして、この街を出る時、街の人々が総出で、私たちを見送ってくれた。
しばらくして、街の外れには、耕しはじめた新しい田園の風景が、広がっていた。
引用:シューベルト, フランツ.歌曲「魔王」(Erlkönig), D. 328.




