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マキア  作者: ヤマト
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機械の街 セント

修正中





「はぁ、参ったわね。」


私は、椅子に座りすこし休む。慣れていないことをすると、疲れるものである。……………と言うのも、今日も今日とて、他の国々からの崇拝者が、私を拝みにくるからだ。短期間で、魔女の2つの勢力を退けた、わたしは過剰なもてなしを受けていた。


(それにしても…………。)



他の国の妙に顔の整った奴らが頻繁に会いに来る。微塵の興味も無い。それよりも、とびっきりのご馳走の誘惑が難儀だった。土産物といって、各地の名産物が送られてくる。私は、何とかその誘惑に負けずに…………いや、頑張ったけど、ご馳走の誘惑には勝てなかった。頭の中に昨晩食べた、豪華な夕食が浮かんでくる。



(ジュルリ…………じゃない!!それよりも。)



私は、ベルトさんの言う通り、なるべく人との接触は避けた。そして、最低限、私を見たいという人たちのために、教会の神聖な魔力の込められたガラス越しに、面会だけをしていた。


そして、その面会が、問題だった。




「まこ様は、天から遣われし、女神様なのではないでしょうか?どうか先日亡くなった子が天国に向かえるように、お願いします。」


「どうか、この世の行く末を私にお教えください!!不安で夜も眠れないのです!!」


「うちの猫が先日逃げ出して。一緒に探して頂けませんか?」


「あぁ、英雄様!!お願いします!!『永遠の地下牢』から幻獣グリフォンとキマイラが逃げ出してしまって。その全てを見通すと言う眼で、居場所だけでも!!!………………できれば、討伐も。」


「女神様……………あぁ、女神様。私の罪をどうかお許しください。どうか、どうか御慈悲を。」


「英雄様に、栄光あれ!!英雄様に、栄光あれ!!!!」


「バード王国の新たな王となった、チルノ様が行方不明でございまして。どうかその御神技で、居場所をお教えくださいませんでしょうか?」






「……………………………。」



噂というのは、小平背びれが付いて広がっていくものである。私が何でもできる、天使様や、女神様だとでも思われているのだろうか。



(ただ戦ってただけなのに、ここまでになるとは…………。)



その他にも一日中、祈りに来る人や、質問にくる人は止まず、教会の後ろは、国の外まで人で溢れかえっていた。


(か、勘弁して欲しいわ……………。)



ベルトさんが上手いこと、切り上げてくれるとはいえ、その疲労は凄まじい。



「ハァ………………………。」



私は、椅子にダランと身をもたげ、完全に思考を停止していた。女神様や天使様に聞くようなことを、私に聞かれても、分かるわけがなかった。マキアだの、英雄様だの言われても、結局中身は私だもの。ただの女子高生だもの。……………猫は何とか一緒に探し出したけど。


(つかれたなぁ…………。)


私は、女神でもないし、天使様でもない。


「だあぁぁぁーーーーーー!!!!!!!」


私は、布団の枕にダイブして、顔を埋める。こんなことずっとしてたら、頭がおかしくなる。


(そういえば…………。)


しーちゃんは、今どうしてるだろうか。いつもなら、彼女がいて、笑って、話を聞いてくれるんだけど。


(カラルもいないしねぇ……………。)


そう。頼みのカラルも、町の復興でしばらくいないし、いよいよ私はもうダメかもしれなかった。





そんなとき、コンコンッ、とノックが鳴る。



「はい…………。」



私は力無く、返事をする。



「今、いいかな?」



カラルの声がした。



「カラル!!!」



私は、部屋の扉を開ける。



「やぁ、元気かい?」


私のやつれた様子を見て、カラルは言った。


「元気…………ではない、みたいだね。」


「カラルはどう?」


カラルは少し難しい顔をして、答える。


「それが、なかなか芳しくなくてね。工房にある鎚や色んな道具も、やっぱり何処にも見つからないよ。立て直すまで、まだまだ時間がかかりそうだ。」


「……………そっか。大変ね。」


そう、カラルの故郷は魔女によって甚大な被害を受けていた。ほとんど何も残らないくらい、焼き尽くされてしまったのだ。一瞬のうちに。



「さぁ、入って。」



「あぁ、お邪魔するよ。」



カラルは私の部屋に入り、椅子に座る。やはり疲れているようで、少し上の空で、天井を見つめている。


私は、カラルに最近気になっていることを尋ねてみた。


「そう言えば、最近リベルトを見かけないんだけど、何か知ってる?」


すると、カラルは答える。


「そうなの?………多分、忙しいんじゃないかな。ほら、戴冠式が終わって、王様になってから間もないだろ。色々やらなきゃいけないことがあるだろうし、城の後処理も残ってる。」


「そうね。そうだったわ。」


竜騎兵の軍団の襲来、それは小さくない爪痕を城に残していた。みんなの命懸けの、必死の踏ん張りで、何とか退けたものの、多くの兵士が殉職していた。


「みんな、頑張ったわ。」



「………………あぁ。」



部屋に静寂が訪れる。静かな、その空間に少しの安らぎをもたらすように、外から鳥の(さえず)りが聞こえる。すると、カラルは顔を上げて、言った。



「そういえば、ロイド王国の王様が、何か用があって、ここに来るみたいだよ。直々に来てるから、何か大きな事だと思う。」


「えっ?そうなの?何かしら?」


ロイド王といえば、女騎士ミレイユと共に、世界同盟の円卓会議のときに来ていた、王様の一人だ。最初はリベルトとの問答から意地悪な人に見えたけど、瓦礫に挟まった、兵士を助けたり、ミレイユのことを心配していたりと、優しさの垣間見える人物でもあった。


「あと、そうだ。ここにくる途中でバード王国の王女を見かけたんだけど、何かあったのかな?」


「えっ?」


バード王国の王女といえば、さっき国の人が探しに来ていたはずだ。報告しておいた方がいいのかな?


「チルノ様は、なかなか奔放な方って有名だよ。王女に就任してからみんな振り回されてるってさ。なんでも、冒険に出る!なんて昔からよく言っていて、聞かないらしい。」


「そ、そうなんだ。」


確かに、円卓会議では、純粋で好奇心旺盛な少女といった感じだった。それに、私が兵士の人を助けようとしていたときに、真っ先に駆け寄ってくれた。



コンコンッ、と再びノックが鳴る。


「まこ、まこはいるか?」


リベルトの声だ。


「はーい!いるわよ。」


「少しお邪魔していいだろうか?」


「どうぞ!」


ガチャと、扉が開かれる。そこには、綺麗な王族衣装がヨレヨレになった、頬のこけた、彼がいた。目の下にクマができ、今にも倒れてしまいそうだ。彼は部屋に入るなり、膝をつき、項垂れる。私と、カラルはすぐさま駆け寄る。


「「リベルト!!」」


リベルトは、震える手をうえに上げて、言った。


「休みを、休みをくれ………。」


カラルは、リベルトを肩から支え、持ち上げて、言った。


「や、やっぱり、忙しいんだな。」


リベルトは言う。


「忙しいなんてもんじゃないよ、全く。」


リベルトは、それから仕事の愚痴を延々とのべた。私たちはそれをうんうん、と頷き最後まで聞いてあげた。


「ありがとう!元気が出たよ!」


元の爽やかな彼に戻って、部屋を出ようとしたが、扉の前でふたたび倒れ、2人で医務室まで運んだ。城では大きな騒ぎになり、それから国では、王務の改善の提案が見込まれた。
















「リベルト王はおるか?」


ロイド王はモルト王国へと辿り着く。横には、近衛騎士のミレイユ。ベルトが迎え出て、答える。


「今、過労で体を労っておられる。話なら、私が聞きましょう。」


「あぁ、それなら英雄もご同席願えるか?ミレイユが話があるそうなのだ。」


彼女はコクリと頷く。ベルトは言った。


「畏まりました。それでは、ご案内致します。」


ロイド王とミレイユは城の中へと足を踏み入れる。すると、廊下で英雄とカラルが並んで歩いているところに、バッタリ出会した。


「あぁ、ちょうど良かった。英雄殿、少しご同席願えるかな?」


「えっ?私、ですか?」


まこは意外だと様子で、ロイド王の願いに応える。コツ、コツ…………と、ロイド王の後ろ、ミレイユとならんで、まこは、王室の客間へと向かう。ミレイユが真っ直ぐに前を向き、無表情なのと対照的に、まこは緊張した面持ちで、扉の前へと辿り着いた。


「こちらでございます。」


ベルトは頭を下げ、扉を開ける。広く、黄金色に飾られた豪華絢爛な客間。ロイド王が椅子に、腰掛けて、それからその隣にミレイユ、そして向かい合うように、私とベルトさんが着席した。


「それでは、早速話の内容だが…………。」


「あのっ…………!!」


突然発せられたその声に、私達はビクリとする。意外にもその声を発したのは、ミレイユだった。心なしか頬を赤く染めているようにも見える。


「も、申し訳ございません。」


ロイド王の言葉を遮ってしまったと、ミレイユは謝罪する。


「よい。先に言え。」


ロイド王はミレイユに促した。


「ですが…………」


「よい、言え。」


「は、はい。」


すると、ミレイユは下に俯き、モジモジとしながら、私の方を向き言った。


「あ、あの…………英雄様、どうか私を側に置いてくださらないでしょうか?」


「………………へっ?」


突然の彼女の言葉に、私は気の抜けたような返事が出る。気のせいではない。彼女は、完全に頬を染め、私をおそるおそる見るように、上目遣いで、こちらを伺っていたのだ。


ロイド王は言葉を付け加える。


「うむ。どうやら、英雄殿の戦いを目にしてしまってからというもの、護衛も、稽古も手に付かないようなのだ。これは、困ったことだ。生まれてこの方戦いの道に生きてきたこの子は、己の気持ちにどう向き合っていいか分からないらしい。」


ミレイユは、恥ずかしそうに俯く。ロイド王は続けて言った。


「国に帰ってしばらくした後、英雄殿に、師事したい旨を私に、伝えてきた。こちらとしても、気の抜けた状態でいられては困るのでな。いっそこちらで預かってもらおうと提案にきた次第なのだ。」


「畏まりました。そういうことであれば、お受け致しましょう。」


「ベルトさん!?」


突然の話、そしてベルトさんの快諾に、私は頭がこんがらがりそうなった。なりながらも、改めてミレイユの私を尊敬するキラキラとした眼差しを見て、ハァ、とため息をつく。そして、わたしは言った。


「…………わかりました。力になれるかは、わかりませんけど。」


ロイド王は喜んだように立ち上がる。


「おぉ!そうか!それは良かった!では、ミレイユよ、英雄殿に失礼のないようにな。」


「は、はい!王よ。心より、感謝致します。そして、ベルト殿、英雄様……これから何卒、よろしくお願い致します。」


すると、ベルトはにこやかな表情で言った。


「謹んで、お受け致しましょう。」


「よ、よろしくお願いします。」


私も、ペコリと頭を下げる。さて、困ったことになった。生まれてこの方、戦いの道に生きてきた人に師事されても、私は、何もできることがない。だって、喧嘩しかしてきてないもの。生粋の素人である。



その晩、夕食がやけに豪華になっていた。……クソッ、ベルトさんめ……私の心が分かっている。ジュルリ………。こうして、わたしは上手く丸み込まれ、彼女と行動を共にすることとなった。
















「………………っ!!」


黒色のドレスを見に纏った、その女性は壁にもたれかかる。それでも、耐えきれず、ドサッと身を落とした。あの忌まわしき瞬間を思い出す。


「おのれ………裏切りおって。」


黒騎士のベルギルス。彼は神の御技を、その身に宿した。いくらその身が人であろうと、それは、天地をひっくり返す程の威力がある。命を捨ててまで、何故あの娘を…………


「ザドキエルめ。余計なことを…………」


彼女は、娘に力を与えた天使の名を口にした。


(これ以上、私の邪魔をするな。あの人が待ってるんだ。)


目の前の扉が、ギギギッと鈍い音を立てて開かれる。


「………っ!?レインゼイム!!」


彼女は駆け寄り、私を抱きかかえる。心底心配そうな眼差しで、慈しむように見つめる。その姿はあの日と変わらない。聖女の姿、私の神よ。


(………………待っていろ。)


この先、どれだけの地獄が待っていようと、私はかならず、この人の望みを叶える。たとえ、私の命が失われることになろうとも。それが私の、願いだ。
















神の国ユグル。


日差す、神樹の下、彼は片膝を抱え、空を仰ぎ見る。教会の鐘が鳴る。神樹が脈打つように、彼の心臓の音が共鳴する。


「マキア……………現れたね。」


彼は、全ての始まり。原初の存在、アダム。円環の輪、死と生を繰り返す理、その中心に座す。やがて生まれ(いず)る時を待って、果てしない苦痛に苛まれようとも、罪を受け入れ、彼は再びその時を待つ。


「エバ。愛してるよ。」
















「………‥それで、そんなことになってるのか。」


「そうなの。」


椅子に2人、カラルと私が座っているのだが、私の椅子の後ろにはピタッと彼女がくっついている。最初は妙に距離が遠かったので、「もっと近づいてもいいよ。」と言ってみたところ、今度は私にピッタリくっついて離れない。


(困ったわね………。)


聞くところによると、記憶もまだ曖昧な幼い頃に、戦争孤児として、国に拾われ、これまで騎士然として戦いの道に生きてきたのだという。そのため、騎士として生きる以外に、感情の出し方がよく分からないのだという。自分でも困惑しているようだが、見たところ、私の近くにいれることが、嬉しくて仕方がない様子に思える。


「やっぱり迷惑なのでは…………」


そう言いながら、椅子に座る私の後ろから腕を回して、抱きついてくる。まるで子どもが親に甘えるような仕草は、彼女の言葉とは裏腹に、彼女のことを分かりやすく教えてくれる。まさか彼女が、こんな風になるとは。私は、彼女の言葉に返答する。


「あははっ………。大丈夫だよ。」


「まぁ、幼い頃から騎士として生きるってのは、想像以上に過酷なもんだ。きっと、その反動がきてるんだろう。」


「そうなのね。」


そんな時、扉が勢いよく開かれる。


「た、大変です!!ガルド王国が、大魔導師ゴーサックの侵攻によって、攻め落とされました!!!」


「…………!!!」


私は、突然の報告に冷や汗をかく。………大魔導師ゴーサック。確か、カラルが言ってた。国を2つ攻め落として、そこを拠点に怪しい研究をしている人物。確かワーラットに師事していた、とも。


「すぐに対策会議が必要だ。人員を集めろ!」


ミレイユは、人が変わったように、手をバッと振りかざし、兵士に指示をした。


「は、はい。」


兵士は、たじたじと部屋を出ていく。すると、廊下からベルトさんが部屋に入ってきた。ベルトさんは言う。


「既に、世界連合から通達が来ている。『各国、最高戦力を動員し、大魔導師ゴーサックを討伐せよ』と。」


そして、ベルトさんは、私の前に来て、言った。


「間髪入れずに済まない。まこ殿、どうか彼の地、ガルドへと向かってほしい。」


私は、ゴクリを息を飲んでから、覚悟をしたように頷く。ミレイユは、少し俯き、顎に指を当て、考えるようにして言った。


「既に魔女の4つの勢力のうち、2つが落ちている。各国は、これを好機と見て、一転、攻勢へと出るのだろう。」


カラルは少し戸惑うようにして、言った。


「しかし、まこを向かわせていいのか?」


ベルトさんは答える。


「確かに、まこ殿が長期間この国を離れるとなると、すでに2つの勢力を落としてしまった我が国は、真っ先に狙われる可能性が高い。だが、いざとなればワーラット老が対処に当たれば問題ないだろう。こういう時のために、まだ異空間は他国に受け渡してはいない。」


私は、あることを思い出し、提案した。


「私がベルトさんにもらった力を使えば、ここに戻ってこられるはずよ。何かあった時には、すぐ帰ってくるわ。」


すると、ベルトさんはこめかみを人差し指でかき、目を逸らす。


「そ、そうでございますな。」


「…………………?」





「安心しろ。まこ。」


気づけば、扉の向こうからリベルトの姿が見えた。彼は、言った。


「私たちは、必ず生き残る。たとえ、魔女から攻められたとて、勝ってみせる。だから、いってくれ。私からのお願いだ。」


彼の強い眼差しと言葉に、わたしは頷いた。それを見て、ベルトさんは宣言する。


「我が国が派遣するのは、英雄まこ殿。そして、その護衛として…………ミレイユ殿。お願いできるかな?」


「もちろんだ。」


ミレイユは頷く。


リベルトは城の者達に、号令を出した。


「それでは、明朝に盛大な出征の見送りを国で、執り行う。各自、準備に取り掛かれ。急げ!!!」


「「は、はい!!」」


兵士たちは急いで、駆けていく。


(明日には、出発するんだ。)


私は、明日の出征に向けて想いを馳せた。正直、もう少し休みたい気持ちはあったが、世界の存亡がかかったこの時に、そんな悠長なこと言っている場合ではない。


すると、私の表情を見てミレイユが気づいたように私に声をかけた。


「疲れが見えます。どうか、私の膝の上でおやすみください。」


「い、いや、遠慮しておくわ。」


もはや、妙な関係を疑われかねない程にとんでもなく、距離を詰めてくる。まぁ、幼い頃から戦いに明け暮れていたんだ。こうして仲良くなった人との距離感みたいものが、分からないのかもしれない。








…………ところで、後で、ベルトさんに伺うところによると、私にはそもそも、魔力というものがないらしい。特異体質で、どうやら魔法を使えないらしかった。いわゆる、魔法の才能ゼロというやつだ。



「………………まぁ、そんなもんよね。」



宝の持ち腐れであった。私は、しばらく1人で落ち込んだ。













ゴソッと、城の物陰から音がする。


「チャンスですわ。」


目をキラリと光らせて、少女は計画を練る。退屈を埋めるには、ちょうどよかった。それに、仲間との冒険は小さい頃からの、彼女の夢だったのだ。彼女は準備を進めた。彼女の作戦の、決行の時は近い。





















「英雄様〜〜!!どうか、ご無事でーーー!!!」


「お父さんを助けてくれて、ありがとうーー!!!英雄様〜〜!!!!」


「きゃあぁーー!!!!英雄様がこっち向いてくださったわーー!!!」










両手をあげての黄色い声援を受ける。指笛は鳴り止まず、盛大な見送りに、少しまこは、ドギマギしていた。




「あはは………そ、そんな大袈裟な。」


「まこは、それだけのことを成し遂げたのです。誇りに思ってください。」


「そ、そうよね。そうするわ。」





馬車、人が足元より下に見えるほど、巨大なそれに乗せられて、私たちは国を出た。リベルトは、俺も行くと、訳の分からないことを言い出していたが、あえなく兵士たちに止められた。ベルトは、遠征に向けて長期保存可能な高級食材を大量に調達してくれたようで、そのおかげでしばらく食糧の心配はなさそうだった。ミレイユは、あの後も私との、距離感がすこし(明らかに)おかしかったので、説得して、程々にしてもらうようにお願いした。出発してしばらく経ってからのことだった。




ガサゴソッ


「何奴っ!!?」


ミレイユが背後に振り返り、剣を構える。




食糧の積まれた荷台からスポッと音がして、彼女が現れた。


「あ、あなたは………。」


「お、お前は…………。」


「潜入、成功ですの。」


かのバード王国の女王、チルノだった。


「ちょっ!?ちょっと、危ないですわ!!その剣をおさめ下さいまし!!!」


わたしとミレイユは顔を見合わせる。戻るにしても、国から離れすぎているし、現在の情勢からそんな時間の余裕もない。それから、彼女の諸々の話を聞いて、バード王国に送り届けることを決めた。


「いーやーでーすわぁーー!!!私!国に戻りたくありません!!冒険することが夢でしたのぉー!!滅多にないチャンス!!!この機を逃したら一生ないかもしれない〜〜!!!」


「知ったことか!!国までは連れて行くんだ!!文句を言うな!!」


「まぁ、ともかくバード王国に一度立ち寄りましょう。ガルド王国に行く途中の道にあるんでしょ?ちょうど、よかったじゃない。」


ムスーっと頬を膨らませながら、チルノ王女は、私とミレイユの間に座る。ミレイユは何だか、不満そうな顔で、チルノを睨んでいる。私は、そんな、少し気まずい空気から目を逸らしたくて、外の景色に目をやった。


「うわぁ〜〜!!」


外には、綺麗な景色が広がっていた。壮大な平原、奥には夕陽と、照らされて煌めく山々の光景が広がっていた。


「綺麗ですの。」


「……………悪くないな。」


しばらく私たちは外の光景に見惚れていたが、気がつけば、馬車の心地の良い揺れに私はウトウトとする。そして、気がつけば、意識がポツっと途切れた。それは、チルノも同様で2人で肩を寄せて眠りにつく。ミレイユは、警戒し、腕を組み、外に目をやっている。そんな夜のことだった。





「むっ。」


ミレイユが闇夜の中、月の光を遮る、巨大な何かを目にする。それは、白翼。四足の獣の頭身。嘴が生え、ゆっくりと地上に降り立つ。黒い霧が、その姿を覆っていた。


「これは………………。」


そして、森の奥に影を見つける。その影から放たれる、鋭い何か。それは、月の光に反射して僅かに光を帯び、一直線にまこに狙いを定め、飛んで来た。ミレイユは、察知し、いち早くそれを切り捨てる。彼女は馬車を止めるように、御者(ぎょしゃ)に伝えた。そして、2人を起こさないように、ゆっくりと外へ出る。



「相手は2体か。」


(まこは疲れている様子だった。チルノは、起きて、下手に動き回られる方が返って、守りにくい。)



「……………私だけでケリをつける。」




グリフォンが素早く、飛び上がり、爪を振りかざす。ミレイユはそれを弾き、グリフォンに一閃を浴びせる。


(……………よし!)


しかし、グリフォンの眼が光る。それと共に、傷は瞬く間に塞がっていく。


「なにっ!?」


その刹那、弓矢が森の中から2本放たれる。ミレイユはそれを弾き、懐に携えていた短刀を投擲する。すると、木の上で飛び回る何者かの動きが見える。


(思ったより、素早い!!)


ミレイユは、背後を振り返る。


『キィィィィーーーー!!!!!』


振り翳した、嘴をミレイユは地上に弾く。それは、地表に突き刺さるが、グリフォンはそれをものともせず、地表ごとミレイユを横から薙ぎ飛ばした。


「…………………ぐっ!?」


すると、チルノとまこが目を覚ましたようで、窓から見える巨大な『それ』に悲鳴を上げる。



「ぎゃあぁぁーーー!!!!??」


チルノは叫び、跳び上がる。


「な、なにっ!?」


まこは、すぐさま変身し、目の前のグリフォンを吹き飛ばす。木々を薙ぎ倒し、数百メートル吹き飛んだ、グリフォンは沈黙する。


しかし、まこは気付かない。森の奥深く、死角から彼女を狙う、魔の手が迫っていることを。





「まこッ!!危ないッ!!」


「えっ?」


ミレイユはまこに覆い被さるように、彼女を押し倒す。間一髪、矢から逃れたまこは、目の前のミレイユを見て、顔を青ざめる。


「ミレイユ!肩から血が!!」


「大丈夫だ。」


ミレイユは立ち上がる。


(これくらいは慣れている。怪我は、慣れているんだ。大したことはない。)


そう、私はいつも怪我をしてばかりだった。何故なら、私は、落ちこぼれだったから。余所者で弱音を吐いているような者に居場所はなく、誰も必要としない。


(だから私は…………………。)


私はずっと誰かに認めて欲しかった。












幼い頃、わたしは、身寄りのないところを国に拾われた。当時は魔女との争いが激化していて、孤児であるわたしは、一時の才を認められ、国の騎士や兵士たちの集う、訓練所に入れられた。


『そこッ!振り遅れてるぞッ!!』


『は、はい!!』


だが、エリートたちが集うそこは、甘くなく、私は落ちこぼれとして、誰からも相手にされず、嫌がらせも受けた。




カランッ、と皿の落ちる音がする。


『ほら、食事が溢れちまったぜ。』


『お前がひっくり返したんだろ!』


ギャハハハハッ、という笑い声が響く。


『………………………。』


私はそれを拾って、落ちたものを皿に乗せ、何ともないという風に、机に座って食べた。


『お、おい、流石、余所者だぜ。地面に落ちた食べ物を口にするなんて。マナーがなっちゃいねぇ。』


周囲からのクスクスとした、笑い声が聞こえる。


『……………………あむっ。』


カタッ、カタッというスプーンの音を響かせて、私は残ったスープを飲む。食べ終えて、私は暗がりの中一目散に、訓練所に向かう。




『ハッ!ハッ!』



剣を振る時間だけが、嫌なことを忘れられた。気がついたら朝日が昇っていて、徹夜で次の日の訓練が始まることもあった。



『お、おい、あいつ…………あんなに強かったかよ?』



気がつけば、私は訓練所で抜きん出た成績を収めるようになっていた。誰よりも修練を重ね、強くなった私に、嫉妬心からか決闘を申し込まれたこともあった。返り討ちにする度に、私は王国の上層部に実力が見込まれ、ついに近衛騎士にまでなることができた。修練と戦いの成果だけが、自分を支える。それこそが、それだけが、私の心の拠り所だった。


「まこ、離れていろ。」


「だめ!立ち上がらないで!!ミレイユ!!」


「私は戦うことでしか、自分を示せない。」


それだけが私の唯一の存在価値(そこにいていい理由)なのだから。









「ミレイユ。」


まこは、ミレイユの前に出る。


「あなたは、私の友達よ。そこにいてくれるだけで、わたしは嬉しい。あなたが怪我をしたら、自分が怪我をしたみたいに心が痛むし、苦しくなる。居ても立ってもいられなくなる。」




「………………………。」




私は、王国を出る前、まことのやりとりを思い出す。





『いい?ミレイユ。私は、あなたに一人の人間として、正面から向き合いたいの。あなたは私に仕える騎士でも、尽くさなければならない主人でもない。』


『そ、それでは、どうすれば………。』


『友達になるのよ。対等に、真っ直ぐ、あなたを見ていられるように。ほら、約束。』


『………………。』


『指切りげんまんよ。これで私達は友達。これからよろしくね!!』


『………あぁ。』  







「………………まこ。」


「だからね。」


大量の矢が、まことミレイユに迫る。まこは、拳を振りかぶり、風圧でそれをすべて打ち落とす。



「あなたを傷つける奴は、私が許さない。」



すると、木の上からガサっと音がして、ゴブリンと思わしき、緑の小柄な人物が両手をあげて、下りてくる。



「こ、降参だ。悪かった。あんたら強いな。」



「「…………………………。」」



私たちは訝しむように、警戒するように、相手を見る。徐々にそいつは、近づいてきて、仰向けに寝転んだ。



「ほら、この通りだ。」



「…………もう、悪さしない?」



「もちろんだ。」




まこは、ふぅ…………とため息をついて、安心し、ミレイユの治療をしようと、後ろに振り向く。



「…………………しめた。」



ガバッと、立ち上がり、懐に忍ばせていたナイフを、まこに向ける。



「えっ?」


まこは不意を突かれ、反応が遅れる。



バキンッ!!



しかしそれは目前で、バラバラに砕け散った。



「まこを傷つけるやつは殺す。誰だろうと。」



「ミレイユ!」



ミレイユは、顔に暗い影を落とし、ゴブリンの首元に剣を向ける。



「言え。どこから来た?答えなければ、殺す。」


「お、俺は雇われただけで…………」


「だれに雇われた?」


「それは、言えば殺さ………殺され………バッ!!」


「……………ッ!!」


ゴブリンの身体は突然、体が内側から裂け、バラバラに飛び散った。


「な、何…………これ?」


「何なのだ、これは?」


まこと、ミレイユは突然起こった、その出来事に冷や汗をかきながらも、血の止まらないミレイユの肩に、まこが涙目を浮かべて心配し、ミレイユはそれを見て、フッと優しく微笑んだ。


「………………あっ。」


ミレイユの治療を終えて戻ると、チルノは怯えて、馬車の奥隅で震えていた。


「だ、大丈夫でしたの?」


「それが……………。」


「大丈夫だ。まこ。」


この程度は問題ない、と。ミレイユはチルノの横に腰を下ろし、腕を組んだ。


「まこの隣がいいんですの。」


「ダメだ!」


「何でですの!」


「何でもだ!」


「あはは……………。」


こうして、出発して一日目の夜は何とか終えることができた。これからも、気の抜けない日々がやってくるのだろうか。

































チュンチュン、と小鳥の鳴く声が近くに聞こえる。気づけば、窓には小鳥が止まり、朝日が眩しく、差していた。


「おはよう、ミレイユ。」


挨拶をすると、ミレイユは優しい笑みを浮かべる。


「あぁ、おはよう。まこ。」


しばらくして、ふぁ〜!っと欠伸をしたチルノが起き上がった。


「おはよう、ですの。」


チルノは寝ぼけているようで、瞼をパチパチさせながら、まこに向かってこう言った。


「お母様……………?」


すると、まこは目をパチクリさせ、ミレイユは少し怪訝な表情を向ける。


「チルノ、目を覚ませ。」


「ここは…………?」


チルノはようやく目が覚めたようで、辺りを見渡す。


「…………………夢だったんですの?」


「そっか。夢だったんだね。ちょっとびっくりしちゃった。」


まこは、チルノに大丈夫だよ、と優しい笑みを向ける。チルノは呆然とした様子で俯き、口を噤んでしまった。まことミレイユは顔を見合わせる。



そんな時だった。


ヒヒーンッ!!!と馬が(いなな)きを上げ、馬車が、急停止する。体勢を崩しそうになった、私とチルノの体をミレイユが腕で受け止める。それからすぐ、ミレイユは飛び出し、御者に問うた。



「一体何があった!!?」


御者(ぎょしゃ)は答える。


「そ、それがいきなり子どもが飛び出してきて………。」


見ると、年端もいかない、小さな子どもが、両手を広げて、涙目になりながら、道路に立ち塞がっていた。チルノと、わたしも馬車を降りる。少年は私達にむかって、言った。


「お願いします!お母さんを…………お母さんを助けて下さい!!!」


チルノは子どもにすぐ駆け寄り、怪我がないか確認する。


「怪我はありませんの?大丈夫?」


「う、うん。大丈夫だよ。」


ミレイユは少年に問いかけた。


「一体何があったんだ?」


少年は答える。


「お母さんが、すごい熱で………ずっと治らなくて。」


チルノは、ハッと、驚いたような、悲しい顔をした。ミレイユは言った。


「ここは随分と町の外れだ。病院にも行けないのだろう。」


私とミレイユは顔を見合わせ、頷く。ミレイユは子どもの目を見て、言った。


「家まで、案内してくれるか。」


「うん!」


私たちは子どもに連れられて、森の奥へと入っていく。しばらく歩いた後、一軒の古びた木造の家に、辿り着いた。


「お邪魔します。」


私たちが入ると、ベッドに横になった母親が、コホンッ、コホンッと咳をしながら、胸を上下させ、苦しそうにしていた。


「お母さんっ!!」


子どもは母親に駆け寄り、その手を握る。すると、母親は目を覚まし、私たちに気付いたようだった。


「あら………旅の方。すいません、今用意しますので……………。」


そういって、フラフラと立ちあがろうとする母親。しかし倒れそうになるところを、チルノはすぐに立ち寄って、支えた。


「大丈夫ですの?」


「えぇ、ありがとう。」


チルノは母親に布団をかけて、再び、ベッドに寝かせる。そして、しんどそうに咳き込むその母親を見て、悲しそうな顔をした。


「………………………。」


ミレイユと私は、どうすべきか話をした。とりあえずは、医者にみてもらなければならない。母親を病院に連れていくには、随分と距離が遠い。病状もそれほど安心できるものではなさそうだ。


「私が医者を呼びに行こう。まことチルノは、ここで母親を見ていてくれ。」


私とチルノは頷く。















「しゃぼん玉の魔法ですの〜!」


「わぁーっ!!」


チルノは子どもに元気が出るように、外で一緒に遊んでもらい、私はお母さんの看病、そしてミレイユには話をしていた通り、近くの町医者を呼びに行ってもらった。





「なるほど……………。」


町医者が来て、事情をうかがうと、どうやら数ヶ月前に一度訪れており、未知の病らしく、その時はここまで病状は酷くなかったのだという。


「恐らく、都市部の医者に聞けば、何か知っているやも知れませんが、あまり期待はしない方がいいでしょう。」


医師の言葉は重い。だが、ともかく、私達は、都市部の病院を尋ねることにした。


「お母さん、どうだった?」


子どもの不安そうな言葉が、部屋に響く。


「お医者さんがね、少し遠くの病院に行って診てもらおうって。お姉ちゃんたちもついて行くから、安心してね。」


すると、子どもはコクンと頷く。私たちは、子どもとお母さんを連れて、家を出た。チルノは子どもと手を繋いで、ミレイユは母親を背負い、私がそれを、後ろから支えた。そして、森を抜けて、馬車の元へと辿り着き、御者の方に説明し、私たちは街へと向かった。














「うぅむ、これは…………。」


都市部の医者は、カルテに文字を書き込んでいく。表情は芳しく無い。私とミレイユは、医師からの話を聞く。


「『共鳴邪気症』の一種、ですかな。」


「「きょ、『共鳴邪気症』?」」


私たちは、聞いたことのない病状に聞き返す。


「そう。『共鳴邪気症』。ふるくから、『邪気症』というのは、竜や海主など、人の噂や、言い伝えなどが広まりやすい、生物のかかる病気なのですが…………。」


医師は下がった眼鏡を上げ、言った。


「邪気の溜まりやすい生物。人間が自然災害や、何らかの災禍に見まわれたとき、原因がその生物にあると考え、恐れ、敬い、そしてまた、憎しみを、募らせる。そういった人の歪みの感情が、その生物に蓄積されていき、発症に至ってしまう、難病です。1番問題なのは、その近隣の人々が、それに同調して、体に異変をきたしてしまうことにあります。…………治療法は、邪気症を患った、本体の生物を討伐か、もしくは、竜の守る『結晶石』を破壊すること。」



「『結晶石』?」


私は、聞いたことのない言葉を、先生に尋ねる。


「えぇ、結晶石にも2つありますが、ひとつは生物の生命の根幹を成す、『生命結晶』。そして、もうひとつは、力の由縁となる『原始結晶』。今回の場合、共鳴症を発症したのは小規模、彼女一人なので、恐らく『原始結晶』の方でしょう。」



ミレイユは医者に尋ねる。


「その原始結晶を破壊すれば、彼女は救かるんだな?」


「えぇ、しかし、竜は人の手に負えるものではありません。やはり、専門家に伺うのが……………。」


私たちは立ち上がる。


「ミレイユ。」


「あぁ。」


私たちなら問題ない。そう確信して、私たちは、病室を出た。ミレイユは、子どもに言う。



「もう、大丈夫だ。お前の母親は、じきにに助かるはずだ。」


「本当!?よかった。よかったよぉ。」


子どもは、涙を流し、わんわんと、泣いた。チルノは彼の頭を優しく撫でる。私とミレイユは、安堵の表情を浮かべた。


「これをお持ちください。」


医者が部屋から出て、私達に、地図を渡した。そして、手元の本の、あるページを私たちに見せる。


「おそらく、この個体でしょう。」


描かれていたのは、赤瞳の鱗竜。アガヤの地、その西に住む、古の竜。


「地図を見てください。ここです。」


医師は指をさす。その場所は、街の外れの山奥、その秘境、大洞窟に竜は、住んでいるのだという。


私たちは、顔を見合わせ、頷いた。



















西の大洞窟、火山活動も活発な、この山岳地帯に住まうのは、赤い瞳を持った、強大な鱗竜。暗闇の中で、その眼を光らせる。



『グルルルル…………………。』


かつて、この大陸を支配した赤竜は、数百年の時を経て、幾千幾万の、恨みと怨念を溜め込み、目覚めようとしていた。アガヤの地に、危機が迫る。














「それでは、お母さんを頼んだぞ。」


「うん!任せて!」


ミレイユは子どもの頭を撫でた。


私たちは家に戻り、母親を寝かせた。そして、医者からもらった地図をもとに、さっそく、その大洞窟へ向かう。御者に言うと、ひとつ返事で了承してくれた。私たちは、デコボコとした道を抜け、森林の奥深く、その洞窟へと、小一時間かけて辿り着く。


「ふぅ、ようやく着いたな、」


ミレイユは地上からでも感じられる火山の熱気に、額から汗を流した。この山全体が脈打つように、赤みを帯びている。


「この山の様子も、赤竜が関係しているのか。」


「そうかも知れないね。」


「急いだ方がよさそうですわ。行きましょう。」


私たち3人は、洞窟の奥へと足を進める。中に進むにつれ、熱気は段々と大きくなった。


「あ、あつい…………。」


私は汗を拭う。


「大丈夫か?まこ。」


洞窟内は赤黒く染まった結晶石が所々に、生えており、ドクドクと脈が打つように、発光していた。


「何だか、不気味な場所ですの。まるでこの山自身が、生きてるみたい。」


すると、曲がり角の手前で、チルノは背後に色の違う結晶石があるのを見つける。それは、ルビーに輝く、特異なものだった。


(綺麗な色ですの。)


チルノは、興味本位でつられて、2人とは逸れ、その結晶石の元へと向かってしまう。そして、その結晶石に触れようとすると、不意に後ろからパラ、パラッ………と小さな瓦礫の落ちる音がした。



「ひゃっ!?」


驚いたチルノは、前に体勢を崩してしまう。そして、結晶石は押し込まれ、そこには大穴が出現する。


「やべーですの。」



チルノは悲鳴をあげながら、落ちていく。



「チルノっ!?」


「おい、どこに行った!?」


2人は声を辿って、道を戻ってくる。しかし、結晶石が押し込まれた勢いで崖が崩れ、穴が塞がってしまっていた。悲鳴はこもった穴の奥に閉じ込められる。















「いてててっ、ですの。」



フシューッ……………と巨大な温かい息が、チルノの身体に吹きかかる。暗闇のなかで、結晶石が光り、その息の主の姿を映し出す。



「竜…………‥ですの。」



そう、紛うことなき、伝説の竜。かつてこの大陸を支配し、自然の猛威のひとつとして、人々から恐れられていた、災害そのもの。人々の怨みを溜め込み、竜の気性はかつてなく、獰猛なものになっていた。



『グルルルルル…………………。』



チルノは、震える身体をグッと唇を噛んで抑え、懐から杖を取り出す。竜の背後を見る。



「あれが、『原始結晶』…………真っ黒ですの。」


そう背後にある、チルノの身長はどの小さな結晶は、黒く染まり、瘴気のオーラを放っていた。



(やるしかありませんの。)



チルノは、結晶石に向け、杖を向ける。しかし、竜は威嚇をするように吠え、その鋭い爪をチルノに向ける。



「きゃっ!?」




チルノは、手から杖をはじかれる。



(しまった…………!?)




チルノは慌てて、杖を取りに行こうと、龍に背を向ける。それを見た竜は、口腔に炎の塊をつくる。




「…………………お母様。」




少年の母と、自分の母が重なった。そう、私の母は病気で亡くなっていた。決して、治らない病ではなかった。ただ治療が遅れたのだ。手遅れだった。早期に見つけていれば、問題なかったものの、働き者のお母様は、無理をして、気付いた頃には、もう。





『チルノ、人に優しくなさい。』



お母様はよく言った。



『救える人は、救いなさい。』



『それが、生きるということなのですから。』



そう言って、無理をして死んでしまった。それでも、お母様は亡くなる直前、多くの人に囲まれて、笑顔で目を閉じた。私は、母様の生き方が正しいとは思わない。でも………………。




「目の前で苦しんでいる人くらい、自分が目の前で助けられる人くらい、救けないでどうするの。」




チルノは、杖を拾い、思いっきり横に跳んだ。服が少し焦げたが、問題ない。チルノは杖を構える。








『レガ』






小さな炎の球が竜の眼前に迫る。しかし、竜はそれを防ぐこともせず、ただ受け止めた。大したダメージにはなっていない。しかし……………。





「はっ、はっ………………。」





チルノは駆け出していた。炎の球は一時的に、竜の視界を遮るため。そして、巨大な竜の後ろ、結晶石が見える。





「ふっ!!」




チルノは、杖を向け放とうとする。しかし、竜の顔がチルノの小さな身体を喰らおうと、迫っていた。







ガンッ!!






竜の顔が、身体が吹き飛ばされる。






「ごめん、お待たせ!!チルノ!!!」




「ありがとうですの!!」




チルノは、結晶石に杖を向ける。







『レガ』!!








放たれたそれは、結晶石を穿ち、粉々に砕け散る。竜は、身体の力が抜けたように、地面にゆっくりと横たわり、静かに息をしながら、目を閉じた。












「チルノ、すごかったね。」


「えっへん、ですの!」


「見直したぞ。」


「えへへ。」


チルノは、満面の笑みを浮かべる。



家に帰ると、お母さんはそれまでの状態が嘘のように、立ち上がり、それから、元気そうに、少年と抱きしめあっていた。チルノは、それを優しい笑顔で、見つめていた。私のミレイユはそんな光景を見て、微笑む。そして、お母さんと少年から、お礼をさせてくださいと頭を下げられたが、急ぎの用があるからと、家を後にした。




「よかったですの。」



「そうだね。」



「あぁ。」



こうして、夜を迎える。馬車に揺られながら、荷台に積まれた食事を食べ、私たちはゆっくりと眠りについた。



















































魔女はとある地下の一室に姿を現す。そこは、物々しく、血の匂いが染み付き、拷問器具や、培養液に浸された遺体が置かれていた。


「ガルド王よ。事は済んだか?」


後ろを向く、その人物は肩を震わせて、言葉を発する。


「……………す、素晴らしい。ゴーサックの探究の成果は、かくも、このような境地へと辿り着くのか。」


振り返ったその顔には、目が左側に3つ、そしてその反対側は焼け爛れ、不気味な笑みを浮かべていた。


「見える、見えるぞ。先の未来が!!」


「ふふっ、それはよかった。」


魔女は妖艶な笑みを浮かべ、王の手を取る。


「被験体をここまで用意してもらえるとは、私としても想定外だった。まさか国まるごとを、罠に嵌めるとは。」


ガルド王は、ケラケラと笑う。


「国民など、何も知らぬ馬鹿な蛙よ。価値もない。見切りをつけてよかった。ハハッ、私は成ったんだ!!かくなる存在に!!!!」


そんな王の姿に、魔女は冷たい視線を向けていた。そして、王の手を取った反対側の、その震える手に爪を尖らせる。しかし己に言い聞かせ、何とかそれを収めた。そして、魔女は笑みを浮かべ言う。


「それでは、向かいましょう。かの地へ。」


「あぁ、行こう。理想郷が、この目に、見える。」


魔女とガルド王は地下を後にする。血の雫が、培養液へと落ち、その中からプクプクと気泡が上がっていた。暗がりのなかで、微かな声が響く。


『可哀想に。』















 







「私じゃありませんわぁーー!!!」


「なら、誰か食糧を3日分も食い荒らしたと言うんだ!?貴様しかおらんだろう!!!」


明朝のこと。ミレイユとチルノがある問題で、もめていた。と言うのも、旅の食糧の荷積みは必要分しか積まれておらず、本来まことミレイユの2人を想定していた為に、ただでさえ食糧は、カツカツだったのだ。その上に、何者かが、3日分の食糧を一気に食い荒らし、もう既に食糧が底をつきそうだった。


「なんで私が疑われるんですの!!!私そんなに大食いじゃありませんわ!!!」


「私も少食、まこもそんな量の食事を一度に食すわけがない!!!残るはお前しかいないだろう、チルノ!!!」


「なんで!そう言い切れますの!!!まこさんに、一度でも聞きましたの!?」


ギクッ………とまこは肩を震わせる。


ま、まさかとミレイユが振り返ったとき、まこの方向からゲフッ……と言う大きな音がした。


「ほら!!!やっぱり、まこさんですのー!!!!私じゃありませんの!!謝りなさい!!あなた!!」


「いや、そんなはずは…………」


すると、まこの後ろ、窓の向こう側、馬車の下から、ひょこっと一本の角が頭を出した。


「ごめんなさい。」


まこは頭を下げる。すると、肉球の足を窓にかけ、蒼い立て髪に、キュートなお口のモコが姿を現した。


「か、かわいいですのぉー!!!!!!」


「な、なんだ、この生き物は!?」


ミレイユは剣の鞘に手をかける。


「わぁー!!!ちょ、ちょっと待って、ミレイユ!!!これは、モコって言って、その………カラルから譲ってもらった、大切な友達で。」


そう言うと、ミレイユは鞘から手を離し、ホッと息をつく。


「そうならそうと、先に言っておいてくれ。………食糧の備蓄も、無限にあるわけではない。その子の分も、運んでくればよかったのだ。」


「あはは、ごめんなさい。」


「それにしても、今までその子は何処にいたんですの?」


「それは…………。」


私は、首にかけられたペンダントに手を触れる。すると、モコの体は光を帯びて、その中に入っていった。


「ど、どうなってるんですの?」


「不思議な構造だ。見たことがない。」


「私もよく分からないんだよね。」



考えてみれば、たしかに不思議なものだ。天使様がこのなかにモコがいるのを教えてくれたから、私もこうしてモコを呼ぶことができているけど。もしかしたら、カラルも知らなかったんじゃないかな?


「ともかく、今のままじゃ、到着するまでに食糧が尽きてしまいますわ。腹が減っては何とやら、ですわ。」


「そうだな。どこかで補給しなければ………ここから近い街といえば、機械の街 『セント』だろう。」


「機械の街!!私、一度行ってみたかったところですの!!!」


「どんなところだろう?気になるな。」


「あまり道草を食っていられないからな、急いで向かおう。」
















モルト王国、王室の間にて、


「まこたち、大丈夫だろうか?」


「あぁ、きっと大丈夫さ。まこはもちろん、ロイド王国筆頭騎士の1人、ミレイユまで付いてるんだから。」


リベルトの心配に、カラルはそう、こたえた。


「そうだな。きっと、大丈夫だ。」


「ところで、リベルトはどうなんだ?あれから少しはマシになったとはいえ、また数日は寝てないんだろう?」


リベルトは答える。


「うん。でも、平気さ。みんなの頑張りに比べたらね。僕も、戦いたいんだ。力はないかもしれないけど、それでも、僕にだって、できる事はある。これが今の僕にできる、精一杯のことさ。」


「リベルト…………。」


カラルは腰を上げて、背伸びをする。


「さて、俺も頑張らないとな。」


「もう行くのかい?」


「あぁ、また来るよ。」


魔女に襲われてから、まだ街に復興の目処は立っていない。だが、故郷から旅立って行った、かつてのこの街の有志たちが、集まり、戻ってきた。みな、希望を持って、頑張っている。



(何度だって、やり直せるさ。)



人と人の繋がりが、想いがある限り、人は何度でも立ち上がることができる。俺たちは決して、魔女なんかに、負けない。


「なぁ、アレン、まこ。そうだろ?」


カラルは穏やかな表情で、町へと向かう。いつかまた、町のみんなで笑い合える。そんな時を夢見て。




























機械の街セント、そこは異常発展を遂げた街。


各国各都市から、技術の研鑽を求め、世界の先駆けとなるべく、人々が競い合う。研究者や職人、料理人など、様々な分野のエキスパートが集まり、そのお披露目の場ともなっている。


街の中心には、空まで聳え立つ、巨大な機械の塔が見える。私たちは街を見上げた。


「わぁ〜〜!!」


シュッポシュッポと、蒸気機関車のような音が鳴る。絶え間なく歯車が噛み合い、街を動かして、稼働させている。


「すごい………まるで、絵本の中の世界みたい。」


私は、感嘆として、その街の光景を眺めていた。


「見て!虹ですの!!」


屋上から噴水を空高く、放出させている。それは、綺麗な虹を空に映し出し、まるで、この街に来た私たちを歓迎しているようだった。






(あんなところに人が………。)



煙突部分に、人が小さな足場に足をかけて、釘を打っている。街には、カンカンとした音が鳴り響く。


「あ、あんな高いところ、大丈夫かな?」


「そうだな、心配だ。」


よく見ると、おじいさんの足がフラついている。


「だ、大丈夫ですの?」


心配して、しばらく見ていると、おじいさんは足を踏み外し、倒れるように、その高所から真っ逆さまに転落していった。


「いけませんわ!!」


「ダメだ!!この距離では間に合わん!!」


「くっ!?」


私も変身しようとしたが、間に合わない。おじいさんが地面に落下しそうになった、その時だった。








『ベルグナード』




それは、水の美しい軌跡。水龍………そう呼ぶに相応しい、赤い眼をした水の幻獣が、間一髪でおじいさんを拾い上げた。そして、大きなハットを被った、美しい女性のもとへと運ぶ。ブラウンの美しい髪が、日に照らされて、彼女の蒼い瞳を際立たせる。


「れ、レーリル先生!!?」


チルノはたじたじと後ろに、後退(あとずさ)る。


「見つけた。」


その女性は不敵な笑みを浮かべて、杖を私たちの方に向ける。チルノは、腕を振って全力で逃げようとしたが、しかし、彼女の体は浮き上がり、宙ぶらりんの状態で、足が空ぶっていた。


すると、あっという間に、グインと、彼女の元へと引き寄せられる。チルノは悲鳴をあげた。そして、彼女に首根っこを掴まれる。



「ご迷惑をお掛けしました。それでは。」


「いやですわ!嫌ですわ!!!」


「みっちりしごきますから、覚悟しておきなさいね。」


静かな怒りを含んだ、恐ろしい笑みに私たちは冷や汗をかく。そして、チルノは、そのままどこかへと、連れて行かれてしまった。


「ま、まぁ、先生と言っていたから、大丈夫なんじゃないか?」


「そ、そうだね。」


喧騒の残る街に、私とミレイユは取り残される。


チルノがこのまま国に戻れるのは、確かにいいことなんだけど、突然のことで、少し寂しい。こんな大変な時に言うのも、何だけど、もう少し一緒にいたかったな。















「うぅ、危なかったわい。」


先程レーリル先生に救けられた、おじいさんが立ち上がり、私たちを物珍しそうに見た。


「おぉ、お前さんたち、どこから来たんだ?」


私は答える。


「モルト王国からきました。」


「おぉ、モルト王国から。それはよく来たな。」


おじいさんは体の埃を払う。そして、言った。


「もし良ければ、街を案内しようか?」


「えっ、いいんですか!?」


わたしは、目をキラキラさせる。しかし、ミレイユは、コホンッと咳をする。そして、おじいさんに言った。


「急ぎの用があるので、またの機会に………。」


「おぉ、そうか。残念じゃ。」


それを聞いて、私はガクリと肩を落とす。


「美味しい飯屋が、たっくさん並んでおるのにのぉ。」


ビクッとわたしは体が反応する。


「各国の王族たちが秘密で訪れるような店もいくつか知っておるし。いやぁ、残念じゃのぉ。」


私は、ミレイユに、眩しい視線を向ける。


「ハァ…………まぁ、仕方がないな。」


「いやったぁーー!!!!!」


「ホホホッ、それじゃあ行くかの。」


お爺さんは、街に空まで、聳え立つ高い塔の方角、街の中心へと体を向け、歩き出した。私たちはそれに付いていく。













「ここは、『シュリンプ』と言って、その名の通り、海老の料理の専門店。世界中を回って、海老を見てきた目利きの、料理人が腕を振う。海老を使った料理でここより旨い店を、儂は見たことがない。」


「ここは、『バングド』と言って、惣菜の専門店じゃ。各国の料理人たちが腕を振るった料理を安価で買うことができる。」


「そして、ここが『ポーグ』。知る人ぞ知る、名店じゃ。肉料理を扱っておる。肉の中でも、各種の希少部位を取り揃えた、この店は、各国の要人たちが度々訪れ、星3つの評価を得ておる。一度は、入ってみるといいじゃろうな。」








「す、すごいッ!!!」


わたしは、涎が垂れそうになりながら紹介された店を見渡す。それも、紹介された店だけではなく、あらゆる場所から、鼻腔をくすぐるような、あまりにも美味しそうな匂いが漂ってくる。


「まこ、そんなに腹が減っていたのか?」


「えっ?あの、えへへ………実は、そうなんだよね。」


そう、元々馬車に、積み込んであった食糧は、2人分。その分量を3人で分けなければいけなかったので、わたしはいつもよりだいぶセーブして食べていた。王宮で食べていた時も、ミレイユは出征前の準備で忙しくしていて、一緒にはいなかったし、あまり私が食欲旺盛であることは、バレていなかった。


「そんなに腹が減っていたのなら、言ってくれればよかったのだ。わたしは別に、2日や、3日、口にせずとて、何も問題はないのだからな。」


「いやいや!ダメだよ!!そんなの!!!」










そんな会話をしている最中のことだった。



『た、たすけてくれーーッ!!!』



男性の悲鳴が聞こえる。


私達は、顔を見合わせ、その声のする方へと駆け出した。建物の角を曲がった、その先には、地面にヘタリ込み、後退る男性と、1人の騎士がいた。



「モ、モルドレッド………!?」


後ろからお爺さんは、あの騎士をそう呼んだ。




「覚悟しろ。」



騎士は、そう言って、掲げた剣を振り下ろす。









「なんの真似だ。」



騎士は、黒鎧に赤い紋章を見に纏った、その騎士は私を睨む。間一髪で男性を抱えて、その場から脱していた私は、騎士に睨み返した。



「こっちのセリフよ。」















塔の最上階。


肉片が散らばる。ドロドロと腐敗臭のするその一室。彼は、人の原型を留めていない。


『アビド王よ。』


影からその声は呼びかける。しかし、ドロドロとスライムのようになったそれは、呼び掛けに応じない。


「足りぬ………まだ、足りぬ…………。」


影の中の人物は、溜息をついて、それから嘲笑したように言った。


『もはや、自我すら失ったか。』


クククッと、室内に笑い声がこだまする。


『仕方あるまい。計画を始めよう。』


その人物はそう言って、影の奥に沈んだ。














ガキィン、と激しい音が街に響く。


騎士モルドレッドは、まことの衝突で、後方までズザザザザッ!と足を地面に引き摺りながら、弾き飛ばされていた。




「なかなかやるな。」



騎士は不敵な笑みを浮かべて、そう言った。まこは、真剣な表情で拳を前に出し、握りしめて、言った。



「理由を教えて!こんなことをする理由は何!?」



すると、騎士は答えた。



「その男が、『徴集』に応えなかったからだ。」



「『徴集』?」




「まこ!!大丈夫か!?」


ミレイユは、まこの身を案じて駆け寄る。



「えぇ、大丈夫。それよりも…………。」



後ろを見ると、男性が恐るおそるとその場から逃げ出そうとしている。既にボロボロで手当てが必要な状態だ。




ダッ、と騎士が迫る。



「私が………………。」


ミレイユは前に出ようとする。


「いいえ、大丈夫。」


まこが、ミレイユを庇う様に優しく、彼女を(とど)め、前に出る。



「邪魔だ。」


騎士は、まこに剣を振り下ろす。まこは、振り下ろしたその腕をとり、彼を地面に背負い投げる。



「でやぁぁぁぁーーーッ!!!!」





ドンッ!!と大きな音が響き、地面にヒビが入る。




「ぐっ!?」



モルドレッドは、身体を起こそうとするが、立ち上がれない。



「貴様、その力、まさか…………。」



ミレイユは言った。


「事情あって、この街に立ち寄ることになってな。モルト国から来た。」



すると、モルドレッドは身体から力を抜き、息をついて応えた。



「やはりそうか。」




カタッ、カタッ…………とおじいさんが歩み寄り、モルドレッドに言った。




「モルドレッド。もうやめにせんか。」




「なんだ、爺さん。見られていたのか。」



モルドレッドは、少し気恥ずかしい様子で顔を俯かせた。私達は何やら知り合いな様子の2人に、注目する。



「少し、話をせんか。」


おじいさんは言った。


「そんな時間はない。」


モルドレッドはそう返す。


「…………いいや、あったはずじゃ。」


お爺さんは街を見上げる。


「この街には緩やかな時間がよく似合う。」


懐かしむように、寂しがる様にそう、呟く。


「…………………。」


モルドレッドは、少し肩を震わせる。


私達は、(せわ)しなく稼働するこの街を、見上げた。間も無く日が沈む。私達は、おじいさんの家に立ち寄らせてもらうこととなった。














「鎧くらい脱がんかい。」


「いや、いいんだ。」


モルドレッドは、騎士の鎧を被ったまま、頭鎧を少し上げて、熱いお茶を啜る。木造の小さな家に、巨大な鎧を着た騎士が座っているその光景は、何処かシュールに思えた。ミレイユは言った。


「この街は一昔前、豊かな緑の広がる国であったと聞く。一体、何があったのだ?」


その問い掛けに、お爺さんは答える。


「この場所は…………発展と引き換えに、人の尊厳と心の豊かさを失った街じゃ。お嬢ちゃんの言う通り、遠く、昔は田園の栄えた田舎町じゃった。それがいつからか、変わり果て、王の命令によって、美しい田園は潰され、国の人々は大規模な発展のためにだけに徴集された。人々の意思は軽んじられ、ただ卑下た人の欲望が、この街を動かすようになった。」


ミレイユは、眉を顰めて言った。


「外を見ていると、そこまで酷いようには見えないが…………。」


モルドレッドは言った。


「外から来たものたちは、発展したモノだけを見ることができる。我々が、流した血を、努力を知らんのだ。」


そして、モルドレッドは俯き、言った。



「アビド王は、変わってしまった。あの日から。」


「あの日?」


まこは、尋ねる。


「そうだ。あの日、魔物の攻めてきたあの日、この国は大きく、変わってしまった。」


モルドレッドの言葉に頷き、おじいさんは続けた。


「あれがなければ、この国は今もきっと緑に囲まれた、豊かな国じゃったろうて。娘も、儂の娘も、攫われてしもうて、もう数年は戻ってはおらん。」


「……………………。」


モルドレッドはゆっくりと立ち上がった。


「戻らねばならん。」


おじいさんは、モルドレッドの瞳の奥を見据えるようにして言った。


「本当に良いのか?今のままで。」


「……………………。」


モルドレッドは立て掛けられた、剣とその鞘を手に取り、言った。


「俺は、幼き頃から騎士として、アビド王にお仕えした。アビド王とともに、魔物の襲撃を打ち払い、この国を守り抜いた。これからも俺は、王と共にある。それは変わらん。」


その言葉に、おじいさんは驚いたように言った。


「何を、何を言っておる…………?」


おじいさんの言葉に、しばらくの静寂の時間が流れる。すると、玄関の扉が勢いよく開き、怒号が響く。


「ビクター・バイオレイ。逮捕状が出ている。直ちに投降せよ。」


ガタッ、とモルドレッドは兵士たちに詰め寄る。


「待て、この人は。」


すると、モルドレッドを静止し、おじいさんは前に出る。


「いい。儂の発言が気に入らんかったんじゃろう。度々、国の意向に逆らうような行動もしとったしな。頃合いじゃろう。」


「爺さん!!」


「モルドレッド。儂らは屈してはならんのじゃ。正しいことは、正しいと言わねばならん。たとえそれが、王の気を損ねることになろうとも、己の信念だけは、曲げてはならん。ならんのじゃよ。」


「……………………。」


私もおじいさんを止めようとしたが、ミレイユに手を引っ張られる。ミレイユは首を横に振る。


「………………っ。」


私は悔しさが込み上げると共に、何もできない己の不甲斐なさに、拳を握りしめた。


















「チルノ。」


「何ですの。」


チルノは、ぶすーっとして頬を膨らませている。その様子を見て、レーリルは溜息をついた。


(それにしても……………。)


レーリルは元々、この街の調査に来ていた。彼女は、チルノの先生であると同時に、アレンド国際魔術技師会に所属する、最上位級の特別国家魔術師であった。たまたま居合わせたチルノがいたので、足早に帰ろうとしていたが、どうも、やはり、雲行きが怪しい。


「チルノ。」


「はいですの。」


「しばらくこの街に留まることになりそうです。」


「ほ、本当ですの!?」


「えぇ。」


(…………大した事でなければいいのですが。)


レーリルの額に冷や汗が伝う。




















ザッ、と手錠を繋がれた、ビクターはある一室へと、訪れる。そこは王の座す、塔の頂上。そこは血と生臭い獣の臭いが立ち込め、ビクター思わず顔を顰める。そして、部屋の奥に座すそれを見つめて、彼は言った。


「もはや、人であることすら捨てたか。アビド王よ。」


ドロドロと黒い粘液が、ビクターに迫る。ビクターは目を閉じ、それを受け入れた。


(王よ、今一度思い出せ。愛した者の意思を。)


ビクターの視界が黒く染まる。暗い闇に飲み込まれ、彼は意識を閉ざした。











塔の下層階。モルドレッドは階段に、座り込む。膝に腕を置き、項垂れて、今一度彼の言葉を思い出す。


(「儂らは屈してはならんのじゃ。正しいことは、正しいと言わねばならん。たとえそれが、王の気を損ねることになろうとも、己の信念だけは、曲げてはならん。ならんのじゃよ。」)


「爺さん……………。」


モンドレッドは拳を強く、握りしめる。





その時だった。





ビーッ!ビーッ!と警報音が鳴り響く。赤いランプが辺りを照らし、スピーカーが鳴った。



「侵入者!侵入者!一般市民はただちに屋内に避難し、待機せよ。」



モルドレッドは立ち上がる。そして、剣を取り、駆け出した。


(………………今は、ただこの街を守る。)


「それだけだ。」




















『ギャオォォォーーーッッ!!!』


獣の叫ぶ声が聞こえる。


「ミレイユ!!」


「あぁ!!」


2人は立ち向かう。目の前に臨むのは、



『幻獣 キマイラ』



蛇の尻尾、山羊の胴体、そしてライオンの頭部。その体躯は巨大で、その口腔には炎の塊を溜めていた。


「こっちだ!!」


ミレイユは、キマイラの注意を引き付け、自らにその炎の塊を向けさせる。間一髪で、床に転がりながら、横に飛び込んで、ミレイユは炎の球をかわす。そして、まこに言った。



「まこ!今だ!!」


「えぇ!!」


まこは、跳び上がり、キマイラの頭上で拳を掲げる。そして、その拳を振り下ろした。





ドォンッ!!





地面が揺れ、音が鳴り響き、キマイラは沈む。






「よし!!」



「まこ、怪我はないか!?」


ミレイユが、すぐさままこに駆け寄る。


「えぇ、大丈夫。ミレイユこそ、大丈夫?」


「あぁ、何ともない。」



まこ達は、住民にここから離れるように促す。


「みんな、逃げて!!」


魔物がまた現れるかもしれない。塔の近く、街の中心地なら、街の外縁から侵入してくる魔物に襲われることはないだろう。







その時だった。




まこ達の背後、ドロッ…………と、黒い液体が地面を伝う。そして、それはキマイラの体に触れ、瞬く間に、その身体を包み込んだ。キマイラには、黒い霧が立ち込め、眼が赤く光る。



シュバッ!!



鋭い音と共に、伸びた尾が、まこへと迫る。




「…………ッ!!まこ!危ない!!」



ミレイユは気づいたが、住民の避難に意識を向けていたために、反応が間に合わなかった。




「えっ…………?」



尾がまこを捉え、その尖った切先を突き刺そうとしたその時だった。




ズバッ!!





「すまない。遅れたな。」





尾が斬られ、ドサっと地面に落ちる。




尾を斬ったのは、モルドレッド。

鋭い剣筋を携えて、彼はまことキマイラの間へと、立ち塞がる。



「まこ!!」


ミレイユが、まこへと駆け寄った。


「大丈夫!ミレイユも、怪我はない?」


「あぁ、大丈夫だ。」


そして、2人は目の前の騎士に目を向ける。モルドレッドは駆け出した。






炎露(えんろう)







キマイラの周囲を囲うように、炎の柱が立ち昇る。モルドレッドは、その炎の柱を潜り、勢いよく斬り上げた。






炎燿(えんよう)





キマイラはその攻撃を、牙で防ぎ、少し後退した。しかし、怯んだ様子はなく、即座に鋭い爪でモルドレッドの身体を刺し貫こうとする。





「ぐっ……………!?」





モルドレッドは咄嗟に剣で防いだが、吹き飛ばされ、炎の囲いを抜け、地面に転がる。



「ヘマをした。」



モルドレッドは、懐から布を取り出し、ぐるぐると巻き付け、傷口を縛る。防いだ時、わずかに軌道が逸れ、肩を抉っていた。



「大丈夫!?」



まことミレイユが駆け寄る。傷口を見た、ミレイユは言った。



「傷が膿んでいるな。」



「構わん。」



「ダメ!!」



まこは、血が流れ出る腕を見て、言った。



「怪我をしているなら、無理をしないで。私たちで、何とかする。だから、あなたは住民を非難させて。」



「しかし……………。」



「大丈夫。任せて。」




(『大丈夫。安心して。』)



モルドレッドは、頭を抑える。



(………………なんだ?)



まこのその言葉を聞いて、ズキンッと頭に鋭い痛みが走る。その時だった。キマイラの背後から、黒い粘液がドロッと、何処からか降りそそぎ、その中から魔物達が現れた。キマイラは咆哮し、空には暗雲が立ち込め、嵐が吹き、雷が鳴る。





「何だこれは?…………オーク、ゴブリンに、骸骨騎士か。それに、天候にまで影響させるとは、伝説の幻獣キマイラ、恐ろしい相手だ。」



ミレイユは歯噛みする。まこは住民達の怯える様子を見て、モルドレッドに言った。




「いいから、行って!!!」



(『いいから、行きなさい!!!』)




「……………ッ!!!」



その時だった。モルドレッドは思い出す。


過去の記憶を。




(『俺は、幼き頃から騎士として、アビド王にお仕えした。アビド王とともに、魔物の襲撃を打ち払い、この国を守り抜いた。』)




………………違う。俺は、あの時。



「何故…………何故、忘れていた。」



俺はあの時、魔物の襲撃に立ち向かったのではない。逃げたのだ。この国を守り抜いたのではない、国は一度、滅びた。そして…………。




(『モルドレッド、愛してるわ。』)



俺の大切な人は、死んだのだ。
































それは、過去の話。この国が自然に囲まれていた時、まだこの国が生きていた時代の話。俺は、拾われた。








「あら、モルドレッド。今日も来たの?」


「ねぇ!王妃様!向こうの丘で取れたお花、持って来たんだ!」


少年は、花を王妃へと渡す。王妃はニコニコとした笑顔で、それを優しく受けとった。


「ウフフ、ありがとう。」


「どうか俺と結婚してくれ!!!」


少年の大胆な告白に、向こうから、男が一目散に、走ってやってきた。


「ごぉら!!モル!!何を言うとるか!!!」


アビド王の拳骨をくらう。たん(こぶ)ができそうになったが、王様の手加減は上手で、すぐに痛みは治まった。


「小さい子に何をするんですか!!!」


「お前も、言うところはしっかり言わないと、いつまでも調子に乗りおるぞ!この馬鹿は!!」


「…………………。」


子どもは、悲しんでいるふりをして、アビド王にだけ見えるようにペロッと、舌を出す。すると、カチンときたのかアビド王は眉間にシワを浮かべて再び、モルドレッドへと殴りかかった。


「こぉら!!このガキ!!今日という今日こそは許さんぞ!!!」


「王様!落ち着いてください!!」


兵士たちが王を(なだ)める。何気ない日常。自然に溢れ、太陽の日が眩しく差した町の、ある日、午前のこと。みなが笑い、田畑を耕して働き、よく食べ、よく眠り、幸せをこの上なく感じて、平和に、暮らしていた。





王妃の亡くなる、あの日までは。




















「魔物の軍勢が!!おそらく魔女の手先です!!隣国ラルドが侵略されました!!!」


「むぅ、まずいのぉ。」


「こら!胡座くんで考え込んでないで、一刻も早く民を逃すのよ!!!あんたも手伝いなさい!!!」


「わしもいくのか!?」


「当たり前よ!!!民を優先せずに、何が王ですか!!!」






モルドレッドは1人、崖の上で地平線を眺めていた。彼には両親がいなかった。淋しい気持ちを、いつも町のみんなと、王様と王妃が埋めてくれていた。1人じゃなかった。


「俺、大きくなったらみんなを守りたい。守れるように、なりたいんだ。」


そんなことを呟いていた時、地平線が少し揺れたような気がした。いや、揺れたのではない。地平線を丸ごと埋め尽くすような大規模な軍勢が、一斉にこの地目指して、向かってきていたのだ。


「………………ッ!!」


冷や汗が止まらない。モルドレッドは、急いで立ち上がり、町の中心地に向かった。彼がたどり着いた時には、既に人々は慌しく、逃げ出していた。



「モルドレッド!!!」


背後から聞こえたのは王妃の声。心底心配した眼差しで、俺の元に急いで駆け寄り、手を強く握って言った。


「逃げるの。わかった?」


王妃から懐から何かを取り出した。それは翡翠のネックレスだった。


「これ、お守り。」


王妃はモルドレッドの首にそれをかける。


「必ず生きて、みんなと頑張るのよ。」


「ミレアは?ミレアはどうするの?」


王妃、ミレアは言った。


「私は、戦う。」


彼女は、先端の渦巻いた木の杖を取り出す。


「愛する者たちを守りたいの。」


「やだよ!!一緒に逃げようよ!!!」


すると、ミレアは彼の頭を優しく撫で言った。


「あなたたちは私の家族だから。」

 

ミレアは振り返る。


「絶対に傷つけさせない。」


振り返った先には、体長十数メートルはあろうかという巨体。首はなく、馬に乗り、巨大な剣をもつ、魔物。その名を、死霊のデュラハン。


町が燃やされる。オークやゴブリン、骸骨騎士が町に残った人々を探す。だが、あるのはもぬけの空ばかりで、魔物たちはその先、遠くに見える人間たちに目を向けた。



ジャキンッ、とけたたましい音が鳴る。



「獣どもが。覚悟しろ。」


魔物たちが一刀両断される。アビド王が駆けつけた。人々を逃し終えた兵士たちも続々と、戻ってくる。



「モルドレッド行きなさい!!!!」


「で、でも…………。」


「いいから!!!!!」


ミレアに押されるように、モルドレッドは走り出す。死霊デュラハンの剣がそのモルドレッドに向かって振り下ろされた。





『月の舞踏(ムーンワルツ)



閃光が瞬き、デュラハンの剣を弾く。そして、そのままデュラハンの身体を次々と閃光が貫き、動きを完全に留めた。




「今ならまだ許してあげる。」



杖を魔物達に向ける。



「ここから立ち去りなさい。」






バキン、とデュラハンを留めていた、光が突然、弾かれる。そして、その身体からは、黒い蒸気のような何かが立ち昇った。ミレアはそれを見て、目を細めた。



(一体、これは………?)



デュラハンの目が赤く光る。










「畏まりました。事態が収まるまで、モルト国に、おられるといい。」


若き日のベルトは事態の深刻さを受け止め、レーンの国の人々を受け入れることにした。人々は安心し、束の間の休息、そのひと時を過ごす。


しかし、モルドレッドは不安だった。ミレアは、アビド王は大丈夫なのだろうか?


数日後、地平線の向こうに影が見えた。日々、カラルの地の方向をうかがっていた、モルドレッドはすぐに気づく。


「ミレア………?ミレア!!!」


モルドレッドは走り出す。しかし、近づくにつれ、足が止まる。


「ミレ………ア……?」


そこには血塗れで、アビド王を背負ったミレアの姿があった。



「ハァ、ハァ……………。」


目は虚ろで、何も見えていない。ユラユラと身体を揺らしながら、一歩一歩、進んでいく。


「ミレア!!!」


倒れそうになるミレアの身体を受け止める。ミレアは何者かが、自分を支えてくれていることに気づく。


「モルドレッド?」


「そうだよ!!!僕だよ!!!はやく、早くお医者さんに診てもらわないと!!!


「もう、いいの…………。」


ひし、とモルドレッドを優しく抱きしめて、彼女は言った。


「生きていて、よかった。」


「ミレ………ア。」


「あなたのことずっと私の子どもだと思ってた。愛してるわ。」


ミレアは、モルドレッドの額に口付けをする。そして、再び優しく抱きしめたまま、ミレアは息を引き取った。







アビド王は、それからというもの、正気を失ったかのように、町の再興を謳い、人々を奴隷のように働かせ、この街を造り上げた。目的は分からない。だが、時々彼女の名前を呟くのだ。



「ミレア…………。」と。







(どうして、こんな大切なことを忘れていた。俺は、俺は……………。)



ある記憶が甦る。


王室の間に訪れた時、王の影の中に不気味な赤い眼を見た。そうだ、それを見た時から、俺は…………。









「俺は、アビド王に仕え、守護の任についた。だが、やはり従えない。近頃は様子は明らかにおかしい。」


モルドレッドは、言った。


「これから俺はこの国を変えるために、謀反を起こすつもりだ。だから、この国を早く出てくれ。関係のないものたちを、巻き込みたくはないのだ。」















『そんな姿で、臣下にでも見られたらどうするんだ?』


影から、声がする。


「あぁ………あぁ…………。」


『もう自我すら失ってしまったか。』


影が地面に広がっていく。


『私がお前の代わりを演じていなかったら、とっくに奴に、バレていただろうな。』


影はドロドロと湧き立ち、その中から魔物たちが次々と現れた。


『まぁいい。この街はもう用無しだ。さぁ、始めようか。』


ドロドロとした液体が塔から漏れだす。地上に到達した液体から、無数の魔物が溢れ出した。















「何処までついてくもりだ?」


ミレイユは、モルドレッドに尋ねた。


「お前らが、また来ないとも限らない。しっかり街の外れに向かうまで、見届けさせてもらう。」


「アハハ…………まぁ、仕方ないね。」



私たちがモルドレッドに案内され、街の外れにまで近づいていた、その時だった。




ビィー!ビィー!ビィー!!



街中で警報が鳴り響く、赤いランプがそこかしこで点滅する。


『侵入者、侵入者。一般市民はただちに屋内に避難し、待機せよ。』


スピーカーから機械音声が流れる。市民たちの悲鳴が聞こえ、人々が逃げ惑う。


モルドレッドは、逃げる1人の市民に問うた。


「おい、何があった!?」


「塔を中心に魔物の群れが!!」


「なっ!?………アビド王!!!!!」


モルドレッドは駆ける。まことミレイユも顔を見合わせ、走り出そうとするが目の前に黒いドロドロとした液体が現れ、魔物が出現する。


「くっ!?」


「まだ屋内に避難できていない者は早く!!!ここは、私達が食い止める!!!!」


ミレイユは市民に呼びかけ、剣を握った。私も拳を構える。街は、魔物の唸り声と人々の悲鳴に、包まれていた。











「どけぇっ!!!!!!」


モルドレッドは剣を振るう、次々と現れる魔物を切り裂き、前へ進む。嫌な記憶が甦る。


『愛してるわ。』



ミレアの最後の姿が思い浮かぶ。嫌だ。もう誰も失いたくない。モルドレッドは、塔の前に固まった魔物の集団に技を放つ。


炎万(イグニス)


魔物たちは焼き払われ、塔の入り口が見える。


(あと少しだ………。)


その時だった。



ズン………と上空から、物体が降り立つ。


煙立ち、それが晴れた光景を見たとき、モルドレッドは怒りの咆哮をあげた。



死霊の騎士、デュラハン。


黒い霧を身体に纏い、赤く目が灯った。死を司る剣が、モルドレッドの前に姿を映す。
















「なんて数だ!?」


ミレイユは、苦悶の表情を浮かべながら、周囲から次々と襲いくる魔物達に対処する。まこは次々と魔物達を無力化するが、キリがない。


「くそっ!?前に進めない。」


問題解決を図るには、元凶であろう塔へ向かわねばならないが、避難の遅れた民衆を救けながら、無限に湧く魔物達を何とかするのは至難に等しい。


「ミレイユ!!大丈夫!?」


「あぁっ!!」


民衆の一人が、足を挫いて、魔物に襲われかけているのをミレイユは視界の端にいれる。


「危ない!!」


ミレイユは攻撃をはじき、民に逃げるように促した。しかし、その瞬間を見逃さず、骸骨騎士は背後から剣を振りおろす。気を取られたミレイユは、反応が遅れた。



「ミレイユ!!!!」


「し、しまっ…………。」









『レガ』







放たれた火球が、骸骨兵士を粉々にする。ミレイユとまこが目を向けると、そこには杖を構えた、チルノがいた。



「こいつらは、私とレーリル先生に任せてくださいまし!!あんたたちは、塔に向かって!!!」


チルノは魔物たちに向かって、再び杖を振るう。


「元々調査する予定でしたが………こうなると、手間が省けましたね。英雄殿、ミレイユ殿、任せましたよ。」


レーリル先生も魔物たちに杖を振るう。


『シア・リシューテル』


水の槍が魔物たちを全て貫く。


『レリア』


その槍が次々と冷気を帯びて、広がり、魔物を凍結させた。


『レガ』


魔物の集まった中央で、炎が収縮、そして大爆発を起こし、大きな火の嵐が巻き起こった。





私たちは、その光景を呆然と見つめる。




「さぁ、いきなさい。」



レーリル先生は未だに次々と湧く魔物を見て、私たちに早く向かうように促す。



「本体を撃破すれば、この手の輩は止まります。急ぎなさい。」


「はい!!」


「わかった!」


まことミレイユは走り出す。チルノはレーリルの隣に立った。


「レーリル先生!!」


レーリルは教え子を見て言った。


「久しぶりの授業です。気張りなさい。」


「はい!!!」
















黒炎(こくえん)


赤黒い炎が剣に纏わり付く。モルドレッドは、この時を待ち望んでいた。ミレアを死に追い込んだ、この元凶たる魔物を跡形もなく消し去る、この時を。


(全て、終わらせる。)


モルドレッドは、デュラハンの懐に潜り込む。



炎耀(えんよう)


斬り上げと共に、炎がたちのぼり、デュラハンを飲み込む。


『下落ち』


足を切り裂き、跪かせる。見上げるほどだった頭上が、目の前へと落ちてくる。


(とどめだ。)


『黒炎』が上空へ立ち昇る、それは一筋の剣と化し、モルドレッドは、高く跳びあがり、デュラハンの頭上からその剣を振り下ろした。


「…………………。」


凄まじい轟音とともに、デュラハンの身体が崩れ落ちる。モルドレッドは肩で息をしながら、俯く。やっと終わったのだ。仇を打った。ミレアの仇を。











ギギギギ………と鎧の軋む音がする。モルドレッドが頭を上げたときには既に手遅れだった。








「………………ッ!!」


かろうじて残っていた、鎧の残骸が手を伸ばし、モルドレッドの身体を剣が貫いていた。血が地面を、赤く染める。













「あぁッ!!?」


「なっ!?」


ミレイユとまこが塔の前へと辿り着いた。だが、目の前に広がる、その光景に愕然とする。砕けた鎧から伸びた剣が、モルドレッドの身体を貫いていた。そして、ブゥーン……という音と共に、鎧は碧く光り、瞬く間に、再生していく。



「ば、馬鹿な…………。」


剣がモルドレッドの身体から抜け落ちる。モルドレッドは、ドサっと身体を横たえた。まこは、一目散に彼の元へと駆け寄ろうとする。


「来るなッ!!!!!」


激しい叱咤。モルドレッドは震えながら、立ち上がった。目の前に立ちはだかる、既に全快したデュラハンを前にして、彼は再び剣を握りしめる。



(ミレア…………こんな相手と戦っていたんだな。)



苦しかったろう、辛かったろう。俺の愛する家族を、たった一人、俺を拾ってくれた人を、愛してくれた人を、よくも。よくもよくもよくも。



『炎露』


モルドレッドとデュラハンの周囲に、炎が立ち上る。



(これで最後だ。)







モルドレッドは地面に剣を突き立てる。









ミレア、アビド王。私は、あなた達のおかげで、一人ではなかった。生まれてきて………よかった。本当に、幸せでした。もし、生まれ変わったらまた、あなたたちの元へ伺いたい。








炎王(エンオウ)




カッ、と一瞬光が街を包み込んだ。激しい爆音とともに、炎の柱が空へと立ち昇る。それは、暗雲を突き破り、空を、街を、明るくした。

















塔の最上階、暗闇のなかでアビド王は人の姿を、取り戻していた。確かに聞こえたのだ。あの子の声が。


「モルドレッド…………。」



背後で、影に潜む、人物が苛立っていた。


(思い通りいかぬ。愚民どもめ。)


影から姿を現し、ゆっくりと歩み寄り、アビド王の頭を掴み、指を捩じ込ませる。


「あっ、あっ……………。」


「くっ、くっ。ジジイ共、俺の好きなようにさせてもらうぜ。」


目的は、破壊。己の快楽の為に、人類など滅べばよいと、そう考える邪悪。『(いにしえ)の王』とは、そういう存在だった。














「…………………。」


まこは、グッと口を噤む。跡形も、塵も残らない程に、その炎は技を放ったモルドレッドと、魔物、デュラハンを飲み込んだ。静かな風の音が、辺りへと響き渡る。


「まこ。行くぞ。」


「………えぇ。」















「粗方片付きましたね。」


「も、もう無理ですの。」


チルノは仰向けに倒れる。街の魔物たちは、2人によって殆どが無力化されていた。市民たちの避難も終わっていた。事はこれで無事に終わるはずだった。



「……………チルノ。立ちなさい。」


「えっ?」


宙にドロドロとした液体が現れる。その中から、また魔物たちが溢れ出す。今度は、黒い霧を身体に纏っている。先程と様子が違うのは、明らかだった。


「どうやらここからが本番のようですね。」


「えぇっ!!?」


「チルノ、私の後ろに回りなさい。」


レーリルは杖を構える。何者かが、条約に違反し、武器を密輸、製造している事を聞きつけて、私はここへやってきた。どうやら、ただの噂ではなかったようだ。背後で、大きな何かが蠢いている。


(ここで片を付ける。)












「くそっ!邪魔だ!?」


私たちは、溢れ返る魔物たちを押し除けながら、塔の階段を駆け上がる。そして、塔の最上階の、扉を開いた。ミレイユは声を張り上げる。


「アビド王ッ!!!」


そこには、背を向け、外の街を見つめる、彼の姿があった。彼は背を向けたまま、言葉を発する。


「すまない。」


体が震え、崩れていく。そして、暗い液体がそのカラダから溢れ出て、瞬く間に地面を覆った。


「なっ!?」


足元が黒い液体で満たされる。すると、黒い液体の中からは、無数の人間が這い出た。その人間たちは、ミレイユとまこを引き摺り込むように身体を掴む。そして、身体が徐々に暗い闇の中へと沈んだ。


「ミレイユ!!」


「まこ!!」


2人は手を伸ばすが届かない。視界は次第に、暗く染まり、光から遠のいていく。しかし、落ちていくにつれ、段々と仄暗く、暖かい空間が目の前へと広がった。


(何、ここは?)


子どもが1人、地面に絵を描いている。


子どもは、言った。


「小さい頃はね、ずいぶんと馬鹿にされたんだ。裸の王様だって。」


子どもは手を止め、こちらに振り向く。


「でもね、ミレアと出会って変わったの。守ってくれた。いつも、僕を庇ってくれたんだ。」


子どもは、俯く。


「だから、僕はミレアを守りたいと思った。………でも、守れなかった。最後まで、僕は。」



その時、光が差す。そこには、女性がいた。


「しっかりしなさい。」


その言葉に、その子どもは顔を上げる。


女性が指を差した、その場所には、2人を見つめる小さな子どもがいた。


「モル、ドレッド…………。」


アビド王は大人の姿へと戻り、その子どもをひしと抱きしめる。


「ごめん…………ごめんな…………。」


女性は、優しく微笑んだ。


「さぁ、行きましょう。」


女性は、2人の手を握り、暗闇へと歩みを進める。でもその先はほんの少し明るくて、彼らの行く道を照らしていた。


(…………よかった。)


その時だった。


私の背後から歪な形の手が伸びる。それは3人へと向かい、再び闇の中へと引きずり戻そうとしていた。私は、その手をグッと掴み、握りしめた。


「あの人達の、邪魔をしないで。」


『グオォォォ……………』


唸り声が暗闇に響く。


「相手なら私がしてあげる。」


暗闇の中から、深淵の主が姿を現す。その姿は、神々しく、また悪魔のようだった。白翼を携え、(さそり)の尾を持ち、紫の筋骨隆々の身体、手に持つ長剣は複雑な螺旋の構造を描いている。影が表情を覆い、光る眼差しがこちらを捉える。


『久しいな。』


そう言葉を発すると、その者は、螺旋の剣を天に掲げ、暗闇が晴れた。深淵が引き、塔の頂上からは、光が放たれる。








「なんですの!?」


「…………………。」


レーリルは膝をつき、その光景を眺める。魔物は全て排除した。しかし、この後において、これまでに感じたことのない異様な魔力を、あの上空に感じる。


(ワーラット先生………いや、それ以上の。)


測り知れないエネルギー。直感が大音量で警告を鳴らしていた。















魔女の館。


暗い部屋、ガタッと彼女は身体を起こした。負傷し、身体を主の寝床で横たえていた彼女。額からは冷や汗を流している。


「何故今現れた?何のつもりだ。この世界そのものを滅ぼすつもりか!?」


レインゼイム、彼女は立ち上がる。


鎧を身に付け、窓の外、雷の鳴る曇空を見上げ、飛び立った。


(間に合うか!?)














天界から彼女は見ていた。


「何ということでしょう。」


天使、ザドキエルは、地上の様子を見て、当惑する。このままでは、この世界はおろか、外界にすら影響を及ぼす可能性がある。しかし、問題はなるべく、地上のものたちだけで解決しなければならない。


「どうかお願いします。まこ、そしてレインゼイム。」













遙か上空から、地上を見下ろす。



その者の名は、『アバドン』。




恐ろしくも美しい『奈落の王』。



彼は、契約を反故にした、愚かな人類を罰すべく、地上に姿を現した。それは、完全なる、不測の事態。今地上に、かつてない滅亡の危機が迫ろうとしていた。
















まこは、空に浮かぶ、天使とも悪魔とも思えるその姿に、困惑していた。天使様と似たような雰囲気を感じる。そしてそれは、あの時の黒色のドレスを纏っていた、レインゼイムという名の剣士もおなじ。


アバドンは不意に掌を地上に向ける。





滅界(めっかい)




その言葉が発せられると共に、螺旋状の光線が地上に放たれる。その光は地上を白く照らし、まるでそれは世界が終末を迎える前のように、地上の影を空に映した。



素早く風を切り裂く音が、辺りに響く。







抜切(ばっせつ)





その言葉と、激しい衝撃音と共に、光が真っ二つに割れた。





「あ、あれは………っ!?」




上空に立つのは、1人の剣士だった。


レインゼイム。


黒ドレスではなく、鎧を身に纏っている。


(間違いない。あの時の、剣士。)




『……………………』



すると、アバドンは白翼を大きく羽ばたかせ、勢いよく空中にいるレインゼイムに蹴りを入れた。







「ぐっ!?」







レインゼイムは、身体を折り曲げて吹き飛び、森林の奥、巨大な山脈に激突する。大きな音と共に、それは地上に大きな揺れを起こした。








「な、何が起こっている!?」




塔の上、黒い液体の中から這い出たミレイユは、まこを見つける。



「まこ!?無事か!?」


まこも、ミレイユが無事だったことに安心して、返事を返す。


「えぇ、大丈夫!ミレイユも、怪我はない!?」


「あぁ!問題ない。」



地上を見る。人々はシェルターから飛び出して、指を差して、空中の主を見ている。



「あれは、なんだ!?」


ミレイユも、その異様な雰囲気を纏う、主を見た。まこは、息を飲む。



『………………………。』



主は、何事もなかったかのように再び地上に手を向ける。まこは、立ち上がり、言った。


「いけない!!!」


勢いよく、塔から跳び上がる。


「ま、まこ!!!」


ミレイユの心配を尻目に、一瞬で、アバドンの頭上まで跳び上がり、身体を捻って、渾身の蹴りを身体に加えた。



「っりゃあぁぁぁーーー!!!!!!」



アバドンの身体は吹き飛び、レインゼイムと反対側巨大な湖に勢い良く落下する。空まで到達する巨大な水飛沫をあげ、それは、沈黙した。まこは、ジャンプした後の、着地のことを考えていなかったので、身体をあたふたとさせ、落下していく。





「わ、わぁーーーっ!!!?」






『ベリュグナード』




すると、赤い眼をした水龍がまこの身体を支えて、地上まで運んだ。


「大丈夫ですの!?まこ!!」


「チルノ!うん!大丈夫!」


そして、救けてくれた、レーリル先生に礼を言った。


「ありがとうございます!」


「礼は今はよろしい、敵に意識を向けなさい。」


湖の中から沸々と泡が沸き立つ。すると、湖から空を突き破る巨大な光の柱があがった。



「な、なんですの………あれ……。」




光の柱の中にアバドンが現れる。そして、光は収縮し、次の瞬間、アバドンは、まこたちの目の前に現れていた。




「ひっ!?」



チルノは、後退りをし、レーリルは杖を構える。まこにその剣が振り下ろされようとしたその時、ガキィンと甲高い音が辺りをを包んだ。




「あっ…………!?」




まこは、恐るおそる目を開ける。すると、そこにはレインゼイムが、アバドンの螺旋剣を受け止めていた。





「貴様ら人間の太刀打ちできる相手ではない。一刻も早く、国のもの全てを引き連れて、できるだけ遠く逃げろ!!!邪魔だ!!!」





不意に後方の空から、声が聞こえる。




「はてはて、これはどういった状況か?」




私たちが聞き覚えのある声に、後ろを見上げると、そこにはワーラット老が髭をさすりながら、この状況を見下ろしていた。





「ワーラット老!!」




私は思わぬ助け舟に、ホッとする。レーリル先生は、キッと睨みつけ、吐き捨てるように言った。




「あら、裏切りものがよく顔を出せましたね。」




「勘弁してほしいのぉ、レーリル。今は、それどころではないじゃろ。」




ワーラット老は、アバドンに杖を向ける。





『月の(ムーンガウス)







すると、アバドンの姿は消える。そして、程なくして塔からはミレイユが走って降りてきた。



「はぁ、はぁ………大丈夫か!?」



「ミレイユこそ!大丈夫ですの!?」



「あぁ、なんとかな。………どうやら、とんでもないことになっているようだ。」


集まった面々の異様な光景に、ミレイユは汗を浮かべる。ワーラットは、空間がヒビ割れるのを見て、目を細めた。そして、急いで話した。



「まこ殿とレインゼイム殿以外では、まるで歯が立ちそうにないですな。お二人の邪魔をせんよう、私は、私のできることを致しましょう。」



すると、杖を掲げ、レーリル、チルノ、ミレイユを蒼い光が包み込んだ。ワーラットにも蒼い光が纏わる。彼は続けて、言った。



「民衆は既に、逃がしております。お二人は、どうか地上をお守りください。」



私は笑みを浮かべて、言う。



「任せて!!」



レインゼイムは、言った。



「……………あぁ。」



その直後、空間が完全に割れる。その奥、月景色の空間の中から、アバドンが再び現れた。その目は一層鋭く、私たちを睨んでいる。


「まこ!!無理をしてはダメですの!!!」


「くそっ!!私も戦うぞ!!」


「無理ですの!!!諦めてくださいまし!!!」


シュンッと、蒼い光とともに、チルノや、ミレイユたちの姿が消える。



静寂が辺りを包む。風邪の音がやけに強く響く。


瞬間、アバドンの螺旋の剣が煌き、振り払って放たれた光波は街の半分を真っ二つに切り裂いた。




「あ、あぶなかった。」



まこはギリギリで反応して上にかわした。しかし空中で身動きの取れない状態で、目の前にアバドンが現れる。



「わっ!?」



ガシッと足が掴まれる。


「しっかりしろ。」


掴んだのはレインゼイム。まこを被害のない地上へと放り投げ、アバドンの蹴りを剣で受け止めた。激しい衝突音と共に、2人は弾き合い、地上へと着地する。


「大丈夫か?」


私は、彼女が共闘してくれることに、少し疑問を抱き、尋ねる。


「ど、どうして一緒に戦ってくれるの?」


「………少なくとも今は敵ではない。無駄に死なれると困る。人間には、生きるべき時と、死を迎えるべき時がある。」


「そう。悪い奴じゃないのね。」


「…………………。」


まことレインゼイムは、アバドンへと意識を向ける。アバドンはこちらを睨みつけている。


ドンッ!!と、アバドンは一瞬で間合いをつめ、まこに斬りかかる。しかし、それをレインゼイムが受け止め、すかさず、まこが隙のできた、アバドンの腹部に渾身の一撃を拳で叩き込んだ。アバドンは激しく吹き飛び、塔に直撃する。


ガコッと鈍い音を立てて、塔は倒壊していく。



ズズズ………と音を立てて、塔が崩れ落ちる。そして、しばらくの後、瓦礫からゆっくりとアバドンが立ち上がる。すると、アバドンは手を空に上げ、地上に勢いよく、バッと降ろす。






暗界(あんかい)







すると、アバドンの掌からドロドロとした暗闇が拡がっていく。


私たちは跳び上がり、建物の上へと避難した。街一体が暗闇へと飲み込まれていき、その中から巨大な門が現れる。それは瘴気を放って、禍々しく、急激に辺りは暗がりを帯びる。








地獄門(じごくもん)









それを見たレインゼイムが、焦燥の叫びをあげる。



「あれは、ダメだ!!!」



レインゼイムは、すぐに飛び上がり、空中で構えた。





天切(あまくも)





雲と大気が音を立てて真っ二つに割れ、斬撃が地獄の門を襲う。しかし、地獄の門は既に開かれ、斬撃は何者かによって掻き消された。









大いなる神よ、今ここに地獄の門が開かれた。















Wer reitet so spat durch Nacht und Wind?


Es ist der Vater mit seinem Kind


Er hat den Knaben wohl in dem Arm,


Er faBt ihn sicher, er halt ihn warm.


Mein Sohn, was birgst du so bang bein Gesicht?


Den Erlenkonig mit Kron'und schweif?


Du liebes Kind,komm,geh mit mir!


Gar schone Spiele spiel'ich mit dir;


Manch'bunte Blumen sind an dem Strand;


Meine Mutter hat manch'gulden Gewand.


Mein Vater,mein Vater,und horest du nicht,


Was Erlenkonig mir leise verspricht?


Sey ruhig,bleibe ruhig,mein Kind;


In durren Blatterm sauselt der Wind.


Willst,feiner Knabe,du mit mir gehn?


Meine Tochter sollen dich warten schon;


Meine Tochte fuhren den nachtlichen Reihn,


Und wiegen und tanzen und singen dich ein.


Sie wiegen und tanzen und singen dich ein.


Mein Vater,mein Vater,und siehst du nicht dort


Erlkonigs Tochter am dustern Ort?


Mein Sohn, mein Sohn,ich seh'es genau;


Es scheinen die alten Weiden so grau.


Ich liebe dich,mich reizt deine schone Gestalt;


Und bist du nicht willig,so brauch’ich Gerwalt.


Mein Vater,mein Vater,jetzt feBt er mich an!


Erlkonig hat mir ein Leids gethan!


Dem Vater grauset's,er reitet geschwind,


Er halt in Armen das achzende Kind,


Erreicht den Hof mit Muhe und Noth;


In seinen Armen das Kind……


……war todt





世界は、滅びの時を迎える。









各地にて、異変が起こる。







モルトの地にて、


「な、なんだ!?」


リベルト王は王室の窓から、空を見上げる。急に暗がりを帯びた雲からは、黒き巨人の手が現れ、王都を今にもその手に掴もうとしていた。








カラルは荒廃とした町から上空を見上げる。竜の鳴き声が空に響き、天上に開かれた門からは、悪魔の軍勢が、無数に迫っていた。


「…………この世の終わりか。」


自然と受け入れられた。アレン、そっちはどうだ?俺は、今から向かう。


どうか、まこだけは、守ってやってくれ。













街のはずれにて、


山の奥で母親と子どもは、空から鳴る異様な雷鳴と恐ろしい悪魔の声に、怯え、抱きしめ合っていた。


「お母さん、怖いよ。」


「大丈夫よ。きっと神様が何とかしてくれるわ。」


母は、祈りを捧げる。


神様、どうかお守りください。















「まずいのぉ。」


セント街から数里離れた、湖の前、ワーラット老が焦燥を浮かべ、呟く。街の人々は、手を合わせて、祈っていた。無数の悪魔が、地上へと迫る。


「な、ななっ、何なんですの!?」


「…………まこ。」


「あなたたちは、後ろへ。」


レーリルは額に汗を浮かべながら、人々をなるべく遠くへと逃がそうとする。いや、逃げ場がないことなど分かっていた。


ワーラット老も目を閉じ、最後の刻を予感する。


(あの空に無数に広がる、悪魔の全てが、わしよりも遥かに上。これは、終わったかの………。)


悪魔の軍勢は、既に世界の人々を手をかける、その、目前であった。





そして、






地獄の門の中から、現れる。



神の敵にして、魔族を統べる、

地獄の王『サタン』。



今、世界は滅亡の時を迎えようとしていた。























雷鎚(ミョルニル)









雷が地上に降り注ぐ。



その者、白髭の神々しくたる、純然な立ち姿。その、在りよう。全ての生物が、自然が、空が、大地が、息を吹き返すように、その者の存在を示し、顕わにした。



主神、ここに来たれり。



「よく頑張った。」




その大鎚を携えた神は、雷鎚を振り下ろし、その一撃は、瞬く間に、世界に拡がる。


サタン、地獄の門、世界各地の悪魔の軍勢、そしてアバドンを一瞬で、消し去った。


雲が消え、地上が晴れ渡る。






「マキア、レインゼイムよ。」



主神トールは、2人に問うた。



「世界に何を望む。」



レインゼイムは膝をつき、頭を下げて応える。


「人々の真なる安寧を。そして、主の幸福を。」


まこは、暫く悩み、ゆっくりと応えた。



「え、えっと…………。」


これまでの、出来事を思い出す。アレンのこと、モルト国でのこと、旅のこと、ここでの事。そして、まこは言った。


「私は、人々が、みんなが笑い合える世界を、優しく、支え合い、愛し合える世界を、望みます。」


すると、トールはフォ、フォッと笑い、まこを見て言った。


「生半なことではない。覚悟の上か?」


「はい!」


まこは、こくりと頷いて答えた。


「よかろう。天界より見守っておる。」


トールは穏やかな笑みを浮かべ、光に消えた。










走ってくる音が聞こえる。


「まこー!!大丈夫かー!!!!」


「大丈夫ですのーー!!!?」


ミレイユとチルノだ。


私は手を振ってこたえた。


「うん!!大丈夫だよー!!!」


その後ろには、レーリル先生とワーラット老がいた。ワーラット老は、レーリル先生に何やら、酷く叱られているようで、しょんぼりとしていた。


そして、気づけば私の隣からレインゼイムはいなくなっていた。


私たち3人は安堵のため息をつき、地面にヘタリと倒れ込んだ。そうしている内に、街の人々も戻ってくる。


人々の前に、ふと見えた、昔の田園の風景。そこに座るのは、かつてのアビド王とその王妃、そしてモルドレッドの姿。


あとに聞くところによると、不思議なことにいなくなっていた人々は、それぞれの家庭のベッドの上に寝かされていたそうだ。おじいさんにも、娘が帰ってきた。そして、この街を出る時、街の人々が総出で、私たちを見送ってくれた。


しばらくして、街の外れには、耕しはじめた新しい田園の風景が、広がっていた。風が優しく吹いている。


引用:シューベルト, フランツ.歌曲「魔王」(Erlkönig), D. 328.

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